探検家ロカテリアと大蛇(2)
生贄の選ばれ方は、帝都からやってきた
ありふれた色ならば、家同士で骨肉の争いになったし、遺伝で現れる珍しい色ならば、姉妹の誰かが犠牲になる。どちらにせよ、悲痛な選択が行われた。
しかも、蛇の
祈祷師の機嫌をそこねれば、前日の晩まで行われないこともある。
期日までにいくらカネが積めるか、どれだけ教団に信仰心を示せるか。村人はひたすら祈祷師に
周辺の村からも、自分の村に大蛇の災いが降りかかりませんようにと、じゃんじゃかとお布施が集まってくる。
こんなのはおかしい、過去の公平なやりかたに戻すべきだと声をあげた家の娘は、必ず次の生贄に選ばれた。
一度見えざる天の力に委ねられたしきたりは、ついに、人の手には戻ってこなかったのである。
いつしか抗議の声を上げる者はいなくなり、田舎の村の因習としてひっそりと不幸な少女が大蛇に捧げられ続けていたのだ。
だが、この村で一度だけ、姉が次の生贄に選ばれるという情報をつかんで、都会の町まで助けを求めた少年がいる。
子どもの足には遙か遠い道のりだったが、商人の馬車に、河を渡る船頭に、キセルを見逃した車掌によって、少年は運命のように町へ導かれた。
そうして、役場と警察をたらいまわしにされて絶望に沈んでいた少年に、声をかけたのが、まだ年若いロカテリアだったのだ。
彼女は少年と共に村へ戻り、口を閉ざす村人たちに無理やり大蛇の話を吐かせ、こんな横暴を許すわけにはいかないと怒り狂った。
当時新聞社に勤めていたロカテリアは、一度本部に連絡をとりたいからと、二晩だけ村を離れた。
その間に、祈祷師は特急で儀式を行い、二年を待たずに少年の姉を大蛇の元へ捧げるという強硬策に出た。
ロカテリアが戻った時には、なにもかもが終わっていたのだ。
「余計なことをしなければ、数日は猶予があったのに」
心無い村人たちからの言葉に、泣きわめく少年。
ロカテリアがかみしめた唇からは血がにじんでいたが、悔しがったところでもう遅かった。
「必ずこの事件を記事にして、世界中の人に知ってもらうから」
ロカテリアは少年にそう約束して、町へ飛んで帰ったが、そんなことを教団が許すはずが無い。
皇帝から直接、新聞社に圧力がかかった。
編集局長の全力の抵抗をもってしても、小さな中面に「田舎の村で、娘がひとり死んだ」と、誰の記憶にも残らない記事を出すだけで精一杯だったのである。
ロカテリアは失意のまま、新聞社を退職してしまった。
しかし、そこで終わらないのがロカテリアだ。
少年の姉が食われてから一年あまりで、彼女は「探検家ロカテリア」を名乗って、村へ舞い戻ってきた。
帝都で最新鋭の銃器や爆弾を買い込み、蛇殺しの剣と呼ばれる名刀を携えて、大蛇を狩ろうと画策したのである。
結果はロカテリアの惨敗、爆弾は蛇の鱗に傷ひとつ付けず、蛇の尾で吹っ飛ばされた彼女は、あばら骨をボロボロに折った。
今まで大蛇を狩ってしまおうなどと、想ってもみなかった村人たち。
瀕死で運ばれてきたロカテリアに、もしやと期待した望みも完全に打ち砕かれた。
しかし、そこでも終わらなかったのがロカテリアだ。
怪我の治療を終えると、どこぞの師範に修行をつけてもらい、また別の武器を携えて村へ戻ってきて、返り討ちにあった。
その次の怪我の治療を終えると、さらに威力の上がったという爆弾を背負ってきて、自分が生贄になって蛇を腹の中から爆破すると言い出した。
「さぁ、バクっと来なよ!」
ファイティングポーズで構えるロカテリアを、大蛇は感情の無い目で見下ろし、フイと顔を背けるとまた眠る姿勢になった。
「なんでよ! 起きなさいよ! アタシはまだ三十路前よぉっ!」
大暴れするロカテリアは教団の手で捕らえられ、すみやかに代わりの娘が捧げられた。
この時ロカテリアは、
『大蛇に食べ残された女』として、鎮守の村の娘たちからはこっそり縁起物扱いされていたりもした。
三十歳を過ぎてからも、ロカテリアはこれならどうだと、珍しいモノを持ち込んでは大蛇と対決し、大怪我をする。
姉を亡くした少年ですらも、もういいですからと止めるほど、ロカテリアの執念は凄まじく、そのうえで圧倒的に大蛇は強大な存在だった。
そのうちロカテリアの髪に白髪が混じりはじめ、老いの影がちらついてくると、彼女が村を訪れる機会はだんだんと減っていった。無理も無いことだ。
かつての少年も、結婚して子に恵まれ、年をとり、孫にめぐまれ、貧しくもあたたかい暮らしを続けてきた。
そろそろお迎えも来そうかという、晩秋の頃、唐突にお告げはくだされた。
「大蛇様は、赤毛のおなごをご所望じゃ!」
赤毛で三十歳以下なのは、この村でたったひとりだけ。彼の孫娘であった。
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