監獄編

第8話 監獄生活一日目

 ポタリ…ポタリ…水がしたたり落ちる。

ひんやりとした地下牢では水のしたたる音だけが聞こえる。

新鮮な空気が入ってこないのか空気がよどんでいる。

あたりには汚いトイレと水道、カビの生えたベッドしか見当たらない。

並大抵の精神力の者がここに閉じ込められたら、気が狂ってしまうだろう。


 もっとも、キテンは自傷訓練で精神がいかれているのでなんともないのだが。


「おい、ナナバ。なぜお前がここにいるのだ」

「フフ、それはですね。あなたが捕まったと結構な噂になっていたので、学校内で私だけのヌードショーを開催したまでですよ。皆の視線が私の筋肉に集まっていたので思わず勃起してしまいまして。そしたら捕まってました、ハハッ」

「そうか……」


(ハハッって何だよ。笑い事じゃねーだろそれは。何で監獄までついてくるんだよ)

 キテンはナナバの変態具合に恐れおののいた。どうやらこの部屋に閉じ込められる前から気が狂っているやつがいるようだ。

もうこれ以上ナナバと話していたくなかったので、別のやつに話しかけた。


「お前、名前は何という?」

「俺の名前はラリゴっす」

「そうか。ではラリゴ、お前は何をしてしまったのだ?」

 ラリゴは少し悲しそうな目をしてこう言った。


「ああ、そうっすね……。

目の前にいた女の子の上から花瓶が落ちてきたんすよ。

彼女に当たったらひとたまりもないだろうと思ったんです。

気づいたら足が動いていました。

そして彼女を助けるため、彼女に覆い被さったんです。

そこまでは良かったんだ。

だが、花瓶が俺の体に当たったことで体制が崩れて彼女の胸をもんでしまいました。

そうしたら気づいた頃には警備員に囲まれ、ここに連れ込まれていたっす。

笑えない話でしょう」


 悲壮感あふれるラリゴにキテンはなんともいえない表情をする。

「ああ、そうか。大変だったんだな。

まあ、人生これから長いんだ。いいこともあるさ」



 会話が止まってしまった。これから気まずい時間が訪れようかというところで一人の女が牢屋の中に入ってきた。


「あなたたち、食事の時間よ。こっちに来なさい」

女が黒髪ロングの髪をなびかせて歩いて行く。


キテンたちは顔を見合わせた。そして決心する。

「ゆくか!」


 食堂に着いたキテンたちは食事を開始していた。黒髪の女に食べてなさい。と言われたからである。

「なんだこれは……。監獄というから覚悟していたが、かなりうまいぞ!」

「確かにそうですね、我が家でもこれほどの料理はなかなか食べられないですよ」

「うまいっすね……。確かに生きてて良いことってあるんすね!」


 そう、彼らのいうとおり監獄の食事はかなり豪勢であった。筋肉の源である肉。骨を丈夫にする牛乳。そして新鮮な野菜、果物。どれをとっても文句の言い様がなかった。彼らの箸は食べ物を食べ尽くすまで止まらなかった。三人ともが食べ終わった頃、黒髪の女が別の女を連れて食堂にやってきていた。


「あなたたち、食事は楽しめたかしら。食堂は監獄の唯一の楽園だからこの時間を大切にするのよ。じゃあ、これから自己紹介をするわね」

 そう言って黒髪の女がこちらに近づいてきた。よく見るとかなりの美人である。

「私はあなたたちの懲罰担当になった奈々子よ」

キテンは何かを察した。

「黒髪で菜々子? まさか……!?」


「お察しの通り私は元フローツ特戦隊よ。

今回はキテンとか言う化け物を檻に閉じ込めないといけないから、私が呼ばれたってわけ」

「なるほど。化け物には化け物をぶつけるってことっすね!」

「誰が化け物よ!」


バシッ!その音が聞こえた瞬間、ラリゴが掻き消えた。

ラリゴは己の顎が外れているのに気づいた。

「ええーー……。」

「あら?ごめんなさい。やりすぎてしまったわ。

でもあなた。長生きしたいんなら言動には気をつけることね」

そういった途端、ラリゴの上から光が注がれた。その光のなんと美しいことか。聖女と呼ばれるのにも納得できる。気づいた頃にはラリゴの傷は癒えていた。


 ――篠原奈々子――

 そう、彼女は獅子王を見事に討ち取ったフローツ特戦隊の一員であった。

彼女の雷名はクレイニアム大陸中にとどろいているといっても過言ではない。

彼女はヒーラーであった。どんな毒だろうと傷だろうと一瞬で治してしまうほどの力を持つ。それだけでなく、バフを他者に与えることができ、サポーターとしての役割もこなせる。もちろん彼女自身にもかけることもできるので、彼女がお荷物になることはあり得ない。


 元々神の存在を感じるという才能を持つ者でないとヒーラーの適性を持たない。その中でも自分をすさまじい限界状況において神に対して強い信仰心を抱かないと実際にヒールやバフは使えないはずなのだ。


 しかし、彼女は違う。彼女は何をせずとも神の力を使えた。誰よりもすさまじい力を。そう、彼女は神に愛されていたのだ。


 その時代で最も神の力を使える者を聖者もしくは聖女という。当然彼女もそれに該当する。しかし、ただの聖女で良いのか?という意見が出てきた。彼女の功績は歴代の中でもぶっちぎりで最高である。よって彼女はこのような二つ名で呼ばれることとなった。

――歴代最高の聖女――


 次にかわいらしい女が近づいてきた。確か、キテンを捕まえた女だ。

どうやらこの学校にはキテンのお目にかなう女がたくさんいるらしい。

「私の名前はアンシャ。よろしくね」

アンシャは人懐っこい笑顔を咲かせた。


「アンシャ殿にしごかれることを想像するだけで興奮するっすね!(コソッ)」

 どうやらラリゴは健全な男子らしい。このような場でそのようなことを口に出すのはあまり好ましい事ではないが、キテンも同意しておく。なんせキテンもそう思ったのだから。

「ああ、そうだな」


 だがここでナナバが話に割り込んできた。

「ええ、2人ともあんなガキみたいのがいいんですか?私はあまり好みじゃないですね。ああいう子は大抵だらしない体をしているのでいざという時に萎えるんですよねー。どうせなら私は生徒会長にしごかれたかったというのが正直なところですね。まぁ、最悪菜々子さんはいい線いってると思うんで、及第点ってとこですかね」

 

 なんかすごいことを言いだした。どうやらこいつはキテンとラリゴとは違う世界の住人らしい。まぁ、こいつ見た目だけは完璧だしな。


「お前はすごいな。どれだけの女と遊んできたんだかは知らないがそれほどの境地に達するとはな」


「いえいえ、とんでもないです。

というか私は人間の女性との経験は一度もありませんからね。訓練してたんでそんな機会はなかったんですよ。ですが私は相手の体を服の上から見て想像する力を備えてますからこの境地に達しました」


(こいつ……。童貞の癖にそんなことを言ってたのか。ん?人間の女性との経験は……?まさか!?)


 キテンは深くは聞かないことにした。

時には知らない方が良いことがあるというのを彼は知っていたからである。昔いらないことを聞いて胃がキリキリした経験を今でも覚えている。あれはたしかそう、自分がまだ齢15にも届かぬほどのガキであった頃の話だ。ああ、嫌なことを思い出した。


 アンシャが前屈みになり、上目遣いをして話しかけてきた。

「今日はーみんなで訓練場の片付けをするよー。

訓練で疲れた子たちのためにー君たちが頑張ってかたづけるの!」

 

 キテンはアンシャの呼びかけにキュンと来ていた。

彼は優秀な戦士であるが所詮、童貞である。

かわいい女の子が優しく話しかけてくるだけでドキドキが止まらない。

そんな状態になったキテンは張り切りまくっていた。

訓練場に着くと我先にと動き出し、ほかの奴らの二倍の速度で働いた。


 そんなキテンを見てアンシャは感心したようだ。

「ほかのみんなもー、キテンみたいにがんばってねー」

キテンは褒められて気分は最高にぶち上がっていた。

だが、ナナバは彼女のことがあまり気に入らないようだ。

「はーーい、頑張りますよー」

彼はやる気のない声で返事をした。

 

 するといきなりアンシャの雰囲気が変わった。

「あぁ?」

アンシャはものすごく低い声でうなった。

キテンはなにかの聞き間違えかと己の耳を疑った。

「返事はのばすんじゃねえ!

短く切れやこの馬鹿たれがーー!」

彼女は怒鳴るとナナバを氷漬けにした。


「えぇ……?」

さしものキテンも彼女のギャップに戸惑っていた。

それも当然だろう。今まで可憐な少女だと思っていた人物が

般若の形相をして叫びだしたのだから。

普通の感性をしている人ならば誰もが驚くだろう。


「というかお前。さっきから調子に乗ってんじゃねえよ!

私の体がだらしないだあ?全部聞こえてんだよこのくそやろう!

聞き逃してやりゃあよー、好き勝手いいやがって!

ふざけたことばっか抜かしてんじゃねえぞ!」


 全身氷漬けにしたナナバを蹴り上げるアンシャを横目に奈々子がこう語る。

「言い忘れていたけど、アンシャは氷魔法しか使えず、その出力をコントロールできずに仲間を巻き込んでしまうことがあったからフローツ特戦隊に入っていなかっただけよ、実力なら私と同程度はあるわ。あなたたちも気をつけるのね」

 

 アンシャが笑顔で挨拶してきた。

「よろしくねーー!」

「よ、よろしくお願いします!!」


前途波乱な監獄生活が始まった。















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