(……あれ、私……)


 フレイヤは、わずかな浮遊感で目を覚まし、自分がいつの間にか眠りに落ちていたのだと悟った。寝ぼけ眼で数度まばたきをし──誰かに抱きかかえられ、運ばれている状況に気づく。


「……!」


 なんとか声はあげずに済んだものの、驚いて身体に力が入り、それはフレイヤを運んでいた人物にも当然伝わる。ゆっくりした歩みがぴたりと止まり、低くて滑らかな声が控えめにかけられた。


「……フレイヤ?」


 フレイヤが顔を上げると、こちらをやや心配そうに見下ろすローガンと目が合う。


「ローガン様……?」

「起こしてしまったか……すまない。すぐ下ろすから、このままじっとしていてくれ」


 再び歩き始めたローガンは、フレイヤをそっとベッドに下ろした。


 フレイヤは、これはもしや夢なのだろうかと、半ばぼーっとしてされるがままとなる。そうこうしているうちに、ローガンはフレイヤに毛布をかけ、頭を支えながら横たえて、そっと枕の位置を合わせた。


 そして、寝台の反対側へ向かい、端の方で自分も横になる。

 ここまできてようやく、フレイヤはハッとして起き上がった。


「ロ、ローガン様……!?」


 完全に目が覚めたフレイヤは、ぎょっとして彼の方を見る。その勢いにローガンも驚いたようで、むくりと起き上がった。


 寝台の上で向かい合うこと数秒。いつの間に帰ったのですかやら、運んでくださってありがとうございますやら、体調は大丈夫なのですかやら、言いたいことや聞きたいことがいろいろよぎり、フレイヤは混乱の中でとりあえず一言口にする。


「あの……おかえりなさい……」


 ローガンは勢いよく寝台に横になり、毛布をかぶった。


「……ただいま」


 毛布越しにくぐもった声が返ってきて、行動はさておき返事があったことにフレイヤはほっとする。


 そのままたっぷり十秒が経ったころ、ローガンが毛布から顔を出し、再び上体を起こした。


「……勝手に触れてすまなかった。あのままソファで寝かせておくのは悪いと思ったんだ」

「いえ……運んでくださってありがとうございます。お疲れでしょうに、余計にご負担をかけてしまいました」


 フレイヤが少し肩を落とすと、ローガンは目を瞬き、ふっと吐息だけで笑う。


「負担など。フレイヤ一人を運ぶくらいなんともない。これでも騎士だからな」


 時に重武装で戦うこともある騎士職の中でも、選りすぐりの精鋭のローガン。そこまで華奢ではない女とはいえ、フレイヤ一人を抱えることくらい、本当に大した負担ではないのだろう。


 夢うつつで感じていた力強い腕の感触を思い出し、フレイヤは頬が熱くなるのを感じた。


「……マーサから聞いた。私の帰りを待っていたそうだな。……何か話があったのか?」


 やや硬い声音で問われ、フレイヤは曖昧に首を横に振る。


「話というほどのものではありません。その……最近、とてもお忙しそうだったので……」


 心配になって、と言うには、二人の間には距離感がありすぎた。

 顔が見たくなったというのも踏み込みすぎに思える。


 いくつかの言葉を頭に浮かべては消し、フレイヤは最終的に「少し気になりまして」と小さな声で伝えた。なお、ローガンの顔を見る勇気は湧かないので、毛布の皺に意識を集中させたままである。


 ローガンは「しん……」と何かを言いかけたが、咳払いをしてごまかした。


「……休む前に処理しておきたい件がいくつかあって、それで少し慌ただしくしていた。合間に王城で休憩や仮眠をとっていたから大丈夫だ」

「そうだったのですね」


 やはり勤めに支障が出るような働き方はしていなかったようだ。それがわかりほっとしたフレイヤは、『休む前に』という言葉が気になり、首をかしげる。


「休み……?」

「……フレイヤ」


 きっぱりとした声音で名前を呼ばれ、フレイヤは思わず顔をあげる。


 鋭い眼差しが向けられておりギクッとするが、怒っている感じではない。ローガンが真剣に話をする際、これと似通った表情をしていたことを思い出し、何か大事な話があるのだろうと察知した時だった。


「……明日、一緒に出かけられるだろうか」


 思わぬ言葉をかけられ、フレイヤは目を見開いて固まった。


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