EP01-05・ハジメテの体育


§ § § §


私は三限目の前に袋を持って人が移動し始めるのを認識した。何をやり始めるんだろう?


「ミサキちゃん、次は体育だよ。いこ」

「? タイイク……わかったわ」


私は話を聞きながらミサキの記憶をまさぐってみる。噂に聞く体を動かす授業……らしい。確か、現実の人間は健康のために運動しないとだめなのよね。あちらの世界ではそんな事はないのに。

体育はめんどい、億劫、走るのしんどい。陽キャラ達はいいよな……などの愚痴をプレイヤーからよく聞いた記憶がある。そのたびに私は「健康のためには動かないと駄目ですから頑張りましょう!」と言う言葉を返すようにプログラムされていたな……そういえば。


私はユズラに連れられて更衣室に入る。女性だけなので男女別の施設の様だ。入口にカーテンがついていたりして中を覗けなくする何かが厳重になっていた。そういえばこちらの世界の人間の服装はあちらの世界と違って肌の露出が低いな……なんでだろ? 下着はそのままだな……


「あれ、ミサキちゃん……着替えようよ。遅れちゃうよ?」

「わかったわ」


私はUIを開き、自分のステータスを表示する。持ち物にある体操着のジャージをドラッグアンドドロップして服を変えていく。恐らく何度もある事だろうから、この服のパターンをお気に入りに登録しておいた。


「……え?」


「面倒だったからお気に入りに登録しておいたわ。これでいつでも装備がすぐに変えられるわ」


「……あ、あれ? 何を言って? 私が上着を脱いでいる間に着替えたの??」

「あ、そうか、バレないくらいにしないと駄目だったんだっけ……」


私はクレオに言われたことを思い出し、着替えてストレージに収納していた制服を取り出して、周りの人間と同じようにロッカーに制服を置く。振り返るとユズラが私の事を凝視していた。後ろは見えないんだよね……一人称視点だから……


「……なにそれ……何もないところから取り出すマジック?」

「ストレージから取り出しただけよ? この世界の人間はストレージを使わないのね。あちらではポンポンいきなりだして街を歩く汎用NPC達を驚かせているのに」

「……さっきの設定まだやってるのね。あ、でもなんかそれ、すごいかも。配信には……使えるのかな。あ、でも消えるマジックは動画編集に見えるだけか……」


ユズラは何やら考え出していたが、周りから殆どの女子生徒が部屋を出ていくのを見て慌てて着替え始めた。


私は準備も終えていたので、すぐにでも行けるのだが、彼女の案内と解説があった方が効率的と判断して待っていた。


§ § § §


体育館に移動をするとジャージを着た教師が生徒を集めて話をしだす。

この辺はあちらの世界のリーダーたちと同じね。ただ、みんなしっかりと立って相手を見て話を聞いているのが偉いわ。あちらの世界だとUIいじっちゃう人ばっかりだったから目線がどこかに向いていたもの。後ろを向いている人や、「逆立ち」や「寝る」『エモーション』をしている人もいたわね。

……それにしても天井が鉄骨がむき出しの施設なんて……凄いポリゴン数ね……平面にした方が描画負荷が低いはずなのになんでだろう?


「それじゃ本日は体操……無理して怪我しない様にしてね」


私は網で仕切られた隣のエリアにクレオの姿を見つける。あちらはボールを扱った何かをやるようだった。バスケットボールというやつかな? ボールを弾ませてるし。WODFでも基本運動モジュールと物理演算を使った現実の世界のスポーツはあったので……多分そうだ。うん。


私がバスケットボールの動きを俯瞰して見ていると、笛の音が聞こえる。笛というより警笛か? 体育教師が私の方を見ているな……


崖淵がげぶちさん、次だよ」

「? ……はい」


私が見ていない間に私の番になっていた。しまった。クレオ達男子の事を見ていて前の人が何をやっていたか見ていなかった。

私の目線には……なにかしら? 木でできた箱の上に白い布をかぶせたものが置いてあった。

慌ててミサキの記憶を引き出すと……跳び箱というものみたい。跳ぶというくらいだから……あちらの世界の壁を飛び越える……壁にしては低いけど……そんな感じで良いのかしら?

私はあちらの世界のプレイヤー達に色々な職業のスキルを覚えさせられていた。おそらく『盗賊の軽業』のスキルを発動させればいい感じになるんじゃないかな?


私は跳び箱に向かって走る。想像以上に体が重い。かなり全力で飛ばないとあの低い箱も飛べ無さそうだ。私は力いっぱい手前の台を足掛かりにジャンプすると、バネが入っていたようで体が勝手に浮き上がってしまう。慌てて運動モジュールを制御し『盗賊の軽業』スキルを発動させて緊急回避運動に入る。

跳び箱を簡単に飛び越えるはずが、バランス修正のために片手をついて横ひねりを加えて二回転もして向こう側にひかれたマットに着地をする。


「「「おおおおお!!」」」

「「すご!」」

「「やば!!」」


私の制御を失った跳躍からの無様な緊急回避を見て声が上がった。台にバネがついているなんて……知らなかった。ミサキの記憶を見ても……なんかそんなイメージは無いのに。私は恥ずかしくなる。

あ! すごい! 恥ずかしい……って顔が熱い……こんな感じなんだ。私が新鮮な感覚に驚いていると、私の次に並んでいたユズラが無表情で跳び箱を飛び越える。ギリギリに両手をついて……ジャンプというより……またいでるな……あれは跳んでいるの?? 疑問に思っていると、網越しにクレオが話しかけてくる。


「アギー、やりすぎだ。他の人と同じくらいに……運動もすごくなってるのか……スキルか?」

「そうね……失敗して『緊急回避』をしてしまったの。まさか台にバネが入っていると思わなくて……腰が先に浮いちゃったの」

「バネ……ああ、踏切版か……反発するやつか……ってか早く走りすぎだ……」


「カクタさん。話してないで戻る!」

「あ、はい。駄目だぞもう少し加減をして……」


クレオは網の向こうの体育教師にとがめられて呼び戻された。あちらの世界の鬼教官たちと比べるとマイルドな言葉遣いだな。あれでいう事を聞くこの世界が凄いな。「お前ら何さぼってんだ! クズども!! 真面目にやれ!」「この経験値泥棒め!!」とか言わないのか。


「ミサキちゃん……すごかったね。ねぇ……さっきの……まさかほんとなの?」

「さっきの?」

「人工知能ダウンロードってやつ」

「本当よ」

「……そっか……本当か……ミサキちゃんと反応も表情も違うし……」


ユズラが何やらぶつぶつ言っているわね……どうしたのかしら?


ドン!!


大きな何かが落ちて倒れる音を聞いてその場のほとんどの者がそちらの方を見る。もちろん私もだ。


隣のクラスの……恋華れんかさんが転倒して痛そうにしている。一度立とうとするがすぐに横になって顔をしかめていた。


「……い、いったぁ……」

恋華れんかさん!大丈夫? 」


教師が駆け寄って様子を見ていたけど、徐々に険しい表情になっていくわね。

「やっちゃったかな……あなた達、そのまま続けてて、ちょっと保健の先生呼んでくる。危険な遊びしないでね」


教師は指示を出した後に体育館を後にする。保険の先生とやらを呼びに行ったのね。私は怪我が無いか心配だったのでUIを開いて『鑑定』をして恋華れんかさんの状況を見る。「捻挫・軽度」と出ているわね。動きにデバフが付く微妙に嫌な状態ね。

私は級友に囲まれた恋華れんかさんに近づく。ストレージからバンテージを出す。恋華れんかさんは私とバンデージを見て驚いて呆気にとられているようだった。


「治しちゃうね」

「……えっ?」


恋華れんかさんとその周囲の人間はあっけに取られていたが、私は構わずに彼女の足首をバンテージでグルグルとまわして巻き付けていく。治療ゲージが空中に表れてゲージが増えて100%になる。これで治療は完了ね。


「え? なんか光るバーが……」

「なにこれ?」


「……終わりっと」

「え? え? 包帯まくの上手ね……って? 包帯はどこから? あれ? 痛くない?」


恋華れんかさん大丈夫なの?」

「なんだ今の……」


私は使い終わった残ったバンテージをストレージにしまう。良い事をした後は気分がいいな。

さてと……なんかマットでくるくると回ってるけど……次はあれをやればいいのね。

私は立ち上がりユズラの方に行く。ユズラも口を押えて驚いている感じだった。


「ユズラ。次はあなたの番みたいよ?」

「……すごい。これは夢ね。夢だわ。すごい。WODFみたいにバンテージをまいたら怪我が治った……すごい」

「当たり前でしょう? ノービスクラスが使える治療じゃない。この世界の人間は上級職業についている感じじゃないから……みんな使えるんでしょ? あれ? 職業表示が「高校生」になっているわね……新しい職業かしら?」


「……やっぱり夢ね……」


ユズラがため息をつくと、前の方にゆっくりとくるくるとボールの様に転がっていく。

暇だったので、私は恋華れんかさんの方を振り返る。普通に歩けているわね。バンテージをまいたままの足を触ったりして不思議そうな顔をしている。ときどき私の方を見て何か言いたそうにしているな。なんでだろ?


あ、私の番だ。あんなにゆっくりとくるくると回るのに意味が……あった。この世界では頭のどこかで何かの機能があるみたいだ。何回もくるくる連続で回ると頭がぐらぐらする。気持ち悪い。


私は壁を背にしてステータスウィンドウを開き、脳の運動制御モジュールを確認してみる。軽く検索してみると三半規管とやらが悪さをしているようだ。三半規管強化の項目があったのでミサキがかなりため込んでいたスキルポイントを利用して少しだけ機能を上げておいた。これで変な気持ち悪さは無くなるだろう。


「ねぇ、空中になんか、ステータスウィンドウみたいの浮いてたんだけど??」

「そうね。スキルポイントを振ってたの。気持ち悪くなっちゃって……普通の事だと思うのだけれども」

「ゲームの中ではだけどね……やっぱり夢ね……面白い夢だなぁ……さめないでほしい。あ、ステータスオープン!!」


ユズラはステータスウィンドウを開こうとしているみたいね。だけど開かないわ? なぜかしら?


ユズラは近くにいた女子生徒にジロジロと見られていた。ゆでだこみたいに赤くなる彼女の顔が面白い。


「こんなに恥ずかしい感じがするのに……ほんとに夢なの??」





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