転校生


 結局、強気女子の介抱をしていたら休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「と、とにかく後で色々話すわ。教室に合田がいたらまずいから別々に入るよ。あとでメッセージしてね」

「あ、ちょっと待て! メッセージって……」


 俺のスマホはむっきーしかメッセージ友達いねえんだよ……。強気女子はスタスタと教室へと入ってしまった。まあ後ででいいか。

 俺も仕方なく教室へと入る。


 幸い帰りのHRは始まっていなかった。


 あの合田という男子生徒は教室にいなかった。教室の雰囲気はなにやら開放感があるように思えた。

 とりあえず転校の件については保留だ。翔があの女の子たちと知り合いで、なにか計画をしていたみたいだし。


 しかし、ちょっとだけ調べてみたが、いじめはひどいもんだった。


 いじめはクラス全体で行われていた。

 無視から始まり、モノを壊されたり、暴力を加えられたり、奴隷のように扱われたり……。

 花子はいじめを助けていたと言っていたが、実際は違った。いじめを助長するような行動を取っていた。

 ……本当に翔はこいつの事好きだったのか? てか、日記だけじゃ判断出来ねえな。


 それにしても現実ってやつはこんなもんだろうな。

 幼馴染と恋心を育んで、辛い青春を乗り越える。クラスメイトとも仲良くなって、平野な世界が訪れる。

 そんなの物語の中だけだ。


 教室の扉がガタンっという大きな音を立てて開く。


「HRをはじめるぞ。静かにしろ。静かにしないと殺すぞ」

「いてて、先生、痛いっすよ。ちょっと腹痛くて休んでただけっすよ」


 担任の先生が合田の耳を引っ張りながら入ってきた。

 物騒な先生だ。……殺した事のない人間の言葉の雰囲気じゃない。

 あの女先生はあっち側の人間だろうな。だからクラスのいじめになんて興味もない。

 やられる方が弱くて悪いんだ。


「合田は席に着け。……はぁ、転入生、入ってこい」


 ん? 教室に誰かが入って来た。俺は思わず立ち上がってしまった。

 口が開いて塞がらない……。長期戦を覚悟していた俺は……。


 まさかここで会えるなんて思ってもいなかった。

 教室の扉の陰に隠れていた女子生徒は吉田であった。


「よ、吉田って言います。下の名前は……えっと、カナです。よろしく……」

「吉田は明日からこのクラスに在籍する。転校生みたいなものだ。みんなよろしく頼む。海外に行っていた吉田は学校に慣れてないから今日は顔合わせだけだ。ではHRを始める」


 歓喜の奇声を上げそうになってしまった。

 隣のメガネ女子が俺を見てドン引きしている。


 ん? 冷静に考えてみろ。敵対している組織の学校に転入? ってことは任務か……。それはやばいだろ……。上は何考えてんだ? てか、吉田は捨て駒なのか?

 元々おっちょこちょいでへっぽこだからあり得る。


 転校はやめだ。俺はこの学校で骨を埋める。それに翔の仲間の件も気になる。あいつ……本当に自殺だったのか?





 HRが終わり放課後、吉田はワクワクしている顔をしていた。

 転校生、謎の美少女。きっとクラスメイトたちは吉田に話しけるんだろうな。

 吉田も話しかけられるのを待っている感がある。

 俺は早く話しかけたかったけど、とりあえず待つ事にした。


「今日どこいく〜?」

「カラオケでいいじゃね?」

「だれか転校生に話しかけねえの?」

「いや、面倒だからパス」

「ちょ、みんな手厳しくね? てかちょっと地味かな。うちのグループだと浮きそう」

「誰かが話しかけんだろ。行こうぜ」


 誰も吉田に声をかけようとしなかった。

 吉田は「あ、あの……」と女子生徒に話しかけようとしたが、無視された。


 吉田はしょぼんとした犬みたいな顔をしている。

 あいつは学生生活に憧れていたんだよ……。んだよ、そんなの寂しいだろ。


 俺は立ち上がって吉田に近づこうとした。吉田と目があった。


「あっ、対象発見。ん? 写真と顔が何か違う?」


 ……おいおい!? てめえ自分で言ってないつもりでも声に出てんだよ!! 小声でも聞こえてんだよ。だからポンコツだって言われちゃうんだろうが! その癖直せよ……。てか対象って俺か? 何の任務なんだよ。


 まあいいや、吉田に近づこうとしたら、強気女子が俺の身体を後ろに引っ張った。


「御子柴、あんたが話しかけちゃ駄目だよ……。――吉田さん、あのさクラスの説明するね!」


 吉田の顔がぱあっと晴れやかになった。んだよ、可愛いじゃねえかよ。誰だ、地味って言ったやつは? ぶっ殺すぞ。


「う、うん! 僕、吉田。え、えっと……」


「ふふ、私は西澤未来よ。よろしくね」


 てか、吉田は俺から顔をそらしている。……接触しちゃいけないって任務なのか?

 まあいいや俺には関係ない。だが、強気女子……西園の助言もある。

 教室では喋らない方がいいんだな。



 俺は二人が喋っているのをずっと見ていた。

 なんかいい感じだな。このまま二人が友達になってくれたら嬉しいな。


 突然肩を掴まれた――

 振り向くと合田が俺の横に立っていた。


「お前見すぎじゃね? もしかしてあの転校生が気になるのか? ……なんか地味でちびな奴だな。……そういや、お前って我慢強いよな。俺達がいじめてもさ。……もしかしてお前ってそっちのパターンか。他人を痛めつけた方が苦しむってやつ」


「は?」


 合田は二人の元へと向かう。

 クラスメイト全員に向かって言った。


「この転校生は俺がおもちゃするわ。勝手に話しかけんなよ。ははっ、女子をいじめるのは初めてだな。どんな嫌がらせしてやろうか」


 吉田は合田を見て困惑している。西園が苦い顔に変わる。


「え、ええ?? なんで??」


 思考が停止した。

 俺は裏の世界で色々な悲劇を見てきた。人の生死が関わる悲劇だ。自分自身も色々経験した。

 悪意をたくさん受けた。


 だが、この類の人間と出会った事がない。何なんだ、この学校というものは? これが青春なのだろうか? 


「いや、違うだろ……」


 吉田は任務ばっかりで何も知らない女の子なんだ。一度だけ任務で中学に短期間通った事がある。その時は嬉しそうに制服を見せびらかし、毎日どこそこへ行った、と俺に楽しそうに教えてくれたんだ。

『今度は二人で行けるといいね。僕が連れてってあげるよ』


 いつ死んでもおかしくない俺達。そんな中でも幸せってあったんだよ――


「御子柴くーん、自分がいじめられるのがなくなると思って泣くほど嬉しいのか? マジキモいな、お前は継続だよ」


 目元を確認すると涙が出ていた。ああ、そうか、本当にムカついているんだ。


「じゃあ吉田ちゃーん、こっちに来いよ」


 合田が吉田の手を取った。


 身体が勝手に動いていた。相手の力量なんて関係ない。

 様子見? そんなもの糞食らえだ。


 合田の頭を後ろから殴りつける。

 一瞬の沈黙の後、合田が振り返った。ノーダメージだ。吉田の手を離しただけで十分だ。


「……おい、てめえ何してんだ。ぶち殺す……」


「吉田に触るんじゃねえよ。誰がそんな事を許した? 俺が許さねえよ、この――」


 言い終わる前に合田は俺を掴んで投げつけようとした。頭から落とすつもりか?

 お前がそうするのはわかっていた――


 机が激しく倒れる音が聞こえる。


「がぁ……、目が……、てめえ、卑怯だぞ……」


 投げられながら合田の目を傷つける。一時的に視覚を封じる。

 そして合田の髪を掴んで――


「み、御子柴、駄目!! 合田に逆らったら、あいつの親が……」


 クラスメイトたちは怯えていた。合田の報復に対してだろうか?


 合田のせいでお前たちは翔をいじめたのか? いや、違うだろ。いじめが楽しかっただろ? 吉田に対する態度を見て俺はわかったんだ。

 一般学生は人間の皮を被った悪魔だってな。


「てめえ……、マジで殺す。今まで優しくしてやった恩を……、くそ、むかつき過ぎて頭がおかしくなる」


 俺の手の中でもがいている合田。

 頭がおかしいっていうのはこういう事を言うんだよ。


「お前ら悪魔だよ。なんで無意味に他人のこんなひどい事できるんだよ? 俺には理解できねえよ……。だから……消えてくれ」


 頭を床に叩きつけた。今の俺の全ての力。一般人を相手にする力じゃない。いつものように殺すつもりの一撃。

 凄まじい音が教室に響く。

 一回じゃ足りない、二回、三回、教室に再び轟音が響く。


 なんてことはない、感覚を切り替えたとしても俺には人を殺すほどの力はない。気を失う程度の威力だ。


 静かになった教室。

 俺は吉田と向き合う。


「……吉田」


「は、はい、な、なんでしょうか?」


「アイスでも食いに行くか? うまい所があんだよ」


「アイス! はっ……、僕は仕事が……」


「いいだろ、奢ってやるよ」


 その時、教室の入口から声が聞こえた。

 女担任が気配を消して立っていた。


「……お前……、ちょっと職員室へ来い」





*****

あとがき


この話で一旦お休みします!

以前書いた短編のファンタジーを長編で書きます。

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リロード青春 〜人生やり直したら陰キャだった、それなのに周りの女の子達がグイグイくる件について うさこ @usako09

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