探検家ロカテリアと大蛇【KAC20248】

竹部 月子

探検家ロカテリアと大蛇(1)

 探検家ロカテリアが、村外れの粗末な家の扉を叩くと、中からメガネをかけた赤毛の少女が出てきた。

「はい……何か?」

 泣き腫らした目を、数回しばたたかせて、少女はドアの前の二人連れを不審そうに見つめる。

 老婆のうしろでは、人相の悪い大男がこちらをにらむように立っていた。


 さっきまで、自分にこれ以上悪いことなんか、起こるはずがないと思っていた少女は、少し青ざめて扉を閉めながら言う。

「お金なら、うちにはありません」


 白髪を後ろで編んだ痩身の老婆は、鋭く舌打ちすると大男をどやしつけた。

「ほらごらん、おまえが凶悪犯みたいなツラしてるから、お嬢ちゃんを怖がらせちまったじゃないか」

 ごめんよぅ、と背中を丸めた大男より、老婆の口調のほうがずっと悪人のようだったが、賢い少女は黙ってなりゆきを見守った。


「家の人に、探検家ロカテリアが訪ねてきたと伝えて……」

 ロカテリアが言い終わらないうちに、家の奥から少女の祖父が足を引きずりながら出てきた。

「ろ、ロカテリアさん!」

 シワシワにしょぼくれて小さくなった老人に、ロカテリアは目を細めて「久しぶりだね」と言った。


「今度は孫娘が……姉さんに続いて、孫までが生け贄に選ばれて……!」

 目尻からあふれる涙が、老人の粗末な服にシミを作る。

「ぅ、うぅ……助けてください、どうか助けて下さい……」

 ロカテリアの袖をつかんだまま、少女の祖父は膝をついた。


「お爺ちゃん、よそから来たお客様を、困らせたらダメよ。ほら、中に入りましょう」

 老人を立たせようとした少女は、自分を見下ろしているロカテリアから殺気が放たれていることを感じて、ゾクリと身をすくめた。

「このロカテリアが来たからには、もう心配ない、今度こそあの大蛇には死んでもらうよ」



 帝都から、はるか辺境の地にあるこの村は「鎮守ちんじゅの村」と呼ばれている。

 身も蓋もない説明をすれば、森に古くから生息している大蛇に、村娘を食わせてしずめ、周辺地域への被害を抑えているからだ。


 蛇の存在を恐れるためか、他の狂暴な生物は寄り付かず、天候も穏やかな土地だ。

 帝都でも中央地域の村でも職にありつけなかった人々は、この大蛇の住まう地に流れ着き、大蛇と共生する道を選んだ。


 頭から見れば、尾の先がかすむとまで言われる巨大な蛇は、二年に一度娘を食えば、あとはじっと眠り続ける。

 つまり、ひとりの娘が犠牲になれば、そのほかの大勢の村人が安全に暮らしていけるということだった。

 

 だからこの村の歴史は、せっせと娘を捧げ続けてきた歴史でもある。

 三十路前の女の中から、公平に、しめやかに生贄選びは行われてきた。

 選ばれた娘は、重労働から解放され、望めば好いた人と夫婦になり、たっぷりと栄養のある食事を与えられた。

 そうして二年の間、村人から深く深く感謝され、その身を蛇に捧げていたのだ。

 

 そのしきたりが大きく様変わりしたのは、六十年ほど前のこと。

 即位した若き皇帝が、帝都の宗教に深く肩入れしたことに始まる。

 教祖は帝都のみならず、周辺の村からも信者を集めることに心血を注ぎ、それを新皇帝は強力に後押しした。

 そして目をつけられたのが、鎮守の村の生贄選びだったのだ。


 ちょうどその時、捧げられる予定だったのが村長の娘だったというのも、悪いめぐりあわせであった。

「村の娘を全部、都に隠してしまえば良いのです。たかが蛇に、帝都の門が壊せるはずもない」 

 派遣されてきた信者の甘言で、村長は自分の娘可愛さに、独断で女子供たちを帝都に移してしまった。


 そうして約束の期日が来て、生贄の娘が来ないことに怒り狂った蛇は、鎮守の村を徹底的に破壊しつくす。

 餌が無いと分かると、隣村まで押し寄せてその村の娘を三人ほど丸のみにし、それでようやく自分のねぐらへ戻っていったのだ。

 

 帝都から村へ戻った女たちは、あまりのことに、言葉を失いへたりこんだ。

「なんたる惨状だ、これは大地の怒りだ。教団がこの村の復興に力を貸し、大蛇の声を聴いてしんぜよう」

 これは自作自演で引き起こされた災いだと、糾弾きゅうだんすべき村長は、大蛇の下敷きとなって、すでにこの世にいなかった。


 村の立て直しに追われるうちに、次の二年はあっというまに訪れ、教団の祈祷師は広場で仰々しく儀式を行った。

「おおお、お告げが聞こえたぞ。大蛇の望みは……栗色の髪の娘じゃ! 七日後に大蛇のもとへ行くがいい」

 杖の先を向けられて、栗色の髪の娘が目を見開く。

「えっ、わ、私ですか? そんな、結婚の約束をしていたのに……」


「そなたが行かねば、村は再び破壊しつくされ、別のおなごが犠牲になる、それでもいいと言うのかね」

 自分たちが帝都に逃げたせいだと、隣村からさんざん罵られ、荒れ果てた村の惨状を目にした少女に、それを断る勇気があるはずもない。

 急な旅立ちに、当人はもとより家族も恋人も何の決心も無いまま、娘は蛇の腹に呑まれていった。

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