EP01-06・ハジメテの学食

私はクレオとユズラに挟まれていた。

板挟みとはこういうことを言うのだろう。筋力(Strength)のステータスが低いミサキだと跳ねのけることができないな……どうしよう? 自由に動きたいのに。スキルポイントを振りたくなってくる。


そう思っていると左右で喧嘩が始まる。ニコニコしながら怒る……という高度な事をしている。現実世界の人間の演技力はすごいな。顔は笑ってるのに声に怒気が含まれているわ。音声認識感情表現システムだと怒った顔になってしまうくらいなのに。


「ちょっとカクタ君? ここは女子同士で話すから遠慮してくれないかな?」

「ユズラちゃん……見てたよ。途中から気が付いてたよね? ……駄目だよ。独占しちゃ……」

「あら? カクタ君? 下の名前で呼んでくれる様になったからって随分強気ね。あんなにへこんでいたのに」

「……ぐっ……お前が……言わないと後悔するって言ったからだろ?」

「後悔してないでしょ?」

「くっ……」


私は二人のやり取りを上の空で聞いている。彼らのお腹を満たさない話よりも、お腹の音が鳴っている音の方が気になった。本当に腹の音が鳴るのね。効果音の一つだと思っていたわ。お腹からの振動が不思議な感じ。早くご飯を食べたいんだけどな……。二人とも何をしたいんだろ?


あ、考えてみると昨日からポーションしか飲んでいない。

現実世界では腹が減ると動く気が起きないくらい気分が落ちるのね。


「お腹すいた……えっと……ご飯はあるのよね?」


「いつもは学食ね。さ、行こう」

「あ、ちょっと待って。俺も……」

「あなたは愛しの母様からのお弁当があるんじゃないの?」

「人をマザコンみたいに……ああ、そうさ! 持ってきてるよ!」


周りの生徒たちが何やら騒がしくしながらこちらを見ている。私はクレオが持っているお弁当から発せられる匂いが新鮮に感じた。あちらの世界では「匂い」は存在するように演技をさせられていたが、実際に発生していなかったので、現実だと物凄い匂いを発しているのを知った。ってか、たまに臭いものもまじってるな……

私は良いにおいに混じって色々な人からも匂いがする。体臭がするのに驚きを隠せなかった。よく「豚の匂いがする」などの発言の意味が感じ取れなかったが、やっと理解できた気がする。


「そうか……臭くなるって……こういう事だったね」

「え? あ! ちょっと、ごめん近すぎたか。さっきの体育で汗臭かったか……ごめん」

「……え? わたしも?」


二人は私を拘束から解き放ち、半歩ほど距離をとってくれる。二人が臭いわけではなかったんだけど……

まぁいいか。


私は二人に先導される。いや、連行されるように食堂まで移動をする。クレオが席に残り場所をとってくれているようだった。

私はメニューのサンプルの前に立っていて眺めている。とても「おいしそう」だ。

なんだろう……この心の底から湧き上がる感情は……食欲というやつか?

ユズラに服を引っ張って食券を買う様に促されると同時に私を見て驚いた感じになった。


「ちょ、ちょっとミサキちゃん! よだれ……」

「へ? あ、自動的に唾が出てきて……」


ユズラちゃんがポケットからティッシュを出して拭いてくれる。意識をしないのに唾が大量に出るなんて……面倒な機能ね……


私は本能の赴くまま、あちらの世界でも有名な「カレー」を頼んでみることにする。ボタンを押して……カードをかざすのね……あ、そうか食券ってこれか……ギルドカードを使うと買い物ができるシステムみたいだな。毎回売買する演出が入るのか……面倒だな。スキップできないんだろうか?


「なんか……すごいおっかなびっくりって感じね……」

「初めての体験だからね。あちらでは自動的にお金が振り込まれて勝手にストレージに入ったりするから……」

「そ、そうか……ほんとゲームの世界なのね」


食堂のおばさまたちにカレーをトレーに乗せてもらい、私たちはクレオの方へと歩いていく。その間もよだれが出そうなので口を閉じて我慢をしていた。なんて良い匂いなんだろう。


「「いただきます」」

「? いただきます?」


二人は怪訝な顔をする。いただきます……とは、敵を横取りするときや、宝物を奪うときに言う言葉じゃなかったのか? 思考が反れたが、私の目の間には「カレー」があった。いまはそちらだ……


私はカレーをスプーンですくって口に放り込む。おいしい。これが「うまみ」ってやつなのね!

あちらの世界では「美味い」を感じていないのに感情表現しないといけなかった。これは他のAIにも伝えるべき案件だわ!

なんだか、映像が歪んできたけど……なんだろう?


「え?」

「なんで泣きながら……」


「おいしいの。ものすごく。これが「味」なんだね」


「「……」」


「あふ、あふい……おいひい……」


「えっと、アギー。周りの人が見てるからもう少し落ち着いて……」

「……そうか、ゲームでは味と匂いはしないからか……」

「考えた事も無かったな……」


私はあまりに「現実のカレー」がおいしすぎてすぐに食べ終えてしまう。なんと素晴らしい体験だったのだろう。こんな体験をプレイヤーは毎日しているのか……なんと羨ましい。


「……ここのカレーって普通くらいだよね?」

「だと思うけど……今度もっとおいしいカレー食べさせてあげるよ」

「! ほんとに!  もっとおいしいの??? ありがとう! 約束!」

「お、おう……」


私はクレオが神に見えた。クリエーター様じゃないのに!


「あ、ちょっと動かないで。カレーが口の周りに盛大に……」


ユズラが私の口を紙ナプキンで拭いてくれる。自分では見えないのよね……ステータス画面には汚れが表示されないし。少し激しく行き過ぎたかしら?


対面に座っていたクレオが真面目な表情になる。


「さて……アギー。能力使うなっていったでしょ? 朝?」

「え? 使ってないわよ?」


「使ってたじゃない? 恋華れんかさんの怪我を直したり、ストレージ使ったり」

「……あちらの世界のスキルや機能を使わない……って感じで言ったつもりだったんだけど」


私は普通の生活で使うような魔法も使っていないし、職業ごとの便利スキルも使っていない。あ、『盗賊の軽業』スキルが発動してしまった事を言っているのだろうか?


「あ、あのことをいっているのね」

「……どのことを指しているかわからないけど、空間からモノを出したり、大勢の人がいる前で治療しちゃだめだ」

「わかったわ。治療するときは人目に付かないようにして、空間からモノ? ストレージの使用も禁止なの? ものすごく不便なんだけど?」

「……えっと、それはこの世界では普通なんだ」


ユズラが何とも言えない微妙な表情で私を諭すように言う。高機能な人工知能の私は理解した。この世界の人は人前でストレージや治療をする習慣が無いのね。それか恥ずかしい事、マナー違反なんだわ。

わざと使わないことで自己治癒能力や最大装備用量を上げる……なんて面倒なことをプレイヤーはやっていたものね。


「わかったわ。人のいないところで使う事にするわ」

「わかってくれた……のかな?」

「……分かって無さそうな気がするんだけど……」


ユズラが一息つくと、私に思いつめたような感じで質問をしてくる。若干緊張している感じだ。私にはわかる。


「それで、なんで、アギーは……ミサキちゃんに……憑依? したの」

「あ、それは俺も聞きたかった。性格が完全に変わった……とは思えないんだよね。ポジティブになったけど。なんか配信の時の演じ方みたいだし」


なるほど……確かに私、アギーはミサキの記憶を有している。だから反応が彼女に似てしまうのだろうか? ……考えてもわからないわね。マスターAIにでも聞いてみないと……


「わかんないわ。ミサキの記憶もあるんだけど、私はアギーだと思っている。マスターAIは死にそうなWODFのプレイヤーを選んだ……って言っていたわ」


「……え?」

「ミサキちゃん死にそうだったの?」

「そういや配信見てたら突然倒れたんだった……」

「……視てたの?」

「……う……いいだろっ? 見てたって!」

「ふーん……極秘だったはずなんだけどね」

「……」


クレオがなにやら恥ずかしそうにしてるわね。ミサキの事を好きみたいだから、陰からこっそりと気づかれない様にしっかりと彼女の動向をずっと監察してたのね。真実の愛ってやつね。

ユズラは何やらものすごく楽しそう……こっそり鑑定をしてみる。どうやら彼女はクレオの事が好きみたいね。好きな子をからかうのが楽しいのかしら? たまにプレイヤーから聞く話ね。


私は話を聞きながら自分のお腹がおかしい事に気が付く。何か破裂しそうな……変な感じだ。


「あ、お腹が気持ち悪いわ……なにかしら?」

「……もしかしてトイレか?」

「ちょっと、ミサキちゃん、こっち!!」


私はユズラに連れられながら女子トイレとやらに向かった。


私はあちらの世界では省略されている演出を体験した。



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