第6話 俺と異世界金銭問題

「では、勇者様方もこちらの言葉を理解できるようになったところで、夕食を食べていかれてはいかがですかな?」

「夕食……」


 俺の体内時計はまだお昼の12時を回ったぐらいだった。

 ただ、確かにこの村に到着した時点ではだいぶ日が傾いていた気がする。


「どうする? ヨシヒロ」

「お兄ちゃん」


 俺としてはまあ、エルメを助けた礼だとしたら、受けることはやぶさかでも無い。

 それに、村があるということは何らかの人間社会が存在するということである。

 それが共和制なのか、君主制なのか。まあ、文明レベルを見ると君主制な気がするが。それに貨幣についても知る必要があるだろう。金がお金の価値を保証しているのか、それとも国が保証しているのか。

 少なくとも物々交換ではないだろう。地球では古代ギリシャや日本でも貨幣が生み出されていたからだ。

 最低限度それを知らなければ、この地域に滞在することも苦労するだろう。


「……そうだな、色々お話を聞かせてもらおう。勇者云々に関しても、なんで俺たちを勇者なんて呼ぶのかについても理由を知りたいしね」

「そうね。主に勇者とみられているのはヨシヒロみたいだし、今後のためにも聞いておいた方がいいかもね」

「僕、あんまりおなかすいてないんだけど……」


 龍也くんの気持ちもわかる。

 俺だって、鞄の中に今日のお昼の弁当が入っているからだ。

 おそらく、龍也くんはもうお昼を食べた後なのだろう。


「すみません、この子は先に食事を済ませているので……」

「ああ、構いませんよ。それに、すぐにご用意できるわけでもありません。言い伝えによると異世界からの勇者様は、異なる理を持っていると伺っております。もしよろしければ、時間まで村の中を見て回られるとよいでしょう」

「わかった、そうさせてください」

「ええ、では、エルメ。勇者様方のご案内を頼んだぞ」

「はい、村長!」


 というわけで、俺たちは夕食の時間になるまで村を見て回ることになった。

 まさか、本当に異世界に来ることになってしまうだなんて。そんなものは、ライトノベルかゲームの中の出来事だと思っていたが、人生生きていると何が起こるのかわからないものだなと思った。

 そして、別に女神様にチートスキルを貰ったわけでもないので、勇者ともてはやされても実際困る。


「それじゃあ、ヨシヒロ様、ユリアさん、タツヤくん。村を案内しますね!」


 やる気満々のエルメに、俺は訂正する。


「あー、その、確かに俺たちは異世界から来たんだが、勇者ではないんだ。だから、様とかつけないでほしいな」

「いえ、少なくとも私を助けてくださいました!」


 だから、と言いたいのだろう。

 その気持ちを否定することはできない。それに、助けたくて俺が助けただけだから、相手からどう思われるかについては管理下に置いてない。


「……せめて、【様】付けはやめてもらえるかな? 【さん】か親しみを込めて【くん】付けでお願いしたい」


 まあ、英語で言うなら「Mr.Yoshihiro」と常々言われているようなものだ。むずがゆくてどうしようもない。それも年下の子に言われるとさすがに腹のすわりが悪い。


「そうですか、なら、ヨシヒロさんとお呼びしますね!」

「それで頼むよ」


 というわけで、俺たちは夕食の時間まで村の案内をしてもらった。

 森の中というだけあり、そこまで広いわけではない。というかそもそも木こりの村というだけあり、森の中に家がある。

 村長のある地区はいうなれば行政区とも呼ぶべき場所であり、店や木材を販売するための場所はここに集まっているようだ。

 今回魔物が出現した場所も、本来であれば安全な村の中の森だったわけらしい。どうりでそこら中に切り株があったわけである。


「なるほどなぁ~」

「ただ、私の家はこの近くにあるんですよ。木こりもしているんですけど、他にもいろいろと仕事をしているみたいなんですよね」

「ふーん、なんか、そういうテーマパークに来たみたいな気分ね。こういうの、私の世界にはないから新鮮だわ」

「ユリアさんはそうだろうね」


 実際、ユリアの世界はそうだろう。

 農業も全自動で行われていそうだし、人が介在していないイメージがある。

 それに、現代の若者感あるユリアのことだ。将来は東京みたいな都会でOLをやっているイメージがある。


「そういえば、ユリアさんとヨシヒロさんたちの服装が異なる感じがしますけど、違う世界から来たんですか?」


 エルメの質問に、ユリアはうなづく。


「そういう感じね。といっても、私もエルメと同じくただの小娘だし、気にしなくていいわ。服装だって浮いてるのはわかっているし、着替えを貰えれば着替えようと思っていたのよね」

「だったら、私のでよければ貸しますよ!」

「うん、そうしてくれるとありがたいかな。現状あたしたちは無一文だしね」


 ユリアの言う通りである。

 俺の財布に入っている日本円は、まあ芸術的に考えると価値はあるんだろうけれども、この世界では通貨としての利用はできない。

 野口も、諭吉も無価値なのだ。悲しい。

 ただまあ、ユリアと一緒にいる限りは地球へは帰れる可能性はあるので、盗られないようにしておく必要はあるだろう。

 異世界といっても、しょせんは海外のようなものだ。日本ほどの治安の良さは期待してはいけない。


「そういえば、お金ってあるのか?【無一文】って言葉があるくらいだしさ」

「ありますよ。今は手持ちが少ないですけど、これですね」


 エルメはそう言って、革袋を取り出した。

 その中には青銅銭が複数枚入っている。形が違うようで、文字が描かれているが当然読めない。

 ただ、数字はなんとなく察することができる。


「単位はレル。これが1レル硬貨、これが10レル硬貨ですね」

「へぇ~、なるほどなぁ。じゃあ、リンゴ一個は何レルなんだ?」

「リンゴ1個はだいたい300レルですね。もちろん、大きさや品種にもよりますけれど、この近くで流通しているリンゴならばそれぐらいですね」


 これだけの情報でも、それなりのことがわかる。

 それなりの流通網が存在し、地球のリンゴと同じ特性を持つかわからないが、【リンゴ】が流通できるぐらいには流通網が発達していることがわかるだろう。

 青銅を使った貨幣なので、金属加工の技術を察することができるし、基本的には貨幣文化に関してはそこまで大きな違いはないだろう。

 相場としても、日本円とそこまで大きな差はないように感じる。


「了解」

「ヨシヒロ、なんでリンゴを聞いたの?」

「まあ、リンゴってのは俺の世界の神話大系にも出てくる果物なんだ。他の世界にあっても変じゃないだろ。実際該当する言葉もあるしな。で、ニホンエンで現在の相場なら650エンだ。そこからレルとニホンエンの相場観がわかる」

「う、まあ、確かに私の世界にもリンゴはあるわね……」

「リンゴってウチュウにもあるんだね!」


 まあ、真っ先に出てきた果物がリンゴだったわけで、「みかん」みたいな特殊なくだものや「すいか」みたいな品種改良の末に発明された果物なんかは該当する言葉が無かった。

 基本的世界観は一般的なジャパニーズファンタジーが近いとみて問題ないだろう。


「ま、それがわかっただけでもかなりの驚きだよなぁ……。言っても誰も信じないだろうけど」


 NASAも驚きである。

 そうして、ご飯ができるまでの間エルメに村の案内をしてもらったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る