あなたは今頃ぼやけている
悪本不真面目(アクモトフマジメ)
第1話
特に意味もなくそこら辺をぶらぶら歩いていたら、これも特に意味もなく下をふと見ていると目があった。その私の目にうつるそれは眼鏡だった。赤いフレームの四角い眼鏡のそれを私は特に意味もなく拾った。辺りに他人がいたようないなかったようなそれくらいどうでも私にとってはよく、特に周りを見ないでこの眼鏡をかけた。私は視力が良く、眼鏡を一度もかけたことがなかった。眼鏡をかけている人を見ても良いとか悪いとか、私にとってそういう風に何かをそれだけで判断するものではない。今生まれて初めて、眼鏡をかけ、眼鏡に対し何かを思っている。度が強いのか、辺りがぼやけて気持ちが悪く、地球外空間のような錯覚を陥りSF的に私は感じた。一言でこれを表すとしたら「ぐにゃんぐにゃん」といった感じだろう。しかし、今こうして私が眼鏡をかけている時、あなたは今頃ぼやけているんだろうなと思うと少しおかしい。私にとっては不必要なそれは、あなたにとってはこの世界を確かなものとして、くっきりと現実に戻してくれるものなのだろう。そうと分かっていながらも、
私はそれを持って帰ることにした。しかもかけたままに。
「ぐにゃんぐにゃん」に全く慣れることなく、ボロアパートのわが家に着いた。殺風景なこの部屋にはたたんでいる布団の他には、紙とえんぴつが畳の上に転がっていた。最近気が付いた。二十八という年齢になって私は、絵を描くことが好きなのだということに。決してうまくはないが、紙の上にえんぴつでシャッシャと線を引くだけでも気持ちが穏やかになり、怒りや憎しみや劣等感と言った雑念をスゥーっと浄化してくれるような感覚になれる。私は眼鏡をかけたまま押し入れに入っている、小さな机を取り出し、その上で絵を描こうと思った。目を瞑りイメージがくっきりと浮かび上がる。しかし目を開けると視界はぼやけている。このあべこべな感じが何やら絶叫マシンでは到底味わえない程の快感であった。目を瞑りイメージ、くっきりと女性が浮かび上がる、今までに描いたことも出会ったこともない女性だ。そして目を開け、「ぐにゃんぐにゃん」している中、ぼやけ曖昧な状態で私は紙にその女性を描いていく。特にポーズを決めてなく、下手の代名詞な棒立ちの女性の絵を描いた。私は眼鏡を外して、全体を見た。
その女性は髪が肩まであり、艶はなく黒色の天然パーマな癖毛でおそらく彼女はそのことをコンプレックスと思っているんだろう。身長は私よりは低く百六十センチ前後で服装はグレーのパーカーを着ていた。ボーイッシュな印象も持つが、それよりもほんのり暗い印象が彼女を作っている感じがする。眼鏡をかけながらだったので、バランスはかなり悪く、私の脳内が眼鏡の役割をしていて、それでこの絵もそのようにくっきりと見えるように思えた。私は眼鏡をかけなおして、裸眼であった彼女に眼鏡を描いた。赤い眼鏡。赤がないのでえんぴつでとりあえず眼鏡を描いた。私はその眼鏡を赤く塗る為のものを手に入れるために赤い眼鏡をかけ外へ再び出ることにした。
目的があって歩いているが、目的がある人間とは思えないところに私はいた。
コンビニか文房具屋か、本屋かと曖昧に「ぐにゃんぐにゃん」の中、ボヤケ曖昧なままフラフラと相変わらずなれないこの視界で歩いていた。どれだけ歩いていたのか、コンビニや文房具屋や本屋などは過ぎていたかもしれない。それくらいしばらく歩いていた気がする。歩いている時におそらく何人かの人とはすれ違ってはいただろうと思うが、いずれもピンとは来なく視界に入ってはいたが気にならなかった。記憶にもボヤケいや、何も残っていない。ところが彼女は別だった。
その女性は髪が肩まであり、艶はなく黒色の天然パーマな癖毛でおそらく彼女はそのことをコンプレックスと思っているんだろう。身長は私よりは低く百六十センチ前後で服装はグレーのパーカーを着ていた。ボーイッシュな印象も持つが、それよりもほんのり暗い印象が彼女を作っている感じがする。まさにの女性だった。私は赤い眼鏡を外し、彼女に近づいた。彼女は何かを感じとったのか、すこし後ろの方へ引いていたように思える。だが私は彼女をくっきりとした裸眼の状態でちゃんと見たかった。そこに彼女の意思は私には関係のないことだった。
「この眼鏡あなたのですよね?」
「え!?」
「これ落ちてましたよ。」
「え、いや違います。」
私は、彼女にその赤い眼鏡をかけた。その時の彼女の表情に私は興味がなかった。その時の赤い眼鏡姿の彼女を私はろくに見てもない。かけることは出来たのだから。彼女は今私がどのように見えているのだろうか、くっきりと見えているのだろうか、それともぼやけて「ぐにゃんぐにゃん」なのかもしれない。
私は再び特に意味もなくそこら辺をぶらぶら歩いている。
あなたは今頃ぼやけている 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます