EP01-07・ハジメテの掃除当番

§ § § §


私は午後の授業を受ける。高度な人工知能の私にとっては全ての問題が簡単だった。私がアンインストールされても大丈夫なようにミサキのスキル上げを手伝っておいた。これでいつ彼女の意識が目覚めても大丈夫だろう。私は授業の合間に手元にあった教科書を全部読む。それから私の高度なAIで知識や覚え方を補足するだけで「高校二年の教科」のスキルの半分が獲得できていた。ミサキはどれだけWODFなどのゲーム配信を頑張ってたんだろうか?


崖淵がげぶちさん、いつの間に英語をあんなにしゃべれるようになってたの?」

「英会話教室いってたっけ? ネイティブみたいだね」


最後の授業が英語だったので、授業が終わると私の周りには人だかりが出来ていた。

英語とスペイン語、日本語には完全対応をしていたのですんなりと話せていた。

あちらの世界だと言語変換モジュールを利用して、リアルタイムで翻訳されるので一つの言語だけ覚えていれば大丈夫だったわね……プレイヤー達が思ったより片言英語なのに少々びっくりした。日本語をしっかりと喋れている所を見るとそうなんだろう。

私はミサキに戻った時に喋れない状態になりそうなので返答に困っていた。


「英語は……勉強したの。音声翻訳機能を使うと簡単だわ」

「音声翻訳……あれ? スマホは持ってないわよね……授業中に?」


「昨日の勉強中ってことだろ? すごいなぁ……」

「何回喋ればああなるの? 突然うまくなった感じだったけど?」


私はあちらの世界では分体として同時に数千くらい貸し出されていたので、その回数と時間分……なのだけれども、どう答えればいいのだろうか? レンタル時間総計……なんかもあったな。AI専用プログラムにアクセスしてみるか。この、累計時間で答えればいいのかしら?


「4320万時間くらいかしら……」

「4320万……」

「人の一生の時間をはるかに超えてるね」

「そんだけたくさんやったって事だろ……」


私は答えてから周りの反応がおかしい事に気が付く。もっと簡単な言葉に言い換えなければ……


「ごめんなさい。喋れるまで話せばなんとかなるものよ?」

「え~」

「なんかそれ帰国子女の人が言ってることと変わらないじゃないか」


「はーい君たち、喋ってないで掃除しなさ~い!」

「「はーい」」


私を囲んでた人間が教師の一言で散っていった。ミサキの記憶だと、いつもは放っておかれたはずなのになんでだろ? 目立ってしまったのか?


「ミサキちゃん……アギーやりすぎだよ……。今日は掃除当番だよ……わかるかな?」


ユズラが一人残って……なにかしら、あのブラシ付きの棒……ホーキって言うのね。あちらの世界の箒とはずいぶん形が違うわね。……それを持って呆れた感じで手渡してきた。……表情から察するに、どうやらかなりやりすぎたらしいな。まぁ、いいか。


私は教室に残った男女3人ずつの6人が、椅子を机の上にあげてさかさまに設置しはじめる。一瞬何をやっているのかが理解できなかった。


「ミサキちゃん……真似してやってみて……」

「わかったわ? なにをやっているのこれは?」

「移動させて掃除するのよ。床を箒で掃いてモップかけるの。早くやって遊ぼ」

「……なるほど?」


私は椅子を机にあげて少し運ぶ……を繰り返す。面倒だ。あちらの世界の能力を使えば簡単なのに。私は頭の中で『自動移動マクロ』を組み始める。ハウジングのお手伝いの時の必須スキルだ。


「ちょっと、崖淵がげぶちさん! ちゃんと働いて! いつもいつも!!」


もう一人の女子生徒が私に文句を言ってくる。疑問に思いながらも、彼女たちの目を外に向けないと能力が使えない。私はあちらの世界でよくプレイヤーから、からかわれていた事をこちらの世界でやってみようと思った。


私はいたずらアイテム『G』をストレージからこっそりと出して教室の隅へと投げつける。


「あ! ゴキブリよ!!」


「え?」

「ひゃっ!」

「ぎゃっ!!」

「どこどこ?」

「!!!」


男性からもかわいい声が聞こえた気がするわね。

『G』はこの世界の人間でとても人気の昆虫らしい。それを見たら驚いたふりをしないといけないのよね。私はAIだからその意味が全くわからなかったんだけどそう指令されていた。私はみんなが驚いているフリをしているスキに『自動移動マクロ』を発動させて、机を片方に全部寄せてしまう。


ガタガガタッ!


「うおっ!!」

「なんだっ??」


……すごい音がするわね……思ったより大きな音なのね、現実の世界って。地面が揺れると思うくらいの振動音に驚いたわ。


「……こんな事もできるんだね……アギー、ダメだよ……力使っちゃ……」

「誰も見ていなかったわ?」

「そうなんだけど……」


「どうなってんだ?」

「いきなり机が移動した?」

「……あれ? ゴキブリは?」


掃除当番だけでなく、移動音で外からも違うクラスの人間がこちらを覗きに来ていた。監視の教師も様子を見に来ている感じだった。


「……みんな驚いて作業にならないでしょ。面倒だけと一つ一つ手作業でやって……」

「わかったわ……とても面倒なのね……スキル上げなのかしら?」


ユズラが真顔になって私の事を見つめてくる。何か変な事を言ったのかしら?


「……一応説明しておくと、このホウキで埃なんかを掃いて集めて、あのゴミ集めた後、塵取りに集めてゴミ箱に捨てる。ゴミ箱を焼却炉に一人持って行って捨てる。残った人間でモップで床を拭く。それで机を元に戻して終わり……大丈夫? 記憶探してみて……」

「……わかったわ。ミサキの記憶をロードしてみたわ。本当に面倒ね……」


私は出来るだけ楽に簡単にする方法を模索した。バレない様にあちらの自動機能などを使っていけば簡単ね。


私はホウキで地面の埃を見よう見まねで集め始める。面倒だったので、周囲の床の「DirtLevl」……『汚れのレベル調整』を調整しながら埃を集める。風魔法でまとめた方が早いんだけど……砂みたいなものよね。埃って……重力調整のせいかしら、埃が空中に舞い始めているわ? 埃って軽かったのね……これはどうすればいいんだろう? 床はきれいになったのに埃が邪魔するわね。


「あれ? なんか床きれいじゃね?」

「ほんとだな……モップ掛け必要あるのこれ?」


なぜかみんな驚いているが……なんで床を拭くんだろうか……考えてみたらあちらでは掃除なるものはNPCが演技をしているだけだったな。仮想空間は意図しないと汚れないしね。プレイヤーが大好きな汚しはAIによる世界設定で勝手につくものだものね。「この汚しかっけー」とかプレイヤーが言ってた記憶があるな。


ユズラが半開きの目でこちらを見てくるが、面倒なことは私は嫌いだ。「早くやって遊ぼ」と言っていたのはユズラだと思うんだけどな。

ユズラがゴミ箱を持って移動をしようとする。だが、様子を見ていたもう一人の掃除当番の女子が行動を制止する。


「ユズラちゃん。だめよ。今日は崖淵がげぶちさんの番でしょ? いつも過保護。ちゃんと行かせなさいよ」

「え? あの……その……大丈夫? 焼却炉の場所は……」

「大丈夫よ。記憶にちゃんとあるわ!」


何故か周囲の人間の目が痛々しいものを見る感じになっている。私の発言はおかしいのだろうか?


私はミサキの記憶を頼りに「かなり重たく感じる」ゴミ箱をもって焼却炉へと移動をする。人の目に付かない様にこっそりと『アバター着せ替え』で効率よく外履きに履き替える。


焼却炉の前では何人かの人間が並んでゴミ箱を置いて待っていた。大人の男性がゴミ箱を回収して中身を放り込んでいるな……手渡しするだけでいいのか。焼却炉に近づくだけで……凄い何かを感じる……熱気という奴だろうか? あちらの世界では温度的なモノも演技で表現しているだけだから……感じないのよね。凄いと思うけど、この熱さは、嫌な熱さね。生物的なミサキの感覚が嫌がっているのかしら?


私は空になったゴミ箱を受け取るとあまり重さの変わらないゴミ箱に驚きながら教室へと戻った。

鉄製のごみ箱って……重いのね。重さ何キロ設定かしら? 重力を感じる世界ってすごいわね……


私はゴミ箱自体の汚れが気になった。移動しながらゴミ箱と制服の『汚れレベル』を落として綺麗にしておいた。心なしか気分が良かった。




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