調整期間


 時間軸は全然ずれていない。今は春休み。

 日記の内容と俺の今までの人生は全て記憶した。

 あまりにも以前の俺とは違う過ぎる。


「いやさ、学校に潜入して依頼をこなした事あるけどさ、ぶっちゃけ学校生活の何が楽しいかわかんなかったもんな」


 とりあえず今の俺は一般人だ。まずは鍛え直さないとな。

 自分の能力の整理する。

 研究所で拡張された能力はいくつか持っていた。この世界の俺は研究所に行かなかった。

 てことは、生まれ持った能力のみとなる。


「や、それで十分だろ」


 未来予測と……、リロード。

 未来予測は名前の通り未来を予測するものだ。数秒先、調子が良いときは数分、数時間後の事が大体わかる。

 乱数が強すぎる事象には使えない。正直、寿命が縮むからあんまり使いたくねえ。


 リロードは……奇しくもむっきーが使った言葉と一緒だな。

 このリロードはあのリロードとは違う。

 意味合いは似ているが。

 単純に、肉体的精神的疲労を再構築させて元の状態に戻るものだ。

 そこで得たものはそのままだ。

 身体的な怪我を治すものじゃない。


 まあ、死ぬ寸前まで体力使っても一瞬でもとに戻るってだけだ。


「えっと、学校のジャージはこれか。うわぁ……ビリビリに破られてるじゃねえかよ……。しゃーねー、後で適当な運動着を買いに行くか」


 とりあえずジーパン姿で俺は家を出るのであった。





「……く、苦しい……、なんだ、この身体は……」


 近所の海を走り始めて1分も立たないうちに息が上がってきた……。

 足が鉛のように重い。汗が滝のように流れていく。


「髪がうざくて前が、見えねえ……」


 この世界の俺は無精者だったのか? 本質が一緒ならこんなにボサボサにしない。……生きてきた環境だけで変わるものなんだな。だって、俺はこいつみたいに優しくない。


 眼の前が真っ暗になった。身体が倒れる感覚。限界ギリギリまで身体を酷使して死んでもおかしくない状態。――リロード。

 死にそうな苦しさが一瞬で回復する。

 再び立ち上がる俺。


「……先が長いな。……まあいいや、時間はあるし」


 再びノロノロと走り出す。俺の目的は学校に通う事であり、青春ってものを感じてみたい。


 ていうか、吉田もこの世界にいるんだよな。

 現状と変わらないなら、組織に属してんだよな……。探してみるか。


「く、苦しい……、足が、動かねえ……」


 まずはこの身体をどうにかしてからだ。


 ……

 …………。




「はぁはぁはぁはぁ……」


 感覚的には夜中の11時だろう。随分と長く走れるようになってきた。何度死にかけたかわからねえ……。ていうか、走るだけで死にそうになるんだな。

 朝の7時から始まったトレーニングは結局夜中までかかった。

 それでも体力が完全に戻ったわけじゃない。以前の半分にも満たない。

 走るだけじゃ駄目だ、パワー、サーキット、ファイティング、このトレーニングも平行して行う。


「地頭は問題ないはずだよな? 一応進学校には勉強せずに入れる程度の学力はもっていたもんな」


 こっちの世界の一般人の俺……ああ、もう言い方面倒だな。翔って呼ぶわ。

 翔は中学の頃からバイトをしていた。新聞配達で稼いだ金を仮想通貨に変えて、結構な額の貯金があった。

 だから一人暮らし出来たんだよな。


 ……しかし他人の日記を見るのはあんまり気持ちのいいもんじゃねえよな。

 保護先の娘さんの西園花子にしぞのはなこ

 こいつは花子さんに憧れていた。恋していたってほどじゃない。

 中学の最初の方は一緒に登校したりしていた、が、それがきっかけでいじられ、いじめに発展したって感じだ。どうやら花子さんは学校で人気者だったらしい。ようは妬みだ。


 花子さんはいじめられている翔に関わらないようにしていたし、翔も花子さんに迷惑をかけないように自分と関わらないように言っていたらしい。


「はぁ、青春って意外と面倒なんだな。腹減ったしそろそろ帰るか」



 と、その時、浜の端っこの方でいざこざの声が聞こえてきた。

 ガキどもが何やら騒いでいる。


「んだよ、こんな真夜中によ」




 声の方に向かうと、そこには女の子二人を囲っている男どもがいた。顔つきを見ると全員中学生か高校生の子供だろうな。


「や、やめて! もう帰るっていってるじゃん!」

「警察呼ぶよ! 雅は下がっててね」


「別にいいじゃねえかよ。うちらも浜でだべってるだけだしさ。一緒に遊ぼうぜ」

「そうだぜ、バイクあるから後ろに乗れよ」

「てかさ、君らって江の島高校? 超可愛くね?」


 ここは結構治安が悪いんだよな。だけど、地元のヤンキーたちは浜にいる女の子に軽々しく手を出す事はしない。

 どこで地元の有力者とつながってるかわからねえからだ。


 見た感じ、男たちは県外の人間だろうな。

 強気な女の子と震えている女の子。

 江の島高校って俺が通う高校じゃん。

 ……前の俺、御子柴だったら見過ごしていたんだろうな。だって、仕事に影響がでるかも知れないし、興味もないし。


 優しい翔は違ったんだろうな。日記にあったもんな。『今日はナンパされていた女の子を助けようとしたらボコボコにされた』って。



 強気そうな女の子と目があったような気がした。


「ちょっとあんた見てないで助けてよ!」

「未来ちゃん……」


 俺はため息を吐いた。


「はいはい、今助けるからさっさと逃げてくれ。ていうか、こんな夜中に女子だけでいるなよな……」


「う、うるさいわね! バイト帰りに二人で話してたら遅くなっただけよ! え? ちょ、近いわよ⁉ てかあんた……? あれ? どっかで?」


 様子を伺っている男たちの虚を付いて女の子たちのそばによる。

 強気な女の子に耳打ちをする。


「俺が引き付けるから適当に逃げろ」

「〜〜〜〜⁉」


 なんだその反応は? 

 弱気な女の子はその言葉が聞こえたのか、強気な女の子の手を握る。走る準備は出来ているみたいだ。


「おい、てめえ人のモノに手を出してんじゃねえぞ! ぶっ殺――」


 この身体でどこまで動けるか試すのにはちょうどいい。それに、俺は殺すって言葉を簡単に使うやつが嫌いなんだよ。

 死ぬって虚無なんだぜ? 本当に悲しい事なんだぜ? 痛みも半端じゃない。


「んだよ、力が有り余ってんなら俺が相手してやるよ」


 男たちが俺に対して怒号を上げる。と、同時に女の子たちが走り出した。

 女の子たちはその隙に逃げ出したのであった。


「5人か……、ギリギリ無理かもな……、ははっ、丁度いい、実践練習だ」



 ……

 …………

 ………………




 ***




 最近のルーティーンの中にヤンキー狩りを組み込んだ。

 あいつらは夜中に浜に出没する。女の子を狙うモノもいればカツアゲする目的のやつもいる。

 実践に慣れていないこの身体も少しは慣れてきた。


 そして、何故か喧嘩が終わった後、ヤンキーたちは昔からの友達のように親しげに話しかけてきた。


「しゃあっ!! 御子柴ファイト・クラブ結成だ!」

「次の開催は明日でいいよな?」

「兄貴、次は絶対負けません!」

「みこしば! みこしば! いいぇえい!!」

「あのヤンキーは腰中の狼って言われていた男だ。気をつけろ御子柴」

「やべえぞ、浜連の特攻隊長じゃねえか!」


 ……御子柴ファイト・クラブってなんだ?

 とにかく、夜中にヤンキーたちが集まって喧嘩を繰り広げる祭りが開催されているってまたたく間に広まった。

 日に日にその人数は増えていき、力を持て余している奴らが集まるのであった……。

 ていうか、こいつら社会からのけものにされて寂しかっただけなんだろうな。





 学校に行く準備も怠っていない。

 メンズノンノという雑誌を買ってお洒落というものを学んでいる。

 ……これが一番頭が痛くなる。でも、お洒落にならないと学校で溶け込めないらしい。

 髪も美容室へ行って切った。メンズノンノに出てくるモデルさんと同じ髪型にしてもらった。

 今ではメンズノンノが俺のバイブルだ。


 結構な額の散財をしているが、翔の預金はかなりある。……ていうか、こいつも未来予測出来たんじゃね? あれは投機の世界で最強だからな。


 で、今日はもっと青春を勉強するために漫画と青春小説を買うために本屋に来た。





「……どれ買っていいんだ? わかんねえよ……」


 膨大な量の漫画と小説があった。

 小説も漫画みたいな絵が描かれているものもあれば、無骨なモノもある。

 よし、店員さんに聞こう。


「お姉さん〜! ちょっといい?」


 ちょうど近くにいた女性の店員さんを呼ぶ。店員さんは「はい」と俺の方を見ずに返事して、顔を上げた。何故か困惑した表情に変わっていった。


「ん? 何か俺の顔についてる? まあいいや、あのさ、学校で青春する漫画や小説がほしいんだけどさ、どれ買えばいいかわかんねえんだよな。教えてくれないか?」


「は、はい……、あの、その、あれれ? ……。んぐ、今は仕事の時間」


「ん? どうした?」


「なんでもないです! え、えっと、それじゃあ、この漫画はどうですか?」


 こうして俺はおすすめされた漫画と小説を全部買った。

 かごにどんどん入れていく姿を見て店員さんは引いていたかも知れない。だが、これは重要な事だ。

 なにせ俺は学校なんてもんは知らない。

 最終学歴……、研究所特別コース卒業だもんな。義務教育でもねえよ!!








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