第8話 先輩


豊崎恵さんという人に会った。

私はその人から「同棲はまだ早い」と言われた。

だけど私は...彼が私に手を出さない事を知っている。

その上でもし私にこの先、祐樹さんが無理矢理とか手を出したら直ぐに同棲を止めさせると恵さんは言ってきた。


だけどゴメンなさい恵さん。

私には貴方のその言葉はただ嫉妬にしか聞こえない。

何故なら彼女は。

祐樹さんを恐らく好いているから。


「...じゃあ先輩。今日は楽しかったです」

「...ああ。また明日な」

「...」

「...?」

「先輩。...彼女の事は好きなのですか?」

「...あくまで本当に義妹にしか思ってないからお前の言った通り手出しはしないよ。俺にはそんな根性は無い」


そう私は聞きながら恵さんを見る。

恵さんはホッとした様な感じで「そうですか」と笑みを浮かべる。

焦りとかは無いけど何だかその言葉は何というか。

複雑に感じてしまった。

そしてドアが閉まる。


「祐樹さん」

「...何だ」

「...彼女に...彼女がもし...迫って来たらどうします」

「彼女が迫って来るっていうのがよく分からないが...どっちにせよ俺は靡かないよ。暫くは」

「本当にその言葉を信じて良いですか」

「お、おう」


私は不安げに祐樹さんを見つめる。

祐樹さんと私は既にとっても長い期間一緒に居る。

だから彼女にとられたくない。

私はあくまで祐樹さんと一緒になりたい。


「彼女は...良い忠告をしてくれた」

「...そうですね。いずれにせよ私は未成年ですもんね」

「そうだな。...俺には良い忠告になったよ」

「ですね」


そして私はその言葉に笑みを浮かべる。

それから祐樹さんを見る。

祐樹さんは「さて...夕食をどうするかだな」と話す。

私は「そうですね。何か作ります」と笑みを浮かべる。


「...祐樹さん」

「?...どうした?」

「私がこの場所に居てご迷惑ですか?」

「そんな訳無いだろ。...こっちが謝りたいぐらいだ。...居心地の悪い思いをさせてないか?」

「当たり前の反応です。...だから全然、恵さんの事を恨んだりしてないです。私の考えが甘かっただけです」

「考えが甘い...か。それは無いと思うけどそうだな...俺も若干甘かったよ。外部からの指摘が無かったら...この共同生活は大変な事になっていただろうな」


そう祐樹さんは言う。

それから私を見てくる。

私はその姿に「ですね」と反応した。

そして私は食材を冷蔵庫から出す。


「先輩。何が食べたいですか」

「ああ。...そうだな。ポークソテー...ってオイ。先輩は止めろ」

「ウフフ。使ってみたかったので使ってみました」

「いや。止めてくれ。そういうのは職場だけで十分だ」

「アハハ」


そして私は祐樹さんに目を細める。

それから少しだけ口角を上げた。

その反応に祐樹さんは苦笑しながら「手伝うよ」と言う。

私は「はい。それでは」と言いながら食材を調理する。



私は同棲している様な感じの彼女が羨ましかった。

何というか私だって...先輩が好きなのに。

だからこそ怒ってしまった様な形になってしまった。

人生の先輩としてこれは良くないと思う。


「でもな...羨ましいんだもん...」


そう言いながら私は独り暮らしのマンションに帰って来る。

それから鍵を開けてドアを開ける。

そして私は室内に入った。

何もする気が起きない。

まさか...先輩の子はあんな感じの子なんて思わなかったし。


「...失恋した様な気分だなぁ」


そんな事を呟きながら私は横になる。

通勤着を着たままだけど。

本当に何もする気が起きない。

じわっと涙が浮かぶ。


「...情けないな私も。...どうしたものかな」


思いながら私は起き上がった。

それからハーブティーを淹れてみる。

そしてそれを飲んでほっこりした...けど。

現実に帰るとやっぱり涙が浮かぶ。


「負けないよ。絶対に」


そんな事を呟きながら私は決心する。

それから私はこの恋戦に負けない様にする為に。

あの人に積極的にぶつかってみようと。

それも決心した。



正直...アイツ。

つまり豊崎があんな事を言うとは思わなかったのもある。

だからこそ俺は...見直すきっかけになった。


全てをだ。

改めて今の事態が...責任が重いと。

そう感じさせられた。


「美味しいですね」

「...本当にお前は何でも作れるよな」

「5年間の修行の成果です」

「...」


こんな少女だが。

16歳の未成年であり。

俺にとっては...近しい存在だが...あくまで俺は保護者として守っていかねばならない立場だとそうまた実感した。


「...桜子」

「何でしょう?」

「お前は本気で俺と婚約したいのか」

「それはそうでしょう。私はその為にこの場所に居ます」

「...俺はお前を守れる男になっているのかな」

「なってます。...貴方は本当に良い人であり。そして私を守ってくれています」


そんな事を桜子は言う。

それから俺を微笑みながら見てくる桜子。

一瞬だけ。

過去を思い出した。


『結局、私を守ってくれなかったね』


「...」

「...祐樹さん?」

「...いや。何でもない。...すまないな」


手が止まっており箸の手も止まっていた。

俺はその事に直ぐに慌てて手を動かす。

それから忘れる様にご飯を食べた。

過去の...彼女の言葉も忘れる様に、だ。

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