EP02-04 高尾山頂上にて

私たちは無事に高尾山山頂と呼ばれる場所へとたどり着いていた。

想像していた大自然が広がる景色ではなかったけど……すごいわね。どこまでも箱の様な……あれが全部家なのよね? この世界って物凄く広いのかしら?

私が高尾山山頂からの眺めに感動をしていると、後ろの方から疲労困憊な感じのクレオが近づいてくる。


「……やっとついた……はい、おばあさん……着いたよ。荷物どうぞ……」

「ありがとうねぇ、なんとお礼を言ったらいいか……あ、これどうぞ。お手製のおにぎりよ」

「ど、どうも……」


あれから高尾山山頂を目指して歩いていたのだが、そこら中に「?」マークが出現し、片っ端からクレオがこなしていたのだが……人や重い荷物を運ぶクエストだらけで彼だけがかなり疲れているようだった。鑑定でステータスをみるとスタミナがだいぶ減って、回復率が落ちて回復しきれていない状態になっているわね。後でスタミナ回復ポーションでもわけてあげよう。

ユズラちゃんが申し訳程度の小さな荷物をおばさんたちに渡した後にこちらに来る。


「アギー、どう? ミッションエリア変化あった?」

「んと……エリアは大分小さいわね。ほら、山頂じゃなくてちょっと外れた場所みたいね」

「なるほど……」


「アギー……結構クエストやったんだけど、レベルアップはまだ先なのか?」

「それはわからないわ。WODFと同じで蓄積値は見えないから。色々やってればあがるんじゃないかな?」

「……まじか……だけどあの量運んでもまだ大丈夫だから……強くはなってんだよな。俺」

「疲れてはいるけど息切れしないもんね……現実でレベルアップは恐ろしいね……」


二人はいろいろとレベルアップの感想を言っているが……確かに行き交う人を『鑑定』をすると、こちらの世界の人のレベルは低かった。スキルばっかりが上がっている感じなんだよね。クエストをしっかりとこなしていないのかしら? そういえば『デイリークエスト』をこちらの世界に来てから見て無いな……どこにあるのかしら?


「さて、ちょっと早いけどお昼にしようか?」

「そうだな……色々ともらってしまって……なんか食べ物が沢山になったな」

「痛む奴だけ先に食べちゃわない? 折角もらったんだし」

「そうだね」


私はコンビニで買ってきたオヤツを食べたい気もしたが、クエストの報酬を先に食べることにした。

クレオがもらったおにぎりをほおばりながらUIをいじって地図を見ている。


「なぁ、この感じだと、七号路ってやつじゃないかな?」

「ん? そんなのあったっけ?」  (※注 本当はないです)


ユズラちゃんもUIを見ながらサンドイッチを食べている。おいしそうだな……

それにしてもおにぎりって……甘いのね。しょっぱい食べ物かと思っていた。味覚というものは複雑で面白い……この体験をぜひとも仲間のAI達につたえなければ、あ、おやつも食べれそうだな……まだお腹いっぱいじゃないや。


「ちょっと、アギー? 聞いてる?」

「へ? なに?」


「……なんかミサキと混ざってる感じなんだよな……人の話聞いていないとき多いし……」

「だよねぇ。本当に人工知能なのかしら?」


「自立学習型人工知能よ! 自動的に学習するからプログラマーたちに有難がられているわ? ……多分」


二人の視線が「マジかよ?」と言った感じなので、話している途中で自信がなくなってしまった。私、AIだよね? なんかミサキの「感情」を知ってしまったら上手く認識できなくなって来た気がする。


「わ、わかった」

「それで、質問をもう一回いうけど、大体この辺……で良いんだよね? ちょっとわき道にそれた山道になるんだ。大丈夫?」


私は二人が提示してくれた場所と地図を見比べる。

高低差表記を見たところ、なだらかな山に見えるんだけど……私は疑問に思いながらも質問に答える。


「多分大丈夫。なんでかしら?」

「なんでって……」

「……あちらの世界の山よりは……厳しくないから大丈夫かなぁ?」

「結構きつい登山道とか書いてあったような?」


クエストの報酬のおかげで自分たちの持ってきた食べ物は手付かずだった。降りてから食べればいいか……

私達は早めの昼ご飯を終えると七号路へと向かう。私は周囲に人の気配がほとんどない事に気が付く。


「ねぇ、人が殆どいないようだけど」

「七号路は険しくて遠回りになるから、高尾山登るだけだったら普通の人は来ないからね」

「そうだね。ほんと山道って感じ」


私は人目が無いところではWODFの力を使っていい……と二人に言われていたことを思い出したが、二人の行動に疑問を持っていた。


「ねぇ、なんで走らないの?」

「「え?」」


私は山道でプレイヤーたちを自動追従している際にはいつも走っているのを思い出していた。

山道を案内するときも「アギーなるはやで!」と走らされていた。


「山道を走ったら……あぶないんじゃ???」

「だよな、転んだら大けが……」

「え? 緩やかな坂くらいだったら走るのが常識じゃ?」


「ん??」

「ああ、そうか、WODF……ってか殆どのゲームだと山道は走ってるな……スタミナが切れそうになるまで……」

「あ……確かに」

「……今のステータスなら走れるか?」

「走れるかも……」


私たちは走った。

山道を走ってみた。なんか気持ちいけど……物凄く息苦しいな……もう少しスタミナにポイントを振らないと駄目だ……クレオもユズラちゃんもなんか楽々走ってる。先日のレベルアップでスタミナに振ったみたいだ。ん? 段々ユズラちゃんの息が荒くなってる? 私が状況を確認するためUIを開いて様子を見ようとすると、ミニマップのアラートに気が付く。


ん??? 

ミニマップに赤い点! モンスターだ!!


「皆止まって! はぁ、はぁ」

「ん? どうした?」

「はぁ、はぁ……お、おけ……クレオ君……息きれないのね……」


ユズラちゃんは息切れしながらすぐに立ち止まる。クレオは元気そうだ。ステータスの差がかなりありそうだ。


「あ、敵視している点が出たから注意。ってなんでゆっくり歩かないの? 気が付かれちゃうじゃない?」

「え? て、敵??」

「……もしかして、クエストのせいでモンスターが???」


二人は慌ててUIを見る。

「なんか俺らには表示されてないみたいなんだけど……」

「そうね。私の方にも表示されてないわ?」


「あ、そうか、『レンジャー』の『気配察知』のスキルが無いのね……こまったわね。山道では必須スキルなのに……」


WODFでは気配察知をできないと効率の良いモンスター狩り、敵から逃げる……隠密行動……等がかなり不利になっていたのでほぼ全プレイヤーが持っているスキルだった。この世界では必要が無いのかしら?


「……あれ? 何で二人は私の後ろに?」

「だってモンスターなんでしょ?」

「あ……マップが見たくて……アギーの……に、逃げたわけじゃない」


気が付くと二人は私の後ろでUIを覗き込んでいた。ユズラちゃんの表情がとても固くなって見える。こちらの世界では狩りはあまりしないのかしら?

私はストレージから『狩猟女神の弓』と『麻痺の矢』を取り出す。私のさえわたった勘を頼りに考えると、あれは食料系のモンスターね。WODFで使い慣れたこの弓矢だったら狩猟時に肉ボーナスが付くはずだわ。


「すげぇ……弓だ!」

「なんかすごい装飾……エルフのやつみたい」


私はミニマップの赤い点を頼りに気配を消して移動を開始する……後ろの二人が隠しきれてないな……どうしよう? ああ、やっぱり気が付がつかれた。イノシシ? ……ちっちゃすぎね。子供かしら?


「ちょ、ちょっとまって。ダメ……それ狩っちゃ」

「アギー……確か山入って勝手に獣を狩猟しちゃダメだった……記憶がある……」

「え? そうなの? ……子供みたいなサイズだし……あれ? 子供に赤ちゃん? アレが大人サイズなのかしら?」


「ウリ坊だ……かわいい……」

「母親だよね、あれ。なんか戸惑ってるみたいだけど?」


確かにあの小さい赤ちゃんサイズのものはかわいいな……あ、逃げて行ってしまった。捕らなくて本当によかったのかな?


「……そうか、人が来たから警戒して……赤い点になったのかもな」

「どういう事?」

「俺たちが走って移動して来たのにびっくりして、警戒行動。歩いてたら……あ、やっぱりアギーのミニマップだと緑色になったし」

「……すごい便利ね」

「あっちの世界でもミニマップ頼りで狩りしてたもんな……」


クレオは興奮した感じになっていたが、ユズラちゃんが頭を押さえて天を見ていた。

「そうなんだけど……なんか頭が付いていかないわ……」


「アギーその、なんか光っている点はなんなんだ? WODFだと採集ポイントだよな? 薬草とかか?」

「ん? これね……見た事も無い草ね……「ドクダミ」って出てるわよ?」

「まじか……それこの世界だと薬草扱いだわ……もしかしてポーション生成できるのか?」

「わからないわ。一応ストレージに入れておく……レシピとかどうなってるのかしら?」


私は「ドクダミ」をストレージに入れてレシピを調べてみるが……結果が表示されていない。錬金術ギルドか薬師ギルドにいってレシピを買わないとだめね……


「……ちょっと私の心に余裕がある話を……混乱して来たわ……」


ユズラちゃんが額に手を当てて何やら悩んでいるみたいね。

あれ? ミニマップに「?」マークが……私は「?」マークにできるだけ近づいてみると……


山道から大分離れた下の方に表示されているみたいね。落ちたのかしら?



§ § § §


シンケイ・シツロウは空を見上げていた。


動けなかった。


酔っぱらった状態でものの見事に滑落し、綺麗に他の登山客に見えない位置に転がるように落ちていた。

声を出そうにもヒューヒューと息が漏れるだけ、両脚は何やら変な方向に曲がり息が出来ないくらいだった。

さらに言うと、なぜか彼に覆いかぶさるように木の幹と枝も倒れていて完全に身動きできなかった。


(俺……死んじゃうのかな……)


彼は絶望をしていた。彼は愛する、最愛の妻の浮気現場を見てしまったのだ。

たまたま仕事が早く終わり、サプライズでお土産を片手に帰ると、男が……彼の親友と仲良く歩いているのを見てしまったのだ。

彼は呆然として頭の回転が追いつかない中、彼らの後ろについて聞き耳を立てていた。


「……しっかしなんで俺を選んだんだ?」

「それは頼りになるからよ。ヨウキ君だったら遠慮いらないもの」

「はぁ……シツロウにあとで言っとく」

「ダメよ! 秘密なんだから!」


二人は楽しそうに話しながら地元でも有名な歓楽街への道を曲がっていった。

彼は知らなかった。ふたりがここまで仲が良いなんて……

そういえば妻も、親友のヨウキも、どことなく態度がよそよそしかったのを思い出していた……


そうか二人は以前から……そう言う……


彼は失意の中、二人でデートで登った高尾山を思い出して一人で登っていたが……酒を飲みながらだったので足がおぼついていなかった。酩酊する中下山したが、道に迷い今に至っていた。



§ § § §


「アギー? 大丈夫なのか?」

「平気よ? こんな緩やかな傾斜だもの」


「アギー、私には緩やかに見えないんだけど……」


私は二人が枝につかまりながら降りて来るのを見届けながら、山ノ谷の方へと降りて行った。この程度だったら……お? 地面が滑る……すごいな。こちらの世界では地面の土が滑るのか。『軽業』スキルを発動させなければ……あれ? 滑っていくけど大丈夫なのかなこれ? あれ、これは楽しい!


「ちょっとアギー???」

「……すごいな、スキーみたいにして降りてる……」


私は二人の真似をして枝に捕まって方向転換やブレーキをかけてみる。あちらの世界とは違ったレクリエーションね。降りるだけでも楽しい世界なのね。


ん? あれ、倒れた木に人が挟まれてる? 上から落ちてきたのかしら……『鑑定』をかけてみるとHPがかなり減っている状態だった。大丈夫かしら?


「うわっ! 挟まれてる!! 大丈夫ですか!?」

「えっ……それ……人なの? 人形かと……」


クレオがものすごい速度で遭難者の方へと近づいていく。目は動いているわね……喋れない状態みたいね。どうしたものかしら?


「アギー。この木をどけられないか? 近づけない……木に下半身が挟まってる……」

「え? わかったわ」


私はストレージから「ノコギリ」を取り出し倒れている木にこする動作をする。あれ? 木を切るゲージがあまり減らないな……ちょっと急いでこするか……


「……なにやってんだ?」

「もしかして……あ、木の上にゲージが表示されてる???」

「ああ、そこもゲーム的なものが適用されるのか……」


二人が呆れた感じでこちらを見ているな……なんでだろ?

ゲージが満タンになると木が『自動回収』で自動的に私のストレージへと収納される。ん? なんかストック数が凄い事になってる。 どうなっているんだろう? この「ジャージ」じゃ採集ボーナスはないはずなんだけど?


「……」

「……木が消えた」

「どうなってんだ?」

「木のアイコンとか出るかと思ったけど、消えたな……」


二人が現状を呑み込めていない様だったので、私は遭難者の方へと近づいていく。……足が変な方向に曲がってるな……あちらの世界にはない演出だ。……なんか見ていて忍びない……目をそむけたくなる。これもミサキの感情かしら?


「……その人大丈夫なの? 死んでない???」

「酷いわね……下半身がつぶれてるのかも……」


ユズラちゃんが口に手を当て険しい表情をしている。クレオが近づいて彼の手を取る。


「大丈夫だ。生きてる……でも俺らの力じゃ……」

「あ、アギーの力なら応急処置、バンテージ巻きで治ると思うわ!」

「……まじか! そんな力が!」


私はこんな大けがだったら、バンテージ巻きじゃ対応できないと思うんだけど……とりあえずこのの目の焦点も定まっている様に見えないな……これなら他の人に見られている状態じゃないからWODFの力を使っても大丈夫ね。


『世界を司る大地母神よ、命を司る女神よ。その御力を私に分け与え給え。『快癒!』』


私は『快癒』の神聖魔法を使う。WODFと同じように光が発せられて治療されて……ん? なんか……折れ曲がった足が人形のように動いて……なんか奇妙だな……あ、よかった。元に戻った。こちらの世界だとなんかいろいろとWODFと違って変ね……ミサキの心がなぜか「キモイ」と言っている気がするわ。


「これで大丈夫ね。また運ばないと駄目なやつかしら?」


私はミッションリストを見てみる。【遭難者をふもとの駅まで連れて行こう】に変化している。どうやら今のところ順調のようだ。ただ、ミッションの??? の文字列が多いのが気になるな。


あれ? なんか静かなような? 返答が無いな?


私は不安になったので振り返ってみる。二人が目を見開いて固まっていた。


「どうしたの? 大丈夫?」


「……すげぇ……」

「せ、せ、聖女様ってやつ??」


何を言っているのだろう? あちらの世界では一般的な回復魔法なのに? ユズラちゃんもヒーラーだからわかるはずなんだけど?


「一般的な『快癒』の魔法じゃない?」

「そ、そうなんだけど……」

「現実でも使えるんだ……」


「な、なぁ……俺もその力使えるのか?」

「私も使えたりするの??」


「え? あ、そうか……こちらの世界でスキルを取らないと……まずは神殿に行って神の洗礼を受けないと……」

「……神殿??」

「何の神殿??」

「えっ? 大地母神様の神殿よ?」


ユズラちゃんとクレオが見つめ合って何か言いたげそうな表情になる。


「大地母神……」

「大地母神マグナマーテル?」

「えっと……確かそんな名前だったような?」


「AIなのに記憶してないのか?……って無理っぽいな……」

「そうだね……現実だと聞いたことが無いね……」


二人が見るからにがっくりとしていた。

その間にも遭難者さんがむくりと起きて座ったまま私の方を見てくる。眼差しが何か熱い気がする。


「俺は夢を見ているのか???」

「良かった。起きれたわね。大丈夫?」


「ずっと起きてた……動けなかったんだ……木が無くなって……怪我も……すごいですねあなたは……失礼ですが名前は……」

「アギー……じゃなかった……ミサキよ」


「……ミサキさんありがとう……俺はあのままだと死んでいたな……」

「そうね、あと40時間くらいで緊急ミッションが失敗になってたから……そうかもしれないわね」

「ミ、ミッション?? 緊急ミッション?」


「そうよ。マザーAIからのミッションでここまで来たの。大丈夫そうね」

「マザーAI??……ああ、なんだ……夢か……やっぱり。ゲーム作りに没頭しすぎた罰か……妻の浮気も夢だったらいいんだけど……それにしてもすごい夢だな……」



§  §  §  §  §  §

話のストックがなくなってしまったので、しばらく隔日更新になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る