第7話 俺と異世界トラブル

 夕食の時間になり、俺たちは村長の家に招待された。

 出された食事は、非常にシンプルな食事だ。

 何の肉かはわからない肉料理、クタクタになるまで煮込まれたスープ、フランスパン並みに堅いパン。

 どれもまあ、味つけとしてはそこまで悪いものでもないが、味がとにかく薄い。

 現代人である以上、ハンバーガーやらジャンクフードに慣れ親しんだ以上、俺も舌が肥えている。しかし、それを加味してもとにかく薄味だった。

 うまみも、無い。そもそも、うまみ自体は日本発祥だし、うまみ成分は海外でも「UMAMI」と呼ばれている。

 一気に味の素が恋しくなってしまう、非常に質素で薄味なお味だった。


「どうですかな?」


 そんなおもてなしの料理を、無下にするわけにはいかなかった。


「え、ええ」

「この辺りではあまり流通していないランガル豚の姿煮はなかなかでしょう?」

「ま、まあ」


 姿煮とはいっても、なんだか味が抜けてて、悲しくなる味だ。

 おいしい部分が全部抜け落ちていて、肉汁が無いのでパサパサ。

 豚と聞いて、豚肉のうまみを考えると、10倍に薄まった味がしている。

 正直、あんまりおいしくない。


「ふむ、まあ、異世界のお方ですので、味覚の違いはあるかもしれませんな」

「まあ、その、すみません」


 パンだけは堅いが塩味が効いていて、一番食べられるので、誤魔化してはいたがやはり見抜かれたようだ。


「いえ、こちらとしてももてなしのつもりでしたので、お口に合わず申し訳ありません」

「いえいえ! 全然! 正直、こちらはまっとうな食事にありつけるなんて思ってもいませんでしたし」


 俺はまあ食べているが、ユリアは一口、口をつけてから完全にさじが止まっている。

 俺よりもある意味、未来人のユリアの口には合わなかったらしい。


「……ははは」


 乾いた笑いをこぼすユリア。

 だが、この先を考えると慣れてもらわなければ困るのは事実。


「ユリアさん、頑張って慣れろ」

「えぇ~……。これだったら私が作った方がおいしいし」

「そういうわけにもいかないだろ? そもそも、調味料とか塩以外流通しているのかもわかんないんだしな」

「うぅ……!」


 実際、胡椒は使われている感じがしない。シンプルに塩だけを使って料理されているのだろう。

 地球でも、17世紀あたりでは香辛料は基本的に非常に高価だったはずで、つまりはそういうことなのだろう。

 それに、野菜もなんというか舌に合わない。ギリギリ食べれるというところが正直なところだった。


(まあ、品種改良とかって農村でもない限りはむつかしい話なんだろうな)


 そんな味気ない豪勢な料理を食べつつ、俺は本題を切り出す。


「で、村長。なぜ今勇者が求められているのか教えていただけませんか?」

「はい」


 村長はうなづく。


「この世界に魔物がいることはご存じでしょうか?」

「ええ、エルメさんから聞いていますし、あのゴリラとライオンを合体させたような化け物を倒しましたしね」

「マウントライオンですね。本当に勇者様にはエルメを助けていただき感謝しかありません」

「いえ」

「ただ、実際問題、この魔物が増加傾向にあるのです。この村の近郊でも、普段見られないような魔物が出現するようになっています」


 要するに、何らかの要因で魔物と呼ばれる害獣が増えているということだろう。


「人的被害のほかにも、流通にも影響が出ていますし、森の中でも村の範囲内であっても先ほどのように被害にあうことがあります」

「なるほど」

「もちろん、我々も手をこまねいているわけではありません。傭兵や魔物退治を生業としている者を雇い、対策を取っていますが、後手後手になっているのが現状なのです」

「それで、どうして勇者の出番が?」


 実際それだけならば単純に人員を増やすだけで解決しそうである。

 俺のような異世界から来た武力も持たないただの一般人を勇者とあがめて助けを求める理由にならない。

 だとするならば、伝承だとかそういう理由があると考えるのが妥当である。


「古くからの言い伝えになりますが、創世神話とは別の伝承になります」

「伝承……」

「ええ、神々がこの地を作り賜った後、本来であればこの世界とは関係が無いはずの【異星の侵略】と呼ばれる災厄がありました」

「【異星の侵略】?」

「はい。その名残が、空に見える双子月。【赤の月】と【青の月】でございます」


 確かに、この世界には二つの月がある。

 【赤の月】というのは、近くに見える昼でもその一部を満つことができる巨大な月の事だろう。


「もともとはこの世界には、【青の月】のみがあると伝わっています。災厄を運んできたのは【赤の月】とよばれる方なのです」


 俺はユリアに聞く。どちらかというと、ユリア側の世界の話に聞こえたからだ。


「ユリアさん、そういうことってあるのか?」

「何を期待しているのか知らないけど、一般人の私がそんなこと知るわけないじゃん。お父さんは研究職だし」

「まあ、それもそうか」


 俺は村長に相槌あいづちを打った。


「それで、急に【赤の月】が出てきた後、どうなったんですか?」

「【赤の月】には侵略者が居ました。いわゆる魔王と呼ばれる存在です。魔王は当時の我々からすればはるかに優れた魔法を使い、世界の3分の1を侵略しました」

「あー、なるほど。侵略者が現地住民を排除して、星を乗っ取ろうとしたわけだ」


 そう言う話はSF小説だとかを読んでいると割とよくある展開だ。

 俺たちの地球でも、移住可能惑星を探しているほどである。


「だから、【異星の侵略】って呼ばれているんですね」


 龍也くんもなるほどと、ワクワクしながら聞いている。

 こういう話は確かに男心をくすぐられる話だ。


「はい。それで、その異星の侵略に対抗するために現れたのが、異世界の勇者様でした」

「異世界の勇者様は、現地の英雄を引き連れ、【赤の月】に乗り込み、魔王を討伐したと、伝承では残っております」

「なるほどなぁ。それで、異世界から来た俺たちにもその勇者の役目を期待してしまったと、そういうことですね」

「はい」


 それならば、なるほどと納得してしまう。

 伝承というほどだから、何千年前の話になるのかはわからないが、ユリアの世界レベルの連中が、この星に移住するために侵略戦争を仕掛けたのだろう。そこで、それを見過ごせなかったやつが、現地の人間を雇って、乗り込んでいったわけだ。

 近くの【赤い月】は本来、宇宙船だったのだろう。だが、長い年月停泊し続けた結果、月のようになってしまったということじゃないかなと推測できる。


「皆さんも見られたと思いますが、【赤の月】が伝承の通り再び赤く、怪しく輝いております。そして、それを機に魔物も活動を活発にしています」

「だから、魔王が復活するかもしれない。それを倒してほしい。そういうことですね」

「はい。おこがましい望みだとは思いますが……」


 といっても、当時の【勇者様】と異なり、星の海を渡るための手段は俺たちにはない。

 引き受けたところで、【赤の月】に行く手段はなく、そもそも、原因がそこにあるかもわからない。

 俺としてはまあ、引き受けるのもやぶさかではない。警察官魂はまだないが、正義の魂として、困っている人を見過ごせない。

 ただ、それをなすためには、ユリアや龍也くんを巻き込んでしまう。

 そう考えると、安請け合いをすることはできなかった。

 今の優先順位は、ユリアと龍也くんを無事に元の場所に送り届けることなのだから。


「あー……。すみません。ユリアさんと龍也くんと話し合った後でも構いませんか? あと、俺らでは【赤い月】に行く手段を持っていません。それも含めて調査という形ならお手伝いできそうです」

「ふむ、まあ、おこがましいお願いですから、それは問題ありません。我々としても勇者様頼みというわけにもいきませんからね」


 そう、本来は現地住民だけで解決すべき問題だろう。

 改めて、俺が手助けするラインは定めておく必要がある。

 話を聞く限りでは、俺の地球よりも科学技術を持った人が勇者としてあがめられていることを念頭に入れておく必要があるだろう。


「あ、あと、勇者はやめてください。僕らにも名前があるんで」

「おっと、それは失敬いたしました」


 こうして俺たちは村長の家で一晩過ごすことになった。

 実際、求められていることに対して俺たちにできることはあまりにも少なすぎる。

 戦いにしても、今まで有効だった光線銃の残弾数は3発しかない。剣も、剣道で鍛えた程度で、別に殺人術を納めているわけでもない。確かに警官になるために鍛えていたが、それだけのただの大学生が俺なのだ。

 それに、龍也くんやユリアも戦いに参加させることはできないだろう。正直、ユリアを助けに来る人たちを待っていた方が安全で確実なのは事実である。

 それを含めて、俺たちは今後の方針を決めることになったのだった。

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