第7話 入学式④

 ナナバはキテンに追いついたと考えていた。実際、力を解放したキテン相手に互角以上に立ち回れていた。だが、キテンはハイパーフィネックスという奥の手を隠し持っていたわけだ。自分は勝てないのがなんとなくわかった。そこまでは良い。しかし、どうしても許せないことがあった。


「なぜだ。なぜ、なぜなぜなぜなぜ、

なぜ翼をはやしてしまったのだ!」


「ん?」

キテンはなぜ怒鳴られたのかわからない。


「翼をはやしてはあなたの背中が、……たくましい筋肉が隠れてしまうではないか!」

ナナバはこうはやし立てる。そう、ナナバは勝てないことに対して怒っているわけではない。キテンの姿が気に食わないから怒っているのである。


「私はまだあなたの背中を見ていないんだぞ!もし勝ったら倒れたあなたを担ぎ上げ、触って楽しもうとしていた。もし負けたのら、慎ましくも倒れながらあなたの背中を後ろから眺めようとしていた!だがそれは何だ!勝っても負けても背中が見えないではないか!」


 恐ろしいことを口に出すナナバにキテンは若干引いていた。

これほど恐怖した出来事はほかにないのでは?いや、けつの穴を掘られそうになったときに比べれば若干ましか。

キテンが現実逃避しているとナナバが突っ込んできた。


「こうなれば抱きついてやる!もう、体裁などどうでもいいブペッ」

(気持ち悪……。血がついてしまった。これは洗い直さないとな)

今までどんなに血がべっとりついても気にしたことのないキテンがそう思った。


◆  ◆  ◆


「勝者、キテン。」

 この判定を聞いていた客はほとんどいなかった。

それもそのはず、キテンが力を解放しただけで半数の客が気絶したのだ。

ハイパーフィネックスに成った彼を見て耐えられる者などさらにごく少数であろう。

やはり、ナナバは相当な天才だったということがわかる。キテンの近くにいてもピンピンしていたのだから。


 判定を聞いて変身を解いたキテンはかなり疲れていた。

さすがに力を解放しただけでは疲れないが、ハイパーフィネックスになれば話は別である。あの形態は普段の5倍ほどの出力と回復力を得られるのだが、いかんせんかなりの体力を使う。戦時中でさえ、あの形態になったことはほとんどないのだ。先ほどの戦いがどれほどハイレベルだったのかがよくわかるだろう。


 キテンが変身を解いたことで多くの観客が目を覚まし始めた。多くの者は途中で気絶してしまったので、消化不良のようだ。だが少数の気絶しなかった観客たちは興奮に身を委ねる者、ちびっている者など様々であった。そんな彼らでも口をそろえていうだろう。やはり、クレイニアム大陸最強はキテンである、と。


 もうすでに戦いは終わった。そう考えたキテンは闘技場を後にしようとしていた。


「キテン!ちょっとまって!」


聞き覚えのある声にキテンは足を止めて振り返る。

そこにはモニカがいた。彼女はかなり息を弾ませていた。それどころか全身が汗ばんでいた。特に股の部分が凄くぬれていることがわかる。もしやおもら……


おやぁ?


「あなたの先ほどの戦い、素晴らしかった。

あのレベルの戦士であるナナバを圧倒するなんて思わなかったわ。

まあ、それは置いておいて入学式に参加しなかった人たちには説明会が設けられるの。卒業するのに必要な情報だとかここの学校で暮らしていくのに知らなきゃいけないことだとかいろいろね。明日の9時頃から一号館でやっているから是非行ってみるといいわ。伝えたいことはいったから私はこれで」


 恐ろしく速いスピードで走り去っていくモニカにキテンは唖然とした。

(あ、漏らしたのかってきくのわすれた。いや、レディーにそのようなことはいわない方が良いな。あぶないあぶない。だが、美人の漏らした姿は悪くない)

最低なことを考えながらキテンは帰路につくのだった。



◆  ◆  ◆

 強烈な日差し、爽やかな風、ベッドの上で散乱するティッシュ。

いつも通りの寝起きである。

起床した彼は前日に買っておいた食料を調理した。彼は料理の腕がそこそこだ。毎日野宿することがざらだったので戦士にとっては必須なスキルなのである。

そして食事を終え、今度は掃除に取りかかる。

まずは散乱したティッシュから片付ける。

え?何に使ったかって?

そんなの聞くもんじゃないぜ。


 彼は今日一号館にいかなければいけないことを思いだした。迷ってしまうかもしれないし早めにいくことにした。


(えーと、一号館はどこだろう。時間はまだあるから少しは迷えるが……)

校門をくぐった彼は歩き出す。

どうして一号館にいくんだっけとも思ったが、生徒会長であるモニカがいっていたことだ。なにか重要なことがあるに違いない、そう思った彼は歩みを進める。


 なんと親切なことだろう。校門の近くには地図があった。これが戦時中だったら話は別だ。なんせ地図なんてあったら敵に地形が伝わってしまい、地の利がなくなってしまう。平和な時代になったからこそ便利になったのだ。


 キテンは地図通りに進み、一号館へとたどり着いた。扉を開けて中をのぞくとすでに何人かが待っていた。こんなに早くにいるとは関心だな、そう思ったところ中にいる一人に見覚えがあった。


「モニカ。おはよう、元気か」


 そう、見間違うはずがあるまい。すらっとした体躯、美しいヒップライン、男ならば誰もが振り向くと思われるほどの美貌。これらを持ち合わせる女はそうそういないはずなのだから。


「あ、ああ。キテン。おはよう……」


 なぜだか決まりが悪そうな表情をしている。何かあったのだろうか。熟考するキテンはあることを思いだした。そういえば昨日、お漏らしをしていたな、と。

それを誰かにばらされるのを恐れているのではあるまいか、そう考えたキテンは彼女を安心させるためこう言う。


「安心しろ。昨日モニカが”お漏らし”していたことは誰にもいわない。

”お漏らし”なんて子供がすることで大人がするのは恥ずかしいことだ、とお前はそう思っているのだろう。だが安心しろ。”お漏らし”は戦場では誰もが経験することだ。

かの有名なフット・モモリーニでさえ経験したことがあるだろう。だからお前が”お漏らし”を気にすることは……」


 そこまで言ったところでキテンは下半身にものすごい痛みを感じた。いきなりなんだ、と確認すると己の股間にモニカの足が突き刺さっていた。キテンの体はものすごく硬い。本来であれば小娘のけりなどでダメージを負うはずがないのだ。しかし、キテンにも弱点はある。股間だけは鍛えることができなかったのだ。


「そんなお漏らしお漏らしなんていっていたら誰かに聞こえちゃうじゃないのよ!

少しは気を遣いなさいよ!」


 モニカは怒ってどこかに行ってしまった。気を遣ったはずなんだがな……。キテンが傷心を抱いて椅子に座っているうちに時間がたってしまっていたらしい。これから何かが始まるようだ。


「えー、聞こえるかね諸君。初めまして。私はこの学校の校長であるメロン・ウォーターだ。よろしく頼む」


「これから入学式に参加しなかった君たちに学校説明会を始めようと思う。まずはこの学校で学ぶ内容だな。えー、この学校は各分野で優秀な功績を残した学生しか集められない。よってここには必修授業というものがないのだ。ただし、卒業するには最低10単位とる必要がある。講義を受けること、もしくは実戦訓練で一定のレベルまでに到達することで単位を獲得することができる」


「ただし、このルールに従わなくても良い学生もいる。そう、特待生だ。

彼らは戦争で英雄と呼ばれてもおかしくないほどの実績を持つ者、そして、すでにクレイニアム大陸の学者の中でも突出した成果を得た者などがいる。

そういった者は単位を取らずとも卒業が可能だ。まあ、好きな授業をとってもかまわないが。さらに特待生には任務を受ける資格が与えられる。どの任務も難易度が高く、一筋縄ではいかないが報酬としてかなりの金額を獲得できる。是非、受けてみてくれ」


「次に学内自治についてだ。

この学校はナバナ国の領土内にあるものの、自治権を認められている。つまり、この学校特有の法律が定められているということだ。そして、生徒会長には法律改正の権限が与えられる。これは学生たちに無理矢理にでも政治に興味を持たせ、選挙に参加させることが目的だ。そのため、しっかりと候補者を吟味してほしい。取り締まられた者は例外なく学内監獄にぶち込まれて看守たちにしごかれ、奉仕活動をさせられる」


「まあ、ここまでいろいろと話したが、たのしいイベントも行う予定だ。特に年に一度、代表者を選抜してほかの学校の代表者たちと武道大会を開く予定だ。まあ、武道大会がメインであるが闘技場外では屋台を開くなど祭りのような側面もあるからすべての学生が楽しめるようになっているはずだ」


「では、話は終わりだ。解散して良いぞ!」


 世の中の校長にしては話が短い方であっただろう。キテンは話が短かったことに感謝した。立ち上がってどこかに行こうとするキテンは腕に奇妙な感覚を感じた。今まで感じたことのないような柔らかい感触であった。なんだろうか。横を見るとかわいらしい女がキテンの腕に抱きついているのが確認できた。彼が状況を整理し、ついに春が来たと喜んだ途端、


「キテン、逮捕ーーーー!」

学校中に届くのではないかというほどの大きな声で横の女が叫んだのである。

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