探検家ロカテリアと大蛇(3)

「今度こそ、あの蛇をブチ殺す。アタシの最後の大仕事だよ」

 狭い家に招き入れた老婆は、祖父の言によれば自分より十歳は年上なのは間違いないらしい。

 赤毛の少女の瞳には、逆に祖父より十は下だと言われても納得するほど、覇気に溢れて映った。


「いやしかし……その、あなたも、もうお歳ですし」

 さっき助けてくれと泣きついた祖父も、ようやく落ち着いて、ロカテリアを心配そうに見つめる。

「そうだね、殴り合うには少し歳をとりすぎた。だけど知恵は積み重なるばかりだからね、今が最強に賢いともいえるだろう?」

 低い天井に首を傾げるように座っている大男をチラリと見つめて、ロカテリアは机の上に愛用のトランクを乗せた。

「最凶のヤクを調合するよ」


「まずこれは、空海月そらくらげの触手。痺れるから素手で触るんじゃないよ」

 紙の包みから、カラカラに乾いたヒモ状の物体が出てくる。

「空に浮遊しはじめると麻痺毒が失われるらしいから、港にいるやつを網ですくってきたんだ」

 ちょうど祭りの時期と重なったから、宿代が高くついたよと愚痴を言う。


「そしてもう一つが、夕日鳥ゆうひどりの羽。付け根のところに睡眠毒がある」

 取り出された羽根は、少女の想像より遙かに大きく、本当に夕日のように温かいオレンジ色をしていた。

 羽根をもらうために、走り回る夕日鳥に小一時間全力でしがみついていたらしい。

「ジャングルの怪鳥なんだけどね、翼で睡眠薬を生成して、自分に流し込んで延々と寝てるっていう超絶怠惰な鳥さ」

 この二つの毒を合わせて調合したものが、ロカテリアの言うところの「最強のヤク」らしい。


「この薬がキまったら、脳天を狙う。これが紅輝石べにきせきの槍で、これが槍の使い手だ」

「えぇ……オレの紹介もアイテムと同じかよぉ」

 不満そうな男は、南方諸島の出身で、とある因縁からここまでロカテリアに連行されてきたらしい。

 クジラを槍で倒す民族だから、槍のウデは確かだよと申し訳程度にロカテリアが補足した。


「大陸中を旅しなければ集められない品ですよね、ロカテリアさんは、この村のためにどうしてそこまで?」

 赤毛の少女に尋ねられて、老婆はちょっと首を傾げた。

「どうしてだろうね」

 そして、来た時にはなかった光が、少女のメガネの奥に小さく宿っていることに気付く。

「お嬢ちゃん、この先を生きられるなら、何がしたい?」


 それはこの村に生まれた女子にとって残酷な問いだった。

 生贄に選ばれず三十歳を越えたい、それ以上を願うことはあまりにも贅沢なのだ。

 それでも少女は、聡明な瞳でロカテリアを見つめ返す。

「……勉強がしたい。町へ出て、働きながら勉強がしたいです」 

 老婆と大男は同時に、にんまりと笑う。

「いいね。それをアタシらが戦う理由にしよう」 



 少女が生贄として捧げられる日、見送りの人の中に祈祷師の姿があった。

「本当にしつこいとしか言いようがないな、ロカテリア……さん」

 二代目として帝都から送られてきた祈祷師は、着任早々にロカテリアの洗礼を受け、しつけ直された経緯がある。

「それもこれで最後さ」

「もうどこからどう見ても、枯れ木みたいな婆さんなんだ。今度こそ、病院じゃなくて墓穴に直行だぞ」

 出撃前の一服を楽しんでいた老婆は、タバコをもみ消して、まだ数本残っている箱を祈祷師に託した。

「あいにく、墓でも吸う予定だからね。預かっといておくれ」


 

 大蛇は、崖に囲まれたひんやりとした日陰の地で待っている。

 その巨体と対峙した少女は、ごくりと唾をのみこんだ。

 

「この苦い薬を蛇に飲みこませようと思ったら、ご馳走が必要になる」

 薬を調合し終えた後で、ロカテリアが言った。当然ながらご馳走とは、少女のことだ。

 自分ごと薬を飲み込ませて、大蛇の動きが弱まったところで決着をつける。

 窒息する前には必ず助け出すと、老婆は約束してくれた。

 それでも、やりますと引き受けるには一生分の勇気が必要な役だ。


「残念ながらアタシは、若い頃から蛇に嫌われていてね、味見もしようとしないんだから失礼しちゃうね」

 それを聞いて、少女はアッと声をあげた。

「あなたが、大蛇に食べ残された女!」

 大男はブハッとふきだして、即座にグハッと殴られた。

「こんな若いお嬢ちゃんにまで伝わってるとはね、大蛇をしとめた女に上書きしておかなくちゃ、死んでも死にきれないよ」

 本気でくやしそうな顔をしている老婆を見ていたら、どうしてだろうか、少女は彼女になら賭けられると決心がついた。

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