強気なあの子は誰だ?


「ねえねえあの人超やばくない?」

「うんうん、写真取っちゃう?」

「それはやばいよー。てかさ、モデルとかなのかな?」

「高校生っぽいけどどこの高校だろ?」


 今にも壊れそうな江の島展望台の横にある小汚いカフェのテラスでのんびりとお茶をする。

 子供たちがゴーカートの列に並んでいる。奥にはレトロなゲームが置かれてあった。

 なんだか懐かしい気持ちになれるんだよな、ここって。

 植物園には奇妙な像が立っていたり、変わった動物がいたり、カオスな空間だけど落ち着く……。


 メンズノンノに書いてあった。みんなテラスでパソコンを広げながらお茶をするのがイケてる男子だって。

 PCは重たいから小説を持ってきた。

 あの子が選んでくれた小説は中々のモノが多かった。他人の話、創作の話なのに、読み勧めていくと妙な達成感があったり、暗くなったり、泣きたくなりそうになったり……。

 不思議なものだ。感情が育まれていくんだ。


 しかし、現実というものは違うんだろうな。

 現に翔は失敗した。いじめというモノにあってしまった。

 自分で命を断った。

 それがどれほどの辛さか体験していない俺にはわからない。翔の日記では『俺が死んでも悲しむ人はいないから大丈夫』と書いてあったが、違うぞ。


 俺は悲しいぞ。

 それにきっと義両親も花子も悲しむ……と思う。


「あっ、メンズノンノのコラムに人生相談コーナーがあったな。……ん? ウェブでも受け付けてんのか。試しに送ってみるか」


 とても興味が湧く相談コーナーだ。今回の相談は引きこもりで悩んでいる中年男性だった。回答は『ソープへ行け!』というものであった。

 まあその言葉以外にも非常にためになる事が書かれてあるが……、なんだか衝撃を受けた。


 とりあえず俺はコラムのウェブ版に相談をすることにした。

『どうすれば学校に馴染めるのか? 友達が出来るのか? 彼女が出来るのか? 童貞は恥ずかしい事なのか?』





 送信を終え、冷めたミルクコーヒーをすする。


「ふぅ、明日から学校か……。緊張するな」


 俺はこの後様々な分岐点に立つんだろうな。組織とは関係ない存在となった。だけど、吉田は組織に所属したままだ。

 あいつを自由にしてやる事ができればいいんだけどな……。


 蟻が人間に立ち向かうようなもんだ。一人の人間の力なんてたかが知れている。

 もう少し力が戻ったら情報を集めて接触しよう。


「敵対組織にでも所属してもいいのかもな、いや、本末転倒か」


 かつて俺を破った男が所属している研究所。得体のしれない力で人間の限界を超えて、俺の未来予測さえも打ち破った。脳の研究を主体とし、感情記憶を操作する能力の持ち主たちが集まる研究所。

 マザーと呼ばれているボスがいる。そして、俺が通う江の島高校を運営している。

 比較的健全な組織であるが……、やばい奴らも多いんだよな。


「ま、何にせよ吉田と仲良くなって放課後カラオケ行ってアイスでも食べて……そっから考えてればいいか」


「おーーい、そこの君ーー!! そう、肩にカーディガンをかけてメンノンホットドックプレスを読んでいる君だ!! カーディガンの貴公子は君に決まりだ!!」


「ん? な、なんだ?」


 奇妙な男が俺に接触をしてきた……。





 ****





 始業式。

 場所がよくわからんから適当に列になっている生徒の所に並んだ。先生に注意されて適切な場所に戻される。


 生徒たちは一切無駄口を開かない。ていうか、緊張感がやばいな。

 周りを観察すると、明らかに一般人とは異なる先生たち。

 気配を消すのが癖になっている少数の生徒たち……。

 いや、普通にしてろよ。逆に目立つわ。


 学年の半分のクラスが特別進学クラスに割り当てられている。この特別進学クラスの奴らは研究所と関わりがあんだろうな。まあ今の俺には関係ない。

 俺は一般クラス、二年A組。


 そういや校舎に入った瞬間、懐かしさと共に違和感をバリバリ感じた。ここは裏の世界とつながっている学校。

 だけど、翔は裏の世界と関係ない。ごく普通の一般人であり、一般の教室。


 メンズノンノで学んだファッションはちゃんと制服に応用している。この学校は校則がある程度ゆるい。私服っぽい生徒もちらほらいる。注意している先生はいない。結果だけを出していればいいんだろうな。


 始業式が終わり、適当に学校を散策した。地形を知っておかないといざという時に困る。

 HRが始まる前に教室に入った。


 ……いじめられていたんだよな。

 内容は日記には書かれていなかった。死ぬほど辛い状況だった事だけはわかる。

 翔は誰も恨んでいなかったよな。それでも本当に嫌だったなよな。



 妙に教室がざわついている。

 生徒たちの視線は俺に向けられている。


「あれって御子柴? 再高校デビュー?」

「てかちょっと怖くね。あれだけいじられてんのにまだ学校来れるんだ」

「頑張ってお洒落してる感が強えな……、きも」

「ねえねえ、ちょっとまって。なんか雰囲気違くない?」

「はっ? 同じだろ。格好だけ変わっても顔も中身も一緒だろ」

「……顔、かなり違くない? あんなにイケメンだったっけ?」

「肩にカーディガン……、え? ちょ、ダサくない? でもダサくない……なんで?」


 肩カーディガンを馬鹿にした奴の顔は一生忘れねえ。……とりあえず挨拶するか。


「おう、おはよう!」


 返ってきたのは戸惑いの空気だけだ。返事はない……。

 うーん、学生なら返事くらいしろよ。


 ……自分の席はどこだ? まいったな、よくわからねえや。

 とりあえず近くにいた女子に聞いてみる。


「なあ俺の席ってどこ?」

「えっ? あ、…………」


 どうやら俺と話したくないみたいだ。顔が真っ赤になっている。怒っているのか? それでも席の方向を指さしてくれた。


「ありがとな、さてと……、この後はHRか」


 自分の机の状態の酷さに驚いた。様々な落書き、破損している机、机の中にはゴミが放り込まれていた。

 なるほど、翔はこんな目にあっていたんだな。……学校なんて来なければよかったのにな。うん、俺も来なきゃよかった。

 ていうか、ただのガキのいじめじゃねえか。流石にガキのイタズラと無視じゃ自殺はしねえだろ。

 そもそも何故こんなに長い期間いじめにあっていたんだ?


「おいおい、御子柴くーん、何カッコつけちゃってんの〜?」


 クラスメイトの大柄な男子が近寄ってきた。肩を組む。酒臭い……。

 俺の腹を小突きながら耳元で大声で話す。


「ていうかさ、調子乗ってるのマジでムカつくんだわ。花子さ〜んって助け呼ばなくていいのか? 花子はお前に優しいもんな。俺の彼女だけどよ」


 ん? こいつは花子の彼氏なのか? というか、こいつがいじめの元凶っぽそうだな。


「あんた花子と付き合ってんのか?」

「あん? てめえ何いってんだ? もう一年になるだろ? はぁ、マジでいい女だよな花子ってよ。居候してたお前にも優しいしよ」


 俺は隣に座っているメガネ女子に聞いてみた。


「なあなあ、こいつと花子が付き合ってるって本当? ていうか、俺って何でいじめられているの?」


「え、あ……、うん、本当。その、原因は、その……」


「言いたくねえなら構わねよ。ありがとな」


 身体を強く引っ張られた。俺は抵抗せずにそのまま床に倒れ込む。力の感覚でわかる。今の俺ではこいつには敵わない。ヤンキーどもと一線を画す。柔道かなんかやってやがるな。


「おい、てめえは人が話してんのに無視してんじゃねえよ! あれだ、放課後、柔道部へ来いよ」


 男子生徒は俺につばを吐き捨てて自分の席へと戻った。





 何事も忍耐力というものが必要だ。

 情報を得るためには我慢しなければならない時もある。正直俺のカーディガンにつばを吐き捨てられた時はボールペンで刺し殺そうと思った。が、ここは学校だ、そういう場所じゃねえ。


 今日は始業式という事もあり授業は午前中しかない。

 休み時間、翔の唯一の知り合いである花子の元へと向かった。


 アルバムの花子とは別人のような存在だった……。清楚な少女は山姥と言われているギャルへと変貌を遂げていた。目の周りが白いぞ……。


「ん、翔じゃん。なんかよう? またいじめられたから助けてほしいってわけ? ていうか、マジできもいんだけど」


 花子は俺を一瞥しただけで、顔も見ずに話し始めた。


「や、ていうかさ、俺って何で高校になってもいじめられてるわけ?」


「ぶっ⁉ それ自分で聞いちゃう? あんたが彼氏がいる私にアピって、彼氏の合田がマジ激怒したからじゃん。ちょっと優しくしたからって舞い上がっちゃってさ」


「うわぁ、それだけでいじめになるんだな。……すげえ世界だ」


「うんうん、マジで学生って面倒っしょ。私も色々あんのよー。あんたもいじめが辛いんなら学校来なきゃいいのにさ」


「ん? 花子が学校来いって言ったんじゃないのか?」


「はっ? 私は親に言われてあんたに言っただけじゃん。ていうか、ようが無いならどっか行ってよ」



 花子の教室から出ていった。

 いじめの原因はわかった。多分、それは原因なだけであって、そこからエスカレートしていったんだろう。

 なんだこの無理ゲーは……。学校生活難しすぎねえか?


 なら簡単な事だ。違う学校にでも転校して新しくやり直せばいい。

 俺の目的は青春を送る事、吉田と出会う事だ。ここである必要はない。


「東京の学校にでも行くかな。ん? お、とっとっと……」


 後ろから袖を引っ張られた。そして、廊下の隅に移動させられる。

 俺の引っ張った張本人が目の前にいる。

 クラスメイトの女の子だ。


「御子柴、だよね?」

「ああ、俺は御子柴だ」

「イメチェンし過ぎでしょ……。これ以上目立ったらまずいってのにさ。あんたさ、春休みって何してたの? なんで連絡くれなかったの? 色々約束してたでしょ……。あとさ、暗くてわかんなかったけど夜の浜にいなかった?」


 ああ、この子はあれか。俺がトレーニング初日で出会った二人組の女の子の――


「強気な方か」

「へ? 何言ってるの? ていうかいたの? いなかったの?」

「うん、まあ夜の浜はいたけど、それがどうした?」

「……いたの? ……でも……、雅も書店バイトで会った時は雰囲気が全然違うって言ってたし……、あんたへっぽこだし」

「ようが無いなら教室に戻るぞ」

「あっ、ちょっとまって。ここに出てるってあんたなの?」


 差し出されたスマホに写っているのは俺だった。俺が江の島の展望台で撮影を頼まれたモノだ。何か急にウェブ紙面の穴が空いたから急ぎで撮影したかったみたいなんだよな。超嬉しかったぜ。

 メンズノンノは俺の青春のバイブルだ。


「おっ、ちゃんと写ってんじゃん! うわー、ウェブに載っての見るの恥ずかしいな。てかさ、あの日のお洒落ポイントはカーディガンの着こなしなんだよな。肩に乗せるのが流行ってんだよな」


「……マジであんたなんだ。まずいわね、これも合田が見たらいじめがエスカレートしちゃうよ。えっと、本題は別で色々作戦練りたいんだけど、放課後一緒に帰らない?」


「いや、転校の手続きするから今日は無理だわ。また今度にしてくれ」


「え……、て、転校? ちょ、ちょっとまって、あんた諦めるの?」


「ん? お前もいじめてたんだろ? なら理由はわかるだろ」


「……えっ? わ、私達の同盟結んだじゃん! 雅と三人でこのクラスを良くするって! あんたは私達までいじめられないように教室では話すなって! いじめなんてするわけないよ、バカ!」


 ……ん? 日記にも書かれてねえな。……こいつは翔の仲間……友達なのか?

 てか、翔はいじめと立ち向かおうとしていたのか? 戦っていたのか?


 んだよ……、なんだかよくわかんねえ感情が浮かんで来るぜぞ。……翔、友達いたんじゃねえかよ。なんで自殺したんだよ……。くそ……。

 こいつも翔もいい奴じゃねえか……。


 この女の子の話を聞く必要がある。

 壁に手を置いて強気女子に顔を近づける。



「お前、いいヤツなんだな」


「え、えええええええっ!?!?」


 うるさいから手で口を塞いだら、強気女子の目玉が白目になってしまった……。


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