第10話 監獄生活五日目①
あたりを見渡せばむさ苦しい男どもが大騒ぎしながら酒を飲んでいる。
「アウトッ!セーフッ!よっよいのよい!」
いきなり彼らが服を脱ぎ始めた。だが、誰も彼らのことを気にしない。酒場にいる者たちにとってはいつものことなのである。
そんな中で奈々子は一人酒場で酒を飲んでいた。彼女のまとう雰囲気が酒場に合っていないためか、彼女は客たちの目を引いた。おいおい、誰か話しかけにいこうぜ。という声がちらほら聞こえるものの、時折彼女の冷ややかな目線によって釘を刺され、実際に声をかけにいった者は一人もいなかった。
「奈々子さん久しぶりですね、今日は何かあったんですか?」
彼女は、カウンターから声をかけられた。
「あら、クレオパドラじゃないの」
そう、この酒場はスッパイーダ酒場。クレオパドラが働いている酒場であった。そこは、かなりスッパイ味付けの料理が多く、来る人を選ぶような店であるがウエイトレスであるクレオパドラ目当てに多くの客が集まり、常に繁盛していた。
「そう、そうなのよ。あなたに相談があったからここに来たのよ」
奈々子の目当てもクレオパドラであった。彼女は以前、落ち込んだときに酒場に来たことがあり、クレオパドラがやさしく慰めてくれて立ち直ったことがあった。それ以来彼女を気に入り、ちょくちょく通うようになっていた。
「私をご指名ですか?いいですよ、どんどん相談してください!何だって答えてあげましょう!」
「そう、じゃあ話すわね。
私今ね、いじめで悩んでいるの」
「え?あなたともあろう方が!?」
クレオパドラは奈々子の思いがけない悩みに驚いた。当たり前であろう、彼女は奈々子の功績を知っている、誰が奈々子がいじめられていると思うだろうか。だが、彼女は一つ勘違いをしていた。奈々子はいじめられている側ではなく、いじめている側である。
「ふっ、情けないわね。私としたことがこんな程度のことで悩むなんて」
「そんなことはないです。失言でした。誰だって悩んでいることの一つや二つくらいありますよ。どんなに小さいことであろうと、……私もそうですしね」
クレオパドラは相談にはいつでも真摯に対応する。それ故、奈々子は彼女を気に入ったのだ。
「私、もう耐えられないの、もう、ヴェール平野なんていう暑いところにいきたくないし、あんなジメジメした監獄で過ごしたくないし、大きな声を出したくないの。疲れたのよ」
「ええ!?そんなところにまで連れてかれたんですか?」
クレオパドラは息をのんだ。あまりにひどいいじめだったからだ。奈々子を無理矢理ヴェール平野にまで連れ出し、普段は牢獄に閉じ込め、もの静かだという評判の奈々子が大きな声を出すまでそれをやめない。なんてひどいんだろうか。まあ、実際にはそんなことをするやつは存在しないのだが。
連れてかれたというよりは連れてれていったんだがまあ、そんなのたいした問題ではないだろう、そう思った奈々子は話し続けた。
「しかもあいつら監獄が気に入ってしまって
もうここは天国だ!ヒャッハー!とかいって任務にも行ってくれないのよ。
もうどうしたらいいのかわからないわ!」
「なんてねちっこいの!?」
監獄の中でも一人になれないらしい。どこまでひどい連中だ!そうクレオパドラは思った。
「そう、だから一緒にどうやったら効果的ないじめができるか考えてくれない?
早くあいつらに任務に向かわせたいの!」
「そうそう、効果的ないじめを考えないと、……え?聞き間違えかしら?もう一度いってくれませんか?」
「だから、効果的ないじめを考えてくれないって言ったのよ」
クレオパトラはようやく察した。
「いじめてる側かよーー!」
◆ ◆ ◆
「はあ……」
彼女の名は奈々子。
戦時中獅子王を打ち倒したフローツ特戦隊の生き残りである。
まさに生ける伝説であり、富と名声……なんでも持っているような彼女には悩みがあった。
「どうしたらあいつらを上手くいじめられるのかしら?
何してもあいつらへっちゃらじゃない!もう、どうしたらいいのよ」
彼女には目的があった。キテンたちを任務に向かわせることである。キテン以外の者はどうでも良かったが思ったより優秀な奴らが捕まっていた。どうせなら奴らも連れて行きたい。だがしかし、誰も任務に行こうとしないのである。
普段ならば誰かを無理強いして任務に連れて行くなどあり得なかったが、今は国境に一匹ドラゴンが鎮座しており物資の行き来ができなくなっていたのだ。困った国の上層部は何度も討伐隊を送ったがすべて返り討ちに遭っている。すべての隊員が殺されたのだ。これ以上軍隊に被害を出すわけには行かない。そこで優秀な成績の学生だけでなく、元々優秀な戦士であった者もいる真央学院に仕事依頼をした。
普通、ドラゴンは群れを作って生活している。彼らは頭が良い生物であり、協力して狩りをしたり、互いに子育てを手伝ったり、協力し合って暮らすのだ。だが、例外もある。一匹で暮らすドラゴンというものが存在するのだ。奴らはドラゴンの中でも突出した力を持っている。そう、逆を言えば力を持ち始めると一匹で暮らし始めるのである。
群れで暮らすドラゴンは一匹あたり優秀な戦士が5人で戦えば勝てると言われている。しかし、一匹ドラゴンを倒すには少なくとも優秀な戦士100人、いや200人必要だろう。奴らは最強の存在なのだ。決して戦ってはいけないと言われている。被害が出すぎてしまうからだ。
そんな奴らを単騎で倒すことができるのは、それこそ戦争で大活躍したフローツ特戦隊の序列第一位から第三位までの連中、獅子王国軍の将軍たち、獅子王、そして伝説の体現者となったキテンぐらいであろう。だがしかし、フローツ特戦隊の四人は獅子王討伐戦で亡くなっており、ほかのフローツ特戦隊の生き残りである三人のうち一人もその後キテンに討ち取られ、残りの二人は強いには強いがサポーターの側面が強く討伐には向いていない。
その状況で一匹ドラゴンを倒すのはリスクが高すぎる。どうしようか……。そんなときに獅子王代理から手紙が届いた。キテンを真央学院に通わせてほしいという旨であった。当初、そんな危険なやつを国内に入れられるか!という意見も出たものの、最終的にはやつにドラゴンを押しつけてしまえば良いではないかということで入学が許されたのである。
その事情を知っている奈々子とアンシャは、キテンに任務を受けるよう仕向けられていた。
「まあまあ、落ち着きなって。そんなに落ち込んでもいいことないよーー」
「アンシャは肩の力を抜きすぎよ」
「ははっ、それは確かにそうだよねーー。今のままだとあいつら任務を受けないまま出所しちゃうし。でもなんかこの方向で追い詰めてもあんま意味なくない?きつい開拓作業させても、一日中トイレ掃除させても、片付けさせてもへっちゃらっだったしさーー。もう、方向性変えたらどう?普通に任務内容教えて今困っているんです。どうか手を貸してください。ってさ」
「それはまあ、むかつくけど考慮には入れておくわ。でもその前に最後の作戦を行ってからにしましょう」
アンシャはいぶかしんだ。
「ん?最後の作戦?」
「ええそう。名付けて『お化け屋敷作戦よ』よ!」
◆ ◆ ◆
「今日も働いたっすねーー。もう腕パンパンっす。
連日こんなに働かされるとは思ってもみませんでしたよーー」
「そんなにうれしそうに言っていては本心に聞こえないぞ」
「え!?や、やだなー本心っすよ、本心。
そりゃー、あの二人にしごかれてちょっとは楽しかったっすけど、
つらいのはつらいんすよーー」
今日のラリゴも言い訳くさい。すでに性癖を暴露したというのに恥じらいというものを持っているんだからやっかい極まりない。
「まあまあ、キテンさん、誰にでも恥ずかしいことの一つや二つありますよ。
そんなに詰めないでやりましょう」
(お前の恥ずかしいことは一つや二つですむのかよ?)
キテンはナナバに対してそう思ったが、胸の内に秘めておくことにした。
人間関係を上手く維持するためには、言動をわきまえることが大事であると知っていたからだである。何気ない言葉にも気をつける。キテンはことの大切さをいやというほど知っていた。
彼らが投獄されてからすでに五日が過ぎようとしていた。最初はなかなか不便なことがたくさんあったが、五日もたてばどうと言うことはなくなった。彼らは五日で友情を育み、もうすでに戦友と言っても良いほどの仲になっていた。
「囚人たち。集合しなさい!」
突然奈々子からの呼び出しがあった。しかし、すでに臨時集合にはなれきっている。彼らは平然と立ち上がり、集合地点に移動しに行った。
「今日は終わったと思ったんすけど何があるんすかね?」
「さあな、行ってみないとわからん」
「もしかしたら拷問でも行われるかもしれませんね。彼女たちは我々を無理矢理任務に連れて行こうとしている。あり得ない話ではないでしょう。まあ、私としてはもう監獄生活も飽きてきたので任務とやらを受けてもいいんですが」
そう、最初は監獄生活を満喫していたがそろそろ飽きてきていた。もう、彼らに任務を断る理由はないのである。まあ言われたら受けてやってもいいか。それが五日たった彼らの考えであった。
「来たわね、今日は訓練場の後片付けお疲れ様。
この五日間真面目に働いたことは知っているわ。
そこでそんなあなたたちにプレゼントがあるの。アンシャ」
「ほーい」
アンシャはそう答えるとキテンたちに何やらチケットを配った。
「む?お化け屋敷、だと?」
「そう、そうよ!あなたたちの頑張りを評価してわざわざお化け屋敷を作ったの。
是非楽しんでちょうだい」
そう言って奈々子は不気味な笑みを浮かべた。
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