私が月になる
琴音
第1話 新しい住人
早朝から外が騒がしい。
アパートの階段を上り下りする足音がガンガン響いて、休日の快眠を邪魔された。
薄目を開けて時計を見る。8時45分、早朝でもないか。
大家から隣の空き部屋に入居者が来ることを聞いていたので、たぶん引っ越しだろうと想像はついた。
話し声から推察すると、男1人と女2人の3人組。
やたらとケラケラ笑う女たちの甲高い声が耳障りだった。
なんでこんな朝からテンションが高いのだろう。
荷物の置き場所を指示してるのは、ちょっとハスキーボイスの男だ。
男だろうが女だろうが関係ない.
人付き合いなんて面倒なものは排除。最低限のマナーを守ってくれればいい。
それ以上でもそれ以下でもない、線引きは私がする。
「おい、静かにしろよ。まだ寝てる人がいるかもしんねぇし」
「あ~~~い」
<レベル60>常識はありそうで何より。
「でもさ、このボロアパート台風で吹っ飛びそうじゃん」
「しょうがないさ、入る予定のマンションの内装が間に合わなかったんだから、臨時臨時」
「すぐに引っ越しするのめんどくない」
「ここを出る時は業者頼むから、今日は必要最低限の荷物だけだし」
「じゃあ、今日の私たちの報酬は~」
「体で払うっていうのはどう?」
「いいね、3Pじゃん、きゃは」
<レベル30>に格下げ、ヤリチンかよ。
ここに住んで5年が経つ。駅から徒歩7分、途中に商店街があり利便性が高い。
おまけに格安の家賃に加え、大家の家庭菜園の恩恵も受けられる。
台風で屋根が吹き飛ぶリスクを冒しても、ここに住む価値はある。
さすがに薄い壁1枚を通して、会話が筒抜けなのは頂けないが。
前の住人は俳優の卵ということで、よくセリフの練習をしていた。
ただ、あんなに短いセリフを繰り返し反復するので、あれ以上のセリフを貰ったら,
覚えられないんじゃないかと心配した。
12時近くなって女が甘えた声で訴える。
「ねぇ、お腹空いたぁ~」
「ウーバーウーバー、ウーバーイーツ」
「じゃあ頼んでくんねぇ、おれケンタのチキンバーガー、ポテトLL」
「あとアップルパイも」
「ここ、わかるかなぁ、迷子になるっぽい」
「えーーー、だれか頼んだことあんだろ」
見ず知らずの人が何を食べるのかまで分かるって、ある意味すごい。
休日はやることが山積みである。
洗濯、掃除、買い物を済ますと、夕刻になっていた。
今日中には終わらないと思っていたが、意外と早く片付いた。
楽しみにしていたアンコールのドラマにチャンネルを合わせる。
半分も見ないうちに寝てしまったようだ。
すでに夜の8時。
遅い夕飯を食べて、シャワーを済ませたらやることがない。
隣室が静かだ。静かだということは、外出したのか。
それとも疲れて寝たのか。
レンタルした本の返却期限が迫っている。
今日中に読まなければいけないのを思い出した。
本を手にベットに横になると取り換えたばかりのシーツが気持ちいい。
柔軟剤をバラの香りにして良かった。癒し効果抜群!
「はぁ、はぁ・・・」
小刻みの吐息、壁を通してまで聞こえる吐息。
おまけに床が軋む音まで。
お約束の3Pですか、義理堅いことで。
明日、模様替えしよう。
壁から一番遠い所にベットを移動しよう。
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