EP02-05 遭難者発見?
§ § § §
シンシツ・ケイタは空を見上げていた。
動けなかった。
酔っぱらった状態でものの見事に滑落し、綺麗に他の登山客に見えない位置に転がるように落ちていた。
声を出そうにもヒューヒューと息が漏れるだけ、両脚は何やら変な方向に曲がり息が出来ないくらいだった。
さらに言うと、なぜか彼に覆いかぶさるように木の幹と枝も倒れていて完全に身動きできなかった。
(俺……死んじゃうのかな……)
彼は絶望をしていた。彼は愛する、最愛の妻の浮気現場を見てしまったのだ。
たまたま仕事が早く終わり、サプライズでお土産を片手に帰ると、男が……彼の親友と仲良く歩いているのを見てしまったのだ。
彼は呆然として頭の回転が追いつかない中、彼らの後ろについて聞き耳を立てていた。
「……しっかしなんで俺を選んだんだ?」
「それは頼りになるからよ。ヨウキ君だったら遠慮いらないもの」
「はぁ……ケイタにあとで言っとく」
「ダメよ! 秘密なんだから!」
二人は楽しそうに話しながら地元でも有名な歓楽街への道を曲がっていった。
彼は知らなかった。ふたりがここまで仲が良いなんて……
そういえば妻も、親友のヨウキも、どことなく態度がよそよそしかったのを思い出していた……
そうか二人は以前から……そう言う……
彼は失意の中、二人でデートで登った高尾山を思い出して一人で登っていたが……酒を飲みながらだったので足がおぼついていなかった。酩酊する中下山したが、道に迷い今に至っていた。
§ § § §
「アギー? 大丈夫なのか?」
「平気よ? こんな緩やかな傾斜だもの」
「アギー、私には緩やかに見えないんだけど……」
私は二人が枝につかまりながら降りて来るのを見届けながら、山ノ谷の方へと降りて行った。この程度だったら……お? 地面が滑る……すごいな。こちらの世界では地面の土が滑るのか。『軽業』スキルを発動させなければ……あれ? 滑っていくけど大丈夫なのかなこれ? あれ、これは楽しい!
「ちょっとアギー???」
「……すごいな、スキーみたいにして降りてる……」
私は二人の真似をして枝に捕まって方向転換やブレーキをかけてみる。あちらの世界とは違ったレクリエーションね。降りるだけでも楽しい世界なのね。
ん? あれ、倒れた木に人が挟まれてる? 上から落ちてきたのかしら……『鑑定』をかけてみるとHPがかなり減っている状態だった。大丈夫かしら?
「うわっ! 挟まれてる!! 大丈夫ですか!?」
「えっ……それ……人なの? 人形かと……」
クレオがものすごい速度で遭難者の方へと近づいていく。目は動いているわね……喋れない状態みたいね。どうしたものかしら?
「アギー。この木をどけられないか? 近づけない……木に下半身が挟まってる……」
「え? わかったわ」
私はストレージから「ノコギリ」を取り出し倒れている木にこする動作をする。あれ? 木を切るゲージがあまり減らないな……ちょっと急いでこするか……
「……なにやってんだ?」
「もしかして……あ、木の上にゲージが表示されてる???」
「ああ、そこもゲーム的なものが適用されるのか……」
二人が呆れた感じでこちらを見ているな……なんでだろ?
ゲージが満タンになると木が『自動回収』で自動的に私のストレージへと収納される。ん? なんかストック数が凄い事になってる。 どうなっているんだろう? この「ジャージ」じゃ採集ボーナスはないはずなんだけど?
「……」
「……木が消えた」
「どうなってんだ?」
「木のアイコンとか出るかと思ったけど、消えたな……」
二人が現状を呑み込めていない様だったので、私は遭難者の方へと近づいていく。……足が変な方向に曲がってるな……あちらの世界にはない演出だ。……なんか見ていて忍びない……目をそむけたくなる。これもミサキの感情かしら?
「……その人大丈夫なの? 死んでない???」
「酷いわね……下半身がつぶれてるのかも……」
ユズラちゃんが口に手を当て険しい表情をしている。クレオが近づいて彼の手を取る。
「大丈夫だ。生きてる……でも俺らの力じゃ……」
「あ、アギーの力なら応急処置、バンテージ巻きで治ると思うわ!」
「……まじか! そんな力が!」
私はこんな大けがだったら、バンテージ巻きじゃ対応できないと思うんだけど……とりあえずこのの目の焦点も定まっている様に見えないな……これなら他の人に見られている状態じゃないからWODFの力を使っても大丈夫ね。
『世界を司る大地母神よ、命を司る女神よ。その御力を私に分け与え給え。『快癒!』』
私は『快癒』の神聖魔法を使う。WODFと同じように光が発せられて治療されて……ん? なんか……折れ曲がった足が人形のように動いて……なんか奇妙だな……あ、よかった。元に戻った。こちらの世界だとなんかいろいろとWODFと違って変ね……ミサキの心がなぜか「キモイ」と言っている気がするわ。
「これで大丈夫ね。また運ばないと駄目なやつかしら?」
私はミッションリストを見てみる。【遭難者をふもとの駅まで連れて行こう】に変化している。どうやら今のところ順調のようだ。ただ、ミッションの??? の文字列が多いのが気になるな。
あれ? なんか静かなような? 返答が無いな?
私は不安になったので振り返ってみる。二人が目を見開いて固まっていた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「……すげぇ……」
「せ、せ、聖女様ってやつ??」
何を言っているのだろう? あちらの世界では一般的な回復魔法なのに? ユズラちゃんもヒーラーだからわかるはずなんだけど?
「一般的な『快癒』の魔法じゃない?」
「そ、そうなんだけど……」
「現実でも使えるんだ……」
「な、なぁ……俺もその力使えるのか?」
「私も使えたりするの??」
「え? あ、そうか……こちらの世界でスキルを取らないと……まずは神殿に行って神の洗礼を受けないと……」
「……神殿??」
「何の神殿??」
「えっ? 大地母神様の神殿よ?」
ユズラちゃんとクレオが見つめ合って何か言いたげそうな表情になる。
「大地母神……」
「大地母神マグナマーテル?」
「えっと……確かそんな名前だったような?」
「AIなのに記憶してないのか?……って無理っぽいな……」
「そうだね……現実だと聞いたことが無いね……」
二人が見るからにがっくりとしていた。
その間にも遭難者さんがむくりと起きて座ったまま私の方を見てくる。眼差しが何か熱い気がする。
「俺は夢を見ているのか???」
「良かった。起きれたわね。大丈夫?」
「ずっと起きてた……動けなかったんだ……木が無くなって……怪我も……すごいですねあなたは……失礼ですが名前は……」
「アギー……じゃなかった……ミサキよ」
「……ミサキさんありがとう……俺はあのままだと死んでいたな……」
「そうね、あと40時間くらいで緊急ミッションが失敗になってたから……そうかもしれないわね」
「ミ、ミッション?? 緊急ミッション?」
「そうよ。マザーAIからのミッションでここまで来たの。大丈夫そうね」
「マザーAI??……ああ、なんだ……夢か……やっぱり。ゲーム作りに没頭しすぎた罰か……妻の浮気も夢だったらいいんだけど……それにしてもすごい夢だな……」
ケイタは目の前で起きていることが現実離れをし過ぎて、完全に夢だと思い込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます