第9話 監獄生活二日目

 照りつける太陽、荒れはれた土地。見渡す限り何もない。

キテンたちは荒地を開墾していた。


 この地の名はヴェール平野。


 そこは木々が一本も生えておらず、乾いた土地が広がっているだけの国力を蓄えるにはなんの活躍もしない土地である。しかし、戦争をするには重要な中継地であった。フローツ連合の動きを察知するための偵察隊を送る時に使う道などを相手にばれないように巧妙に隠していたのだ。


 したがって、真央国側としてはヴェール平野をとられるわけにはいかなかったのでその地には強い戦士が送られていった。フローツ連合側も何かあると察して、強力な部隊を送り出し激戦が繰り広げられた。


 当然キテンも幾度かヴェール平野に送られたことがある。

どこまで行っても同じような景色が広がるヴェール平野を走り回り、丘の起伏や戦争でできたクレーターの場所を熟知していた。

その地の戦争を経験していなければ、キテンは今ほどの戦士になっていなかっただろう。


「うう……。もう、腰が痛くて動けないっす」

 クワで土を堀る手をとめたラリゴがつぶやく。

すでに、一時間ぶっ通して畑を耕していた。

体力自慢のラリゴでさえ、体力の限界が近づいてくる。


「あれーー?何で働いてないの?

動かねえとぶっ飛ばすぞこのノロマが!」

アンシャは容赦なくラリゴのケツを蹴り上げた。


「ひいいんっ!すみません」

 最初は抵抗していたラリゴも今では一切抵抗しなくなった。

というか、少し楽しそうだ。

彼は何かに目覚めてしまったのだろうか。

いつの間にか遠い存在になってしまった。

 

 とはいうものの、戦士として、いや仲間としてラリゴが痛めつけられるのを黙ってみてはいられない。キテンはラリゴのために立ち上がった。

「おい、アンシャ。さすがにやり過ぎだろう。

ラリゴはもう限界だ。少し休ませてやれ」


「よし、もー休んでもいいぞー。休憩しとけー」

アンシャはキテンを睨みつけた後、背を向けて歩いて行った。

なんかもうアンシャは取り繕うのをやめたらしい。



◆ ◆ ◆


「おい、ラリゴよ。大丈夫だったか?

精神的にもキツかっただろう。休憩時間は無限じゃない。

この限られた時間で体力を回復するんだ。

もしもの時は俺が助けてやる。安心しろ」


 キテンは自分にできる限りのことをするつもりだった。

ナナバはともかくラリゴは体力的に厳しそうに見えたからだ。

体つきはたくましいが、未だ未完成。キテンやナナバに劣るのは仕方がなかった。

キテンは数多の戦争で酷使され尽くしているので、この程度の労働には屈しない。

三日も呑まず食わずで走り回ったこともあるのだ。

まあ、ナナバは大丈夫だろう。


「あの、キテンさん。一ついいですか」


「なんだ?」


「作業中は俺に話しかけないでもらってもいいですか」

予想外の答えにキテンは狼狽した。

不可思議な言動のラリゴに流石のナナバも口をだす。


「人を頼ることは恥ずかしいことではないぞ。

人は一人では生きていけないんだから出来る限り人を頼ったほうが良い。

俺やキテン殿に遠慮しているんだったらそんなに気にするな」


 ナナバの発言に流石のキテンも面食らった。

あんなにいかれた発言をするナナバがかっこよく見える。

もうこれ以降はこのまともなモードを維持してほしい。


「違うんです。違うんっすよ!

もうちょっとアンシャさんと触れ合いたかったんですよ」


「ん?」


「俺はこんな見た目でしょう。獅子王国の血とナバナ国の血が混ざり合っています。

獅子王国の国民並の筋肉を持ち、でもそれ以外はナバナの血が濃く引き継がれている。友達はできたんすよ。でも女の子には振り向いてもらったことがないんです。いつも逃げられました」


「そうなのか……」


「そんな俺に対してアンシャさんは正面から向き合ってくれるんです。そのことがうれしかったんです。だから邪魔してほしくないんっす」


 なるほど、確かに 納得できる。

今まで女に怖がられまくっていた童貞に、ある女が辛辣ながらも自分を恐れずに接してくれるようになった。童貞はその瞬間を確かに楽しむかもしれない。


 だがほんとにそうなのだろうか、キテンはなんともいえぬ違和感を感じていた。言動で攻められているときはうれしいだろうが、普通の男がケツを思い切り蹴り飛ばれてうれしくなるだろうか。自分だったらさすがに文句の一つでも言いたくなるだろう。


「本当にそうなのか?俺に介入されたくない理由とやらは」


「どっ、どうゆうことっすか?」


キテンはラリゴをにらみつける。顔に逃がさんぞ、と文字が書いてあるようだ。


「……本当にそうなのか?…………本当に」


 ラリゴはキテンの圧力に押しつぶされていた。このキテンからは逃れようもあるまい、そう考えたラリゴは正直にしゃべり始めた。雰囲気に飲まれてしまったのである。


「フッ、さすがは伝説の体現者。キテンさんの目はごまかせませんね。

そうです、そうですよ。確かに俺は理由をごまかしていたっす。でもさっきいったことも間違ってはないんですよ。ふれあっていたかった。そう、これは間違いじゃない!」


ラリゴはこのようにまくし立てた。


「ただ、俺は彼女にケツを蹴ってほしかったんっす!いや、それだけじゃない。

『おい、お前のケツを蹴ったせいで私の足が汚れてしまったぞ。罰だ。貴様の舌で私の靴をなめあげろ。さあ、早くしろ』ここまで想定していたのに、なんで止めてしまったんすか!あのままいけば絶対この通りになったのに!ああ、女の子なら誰でもいい、誰か俺をいじめてほしいっす」


 キテンの想定通り、ラリゴの頭はいかれていた。今日のしごきで目覚めてしまったのだろうか。いや、そうではないだろうな。キテンはそう結論を下す。彼は生まれつき生粋のドMなのだろう。今まではうまく隠していたものの、監獄で歯止めがきかなくなってしまったのだ。彼をよく観察しているとわかったが、ラリゴはケツを痛がるそぶりを見せていないのだ。相当自分を痛めつけたのだろう。彼の耐久力は体力とパワーに見合っていない。耐久だけならナナバ以上ではなかろうか。


「そうか。それは悪かったな。約束しよう、次からは邪魔はしない」


 キテンがそう言うと、「作業開始ー。……何してんのー?さっさと集まれー!」とアンシャが叫ぶのが聞こえた。

ナイスタイミングだ、キテンはそう思った。


◆  ◆  ◆

 作業が再開され、キテンは一人で黙々と土を耕していた。ラリゴはアンシャにしごかれ続けており、ナナバは意外にも一人で作業に取り組んでいる。どうやらこの作業が気に入ったらしい。


「お疲れ様、キテン」

振り向くとそこにはニヤニヤした奈々子がいた。

彼女はこの熱い中、長袖の服装を身につけている。

そういえば昨日も同じ服装をしていたな、そう思ったキテンは奈々子に向き合った。


「こんなに熱いんだ。もう少し短い袖の服を着たらどうだ」


「いいのよ。こんな熱い中半袖の服を着ていたら、日焼けがものすごいことになってしまうもの。というか私は制服しか持ってないわ。同じデザインのものを十着作ってもらったからほかのは必要ないの」


「そうなのか」

キテンは見た目的にうれしいから、半袖を着てほしかったので少し残念そうな顔をする。


「そういえばあなた、何でここに連れてこられたか知ってるの?」


あれ?そういえば何で逮捕されたのだろうか。キテンはその答えを知らなかった。

首をかしげるキテンに奈々子は難しい顔をした。


「あなた、それを疑問に思わずにここで働いていたの?もう少し考える癖を作った方がいいわよ」


 奈々子はキテンの思慮の浅さにあきれていた。


「まあいいわ、今から教えてあげる。あなたは闘技場でナナバと戦ったじゃない?そのときに多くの人が気絶してしまったのを覚えているわよね。実はそれが原因なのよ。この学校では異性を気絶させること禁止しているの。去年女子の学生を気絶させて無理矢理レイプする学生が出てきたからそうなったわけ。表ではね」


 キテンは疑問に思った。

「表では?」


「そう、あなたがここにぶち込まれたのにはほかの理由があるの。だってそうでしょう、あなたは意図的に観客を気絶させたんじゃないもの。普通は注意するくらいですんでいるわ。実はね、監獄にぶち込まれた者は任務を達成することで刑期前に自由になれるのよ。ここであなたたちをしごきにしごいて早く解放してほしいと思わせて任務に向かわせることが私たちの目的よ。アンシャが頑張っているでしょう。どうかしら?もうそろそろ疲れてきたでしょう?任務を受けてみない?」


「そうか、それは魅力的な相談だな。……だが断る!」

キテンはきっぱりと断った。









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