新たな日々を 1


 ──澄み切った青空の下、教会への道のりを、一台の馬車が進む。


 薄青と薄紫の花が飾り付けられた馬車の客室では、純白のドレスを身にまとった年若き令嬢が、純白の騎士服を身にまとった青年に寄り添い、幸せな微笑みを浮かべていた。


 しばらくして馬車は止まり、教会の鐘が軽やかに鳴り響くなか、ゆっくりと扉が開かれる。


「フレイヤ、手を」

「はい、ローガン様」


 一足先に降りたローガンが差し出した手を取り、フレイヤは一歩を踏み出した。

 主教が待つ教会の中へと、ゆっくり、二人は歩調を合わせて進んでゆく。



 ──今日は、新たな出発の日。

 余計な気を遣わず、水入らずで過ごしたいと願い、教会には夫婦と主教しかいない。


 婚礼の儀のやり直しという無茶を、深く理由を尋ねることなく了承してくれたという主教は、柔和な笑みで二人を迎えた。


「今のあなた方に、形式通りの誓いでは不足があるでしょう。私はお二人の誓いをしかと聞き届け、見届けます。どうぞ、思うように宣誓を」


 宣誓の定型文とはまったく違う言葉をかけられて、フレイヤとローガンは顔を見合わせる。


 やがてローガンは、フレイヤの両手をそっと取り、包むように優しく握った。


「私、ローガン・アデルブライトは……フレイヤ、君をこれから先もずっと愛し、慈しみ、守り抜くと誓おう。そして、君から一番に頼りにされ、同じ想いを返してもらえるように、努力を怠らない。だからどうか、この先の人生を、俺とともに過ごしてほしい。君を幸せにするのは、いつだって俺でありたい……この我儘を受け入れてくれるだろうか」

「はい……!」


 何度も深く頷いたフレイヤは、ローガンの手を握り返す。


「私、フレイヤ・アデルブライトは……ローガン様、あなたのことがずっとずっと大好きで、これから先もずーっと愛する自信があります。いつだってあなたの無事を願い、あなたが帰る場所となることを誓いましょう。あなたがそばにいて私を慈しんでくださるなら、私はそれだけで幸せです。どうか末永く、私とともに歩んでください」

「ああ……もちろんだ」

「宣誓は、今ここに成されました!」


 主教が高らかに宣言すると、二人を祝福するように鐘の音が鳴った。

 改めて夫婦としての誓いを立てたフレイヤとローガンは、教会を出て、青空の下へと歩んでゆく。


「フレイヤ」

「はい、……ん!」


 返事をした途端、ローガンは優しい口づけを落とす。


 その表情は、穏やかで優しく──口元には、幸せを隠しきれない微笑みが浮かんでいた。




 婚礼という節目のやり直しを経たことで、改めてはっきりと、夫婦となった実感が湧いてくる。

 しかも、思いが通じ合っていることをお互いに認識しているので、喜びもひとしおだ。


 アデルブライト家の別邸に帰った二人は、お互いの晴れ姿をもっと見ていたいと合意し、花々が咲き誇る庭園でお茶を楽しむことにした。

 侍女たちはお茶の準備を終えると、心得ているとばかりに下がり、代わりに呼び鈴がテーブルの上に置かれる。


 二人きりになった庭園で、フレイヤはうっとりと隣に座るローガンを見つめた。


「儀礼用の騎士服もよくお似合いですね。ローガン様の精悍な美が際立って、とても素敵です」


 ローガンは唇をむっと引き結ぶけれど、これは緩みそうになる口元を抑えようとしてのものだろうから気にしない。


「フレイヤも……今日はいつにも増して美しい。可憐だ」


 仏頂面のまま、声音だけは実に柔らかく告げられて、フレイヤは幸せな気持ちで微笑む。

 そして、ローガンの方へと少し距離を詰め、肩にそっと頭をもたれさせた。


「なんだか夢のようです。ローガン様に想われ、こうして寄り添い穏やかな時間を共に過ごせたらと……叶わぬ願いだとはわかっていても、密かに夢見ていたものですから」


 フレイヤがしみじみと呟くと、ローガンがその手を取り、しっかりと握りしめる。


「そのように思っていてくれたことが、俺にとっては夢のようだ」


 力強い中にも噛みしめるような響きがある声だった。ローガンの表情が気になって顔を見上げたフレイヤは、眉間に深い皺を刻んでいる彼を見てくすくす笑ってしまう。


「皺ができていますよ」


 眉間をつんつんと軽くつつくと、ローガンの顔から力が抜けて、柔らかな微笑みが現れる。


 婚約以降、この仏頂面癖には大いに振り回されたわけだが、今となってはローガンの意外と不器用なところや、笑うと優しげなところを一度に楽しめて悪くないと思うフレイヤであった。


「すまない……。顔についてはなかなか直せないが、他で補えるように努める。フレイヤも、俺の顔のことで何か気になることや不満に思うことがあれば、遠慮せずに教えてほしい」


 『顔』と言うより『表情』では、と思いつつも、フレイヤは頷いて応えた。


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