第3話 残された者たち
あれからノアが帰らないまま数ヶ月がたった。私も夜泣く事が少なくなった気がするが1人で居るとふとした瞬間に泣いてしまう。昔の自分の様に弱くなってしまったようだ。ノアが居ないと私は弱虫なんだ。強くなったと思っていた。だが何も変わっていなかった。私は弱いままだった。
あの時、私はジュエルではなくノアが帰って来てれば良かったのにと思ってしまった。私は最低で最悪な奴だ。消えて無くなってしまえばいい。
「うぅ…ノア…」小さく口から声が漏れてしまう。するとコンコン、ドアがノックされる。急いで涙を拭きいつもの声を出す。
「はーい!」
「ご飯が出来ましたよ」カシマの声だ。今日はカシマの当番だっただろうか?違う、私の当番だった!急いでベットから降りて扉に近づきカギを開ける。
「ごめん!私の当番だったのに…忘れてたわ」サクラテスは急いで頭を下げる。サイドテールが床を擦る。
「いいんです。どうも今日は麻婆豆腐が食べたい気分だったので、私が勝手につくってしまいました」そう言いながらカシマはメガネを上げる。麻婆豆腐は私の好物だ。気を使ってくれたのだろう。
「ありがとう…」頭を上げながら少し口篭り言う。
「さあ冷めないうちに早く食べてしまいましょう」そう言いながらカシマはリビングに向かう。
「先生は今日も遅いの?」カシマが頷く。
「ええ、今日も中央塔に行かれているみたいですよ。置手紙がありました」
「そう…やっぱりノアの捜索の件だよね…」サクラテスはまた涙が出そうになるのを必死に抑える。
「そうでしょうね」カシマが振り返り言う。私の瞳の色を見たであろうカシマが急いでつけ加える。
「先生も仰ていましたよ。ノアが帰って来るのも近いだろうと!彼が無事に帰ってくるのを待ちましょう」私はうんと頷く。
リビングの席に着くとジュエルは座っていなかった。
「ジュエルさん部屋から出てきてくれません。今日の試合、散々でしたから…」カシマが麻婆豆腐をよそりながら静かに言う。今日はブルーボールラッツ大会の地区予選2回戦目で私達のチームグレゴリーが負けた。負ける様な相手ではなかったはずだ。だが結果は散々だった。
「ミシエラくんには悪いことをしました。私の作戦が良くなかったのです。」ミシエラはノアが抜けた穴埋めに入ってくれた補欠の子である。彼の実力も確かだがなにぶん経験が浅い。
「普段からノアにあなたが居なくても負けません。何て言っていたのに情けない話しです。」ノアがいない間カシマはチームのサブキャプテンとして頑張っていた。ノアがいつ戻ってきても良いようにと練習は彼がいる場合と居ない場合の2種類用意してくれたし、落ち込んでいる私やジュエルを引っ張って1回戦を何とか勝ち抜いたのだ。だが…
「カシマは悪くないわ…私のせいよ。あんなにゴールを決められる事なんて今までになかったわ。試合にちゃんと集中出来てなかったのよ…」悔しさが込み上げてくる。これまで培った技術の1パーセントも出せなかった。ゴールは散々決められ、焦ったジュエルが相手選手をタックルで吹き飛ばし怪我をさせた。相手選手は会場の外まで飛んで行き木に引っかかってたらしい。挙句に仲間のミシエラに掴みかかって殴り飛ばしたのだ。勿論ジュエルは退場させられた。散々な試合だった。
「この話はこれぐらいにして、麻婆豆腐を食べましょう。なかなか美味しく出来ましたよ。」
そう言うとカシマはいただきますと言い麻婆豆腐を食べ始め、私もいただきますと食べ始める。やっぱり麻婆豆腐は最高だ。この辛さがたまらなく好きなのだ。
「凄く美味いわ。ありがとねカシマ!」心からの感謝をカシマに言う。
カシマの顔が赤くなる。瞳はメガネが曇って見えないが多分青くなっているだろう。カシマは辛いのが苦手なのだから。
モニタースクリーンが複数宙に投影されていてそれぞれが精密な数値や波形を映している。部屋の中はやや薄暗く映像が詳細にみえるようになっている。そこでは複数の大人達が各々の仕事をこなしている。
「先生。こちらのデータなのですが、ノアくんがいなくなった時間に放射能度が僅かに上昇していることがわかりました」そう言って話しかけてきたのは黒く長い髪の白衣を着た女性は私の元教え子のセムルスだ。年若くしてここの所長を任されている。彼女はとても優秀で即座な状況判断を下せる素晴らしい人材である。
「先生は辞めてくれ。君はもう立派にここを仕切る管理者で私は君の力を借りている一市民にすぎない。だから敬語も不要だよ」先生が苦笑を浮かべながら、疎らの髭が目立つ顎を指で掻きながら言う。
「そんな訳にはまいりません。先生には大きな恩があります。立場も本来は私より上ですし…」セムルスがバツが悪そうに瞳を青くする。
「気にする事じゃない。君は何も悪くないじゃないか。それに君の実力は私が1番理解しているよ」優しくそう言うとセムルスは目を細め軽く頷く。
「ではその…ヤハさん…いや、ヤハ様?とお呼びしても?」先生はメガネ越しに目を丸くする。
「おいおい勘弁してくれ!私に継承などいらないさ。そういうのは苦手なんだ。ヤハで構わないよ」先生が慌てて言う。
「わかりました。ヤハ……さん…」セムルスの瞳が僅かに赤みが指す。きっとこれが彼女の精一杯なのだろう。先生が小さくため息をつく。
「それで構わないさ。それより放射能度が上がったとは?やはりゲートの影響かね?」するとセムルスは先程の緩んだ顔をいつものポーカーフェイスに戻し話し始める。
「そのようです。ノアくんとジュエルちゃんがゲートに入る直前に数値が上がっていました。恐らくですが彼等が入るまではゲートは開通しておらず、入ろうとする事でゲートが開通したのだと思われます」
「放射線による彼らへの影響は大丈夫だろうか?」セムルスは右手で髪をかき上げながら手元の資料に目を落とす。
「その点は問題ないでしょう。漏れ出た数値的にも我々に影響が出るとは考えにくいです」
先生は安堵する。
「やはりゲートの目視と接触がトリガーになっているようだな」先生はモニターに映る航空映像を見ながら答える。
「ええ。その…やはり彼の血筋が影響してるのでしょうか?」セムルスが少々聞きづらそうに言う。「どうだろうな。今は何とも言えない」先生はメガネを指で上げ背を向ける。
「どちらにしろ。時間のズレの影響が出ている以上、早急にノアを発見しなくてはならない。場合によっては反物質エネルギーを使用してでもだ」
「しかしせん…ヤハさん…その、彼の人から許可が出るでしょうか?」セムルスは声を落とし喋る。
「まず降りないだろうな。だが、それでもヤツは許可を出さざるおえないさ」先生のメガネの隙間から濃い紫色の瞳が怪しく輝く。
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