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(もしかして……ソフィアお姉様が欲しいというだけではなくて、ローガン様がどこまで信用できるか、忠誠心を試している面もあるのかしら。どちらにしたってあんまりよ)
文句じみた言葉が喉元までせり上がってくるが、王太子の側近たる彼に向けて、滅多なことは言えない。
少し唇を噛んで、フレイヤは小声で尋ねた。
「……ローガン様は、王太子殿下のことをどう思われるのですか?」
返ってきたのは、迷いのない声だった。
「オウェイン殿下は、いずれ賢君になられるだろう。殿下に見出され、殿下とこの国のために力を使えることを、俺は誇りに思う」
声音にも薄青の瞳にも、一切の揺るぎがない。
王太子を恨むどころか、敬愛する主君として微塵も忠誠をたがえないローガンは、フレイヤの目に眩しく映った。
(ローガン様も、お姉様も、私とはまるで器が違う……本当に立派な方だわ)
結婚式の日に会ったソフィアは、辛そうな素振りなど見せず、王太子の隣で穏やかに微笑んでいた。
もはや迷いなどなく、己の役目を受け入れ、全うしようとしているのだろう。
(そっか……お姉様とローガン様って、似た者同士だったのね。だからこそ、通じ合えるものがあったのかもしれないわ)
フレイヤは、王太子のことをよく知らない。
だが、ローガンが敬愛し、姉が生涯を捧げる覚悟を決めた人なのだから、素晴らしい人物なのだと信じよう。そう思えた。
「さあ、もう寝よう」
「……はい」
促されて、目を閉じる。
ローガンが同じ寝台にいて落ち着けなかったはずなのに、昨日の寝不足もあってか、フレイヤはいつしか深い眠りに落ちていた。
翌朝、フレイヤが目を覚ました時には既にローガンの姿はなかった。
今日から登城することは聞かされていたので驚きはないけれど、広々とした部屋に一人というのは、やはりなんだか寂しいものだ。
少しだけシーツに皺がついている、空っぽの寝台の端。
これでは端と端に寝たことが明らかにわかるだろうと思い、フレイヤは侍女が来るまでの間に中央に寝そべって、行儀悪くジタバタとする。
「……結婚二日目にして閨事の痕を偽装する羽目になる女なんて、王国中で私くらいかもしれないわね」
そもそも、フレイヤが淑女教育の一環として受けた閨事に関する教えは『旦那様のなさることに驚かず、受け止れましょう』くらいのものすごくざっくりしたものだった気がする。普通の貴族令嬢ならば、こんな偽装工作すら思いつかないかもしれない。
一通り寝具を乱れさせてから起き上がったフレイヤは、そこでようやく、寝台脇のテーブルにある花に気づいた。
「……お花が、増えてる」
昨日、ローガンがせっかく“長持ちするように”と短刀を使って花を摘んでくれたので、フレイヤは侍女のベラに頼み、それを一輪挿しにしてもらった。
記憶にある限り、この小さな花瓶はソファ前のテーブルの上に置いてあったはずだが……場所が変わっていることと、花が一輪増えていることからして、誰かが意図的に動かしたのだろう。
「このお花……」
薄紫色の小ぶりな花には、見覚えがあった。婚約後、ローガンがドレスなどとともに、最初に贈ってくれたのと同じ種類のものだ。
フレイヤの目の色とよく似た薄紫色の花は、窓から射す朝の光を浴びながら、薄青色の花に寄り添う。
(もしも……もしも、ローガン様がこの花を加えたのなら……何を思っての行動なのかしら)
ただ単に、一輪だけでは寂しいと思ったのか。
なんとなく選んだ花が、たまたま薄紫だったのか。
それとも──ソフィア、あるいはフレイヤのことを思ってなのか。
フレイヤと姉のソフィアは、体格や顔立ちは違えど、髪の色と目の色はかなり似ている。そのため、何かしらの意図が込められているとしても、対象が自分なのか姉なのかがわからない。
「……意図があるとも限らないし、ね」
あまり強い日差しを浴びるのも花によくなさそうなので、フレイヤは花瓶をもとあった場所へ戻すことにした。
あくびを噛み殺しつつソファへ向かっていると、ノックに続いて「失礼いたします」と侍女たちの声が聞こえる。
最初に入室したのはマーサだった。
「奥様、おはようございます。あら、そのお花は……あらあらあら!」
(この反応からすると……やっぱり、用意してくださったのはローガン様みたいね)
気になって薄紫色の方の花を花瓶から少し引っ張り出してみると、薄青の花と同じく、斜めに鋭く茎が切られている。
こんな、何かの捜査みたいな手法で贈り主を確認するのは微妙な心地だが、ローガンがわざわざ摘みに行ってくれた花だとわかって、ほんのり胸の奥が温かくなった。
登城を控え、朝の時間は限られていただろうに、フレイヤのために庭園の花を摘んでまたここに戻って飾ってくれたのだ。
(ローガン様が一体どんな顔をしてらしたのか見たかったわ)
たとえ険しい顔だったとしても、持っているのが花なら可愛く思える気がした。
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