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(次はどこへ行くのかしら……。そういえば、お店をいくつか予約していると話しておられたわね。書店に予約は不要だし、予約がいるというと、完全に貴族向けの高級店しか思い浮かばないのだけれど)
フレイヤの予想は的中した。次に馬車が止まったのは、流行に敏感な貴婦人たちの話題によく上ると聞いたことがある、人気の宝飾店ルビナーシィだったのである。
「ようこそいらっしゃいました」
丁重に出迎えられ、奥の個室へと通される。
すぐに多種多様な宝飾品が運ばれてきて、フレイヤは目眩がしそうになった。
もしかするとローガン自身が身につける品を選ぶのかもしれないと、淡い期待を込めつつ運ばれてきた品々を見るが、どれも女性向けの意匠だ。
「気に入るものがあればいい。なければフレイヤの好みで仕立てよう」
「……!」
一流の宝飾品はただでさえ値が張るが、特別に作成してもらった意匠だとなおさら高価になる。まさかローガンがそこまでする気だとは思わず、フレイヤは絶句してしまった。
そうこうしているうちに、ローガンは商品の吟味をし始める。
「屋敷ではあまり身につけていなかったか」
「ええ……。普段使うのは髪飾りと小ぶりな首飾りくらいです」
「では、今日は普段用のものを選ぶか。夜会ではドレスと合わせて選ぶか作るかした方がいいだろう?」
「え、ええ……」
今のところ、フレイヤとローガンが夜会に参加する予定はない。当然のように、未来の可能性の話をされ、フレイヤは戸惑いとともに頷いた。
彼の口ぶりからして、豪華で高価になる夜会用の品もいずれ購入するつもりのようだ。だが、二人はちゃんとした夫婦ではないし、フレイヤが目指すのは無謀にも等しい夫婦円満ではなくて円満離縁である。
離縁までに搾り取ってやろうなんて思っていない以上、ローガンに決して少なくはない金銭的負担をかけてしまうのは、フレイヤの望むところではない。
今回は普段用の比較的簡素な品で収まりそうな流れなので、それについては少しほっとした。
「さすがルビナーシィ……どれも美しいですね」
フレイヤは、材質的に首飾りよりは安価であろう髪飾りから見ていく。
「かなり良質なフォルマイトのようだな」
フレイヤが見ていた商品を見てローガンがそう呟くので、少し驚く。彼はあまり宝飾品の
「宝石にお詳しいのですね」
「いや、フォルマイトくらいのものだ。この間産地に行った時、いろいろと説明を聞いたからな」
「そうだったのですか」
この間というと、王太子とともに視察に行っていた時だろう。説明を聞いたとはいえ、その内容を覚えていて良し悪しの判断までできるあたり、ローガンは武だけでなく知の面でも優秀なようだ。
「フォルマイトが気になるか? 前に……水色の花を手に取っていただろう。こちらのサフィオも……似合うのではないかと思う」
サフィオは、ごく薄い水色から濃い青まで幅広く存在する、青系統の宝石だ。
ローガンが見ているのは薄めの青のもので、水の波紋のように流麗な造形を描いた地金に、サフィオが彩りを添えている。涼やかで美しい一品だ。
「素敵ですね……。私の目の色との相性を考えると、フォルマイトよりそちらのサフィオがいいかもしれません」
フレイヤの目は薄めの紫。髪は、亜麻で織られた布地のような色合いの、ごく薄い茶色がかった控えめな金髪だ。
フォルマイトは緑色なので、髪との相性は決して悪くはないが、目の色を考えると赤系か青系かの方が馴染むだろう。
そう考えつつフレイヤが頷くと、ローガンは応対している店員に目配せをする。
「お耳上あたりに少し当てさせていただいてもよろしいでしょうか」
髪色と顔との相性を見るように、耳上あたりに髪飾りが寄せられ、フレイヤは鏡で確認することになった。
(髪色に同化しすぎなくてほどよく存在感があるし、目の色との相性もやっぱり悪くないわ。それに、私が前に薄青の花が気に入ったことを覚えていて、ローガン様が選んでくれたのも……夫婦として歩んでいくことは諦めてしまったけれど、それでも嬉しいもの)
気になるのは価格だが、サフィオは青が濃いものほど人気があり高価な宝石だそうだから、これくらいの薄青であればべらぼうに高いということはないはずだ。
それでも、貴婦人たちから高い人気を誇るルビナーシィの品なだけあって、地金の細工は繊細で美しく、茶会にもつけて行けそうなくらいの格を感じられる。
追加のお詫びの品としては、フレイヤが恐縮しすぎず、ローガンの大きな負担にはならない、いい塩梅かもしれない。何より、フレイヤ自身が気に入った。
「どうでしょう、ローガン様。お見立て通りで、私は気に入りました」
フレイヤはつい頬を緩めて、ローガンに尋ねる。
頷いたローガンだったが、フレイヤを見る薄青の目はすぐにぐっと険しいものになり、口元は固く引き結ばれた。
「……似合っている。私としても……それを身に着けてほしい」
眉間に深く皺を刻んだまま告げられた言葉を喜ぶことなど、フレイヤにはできなかった。胸の奥が鈍く痛む。
円満な離縁に漕ぎ着けるまで、あと何度この痛みを味わうことになるのだろうと考えると、性懲りもなくふわふわと浮上してしまっていた気分が一気に落ちていった。
「……わかりました」
傷つくのも癪なので、強張りそうになる顔をどうにか動かし、フレイヤはやっとの思いで笑みを浮かべた。
髪飾りの購入後は、予約していたという店で食事をする。フレイヤは感情を乱さないよう、これは一種の社交であると意識を切り替えることで乗り切ることにした。
食事中はそもそもあまり会話をするものでもないので、食事が運ばれてくるまでの間や食後のお茶の際に、他に行きたいところはあるか、屋敷での過ごし方について何か要望はないかなどの聞き取りが行われたくらいだ。
フレイヤはどちらにも「特にない」という主旨の答えをして、二人は帰りの馬車に乗り込むことになった。
「…………」
「…………」
帰りの馬車は、しばらくの間沈黙に包まれていた。
本当の社交の場であればフレイヤも頑張って話を考えるところだが、宝飾店での一軒を思い出すと、なかなかそんな気分にもなれない。
(ローガン様に関しては毎度意味がわからないのだけれど、今回だってそうよ。きちんと手配をしてくださって、一応まだ妻として、丁寧に対応するつもりなのだと感じたのに……。あの髪飾りを勧めておいて、いざ試してみたらあんな嫌そうな顔をしながら『似合っている』だなんて。似合っていないなら似合っていないと率直に言ってくださった方が誠実というものよ)
しかし──と、フレイヤはふと疑問を感じる。
相変わらずの冷たい無表情だったけれど、あの瞬間までは、とても順調で平穏なお出かけだったはずなのだ。つまり、あの時点で何か、ローガンの心境に変化が生じたと考えられる。
そのきっかけは、状況からして、フレイヤと薄青の宝石がついた髪飾りを合わせてみたことだ。
(……私に、お姉様の面影を見たのかしら。色彩で言えば私とお姉様はよく似ているから……)
自分の目の色である薄青を身につけたソフィアを思い──それが決して叶わぬことで、自分はこれから先ずっと、色合いばかり似ていて性格も容姿もまるで違う別人を妻として過ごしていかねばならないことをローガンが考え、あの表情になったと考えれば納得はいく。
フレイヤは瞼を伏せ、内心で少し気合いを入れて、ローガンをまっすぐに見つめた。そして、淑女の嗜みである笑みを浮かべる。
「ローガン様、本日はありがとうございました。お陰様で無聊に苦しむことはしばらくなさそうです。ローガン様は私のことなどお気になさらずお過ごしくださいませ。ララと素敵な髪飾りをいただいき、感謝しております」
「……そうか」
少しだけ、ローガンが何かを言いたそうに、言葉を飲み込んだ感じがした。
だがそれがなんなのか、フレイヤには見当もつかない。促して何か言葉が出てきたとしても、それがフレイヤにとって優しいものでなかった場合は、遠回しな自傷である。
よって、フレイヤは沈黙を選択し、二人の外出はなんとも言えない空気で終わりを迎えたのだった。
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