──翌日。


 案の定というべきか、フレイヤが起きた時には既にローガンは登城したあとで、また一人でだけでの朝食になる。


 実家にいた頃は、父レイヴァーン伯爵は多忙なためいないことも多かったが、母、姉、弟と一緒に食事をしていたので、一人でただ黙々と食べるというのはなんだか味気ない。


(今日は何をしようかしら。早速街へ行きたいところだけれど、昨日の今日でそれはちょっと……流石に無理があるわよね。数日は大人しく読書でもしておきましょう)


 当面の暇つぶし方法について、フレイヤが考えを巡らせていた時──何やら外がざわついているようで、一階の食堂にも微かな声が届きはじめる。


「……何かしら?」

「確認してまいります」


 侍女のベラがそう言って退室しようとするより先に、食堂へ家令が入ってきた。


「失礼いたします、奥様」

「何かあったの?」

「それが……その、奥様宛てにと、旦那様より贈り物が届いているのですが……」


 いつもは言葉にも動作にも無駄のない家令が、今は妙に歯切れ悪く、なんとも言えないような微妙な表情だ。


「ひとまず、ご覧になっていただけますか」

「……ええ」


 ローガンは、一体何を寄越したのだろうか。

 内心戦々恐々としつつ、フレイヤは立ち上がった。


「こちらでございます」


 家令が向かったのは玄関広間だった。しかしそこはいつも通りで、特に増えているものはない。


 不思議に思っていると、家令は広間をどんどん進んでいき、玄関の扉を開けた。どうやら、贈り物とやらは外に置かれているらしい。


(中に入らないほど大きな荷物なのかしら……?)


 そーっと外へ出たフレイヤは、そこに鎮座している「贈り物」らしきものを認め、思わず固まった。


「う、馬……?」

「ええ……」


 そこにいたのは、一頭の馬だった。


 淡いクリーム色の毛並みが美しく、額から鼻にかけて白い線がすっと通っている。


 体格がよく、性格は落ち着いているようで、見知らぬ場所に連れてこられたであろう状況下でも実にどっしりと構えていた。


 そしてその手綱を、傍らにいる一人の騎士が握っている。


 彼は馬とは対照的に今ひとつ落ち着きのない様子だったが、フレイヤの姿を見ると素早く片膝をついた。


「あなたは……?」


「自分は、近衛騎士団所属のジン・ファビアーニと申します! ローガン様の秘書官を務めており、奥様へこちらの馬をお届けに参りました! それでは、確かにお届けしましたので、御前失礼いたします!」


「え、ええ……」


 家令に手綱を半ば押し付けるようにして渡すと、ジンは改めて礼をしてから去っていった。


(騎士団の方というのは、皆さんこんなにお急がしそうなのかしらね……)


 目を瞬いて彼の後ろ姿を見送ったフレイヤは、気を取り直して馬と家令の方を見やる。


「これは、何事なのかしら」


 ローガンから突然馬を贈られる理由がわからない。半ば独り言のようなフレイヤの言葉に、家令が答えを返した。


「今朝、旦那様は沈んだご様子で、自分が至らぬばかりに奥様に悪いことをしてしまった、と零しておられました。ですから、そのお詫びなのではないかと推察いたします」


「そう……」


 「愛人を囲え」などという失礼千万な提案について、ローガンも一応は「悪いことをした」という認識ができたらしい。


 しかし、本当に何が悪いのかを理解しているのかは怪しいものだろう。


 なにせ、あんなとんでもない提案を「フレイヤのため」と言いかけていたのだから。


「フレイヤが思いがけず激怒したので、馬でも贈っておくか」くらいの考えかもしれない。


(そうだとしても、この子に罪はないし……私への贈り物としては、大正解ね)


 ゆっくり近づいてみると、月毛の馬はぱっちりとした目でしばらくフレイヤを見つめたあと、フンフンと鼻を動かしはじめる。


「よろしくね」


 匂いを嗅ぎやすいように手を鼻先に差し出し、待つことしばらく。


 馬が「ブフン」と満足げに鼻を鳴らすので、フレイヤはさらに距離を詰めて首筋を軽く叩いた。


「ねぇ、うまやに空きはある?」

「ええ、ございます」

「よかったわ。なら、そこにこの子を連れて行ってあげて」

「かしこまりました」


 家令がほんの少し手綱を引いただけで、馬は意図を理解した様子で大人しくついていった。


 ある程度落ち着きがある年齢になっているのかもしれないが、かなり賢く、人の言葉をある程度理解している雰囲気がある。


 歩調は軽やかで歩き方も美しく、一緒に出かけるのが楽しみだ。


「エヴァ、着替えを用意してちょうだい」

「かしこまりました」


 貴婦人用の乗馬服などではなく、簡素なシャツとスラックスというまるで庭師のような格好になり、フレイヤは厩へ向かった。


 マーサは「まあ」と少し驚いた様子ではあったが、アデルブライト家の古株なだけあって、フレイヤが普通の貴婦人からはかけ離れていることを知っていたのだろう。


 特に止められることもなく、むしろ「人参をご用意しておきましたよ」と協力的ですらあった。

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