第9話 俺と異世界冒険者の始まり

「村長さん」

「おお、勇者様……ヨシヒロ様、どうかされましたかな?」


 この村長さん、まだ俺の事を勇者と呼ぶつもりらしい。

 ただの一般人で学生の俺からしてみれば、中二病展開でワクワクする反面その期待の重さに困惑するわけだが。

 ただまあ、呼び方を訂正している以上はとやかく言うわけにはいかないだろう。


「俺たち、街に行こうと思います」

「ほう、旅に出られると?」

「ええ、そのように解釈していただいて構いません。ただ、僕らには僕らのできる範囲があるので……」

「わかっております。伝承では、勇者様はリーダーでありこの世界の英雄を率いていたと伝わっておりますからな」

「はぁ」

「それに、何も別にヨシヒロ様が異世界から来た、それだけで勇者として期待を寄せているわけではありません」

「え」

「あなた様は魔物を初めて見るにもかかわらず、エルメを助けるために命を懸けた。他の者にはできない勇気ある行動だと思います。見知らぬ他人のために命を懸けることができる人間はそう多くはないでしょう。だからこそ、あなた様は勇者とまではいかずとも、相応のことをなさる。そう確信しておるのです」


 そう言われると、返す言葉も無い。

 ただ、俺は手の届く範囲にいる人を救いたいだけなのだ。

 あのヒーローにわりと直撃世代だし、影響を受けているのは間違いないけどね。


「ただ、こちらとしても準備があります。よろしければ3日後に出発していただけないでしょうか?」

「は、はぁ……」

「今の装備だけでは心もとないでしょうし、服装も異世界のもののままというのは目立ちます。ヨシヒロ様への期待もありますが、エルメを助けた礼をちゃんとしたいのです」

「まあ、わかりました」

「それまでは、私の家を拠点にされて構いません。ごゆっくりおくつろぎください」

「……」


 なんだか、うまいこと丸め込まれてしまった感がある。

 俺は頭を掻いて、朝食を貰うことにした。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「で、3日間待つことになったんだけど、どうするの?」


 ユリアにそう切り出される。

 といっても、これといって思いつくことはない。

 なにせ、文無しなのだ。買い物もできないし、別にこの村に娯楽があるわけでもない。

 要するに、することが全くないのだ。


「どうするかなぁ」


 俺は、目玉焼きに塩をかけて食べながら、考える。

 それにしても、基本的にこの村の飯は塩っこいか薄いかの両極端なものしかない。

 今食べている卵も、鶏の卵ではないらしい。何かの鳥の卵だろうけど。


「うーん、だったらお兄ちゃん、村の人の話を聞いて、問題を解決したりとかしてみたらいいんじゃないかな? ほら、サブクエストとかでもあるじゃん」

「あー、お使いイベントってやつか」

「そうそう。誰かのためにもなるし、報酬を貰えばお金が稼げるだろうしね」

「タツヤ、頭いいね!」


 村長の家で引きこもっているよりは悪くない提案だった。

 それに、これから次の街を目指すとなると、どちらにしても準備が必要である。

 この辺の地域の地図とか、食料品、道中出てくる魔物に対する武装……。

 すべてをこの村で集めるのはむつかしいだろうけれども、こちらはこちらで準備をしておく必要がある。


「それじゃあ、3日間はお手伝いをしつつお金稼ぎだな」

「わかったわ」

「うん!」


 それに、現地の人との交流によっていろいろと情報を聞き出せるかもしれない。

 俺たちが異世界から来た人間だとわかっている人たちだからこそ、という奴である。


「おはようございます!」


 そう言って挨拶をしてきたのは、エルメだった。


「おはよう、エルメ」

「おはようございます」

「おはよう、エルメさん」


 それぞれ、エルメに挨拶を返す。


「今日は皆さんどうされる予定なんですか?」

「ああ、今日は村の人たちを何か手伝えればと思っていたところだよ」

「そうそう、私たちもこれからのために軍資金が必要だと思ってね。さすがに村長に頼りきりというのも心苦しいし」

「エルメお姉さんはどうされたんですか?」

「なるほど、そうなんですね! すごくいいと思います。私はヨシヒロさんたちの様子見とお手伝いできればなと思ってきました!」


 エルメは目をキラキラと輝かせながらそういった。

 その目は純粋そのものという感じだ。


「それじゃあ、村の人のお手伝いをするんでしたら、私もお手伝いします!」

「いや、俺たちは対価として報酬をもらうつもりなんだけれども大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。それに、困ったことがあったら張り紙を出す掲示板があるんです。昨日はそこの案内までできてなかったので、ちょうどよかったです」


 どうやら、クエストボードが存在するらしかった。

 朝食の片づけが終わった後、俺たちはエルメに連れられて、クエストボードを見に行くことにした。


「掲示板はお父さんが作った仕組みですね。木こりで行政地区以外は基本的に離れて生活しているので、困ったことがあればお互い助け合えるように、羊皮紙に困ったことを書く感じです」


 お互い、困ったことがあったら掲示板に書いて、手が空いている人がそれを手伝ったりするという感じの仕組みらしい。


「【赤い月】が赤く輝く前までは簡単なお手伝いがほとんどだったんですけれども、最近は物騒になって、傭兵さんや旅の人なんかも手伝うようになったので、少しばかり報奨金を出すようになった感じですね」

「ああ、だから、丁度良かったんだね」


 エルメはうなづいた。


「もちろん、討伐任務以外もあるので、気軽に引き受けてもらえると嬉しいです!」


 というわけで、クエストボードにたどり着いた俺たち。

 場所は、森からこの村に入る入り口からすぐそこにあった。意外と見落とすものだ。

 隣には小屋がたっていて、駐在している若い人がいる。


「あれ、エルメじゃん」

「ダイオドー!」

「そっちの人は噂の……?」

「うん、異世界から来た勇者様だよ」

「ふーん、まあ、確かに耳が丸いし、そっちの女性は髪が青いし、異世界から来たってのは間違いなさそうだけれど、そう言う覇気みたいなのは感じないなぁ」


 ダイオドーと呼ばれた青年は、皮鎧を着た兵士風の容貌をしている。

 短髪で、耳は少し尖っているので、間違いなく現地の人間に見える。


「まあ、勇者ってのは誇大広告ではあるさ。よろしくな、ダイオドーさん。俺は小野寺 良大だ」

「僕は奥田 龍也って言います」

「私は、ユリア・エルガーデンよ」

「俺はダイオドーだ。文字が読み書きができるんで、掲示板の管理と自警団の団員をやってる。よろしくな」


 どうやら、戦いなれている様子だった。

 俺なんかよりも強そうだし、頼りになりそうである。


「文字の読み書きが?」

「ああ、エルメも親父さんから教えてもらってるからできると思うが、基本的には村の人間は文字を読めねぇ。だから誰かが代筆する必要があるんだよ」

「なんか村の人が使うには微妙に不便な感じが……」

「ん、ああ。傭兵とか、旅の連中は読めることが多いからな。要するに、ここにある依頼は外様向けってことだよ」


 確かに、内側向けならば口頭で十分だろう。


「で、異世界から来た勇者は基本的に文字が読めないはずだと聞いているから、今回は俺が案内することになるかな」

「お、それは助かる」


 ただ、内容的には傭兵向けという感じの依頼が多いのかなと思った。

 報酬が約束された仕事である分、仕方が無いだろう。


「とはいっても、俺は武器を持ってないから戦う系はできないんだが……」

「武器? ああ、それなら貸し出すから問題ない。ロングソードならばそう値が張るものでもないからな」

「あ、そうなんだ」


 このことからわかることは、武器は大量生産のすべが確保されており、安売りされているのは市場に対して供給が多いからである。

 もしくは、国がそういう方向で政策を出しているかだ。

 どちらにしても、この世界では戦うためのすべが必須ということだろう。

 俺は、剣を借り受ける。思ってたよりも軽く、そして結構刀身が傷ついている。

 下手な使い方をするとすぐに折れてしまいそうだ。


「ああ、エルメが襲われたというマウントライオンみたいな魔物はめったに出るものじゃないから安心しろ。それと、ヨシヒロはここで依頼を受けても問題ないだろうが、他の二人はエルメに案内してもらえ。ここで紹介できるような仕事はなさそうだしな」

「武器が必要っていうならまあ、確かに私とタツヤには出番はないかもね」


 ということで、俺単独で依頼を受けることになった。


「ま、アンタに合った依頼を俺が選んでやろう」

「ついでに文字の読み方も教えてくれると助かるんだが……」

「それは俺の仕事じゃない。だが、俺が一通り読んだ後に、依頼書を見返すなら好きにしろ」

「そいつは助かる」


 というわけで、ダイオドーから引き受けた依頼は森の中に生えている薬草の採取であった。


「最近、知っての通り魔物が出るせいで森の中は村であってもそこまで安全が保障されているわけじゃない。薬草である『キュアリーフ』をこの籠に集めてほしい。報酬は5個一束で1,300レルだ」

「すでに籠にいくつか入ってるみたいだが?」

「ああ、他のものも摘んできているんだろう。『キュアリーフ』の見た目はこれを参考にするといい」


 籠の中にある薬草『キュアリーフ』は葉の先が白くなっている雑草だった。

 網状脈の葉で葉の外側が波打っているが、一番の特徴は葉の先が白いことだろう。


 というわけで、『キュアリーフ』の特徴を把握した俺は、ユリアたちと別れて森に入っていくことになったのだった。

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