第11話 監獄生活五日目②

 キテンは困惑していた。

 一体奈々子はどうしたというのだろうか。いきなり集められたと思ったらお化け屋敷を楽しめと言ってきたのだ。誰だって困惑するだろう。今までは単純だった。犯罪者として労働を強制されていただけだからだ。しかし何だ、おばけ屋敷を楽しめだと!?


 自分たちは一応罪を犯したということで服役している。普通に考えるならばお化け屋敷は拷問に相当するものというふうに受け取られる。だがしかし、お化け屋敷は本来ハラハラした気持ちを楽しむために作られるものだ。そして奈々子自身もキテンたちの頑張りを評価したから用意したと言っている。


(これはどうしたものか)


 キテンは柄にもなくため息をついたのだった。


 ◆  ◆  ◆


「あなたたち、準備はできたかしら」


「ええ、奈々子さん。これなら奴らに効果があると断言できます」


「私たちの経験を総動員して作り上げた傑作にございます。これで絶叫せぬ者はいないでしょう」


「そう、それはいいことを聞いたわね。期待してるわよ」


 奈々子と話している二人は誰なのか。驚く事なかれ!彼らはナバナ国軍懲罰担当、そう、いわば拷問のプロフェッショナル。誰よりも人が嫌がることを研究してきた二人だ。彼ら以上にこの任務に適任な者はいなかった。


「ほ、ほんとに大丈夫なんですかねーー?」


 彼らの準備の手伝いをしていたアンシャは自信なさげにしている。彼女はお化け屋敷の効果を疑っているらしい。


「大丈夫よ。あの二人は実績は本物よ。疑う必要なんてないわ」

 そう、彼らは拷問のプロフェッショナル。疑うなんてもってのほかなのである。


「楽しくなってきたわね。さあ、一人ずつ楽しんでもらいましょうか」


 ◆  ◆  ◆

「ギャーーーー!」

 大地を響かせるほど大きな悲鳴がとどろいた。


「ラリゴに続いてナナバまでここまで恐れるだと!?

 貴様ら、一体なかに何があるというのだ!」


「いやね、邪推はやめてほしいわ。

 あの二人が絶叫物に弱かっただけでしょう。

 さあ、次はあなたの番よ。早く行きなさい」


 キテンの心からの叫びに奈々子はそう答えた。

 ここだけの話、奈々子は中に何が入っているのかなど知らないのである。

 アンシャは準備を手伝ったものの、奈々子は別の作業をしていて忙しかったため中身を知らないのだ。


(そうね……。最後だし、私もキテンの後からついて行こうかしら?

 ラリゴとナナバを恐怖に落としたお化け屋敷。楽しそうじゃないの)


 そう考えた奈々子は懲罰担当の二人から許可を得てお化け屋敷に入るのだった。



 お化け屋敷の前にまで来たキテンは大きく深呼吸をした。もともとキテンはお化けが苦手ではない。しかしそれはラリゴとナナバにも言えることだ。そんなふたりがあそこまで悲鳴を上げたのである。緊張しないはずがなかった。


 彼は自身が英雄と呼ばれるようになったことを誇りに思っている。それ故、この程度のお化け屋敷などで悲鳴を上げるわけにはいかなかったのだ。後ろから誰かにつけられているのは理解している。己の醜態を見られるわけにはいかない。キテンは気を引き締めて歩き出した。


「む、中に何も見当たらないがどういうことだ。普通、雰囲気を出すために人形だったり壊れたおもちゃなどを置くのではないのか?」


 そう、お化け屋敷の造りは意外にもシンプルであった。なにも見当たらない屋敷と言うだけで多少怖いものだが、後ろに誰かついてきているのでその恐怖は感じない。もう進むしかないのでキテンは歩みを進めた。


 ちょうど突き当たりにさしかかったところだろうか。張り紙があった。


“ここから先は靴を脱いでください”


 (ああ何だ、ちゃんと普通のお化け屋敷じゃないか。びびって損したぜ。

 あいつら情けないな。ただのお化け屋敷であんなに悲鳴をあげるなんて)


 もう恐れることもなくなったキテンは靴を脱ぎ、ためらうことなく進み出した。

 しばらくたつと大きな部屋にたどり着いた。キテンは周囲を観察する。

 あたりにはテーブルと椅子が散乱していた。その中でひときわ目立っている物があった。ちょうど正面にロッカーが置いてあるのだ。


 ”開けてください”


 それにはこんな張り紙が貼られていた。いかにも、と呼ぶべき物だとキテンは理解した。仕掛けの匂いがプンプンする。どうせ中に生首でもあるんだろう。キテンはそんな軽い気持ちでロッカーに近づくと一気に扉を開いた。


「何もないのか、拍子抜けだな。ん?」


 ロッカーを観察していたキテンの後頭部に生暖かい何かが当たった。

 ほうほう、これが本命か。だが、俺はこれしきのことではびびらんぞ。

 そう思ったキテンが振り返る。


 後ろには生暖かいおもちゃの生首があった。


 ”使用済み”


 生首のおでこにはそれだけが書いてあった。

 どういうことだ?不思議に思ったキテンは生首をよく観察する。

 生首の口元には白い液体が付着していた。


 そこでキテンは何かに気づく。

 それから、この世の終わりが来るのではないのかというほど蒼白な表情をした。


「ギィヤアアアアア!」


 キテンは今まで出したことのないような迫真の声をあげ、生首を放り投げた。

 キテンがとっさに投げた生首だ。スピードは優に200キロを超えるだろう。


「ブぺッ!」


 到底生首から出るような声ではない。未だに得体の知れない恐怖にさいなまれているキテンはおそるおそる後ろを振り返った。


 そこには鼻血を出して気絶している奈々子がいる。


「なんでだよ」


 キテンはよくわからない状況にたまらず崩れ落ちた。


 ◆  ◆  ◆

 

「イッタタタ……」

 奈々子は強烈な痛みを感じながらも目を覚ました。

 周囲をよく見渡す。あたりは暗いものの、何も見えないわけではなかった。


「目を覚ましたか。奈々子よ」

 声が聞こえた方向を向くとそこにはキテンがいた。

 奈々子をお姫様だっこしながら歩いている。


「な、なにがおこったの?」

 まだ意識が覚醒しきっていない奈々子は状況を把握し切れていなかった。


「俺がとっさに投げてしまった生首がおまえの顔面にクリーンヒットしてしまったのだ。すまなかったな」

 それを聞いて状況を思い出すことができた。そうだ、キテンについて行ったらいきなりキテンが叫びだしてなにかを放り投げてきたのだ。


「キテン、あなたは何に恐怖を抱いたの?あれは何だったの?」


「もう、思い出したくもないんだ。きかないでくれ」

 キテンは震えていた。あれほどの存在が震えるほど恐れたのだ。やはり懲罰担当の実力は伊達ではないらしい。


「そうなの。まあいいわ」

 そこで会話は途絶えてしまった。気まずい空気が漂う。

 だが、キテンはその空気を気にしていない。

 彼は今触れている奈々子の太ももに夢中からだ。

 といったもののキテンは紳士だ。

 こういうときは男が話しかけて女を楽しませるべきだと知っていた。

 まあ、キテンの実体験ではなく友人から教えてもらっただけなのだが。


「奈々子」


 キテンがつぶやいた。


「今、お前の鼻が折れてしまっている。まるでそうだな、豚みたいになっているぞ。ここから出る前に直した方がいいだろう。そのまま出てしまうとあだ名が

 豚聖女になってしまうからな」


 キテンは決まったと思った。

 奈々子の身を案じながら最低限のユーモアを含んだ回答をできたからだ。

 しかし、誰もがこう思うだろう。

 こいつ、煽っている!?

 奈々子もそう考えた。だがキテンがそんなことをする意味もないので騒ぎ出すのをやめた。自分の身を案じただけだろう。なぜ豚みたいと言ったのかはわからないが。


「あら、教えてくれてありがとう。でも女性に対して豚というのはやめなさい」

キテンの言葉に不快感を感じつつも、助言に従い鼻を直すことに成功した。


 傷を治した奈々子はキテンの腕から飛び降りた。

奈々子と少しさみしそうな表情をするキテンは向かい合う。

「これからどうするつもり?」


「真正面からお化け屋敷を攻略するつもりだ」


「またびびって私に攻撃しないわよね?」


「俺を誰だと思っている。あまり見くびらないでほしい。先ほどは少し予想外なことが起きただけだ。もう取り乱すなどあり得ない」


「そうだといいけれどね」


キテンは気になっていたことをたずねた。

「そういえばどうして奈々子がここにいるのだ?」


「あなたの驚いている姿を見たかっただけよ。

あのロンメを無表情で打ち倒したあなたのね」












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