第3話 水亀カウンセリングルーム

 姉に名刺をもらった次の日、早速、横浜にあるそのカウンセリングルームに行くことにした。


「水亀カウンセリングルーム。」


 長寿をイメージさせる亀の文字のせいか、老舗のカウンセリングルームを想像させられる。先生も白い髭を生やした老人がやっていそうな感じがして、ワクワクしないなあ、なんて思ったりした。


 場所は、横浜とは言っても、伊勢崎町、関内といった場所にあった。この辺りは、道を一本隔てると急にガラの悪くなる地域に入ったり、大袈裟な言い方をすると彼岸と此岸みたいな空気の違いを感じる場所がある。事故物件サイトなんかを見ても、びっくりするような事件や、人知を超えた何かが事故を誘発しているのでは?と思わされる区域もある。そんな怪しげな雰囲気もあるこの場所を僕は割りと好きだったりする。


「あ、ここかな?」


 目的の建物は、突然、過去から現在にタイムスリップして来たように目の前に現れた。そんな時代がかった堅調な造りのビルだった。錆びた手すりがついた数段の階段を上がり、2メートルを超える重い鉄の扉を押し開けると、大理石の広いエントランスが広がっている。そして、真正面には左右に登る階段。まるで、明治、大正時代のダンスホールのようなイメージである。そして、シーンとした冷たい空気だけが、その場に鎮座している。


 人の気配が全くしないが、googleマップは間違いなくここの住所を指しており、この建物の3階にあるはずである。看板も無いけど、お客が来るのだろうか?


 昼間なのに暗いし、人の気配もしない。目が覚めたら、そんな建物はありませんでしたっていうお話しになりそうな雰囲気だけど、姉の好意を無碍にする訳にもいかないので、中央の階段を登って2階に上った。そこにはまっすぐな廊下が続いていて、左右に扉が並んでいる。弁護士事務所や何とか貿易とか、何かしらの事務所のような会社の看板が架かっていて、スモールオフィスに部屋を貸しているようだ。少し、安心した。


 その廊下を進むと、3階への階段があった。3階に上がると、2階と逆の方向へ階段が伸びていて、同じように何かしらの事務所が並んでいる。 


「あった!水亀カウンセリングルーム」


 扉を開くと、


「え!?」


 扉を開くと想像していたのとは全く異なる景色が広がっていた。この部屋まで、怖いくらいに人の気配はしていなかったし、声も聞こえていなかったのに、ざっと見ても四、五十人の人が座っている。それもカウンセリングルームの待合室というより、ガヤガヤとした、駅のような様相だ。そして、広いし、窓が大きいせいか眩しいくらいに明るい。この部屋に入るまでとは真逆の雰囲気なのだ。


 呆気にとられながら、列の一番後ろに並んだ。その椅子の並び方もぐるっと部屋を回るような不思議な並び方である。並んでいる人たちも老若男女問わずといった感じで、服装も着物だったり、洋服だったり、様々であるが、ちょっと時代がかった不思議な雰囲気である。


「九条兼人さん」


 突然、部屋の奥にある扉が開き、名前を呼ばれた。


「え!は、はい!」


「先生がお呼びです。こちらへ」


 呼ばれるがままに、その部屋に向かった。なぜか、後ろで先ほどまでのザワザワとした気配が消えていくのを感じた。


 呼ばれた部屋に入ると、白いジャケットを着た男性が椅子に座り、先ほど、僕を呼んだ助手だろうか?女性がいた。女性は着物に白いエプロンのような、大正時代を模した喫茶店の定員さんみたいな格好である。メイドさんと言った方が分かりやすいだろうか。


「九条兼人さん?」


 男性に名前を尋ねられた。この男性が水亀先生だろうか?男性かと思っていたが、女性のように見えなくもない。男装の麗人といった雰囲気だ。


「はい、初めまして。姉から紹介されてお邪魔しました。」僕は緊張気味に挨拶をした。


「お姉さんからお話しお伺いしています。どうぞお掛け下さい。」


 年上の男性は苦手なのだが、中性的な雰囲気のせいなのか、落ち着いた声のせいなのか、この建物に入ってから感じていた違和感に緊張させられていた心が不思議と落ち着いていった。

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