第2話 優しいお姉さん
3連休の最終日である。予定もないのに、3日も有休を取った。
消化しないと、会社自体がまずい事になるらしい。
昨日は隣室の引っ越しで早朝に起こされたが、このうだるような暑さの中、いつまでも寝ていられるわけがない。
クーラーは苦手だ。後頭部がハンマーで殴られたように痛くなる。
だが熱中症のことを考えると、つけないわけにはいかない。
タイマーが切れて3時間、きょうの寝起きも最悪。
ベットから起き出して、思いっきりカーテンを開けてみる。
私には太陽の光が滋養だと言ったのは母だ。
根暗なのは光が足りないのだと。
精神論と物理的な物といっしょくたにして、
私を居心地のいい場所から引っ張り出そうとする。
「おかあさん、私に足りなかったのはあなたからの愛情です」
そう言えたなら、私は救われたのだろうか。
建付けの悪いサッシは力任せに開け、
網戸はレールから外れないように慎重に横にずらす。
ベランダに出る時の必須のルール。
下水が入り混じったような、生ぬるい空気を深呼吸。
夏は特に排水溝の匂いがきつくなる。
コンクリートの焼けるような感触がビニールサンダルを通して伝わってくる。
一瞬で汗が額から流れた。
「おはようございます」
ベランダの仕切りから顔を覗かせる隣りの男。
眉目秀麗、爽やかな笑顔にこぼれる白い歯。
イケメンは嫌いではない。だが世界中のあらゆる人種の中で一番の苦手。
「ご挨拶、遅くなってすいません、渡したいものがあるんで、そっちへ行ってもいいですか」
いやいやいや、そっちってどっち。
ピンポーーーン、ピンポーーーン
あっという間に玄関のインターホンが鳴った。
「あのう、まだ起きたばかりで着替えてなくて、、、」
「あっ、失礼しました、
「ありがとうございます」
「お隣がお姉さんみたいな優しそうな方で良かったです」
<レベル65>に引き上げ、お世辞でも嬉しい。
その晩、寝ようと思ったら、またもや隣室から例の吐息と床の軋みが聞こえてきた。
ちらっと見た印象では二十歳前後と思われる。
たぶん大学生、お盛んなのは想像に難くない。
それでいて、あの顔面。
でも、これを毎晩聞くのは堪えられない。
妄想であの世に昇天してしまう。
「うっーうーーんん、ゴホン」寝返りのついでに咳払い。
聞こえなかったか、効果なし。
心なしか吐息が大きくなった。
「ちっ!」という舌打ちと共に手が勝手に動いた。
ゴン!!!
左手が思い切り壁を叩いてしまった。
シーーーーン
静かになったのはいいが、激しく動揺。
気まずい、動悸,動悸が収まらない。
もう顔を合わせられない。
どうしよう、隣りの優しいお姉さんではいられない。
聞いてません、なにも聞こえません。
当たり前です。
自分の部屋で何をしようと他人の私が関知するところではありません。
なぜベットを動かさなかったのか、
壁から離す予定だったのに、実行しなかった理由は?
ああ、頭の中がグルグル回って思考停止。
<レベル 計測不能>
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