第5話 俺と異世界勇者ストーリー

 エルメの村、近くの森が【リリティティスの森】ということから、【リリティティス村】と呼ばれている。

 森の入り口にある、森を開墾かいこんしてできた村で、豊かな自然ときれいな川が流れている。

 ただ、まあ本当のファンタジーとは異なり、現実である。

 鼻につく生活臭までは誤魔化せない。

 とはいっても、想像していたよりも全然綺麗で、村の中を横断している川も、のぞき込めば淡水魚が泳いでいる程度には綺麗だった。


「これが、本当のファンタジー村……」


 木と煉瓦れんがでできた、緑のツタが絡まる家。

 しっかりとした作りの教会。

 そして、あからさまな村長の家。

 装飾に関してはだいぶ素朴な感じではあるが、俺の地球でもまた見ないような洋服が目に入る。

 これで臭いが無ければディズニーランドに遊びに来た感覚になったのだろうけれども、生活臭である以上は仕方が無いだろう。

 要するに、糞尿の問題である。こればかりはどうしようもない。


『……トイレは村の外にある畑の肥料になるそうよ』


 そんな俺を察してか、ユリアが解説を入れてくれる。いや、エルメが解説してくれたのを翻訳ほんやくしてくれたのだろう。


「まあ、そうだよね」

「うん、田舎のにおいがする~」


 龍也くんも同じ感想を持っているようだ。


『エルメ曰く、まずは村長に挨拶をしに行こうだってさ』


 エルメは、案内しつつも声をかけてきた他の人に何かしらの返事をしていたようだ。

 唯一言葉がわかるユリアが、苦い顔をしていたので、エルメは俺たちの事を『勇者』だと紹介しているんだろうなと思った。

 今の俺たちは訂正する言葉を持たないので、どうしようもないが。

 ともあれ、短い間ではあるがエルメの言葉がだんだんわかるようになっていた。

 エルメの言葉と、ユリアの訳を比較すれば、どの単語がどういう発音で呼ばれているか、理解するのはむつかしくない。

 それに、文法は日本語に近いように感じた。

 だから、見知らぬおじさんが俺の肩を叩いてきた時は少しだけ反応できた。


『あなたは私たちの娘と同じくらい大切なエメルを助けてくれてありがとうございます。あなたはどうやらかなりの実力者のようですね。我々はあなた方を歓迎します』


 と、直訳でこんな事を言ってきたので、ものすごく日本語的な発音だが、こう返した。


「あー……、『ドウイタシマシテ!』」


 それに、エメルと龍也くんは驚いた顔をし、ユリアは何が起きたかわからない顔をしている。


『え、「ヨシヒロさん、もう言葉を覚えたんですか」ですって。私には突然ヨシヒロが片言で話し始めたからびっくりしたわ』

「ユリアお姉さん! お兄ちゃんがエメルさんと同じ言葉を話したんです!」

『「この短時間にすごい」ってエメルが目を輝かせてるわね。ヨシヒロって語学が得意なの?』

「いや、ユリアさんの訳とエメルさんの言葉を一緒に聞いているからな。そこから何とか想定して、話している。といっても、『どういたしまして』って言っただけだけどな」


 座学の英語は苦手だったが、リスニングは得意な方だった。

 そうじゃなきゃ、俺は大学を落ちてただろうしね。


「ま、何にしてもユリアさんが居ないとどうしようもないさ。それに、相手のことを理解しようって気持ちが言語習得には重要だしね。例えば、アメリカに言語留学したのに、英語を全く話せない奴と完璧に話せる奴とに分かれるが、あれはアメリカで誰と一緒にいたかが重要だしな」

「え、お兄ちゃんは英語は話せるんですか?」

「いや、これは俺の友人の話なんだけどな」

『まあ、確かに自動翻訳装置は便利だけれど、外したら母星語どころか母国語しか話せないって問題になっていたわね。自動翻訳装置の電源が切れたら確かにそういうところは困るかも』

「ま、自動翻訳装置なんて便利なものがあるならばそれに頼るのが一番だけれどな!」


 最近、日本も外国人の方が増えているので、警察官として英語を勉強するのは重要だ。

 だから、普段から洋楽を意味を理解しようと聞いていたので、リスニングは得意だったわけだ。


『あ、着いたみたいよ』


 エルメに案内されたのは、明らかに村長の家だった。

 エルメがノックすると、白い髭を蓄えた老人が扉を開けた。杖をついているが元気そうではある。

 俺の基準からすれば、90歳に見えるが……。


『えーっと「いらっしゃい、村の走りのものから話は聞いている。エメルを救っていただき感謝に堪えない。どうぞよろしければお話を聞かせてくれませんか」だって』

「オーケーオーケー。あ、あー、あ……ゴホンッ! 『気にするな、デス。言葉、話せない。言葉を知る魔法、知りたい』……どうかな?」

『お、伝わったみたい。「そうですか。ならば、先に言語魔法を授けましょう。こちらにいらしてください』だって』

「『感謝する、デス』」


 というわけで、俺たちは村長の家にお邪魔することになった。

 細かい話に関しては、重要じゃないか俺に話が降られなければユリアは翻訳しないので、これまで覚えた言語で何とかかみ砕く必要があった。

 とはいっても、当然ながら普通にしゃべっているのを聞くのはむつかしい。

 本人らが理解できる速度で会話が進んでいくので、聞き取れないことが多い。

 それでも、一部理解できたのはこの言葉だった。

 一部意訳したりしているが、間違いないだろう。


『伝承の通り、勇者様が来られた。これでようやく世界が救われる』


 ……いや、どんだけファンタジー?!



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 案内された部屋は地下室だった。

 こんな村でも地下室を作る土木技術はあるのかなんて感心していたけれど、そこを解説してくれる人は誰もいなかった。


 部屋は厳重に施錠されており、村長がいくつかの鍵を解除してようやく俺たちはその部屋に入れた。

 部屋の中央には本が1冊、開かれた状態で安置されている。

 周囲には青く輝く魔法陣が敷かれており、それを見てユリアは驚きの表情を見せる。


『えっ、魔術式で組まれた魔法陣?!』

「ユリア、知っているのか?」

『うん、魔術式は高校生で一般常識を習うからね。選択科目だけど。友達からちょっと教えてもらってたのよ』

「そうなんだ」


 龍也くんは魔法陣をみてはしゃいでいる。

 実際、目の前にある光景はファンタジーそのものであり、俺もその光景には感動していた。


『えーっと、あの本に触れると、この地域の言葉の基礎的な部分を覚えられるらしいわ』

「基礎的な部分ね。まあ、日常会話ができるようになると考えたら儲けものだろうね」

『ヨシヒロは頑張れば独学で習得しちゃいそうな勢いだけどね』

「はは、それでも最低3か月はかかるだろうさ。その分をショートカットできるならば、その分お得でしょ」

『それはそうね。自動翻訳装置もいつ充電できるかもわからないし、私も覚えておこうっと』


 そもそも、救援が来るのかもわからないが、自動翻訳装置は便利なので重要な場面で電池切れで使えないなんて事態の方が深刻だろう。


「ねぇねぇ、僕からやってもいい?」

「いや、こればかりは俺からやるとしようか」


 魔法陣に何が仕込まれているかわからない。

 だったら、幼い子供よりも率先して俺が実験台になるべきだと、そう思った。


「俺が大丈夫だったら、龍也くんもやってみる感じで良いかな?」

「……わかった」

「よし、えらいぞ!」


 俺は龍也くんの頭をわしゃわしゃと撫でると、早速魔法陣に入る。

 そして、本に触れると、魔法陣の光が強く輝きだす。

 と同時に、本がパラパラとめくれ出して、頭の中に大量の知識が流れ込んでくる。

 だが、不思議と情報量に圧迫された感じがしない。ただ単純に言語を習得するだけの感じがした。

 光が元の状態に戻るとともに、本のページは元の場所に戻る。


 俺はすぐさま余計な情報が混入していないか精査する。

 感覚としては、「りんご」を「apple」と認識するのと同じく、『りんご』が「りんご」をさすことがわかるようになったという感じ。

 他に余計な情報は一切混入されておらず、俺の宗教観も変わった感じはしなかった。日本人特有の神道に基づくそれのままである。


「あ、ああー、『こんにちは、こんにちは、ハローワールド、元気ですよ』。んっんー。なるほど、こういう感じか」

『おお、勇者様がスムーズに喋れるようになりましたな!』


 村長が喜びの声を上げる。

 リスニングに関しても、特に違和感を感じない。ニュアンスもそこまで齟齬が無いように感じた。


「龍也くん、ユリアさん。どうやら問題ないみたいだ。特に変な知識が混入する感覚も無いから、純粋に言語を習得させるだけの機能しかない感じだ」

『オッケー』

「じゃあ僕がやるね!」


 俺に変わり、龍也くんが本に触れる。すると、同じく光に包まれ、光が収まると龍也くんもこの地方の言葉をしゃべれるようになっていた。


「なんか変な感じ。お兄ちゃん、僕、ちゃんと喋れてる?」

「ああ、問題なさそうだ」

『じゃあ次は私ね』


 ユリアさんも本に触れ、言語を習得した。

 その後、何かのスイッチを切ると、自動翻訳装置特有の二重に言葉が聞こえる感覚が無く、クリアにユリアさんの言葉が聞こえる。


「どう? 私もこっちの言葉で喋れてるかしら?」

「問題なさそうだ」

「なんだか不思議な感覚。自分の脳内に2つ目の言語が入っている感じね!」

みたいな、こっちに存在しない概念なんかは表現のしようがないがな」


 というわけで、俺たちはこの地域の言葉の「話す」「聞く」ができるようになった。

 文字なんかは、さすがに見てもわからないので勉強する必要がありそうだが、そもそもこういう村は文字を扱ってないことが多い。

 そこはおいおいだなと思って、俺たちは村長とエルメの方を向いた。


「勇者様方、こちらの言葉は伝わりますかな?」

「ああ、大丈夫のようだ」

「おお、おお! 良かった良かった」


 満足そうにうなづく村長。

 エルメもにこやかに、改めてお礼を言ってきた。


「ヨシヒロさん、改めて、魔物から助けていただきありがとうございました!」

「いいよ、改めてお礼なんてさ。俺にとっては助けるのって当たり前だし」

「いえ! 本当に助かりました! ユリアさんもタツヤくんもありがとうございました!」

「うんん。お礼を言われるようなことは、ヨシヒロと違ってしていないよ」

「僕も何もできてないですし、エルメお姉さんに感謝されることはないですよ!」

「道中、ユリアさんは話を聞いてくださいましたし、タツヤくんも話に混ざろうと頑張ってましたから!」


 いい子だなぁ~。

 例えこっちが求めてなくても、感謝をされるとまた困ったときに手伝って上げようという気になる。

 だから、道中にもエルメはみんなの妹だって聞こえたのかと感じた。

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