第12話 監獄生活五目目③
「何もないわね」
「そうだな。このお化け屋敷は仕掛けが少ないらしい。
だが、先ほどのようにわかりやすい仕掛けが出てくるだろう。
おっ、言ったそばから様子がおかしくなってきたぞ」
先ほどまであった灯りがなくなった。ここから先は何も見えない。
「行くか……」
キテンが歩き出そうとした。
「ちょっと待って」
「どうした?」
「あなたはキャットピープルだから暗い中でもある程度周りが見えるかもしれないけど、私は普通の人間なの。ここから先は何も見えないわ」
「ではお前はここで脱落か。じゃあ外の世界でまた会おう」
「帰らないわよ。ここまで来て引き返すわけないじゃない」
「しかし暗くて見えないのだろう。どうするというのだ?」
「だからそう、手を繋ぎましょう。それならはぐれずに進むことができるから」
奈々子はそう言って顔を赤らめた。
キテンはこの現象を知っていた。風の噂で聞いたことがあるのだ。そう、危機的な状況にいる男女は互いに惚れやすくなるらしい。そして、奈々子は先ほど危機的な状況にいた。そう、顔面にダメージを受けて気絶していたのである。そんな中、キテンがそばにいたのだ。自分に惚れてしまっても仕方がないだろう。まあ、意図的ではないとはいえ彼女を気絶させたのはキテンなのだが。
「そうだな。そうしようか」
奈々子が発言を訂正する前にキテンは喰い気味に返答した。
思い立ったらすぐに行動すること。これができねば戦争で生き残ることなど不可能であった。それ故にキテンはすぐに彼女の手を取った。
奈々子の手はかなり柔らかかった。それも当然であろう。彼女のメインはヒーラーである。確かに彼女は並の戦士よりは強いが、キテンと違って相手を殴ることを生業としているわけではない。
「何固まっているのよ。とっとと行きましょう」
言われてみれば今までになくふわふわした気分である。
気を引き締めなければならない。
キテンはそう思った。
◆ ◆ ◆
「なんか地面がねたねたしてないか?」
「そうね、私もそんな気がするわ。ここを出たら足を洗いましょうか」
二人は他愛もない話をしていたが何かを思い出したかのように突然キテンが足を止めた。
「そうだ、一つ言っておきたいことがある。ここを出たら任務を受けに行こう」
「え!?そんな……なんでいきなり!?」
「ああ、最初は監獄の生活を気に入ったんだが飽きてしまってな。そろそろ外が恋しいと思っていたところだ。明日出発しよう!」
「それならもっと早く言いなさいよ!わかっていたらこんなことしなかったのに」
奈々子が愚痴をこぼす。そもそもキテンを逮捕するのではなく、最初からお願いをしていればすぐに任務を受けてもらえただろう。彼女にも落ち度があるのだ。
「おい、目の前を何か通り過ぎたぞ」
「そうなの?じゃあ、追ってみましょうか」
キテンと奈々子は見えた物が何かを確認しに行った。
彼らは今まで以上に慎重に歩き始めた。
「ん?また見えたぞ。何かが跳躍しているのか?」
「しっかりして。私は全く見えないの。よく見てちょうだい」
「ああ、わかっている。かなり小さくてすばしっこいな。
あれはまるで……ああ、わかったぞ。毒ガエルだ。こんな物を仕込むとはなかなか過激だな」
そう言うと奈々子はいきなりキテンの背に抱きついた。ゼーハーゼーハーとものすごい息を荒くする。キテンはというと奈々子の胸の感触を楽しんでいた。なぜって?キテンはこれほど女と密着したことはないからだ。
「キテン、私をおんぶしなさい。これは命令よ。毒ガエルゾーンを抜けるまでは
やめてはならない。いいわね」
「わかった。お前を背負おう」
キテンは状況を理解した。奈々子は毒ガエルが怖いからキテンの背に抱きついてきたのだ、と。これがナナバやラリゴだったら彼は拒んだだろう。「お前は男だろう。それくらいは切り抜けなければダメだ」という風に。だが、奈々子の場合は状況が変わってくる。キテンにとって利益にしかならないので奈々子の申し出を拒む理由はないのだ。
奈々子を背にしたキテンは歩き出す。普段よりも少し大きく体を動かして。
背にした奈々子の胸の感触を楽しむために。
「ちょっとこの振動はどうにかならないの?もうちょっと振動を小さくしてちょうだい」
「すまんが無理だ。カエルをよけるために仕方なくやっているのだ。理解してくれ」
嘘であった。実際にカエルはたくさんいたものの、キテンならば一切振動を出さないで歩くことも可能だ。相手が恐怖で判断力を鈍らせていることを利用する術は戦争で学んだ。それを余すことなく発揮している。
一般的に英雄になるには条件を達成しなければならないといわれている。まず一つは強さ。誰をも圧倒する力、どんなに攻撃を受けても致命傷は避ける技。これがなくては話にもならない。
そして二つ目は見た目だ。ただ一人強い兵士がいたとしても戦争全体で勝つことはできない。ほかの兵士を盛り上げるためのカリスマが必要なのである。
最後に知力だ。二つ目と同じようにどんなに強くても戦場の優先順位をつけられないようならば全く意味がない。戦の流れを理解してどこに行けばいいのか自分で判断する頭脳が必要なのだ。
キテンの頭脳は意外にも優れている。よく考えてみれば当たり前のことだ。彼は元々ずば抜けて強かったわけではないのだ。様々な工夫をして、試行錯誤して強さを手に入れたトレーニングの天才なのである。
そんな彼はどのように行動すれば自分が幸福になれるのか理解している。現在、彼の脳内は幸せホルモンで満たされている。
だが、それ故に普段よりも注意力が散漫になっていた。
毒ガエルゾーンが終了し、ナナコを下ろすときのことだ。悲劇が訪れた。
「奈々子、ようやくカエルが現れなくなったぞ。そろそろ降りるか」
「終わったの?……助かったわ。ありがとう」
「ああ、気にするな。人を助けるのには理由などいらんからな」
「そうね、そうよね。フフッ。あなたって強いだけじゃないのね。少し見直したわ」
「そうか」
「終わって気づいたけどあの地面のぬめりは毒ガエルをよけにくくするためのものだったのね。よく考えられているわ」
キテンの背から降りた奈々子はその場でのびをする。少し疲れてしまったらしい。さすがに揺らしすぎてしまったか。キテンは少し反省する。
「ちょっと私にカエルがついてないか確かめてくれない?心配なのよ」
「ああ、大丈夫だ。ついてないぞ。じゃあ出発するか」
「そういえばあなたは大丈夫なの?自分も確認した方がいいんじゃない」
「まさか俺についてるわけが……」
そこまで言ったキテンは戦慄した。自分の太ももの付け根にカエルがひっついていたのである。
「うおおおおおーー!」
キテンは叫びながら毒ガエルを放り投げた。
「奈々子、大変だ。カエルが俺にひっついていた。今すぐ解毒してくれ」
「え!?カエルはどうしたの?」
「すぐに放り投げた。今頃どこかで死んでいるはずだ。そんなことより早く解毒を頼む」
「わかったわ。どこについていたの?傷を治すのとは違って毒を直すためには触らないといけないわ。教えてちょうだい」
「大変言いにくいのだが……太ももの付け根だ。頼む」
「いやよ。わたしはそんなとこ触りたくないわ」
そうは言われるもキテンとしてもここで引くわけにはいかなかった。彼には毒に耐性がないのだ。このままでは死んでしまうかもしれない。どうにかして奈々子を説得する必要があった。どうしようか……。そう迷ったキテンはこういうしかなかった。
「奈々子、人を助けるのに理由が必要か?」
「それってそっち側が言う台詞じゃないわよ!?」
奈々子は思わず突っ込んだ。
「なあ、奈々子。俺は先ほど『人を助けるのには理由などいらんからな』と言った。
そしてそれに対してお前はこう答えた。『そうね、そうよね』と。そんなお前が現在困っている俺を助けないでも良いのか!いや。良いわけがない!」
キテンは必死に命乞いをした。死にたくなかったからだ。
そんな命乞いが功を奏したのか奈々子の表情が引きつる。
「ええ、わかったわよ!言ってしまったことはしょうがないデス死ね。
どこよ。さあ、触らせなさい!」
了承をもらったキテンは奈々子の手を取り、己の太ももの付け根に触れさせた。
「ここだ。よろしく頼む」
「これは医療行為。そう、医療行為よ。それ以上の意味はないわ」
奈々子は自分にそう言い聞かせる。ヒールはかなりの集中力を要する。現在の奈々子が実行するにはかなり難しいのだ。だが一度実行すると言ってしまった。故にそれを失敗するのは自分のあり方に反する。なんとしてでもキテンの解毒を成し遂げるつもりだった。
(なんで?私はこんな毒は知らないわ。でも何かしらの状態異常の反応は確認できる。と言うことは新種の毒?いや、現在新しい毒の作成は禁止されているはず。じゃあ何なのよ……)
奈々子は毒の正体を探るため手を動かし始めた。それが原因だったんだろう。キテンの下半身に血流が集まってしまった。
(まずい……。このままでは!)
「奈々子!ちょっと待て!」
「いきなり何よ!今良いとこなの。え?何か堅くなって……」
プシュッ!顔を赤くした奈々子は勢いよく鼻血を吹き出した。
「毒ガエルじゃなくてただの眠り薬が塗られただけのカエルじゃないの……」
そう言って奈々子は気を失った。
「奈々子……。おい!奈々子ーー!」
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