5
(……あれ、私……)
フレイヤは、わずかな浮遊感で目を覚まし、自分がいつの間にか眠りに落ちていたのだと悟った。寝ぼけ眼で数度まばたきをし──誰かに抱きかかえられ、運ばれている状況に気づく。
「……!」
なんとか声はあげずに済んだものの、驚いて身体に力が入り、それはフレイヤを運んでいた人物にも当然伝わる。ゆっくりした歩みがぴたりと止まり、低くて滑らかな声が控えめにかけられた。
「……フレイヤ?」
フレイヤが顔を上げると、こちらをやや心配そうに見下ろすローガンと目が合う。
「ローガン様……?」
「起こしてしまったか……すまない。すぐ下ろすから、このままじっとしていてくれ」
再び歩き始めたローガンは、フレイヤをそっとベッドに下ろした。
フレイヤは、これはもしや夢なのだろうかと、半ばぼーっとしてされるがままとなる。そうこうしているうちに、ローガンはフレイヤに毛布をかけ、頭を支えながら横たえて、そっと枕の位置を合わせた。
そして、寝台の反対側へ向かい、端の方で自分も横になる。
ここまできてようやく、フレイヤはハッとして起き上がった。
「ロ、ローガン様……!?」
完全に目が覚めたフレイヤは、ぎょっとして彼の方を見る。その勢いにローガンも驚いたようで、むくりと起き上がった。
寝台の上で向かい合うこと数秒。いつの間に帰ったのですかやら、運んでくださってありがとうございますやら、体調は大丈夫なのですかやら、言いたいことや聞きたいことがいろいろよぎり、フレイヤは混乱の中でとりあえず一言口にする。
「あの……おかえりなさい……」
ローガンは勢いよく寝台に横になり、毛布をかぶった。
「……ただいま」
毛布越しにくぐもった声が返ってきて、行動はさておき返事があったことにフレイヤはほっとする。
そのままたっぷり十秒が経ったころ、ローガンが毛布から顔を出し、再び上体を起こした。
「……勝手に触れてすまなかった。あのままソファで寝かせておくのは悪いと思ったんだ」
「いえ……運んでくださってありがとうございます。お疲れでしょうに、余計にご負担をかけてしまいました」
フレイヤが少し肩を落とすと、ローガンは目を瞬き、ふっと吐息だけで笑う。
「負担など。フレイヤ一人を運ぶくらいなんともない。これでも騎士だからな」
時に重武装で戦うこともある騎士職の中でも、選りすぐりの精鋭のローガン。そこまで華奢ではない女とはいえ、フレイヤ一人を抱えることくらい、本当に大した負担ではないのだろう。
夢うつつで感じていた力強い腕の感触を思い出し、フレイヤは頬が熱くなるのを感じた。
「……マーサから聞いた。私の帰りを待っていたそうだな。……何か話があったのか?」
やや硬い声音で問われ、フレイヤは曖昧に首を横に振る。
「話というほどのものではありません。その……最近、とてもお忙しそうだったので……」
心配になって、と言うには、二人の間には距離感がありすぎた。
顔が見たくなったというのも踏み込みすぎに思える。
いくつかの言葉を頭に浮かべては消し、フレイヤは最終的に「少し気になりまして」と小さな声で伝えた。なお、ローガンの顔を見る勇気は湧かないので、毛布の皺に意識を集中させたままである。
ローガンは「しん……」と何かを言いかけたが、咳払いをしてごまかした。
「……休む前に処理しておきたい件がいくつかあって、それで少し慌ただしくしていた。合間に王城で休憩や仮眠をとっていたから大丈夫だ」
「そうだったのですね」
やはり勤めに支障が出るような働き方はしていなかったようだ。それがわかりほっとしたフレイヤは、『休む前に』という言葉が気になり、首をかしげる。
「休み……?」
「……フレイヤ」
きっぱりとした声音で名前を呼ばれ、フレイヤは思わず顔をあげる。
鋭い眼差しが向けられておりギクッとするが、怒っている感じではない。ローガンが真剣に話をする際、これと似通った表情をしていたことを思い出し、何か大事な話があるのだろうと察知した時だった。
「……明日、一緒に出かけられるだろうか」
思わぬ言葉をかけられ、フレイヤは目を見開いて固まった。
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