そこに山があるから登るのよ!

EP02-01 ハジメテノ電車

ジャンジャンジャラン……ジャンジャンジャラン……


私はスマホのアラームの音で目覚める。

さっき寝たばかりな気がする……外はまだ真っ暗だ。あれ? 夜??


じゃなかった。クレオの話だと朝早いうちから登るのが山登りとやらだったんだった。

遠距離の遠征する時は、モンスターの少ない昼に移動したいから明るくなる前から出発するものね。


さっそく私は登山用の装備をストレージから出して着替え始める。一度しっかり自分の手で着ないとお気に入り登録できない仕様が面倒だ。今度WODFに要望書を出さないと……


私は「着替える動作」が非常に面倒に思った。だが、今日の山登り「タカオサン」がものすごく楽しみだったので頑張って着替えてみる。クレオとユズラちゃんの話だと、何回も登ったことあるはずなのに……と変な目で見られたが、ミサキの記憶が薄い今だと新鮮なんだよね。


私は着替え終え、『イベントリ拡張機能』のついた素材収集用の背のうを背負って玄関へと向かう。玄関を出るとクレオと、寝ぼけ眼のユズラちゃんが待っていてくれた。


「おはよー! さぁ、いきましょう!!」


「「え?」」


「ん? どうしたの?」


二人は挨拶もせずに何やら驚いている様だった。なんでだろ?


「ミサキ……じゃなかった。アギー、いくらなんでもその服じゃ……」

「す、すごいんだけど、質もなんかすごいんだけど……なんか、めちゃくちゃ目立っちゃうよ??」

「ん? この服じゃダメ?」


私は自分の服とユズラちゃんの服を見比べる。あっちは体育の時に来ていた「ジャージ」みたいな服だな……私が着ているのはWODFの標準的な探索者の採集用装備だ。移動速度や採集探知範囲、採集量にボーナスが付く逸品だ。プレイヤー達が私を連れて行くときに必ず装備させられた。プレイヤーはいつも効率を求めるものね。


「え? 人気装備なんだけど……」


「か、かわいいとは思うけど、いきなり中世って感じだから」

「WODFの装備は現実だとコスプレ扱いだな……出来るならユズラくらいの……この世界に馴染んだ服を……ユズラ……見繕ってあげて……俺はいけない……」

「わかった……なんか所々ミサキの記憶が薄い感じよね……」


私はユズラちゃんに自分の部屋へと連れてゆかれ、この世界の普通の何のボーナスもつかない服に着替えさせられる。確かに動きやすそうでこの世界っぽいが……この布切れで魔獣の一撃を食らっても大丈夫なのだろうか? ダメージが大きそうだけど……それに効率はいいのだろうか? 一応、採取ボーナスが付く指輪をした方が良いのかな?


私は不安になって来たのでユズラちゃんに質問をする。


「ほんとにこれでいいの?」

「うん! これで普通になったかな!?」

「折角動画を撮影してそれっぽくしようと思ったんだけど……」

「動画もとるつもりだったの??」


「ダメ?」

「慣れてからにした方がいいかな……自撮り棒とかつかったことないでしょ?」

「ん……あ、あれか……無い……みたいね」

「とりあえず……アギー、ミサキちゃんの体に慣れるためにも今日はなしね!」

「わかったわ」


ユズラちゃんはいつも私の事を心配してくれる人だった記憶があるので素直にいう事を聞く。考えてみるとクレオにも世話になりっぱなしな気がする……あれ? ミサキって人間は人から世話をされないと駄目なタイプ? 私と同じだね。私をちやほやしてくれるプレイヤーや、頼りになる仲間のAI達が懐かしい。



「じゃ、行こう!」

「あ……Suica持った? スマホでいいのかな?」

「?」


私はユズラちゃんの言っている意味が分からなかった。頑張ってミサキの記憶をまさぐってみる……私はスマホを起動させてSuicaのアプリを確認する……どうやらこっちで正解みたい?


「これのこと?」

「残金足りないかな……切符でいいか……この時間じゃ……おばさま寝てるよね……」

「お金は昨日の夜に渡されているから大丈夫」

「それなら……あれ? チャージってどうやるんだろ? クレオ君に聞くか……」

「チャージ?」


私はユズラちゃんの後を追って玄関でソワソワして待っているクレオの元へといった。

私の姿を見ると鼻の穴が少し膨らんだ気がしたけど、どうしたんだろ?


「ん?」

「……クレオ君、スイカのチャージスマホで現金でできたっけ? 私のやつ親が入れちゃうから知らないんだよね……」

「あ、現金でできるぞ。折角だから切符買ってみる?」

「面倒だからいいよぉ……」

「でもびっくり反応みたくない?」

「あー面白反応かぁ……」


「?」


私は二人が何を言っているかわからなかったが、二人の後をついていく。

空が白んできたな……騒音のひどいこの世界でも朝は静かだ。遠くのトラックの音が響き渡る。

ネズミもいるんだね……昼間は全く見ないのに。


私は二人に案内されて「桜小金井」の駅にたどり着く。駅前には大きなビルが建っていて圧倒される。あんなところに人が住むのか……そんな事を考えていると何やら機械の販売機の前に立たされる。


「さてっと……チャージ……覚えてる?」

「覚えていないわ……」


「んじゃ、そこにスマホおいて……そのボタンを……チャージ押して……二千円入れておいた方が良いか?」

「ロープウェーも使うと三千円くらいかな……」

「結構かかるな……」

「観光地だからねぇ……」


相変わらず二人の言っていることを完全に理解はできなかったが、私はこの世界に来て……初の……「電車」を体験できることに興奮を隠しきれていなかった。


「なんか……凄いニコニコだね」

「うん。電車よ。デンシャ! あの遠くから見てた凄い早いやつよね! あちらの世界の『魔道列車』より速そうなんですもの!」

「お、おう……」

「なんか保育園男児みたいな反応だね」

「ハジメテノ海外旅行しているみたいな感じなのか?」


私は言われるがままに改札口にスマホをかざし、駅のホームへと降り立つ。なんかものすごくシンプルだ。この世界のデザインって、なんか四角いものが多い気がするわね……あ、天井は相変わらず鉄骨ね。鉄骨むき出しがトレンドなのかしら?


私はワクワクしながら電車が来るのを待つ。おお、なんか振動が凄い。これが現実というものか!

私が感動している両脇でクレオとユズラちゃんが私の腕を拘束するかのようにしっかりとつかんでいた。

もう少し前に出てみたいんだけど……


「最初はいつもこうだな……」

「そうね。物凄く感動するみたいね……」

「当り前じゃない! おお、来た!! すごい迫力ね!」


私は目の前を通り過ぎる電車が段々と遅くなるのを見て感動をする。あちらの世界と違い振動と空気の圧、風など演出要素が多いのだ。現実を体験すると魔道列車の駅の到着シーンは随分はしょられた演出だったようだ。


「よかった……空いてる」

「みんな登山っぽいから丁度良かったね……アギー、電車の中では静かにするんだからね?」

「……わかったわ」


凄い音と共にドアが開く。中に入ると色々な広告が張られていることに気が付く。あちらの世界ではあまり見なかったものだ。紙の広告と……動く広告があるのね。私は引っ張られながら椅子に座らされ、両脇を固められる。


「……あの? うごけないんですけど?」

「デンシャの中では静か……だよ?」

「……」(やべぇ、ミサキ……良い匂いだ……)


クレオがなにやら顔を赤らめているが何故だろう?

私は電車の始動音と、こちらの世界ならではの慣性に驚く。体全体でこんなに感じられるなんて……

私は流れてゆく景色を見ながら、現実のクリエーター様の世界に来た事を再認識する。


そにれしても……なんだか……同じ風景が繰り返して見えるわね……なんでかしら?


「……」


「……ねぇ、なんかさっきから同じところをグルグルしてるのかしら?」

「え?」

「どう見ても進んでるぞ? 次は立川だな」


「……そうなの? ほんとに?」

「本当よ?」

「?」


二人は私の質問が分からない様で疑問の表情を浮かべていた。二人が私の頭越しに話をしている間に電車の外の風景を続けて眺めていた……木々が増えたけど……やっぱり同じ町を走っている様に見える。



「ねぇ、風景があんまり変わらないんですけど……」

「??」

「! あ、そうか、あっちの世界だと、魔道列車乗ると次のエリアにすぐについてたかも……」

「あ~なるほどね。移動する乗り物の演出が入ったら、全く違う風景になるものね」


私は二人の話が良くわからなかった。あちらの世界でも車窓から外の景色は見えるのだけれども……


「こっちの世界は、同じ風景がずーっと続くんだよ。物凄く時間かけないと違う風景にはならないかも」

「そうねぇ……あっちの世界は……色々な世界の風景がごちゃまぜだもんね」


「そうなのね……これが続くのか……」


私は早く起き過ぎたせいか、この世界特有の「眠気」に負けて気が付いたら眠りに落ちていた様だった。




§ § § §


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