仮釈放編
第13話 仮釈放
(ああ、思えば長い監獄生活であった。やはり自由は良いものだな)
五日の刑期を終え、キテンは帰路についた。
ナナバやラリゴたちと暮らす生活も悪くはなかったが、外に出たときの開放感は感じざるを得なかった。澄んだ空気、たくさんの人々。外の世界は明るい雰囲気に包まれていた。これほど素晴らしいことはない。
彼らは任務を受けると約束したので仮釈放がなされた状態のだ。明日任務に向かわなければ、刑期が1ヶ月延びてしまう。それ故にキテンは今日の自由は満喫したいと考えていた。
何をしようか。
キテンはそればかり考えていたものの、したいことを見つけられないでいた。
思えば戦争が終わってからもトレーニングばかりしていた。
そんな彼が一人で町歩きを楽しむのは少し難易度が高すぎるのかもしれない。
当てもなく歩いてきたキテンは結局学校に戻っていた。
「やはり学校で授業を受けるか」
キテンの出した答えはこれであった。元々小学校以降の学歴がないからこの学校に来たのだ。せっかくなら、少しでも学校生活を楽しみたい。
そう思ったキテンは生徒会室に向かった。
そこならば頼れるやつがいるかもしれないと思ったからだ。
キテンは説明会を受けたものの、授業の受け方を知らなかった。
わからないまま悩み続けても状況は良くならない。自分から情報を集めに行かなければ自分にとって必要な情報は手に入らないのだ。
生徒会室は二号館の最上階に位置している。二号館は真央学園で一番高い建物だ。塔のような形状をしている。おそらく学園全体を見渡せるようにしたかったのだろう。
「そうなのですか、そんな大変なことがあったとは。ですがあなたもこれから彼と共に任務に向かうのでしょう?そんなことばかり言ってはいられないのでは?」
「そんなことはわかっているわ。でも少しくらい文句言ってもいいじゃない。この世界でこれほど思い通りにならなかったことは今までになかったんだから。それに今後の予定についてはもう考えてあるわ。後は出発する前にキテンたちに説明するだけよ」
「なら安心ですね。
……本来の目的を達成していただいた後にもこんなことをさせてしまい、とても申し訳ないです。普通なら一生遊んで暮らせるだけの金を渡すか、元の世界に返すのが筋というものですが」
「それを言うのはあなたの責任じゃないでしょう。第一、私を召喚したのは教会じゃない。それにもう元の世界に戻る気はないわ。この世界を気に入ってるし、まだやりたいことが残っているもの。金についてはまあ、欲しくないわけじゃないけれどまだ戦後の不安定な時期だし。無理は言えないわ」
二号館に入ったキテンは誰かが話しているのを察知した。見たところ奈々子とモニカが歩きながら話しているようだ。ちょうど良いタイミングである。これから探しに行こうとしていた人物が目の前に現れたのだから。
「奈々子、モニカ」
キテンがそう話しかけると二人は胡乱げな表情をしてキテンに目をむけた。
彼女らにとっては予想外なことだったのだろう。二人は目をぱちくりさせてお互いに目を合わせてからキテンの方を二度見した。彼女らの表情は驚愕に満ちていた。
「キテンじゃない!どうしたの?今日学校に来ているとは思わなかった。明日任務を受けに行く旨を奈々子様から聞いたからてっきり自宅でのんびりしたり、町でぶらぶらしているのかと思っていたわ」
「そうよ……。どうしてここに?」
モニカと奈々子はそうまくし立てた。
「いや、どうせ一日暇なら何かの授業を受けてみたいと思ったのだが授業の受け方がわからなくてな。頼れるやつはモニカしか知らないから生徒会室を目指して二号館に来たわけだ」
キテンは正直に答えた。わざわざ隠すようなことではないからだ。
「あなたって思った以上に真面目だったのね。少しびっくりしちゃったわ」
「キャットピープルはいい加減な人が多いって言うからキテンもそうだと思っていたけれど、やはり英雄と呼ばれるような人は違うのね」
キテンは褒められるのに慣れているものの、美人二人に見直されて有頂天になっていた。まんざらでもない表情をしている。
そんな中、モニカがニヤニヤしながらキテンの正面に歩いてきた。
まるで何かを企んでいるかのように。
いいこと思いついたぞ、とでも言わんばかりに。
「奈々子様、私はこれからキテンに授業の受け方を教えてこようと思います。ちょうど会話も一段落したところですし、いったんここでお開きにしましょう」
「え!?なら私も一緒に教えるわよ」
奈々子がそう言うとモニカがやんわりと断った。
「教えるのは私だけでも十分です。それにキテンは私を唯一頼れる人だと言ってましたし、その期待に応えないといけません。奈々子さんがいては私の仕事がなくなってしまいますから」
奈々子は口をあんぐりと開けて何か言いたげな表情をしていたが、モニカは間髪入れずにキテンの手を取った。
「じゃあ行きましょうキテン。さあ!」
キテンは言われるがままにモニカに引っ張られていった。
◆ ◆ ◆
キテンはあれよあれよと言う間に生徒会室にまで連れ込まれていた。
モニカに無言で手を引かれ、転移魔方陣に乗ったと持ったらいつの間にか、だ。
生徒会室は展望台のようになっていた。すべての方向を見渡せるように全面ガラス張りでできている。
モニカはキテンを見て、難しい表情をしていた。
手は顎にそえられ、眉をひそめている。
だが、彼女の目は光り輝いていた。
この期を逃せば、自分にチャンスが回って来るのはずっと後になるだろう。
逃してたまるもんか、といった感じだ。
そんなモニカの顔を見てキテンは何も言えずにいた。
え?これって話しかけてはいけないやつですか……。そんな様子だ。
しばらく沈黙が続いたが、意を決したようにモニカが焦点をキテンの顔に合わせた。
「キテン、あなたがとりたい授業って何なの?決まっている?」
キテンはこれだけ間を開けて最初の一言がこれか?とも思ったが顔に出すだけで口にはしなかった。
「いや、特には決めていない。授業の受け方を教わったらとりあえず目についた授業に出てみようかな、と思っている位だ。これから任務を受けねばならんからとれるかはわからんが」
「そうだったのね。フフフ、ちょうどいいな。
じゃあ、おすすめの授業に連れて行ってあげる。とは言っても単位を足るには履修登録が必要なんだけれど、登録期間はもう過ぎてるから単位は取れないのよね。まあでもあなたは特待生だから単位を足らなくても卒業できるし、授業に出るだけでいいんでしょう?なら登録なんていらないわ」
「そうなのか、ありがとう。なら後は一人で大丈夫そうだ」
キテンは授業に出たかっただけで単位を取ろうとは思っていなかった。それ故に立ち去ろうとした。
「ちょおっとーー!待て待てっ。待ちなさい!
まだ言質を取っては……。いや、違う違う。ほら、私も一緒に行った方が勝手もわかるじゃない。一緒に行きましょう!ね!?」
「お、おお?」
キテンはモニカに押し負けした。
◆ ◆ ◆
「私のおすすめの授業は『総合戦闘』ね。あなたはいろいろな戦士と戦ってきて様々な戦い方を知っていると思うわ。でも新兵訓練以外で戦闘について教わったことはないんじゃない。だからこの授業で体系的に戦闘について学んでみるのはどうかなー、と思ったのだけれど。どう?」
モニカは意外にもまともな授業を勧めてきた。どうやら考えすぎていたようだ。
「確かに興味があるな。では『総合戦闘』の授業を受けてみよう」
「良かった。じゃあ、行きましょう」
モニカは立ち上がると扉に向かって歩いて行った。その姿を見たキテンはデジャブを感じた。そう、キテンの股間を蹴り上げてどこかに行ってしまった時に見た背中と重なっていたのだ。
「待て、言いたいことがある。以前お前に申し訳ないことをした。すまない」
キテンは謝り慣れていない。それ故に以前モニカを怒らせてしまった。その経験を生かし、余計なことを言わないように謝罪した。
「ああ、そのことならもう気にしてないわ。私もあなたを蹴ってしまったしおあいこね」
モニカは笑いながら、扉を開けた。
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