第4話 告別式、そして現実

 兄の告別式。

 中学、高校、大学時代の友人、そして会社の人間。色んな人間が兄の元を訪れてくれた。妻の葉子さんももちろんだが、家族全員がまだ兄の死を引きづっていた。表向きは気丈にふるまっていても、

 何故、兄だけが・・・。

 こんな風な感情だったんじゃないかと思う。

 ただ私はある事を確かめたくて訪問者が記帳する場所でジッとしていた。挨拶は他の方がやってくれていたので、その斜め後ろ辺りでじっと芳名帳を確認した。

 真野光成。

 この名前の人間が来るのではないかと待っていた。兄にパワハラをしておいて来るわけがないと思ったが、もしかしたら真野は自分がそんな事をしているなんて思っていないかもしれない。


 来たらどうするのか?

 兄の事を聞くのか?

 文句の一つでも言うのか?

 殴るのか?

 それともどんな人間か見たいだけなのか?


 色んな思いが頭をめぐる。真野は直接的には兄の死因に関わってはいない。だから真野に恨みを持つのは違う。文句を言うのも違う、問いただすのも違う・・・分かってはいるのに気持ちの整理がつかない。一目見たい。兄を虐げた人間がどんな顔をしているのかこの目で確かめたい。そう思った。

 そんな事を思っていると「この度は・・・。」と芳名帳に名前を書く人間がいた。

 ・・・。

 大きな手。体つきもいい。髪も短髪できちっと整えられている。そんな男がペンを芳名帳に記帳する。


 真野光成 河元出版

 

 ・・・こいつだ。

 一瞬呼吸が止まった。芳名帳にはたしかに真野光成と書かれている。不自然さを出さないように顔を確認する。少し日に焼けた精悍な顔つきをしている。


 ・・・。


 想像とは真逆だった。もっと”いかにも”と言うような人間かと思った。しかし目の前にいる人間はそれとはかけ離れていた。

 本当にこいつが兄にパワハラをしたのか?

 そう疑ってしまうほどだった。そして真野は軽く受付に頭を下げて中へと進んでいった。

 私もその後を追った。

 心臓の動きは早くなっていた。この時は何も考えてはいなかった。真野に引き寄せられるようにただただ「見張ってやろう」と、という思いが先行した。

 何か一言くらい言ってやろうか?

 そんな風に思ったが、なかなかそんな風に話しかける勇気がなかった。ドラマや漫画ではここで何かアクションを起こすのだろうが現実はそんな風には行かない。私はただ背中を追いかける、そして顔を記憶する事しかできなかった。

 そして告別式も終わり、真野は帰って行った。

 葉子さんも真野と対峙した時に何も言わなかった。ただ頭をお互い下げるだけ。


 何か言うんじゃないか。


 そんな事を少し期待した。

 けれど何もなかった。


 これが現実なんだ・・・。


 こう感じた。たぶん無力さなのだろう。

 言い知れぬ虚無感を抱いたまま時間が過ぎていった。

 

 

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