第2話 本編


私、陽キャだからさ。先生は、いきなり暗くなった私を心配してくれてたよね。暗くなったというか怯えてたんだけど。

夏休み前だったから、よけい心配してくれてたんだね。


でも、どう話したらいいかわからなくて。

「言葉」にするのって難しいよね?

「話さなきゃわからないよ」って言う大人がいるけどさ。

「あんただって、うまく話せないこといっぱいあるでしょ!」って言い返したいときがあるよ。

あ、脱線してごめん。話戻すね。

別にこのクラスが嫌だったわけじゃなくてね。

学校のクラスって、仲良くなれる人がいっぱいいるクラスになったり、なんか相性良くない子ばっかりのときがあったり、そういうのあるよね。

先生のクラスは、居心地いいよ。

自分と合わない先生が担任だったりすることもあるけど、先生は、なんかね。信頼? あのクラスは、安心できるって感じっていうのかな。

それくらい信頼してる、先生や友だちにさえも話せないくらいのことだったんだ。



私、根は陽キャじゃなくて、実は暗いんだよ。

うちの親も悪い親じゃないんだけど、とにかく忙し過ぎて。

人としてのゆとりがないから、家の中が壊れそうな感じがあって。

小さい頃から、なんか張り詰めた感じの家でさ。

凄く緊張して過ごしてた。

気持ちをぶつけたら壊れそうな感じの家族。

それで、私は、人の機嫌を伺いながらヘラヘラする人間になった。

だけど、このクラスでは、自分を出せた。こんなことってあるんだね。

だから、私が暗くなったのは、先生のせいでも、このクラスのせいでもないんだ。

「暗くなれた」って言ったら意味わかるかな。正直になれないと「暗く」もなれない。「暗くなれないまま」どっか行っちゃうってこともあったりね。



まあ、そんなことはともかく。

二つ年上の従弟がいてさ。結構仲良くしてた。

うちのアパートは、動物飼えないんだけど、従弟のうちは、結構広い家で。

従弟んちは、猫飼ってたの。私、猫大好きだったから、しょっちゅう、その従弟のうちに遊びに行ってた。

それで、そのうち従弟ともたくさん話すようになって、仲良くなったつもりだった。

だけど、ある出来事があって、それもダメになったというかなんというか……


それで、やっぱり、うちの親たちも、ゆとりがないからさ。

だから、私、家では普通に振る舞うしかなかった。

でもね、学校では「暗く」なれた。自分の気持ちを正直に出して、病んでても大丈夫だった。

みんなも、心配してくれたけど、そんな大げさじゃなく、さりげなく気遣いしてくれたよね。大騒ぎされたら、居づらくなるじゃん。みんな大人だなって思う。あのクラスの人たちは、なんで、あんなに人間できてるんだろうね。あ、また、話が脱線してきた。話を戻すね。



そうやって、私が自分を出せる所って、実は、「もう一か所」……というか「もう一人」いた。それが、さっき話した従弟だった。従弟は、自分のことを、ほとんど話さなくて、にこにこしながら、私の話を聞いてくれるの。

「なんか、理由はわかんないんだけど、死にたいくらい苦しいときがあって……」とか、友達にも話さないようなそんなことまで、私、従弟に全部しゃべってた。

でも、今考えると、私は、ほんとにバカだった。

自分を出さないで、ただただ、そんな話まで落ち着いて聞いてられるって、おかしくない?

私の二つ上くらいの男の子がだよ?

私、頭良くないし、両親と同じように、私も、ゆとり無かったから「そんな一方通行な感じ」は何か変だって気づけなかった。


……従弟は、突然、死んじゃった。


叔父さんや叔母さんにも、従弟は何も話してなかった。遺書も無かった。

やっぱりさ。自殺だと警察来て、いろいろ学校や友だち関係も調べたみたいだけど、それでも従弟が死んだ理由は、わからなかった。



それが……従弟が死んで、一週間後くらいかな、従弟の名前でメールが来て私はぎょっとした。


「……君のことが大好きだった。でも、言えなかった。君は、安心して、ぼくの前でいろんなことを話してくれて、その時間が大切だった。

そして、ぼくは君を女の子として見るようになった。

ぼくは、君を抱きしめたくて我慢できなくなりそうなときがあった。

でも、それは、いけないことだ。『それをやったら君を失う』とわかっていたから、我慢していた。

君は、彼氏のことを話し始めていたからだ。

とても楽しそうに。

ああ、ぼくは通過点だったんだ。

ぼくの役目は終わったんだって思った……」


そんな感じの出だしで、私に失恋したことだけじゃなくて、やさしそうに見えてたけど、「こんな闇を抱えてたの?」っていうようなことが、延々と書いてあった。

私は怖かったり、申し訳なかったり、怒りがこみ上げてきたり。

あのときの気持ちはなんて言ったらいいのかわからない。

でも、いくらなんでも、あとから、こんなこと伝えてくるのって卑怯じゃない?

気づかない私も大バカなんだけど、そんな闇を抱えてるんだったら、演技なんかしないで、暗くなってくれた方が百倍助かる。

何も言わないで、突然、凄いことされるよりは。


まあ、私も歪んでるから、人のこと言えない所もあるんだけどね。

 

知らなかったけど、メールを何日もあとになってから送る方法ってあるんだね。


それで、もうメンタル滅茶苦茶。

彼氏にも話せないまま、ぎくしゃくして、別れちゃった。

だけど、それだけじゃ、終わらなかったんだ。


ふと何か変な感じに気付くようになったの。

最初、わからなかったけど、気が付くと、カーテンの隙間とか、学校にいても、少し開いたロッカーの陰からとか、じっと、誰かが見ているの。ずっと。


ゾッとした。

目だけがはっきり見えて、ほかの所はよくわからない。でも、間違いなく従弟だと思った。

「卑怯者!」って、私は心の中で怒った。正確には、怒ってる振りをして、自分を保たせていたというか。


先生は、心療内科とか言いそうだよね。

若い頃カウンセラーになりたかったことがあるって、先生、ちらっと話してたもんね。


オカルトっぽいことも、滅茶苦茶検索したけど、そっち系の病気についてもたくさん調べたよ。

「目」だけだったら、幻覚……幻視かもとか、思うんだけど、誰も入ってない家のトイレで水が流れる音がしたりさ。

「音」も幻聴ってことがありうるよね。

でもね、自分の部屋に戻ると、本棚の本や貼ってあるポスターが逆向きになってたり、ごみ箱がベッドの真ん中に置いてあったり。そんなことが、たびたびあって。

明らかにおかしいよね。

でも、これを誰かに話したって、あまりにも不思議過ぎるから、構って欲しいために、私が、わざとやってると取られる可能性もあるわけで。

そもそも安心して話せる親じゃない状況だと、専門家にだってかかれないよ……


SNSで病みアカ作って、ちらっと書いたら、自称ヒーラーやら「ぜひ、うちに避難してきてほしい」っていう、男とか、危なそうなのから、バンバン連絡来てね……

  

まあ……

わかる? 自分の部屋もこんなんじゃ、不登校にすらなれない。

でも、このクラスは――このクラスにいても、従弟はどこかの隙間から私を見てるんだけど――この「場」の中にいたら、私は気が紛れた。

安心して病んでる自分でいられたの。

私の「死にそうな感じな皆勤賞」って、こういうわけだったの。

私にとっての、クラスは、本当に大事な「場所」だった。



どうにか耐えてたけど、ついに夏休みになっちゃった。

それで、私は、クラスに避難できなくなった。


私は、家で従弟に見つめられ続けて、もっとメンタルがボロボロになって。

私は、延々と出歩いてた。外の方が気が紛れるから、マシだった。

溶けそうなくらいの連日の暑さなのに歩き回ってて、よく熱中症にならなかったって思うよ。

あのときも、どこへ行っても、従弟がビルの窓の間から、側溝の穴の隙間から…… どこからか私を覗いていた。

私は逃げまわるように雑踏の中を歩き続けた。

そんなとき、少し離れた所に、顔色の悪いおじさんが立っていて、何かの木を見上げているのが見えた。

公民館とか船橋市民ホールへ通じる階段の左脇。

通ったことない場所じゃなかったけれど、木があることすら認識してなかった。

その木には、ピンク色の花が咲いていて、とても綺麗だった。

……綺麗なだけじゃなくてなんか「強い」って私は感じた。


あとから知ったけど、キョウチクトウって、広島の原爆のあと、一番最初に咲いた花って言われてるんだってね。


でも……あの感覚が、突然、今までにないくらい強烈になって、振り返ったら、路駐してる車の下に従弟がいた。

車の下から頭を出して、じっと私を見ていた。

だけど……見ているだけじゃなくて……車の下から青い顔をした従弟が、右手を出し、左手を出して、両方の手のひらを地面につけると、ずるずると這い出してきた。

従弟の亡霊が、初めて全身を見せたんだ。そして、立ち上がった。


車の下から……しかも、死人みたいな顔をした男の子が(まあ、実際、死んでるんだけど)、出てきたら大騒ぎになるはずだよね。普通なら。

でも、やっぱり……大勢の人がいるのに、誰も従弟に気づかなかった。

従弟の足が動いた。一歩、また一歩。

従弟は、歩き出した。

ゆっくりと私の方に。


私は、逃げようにも体が固まってしまって声も上げられなかった。


従弟が、すぐそばまで、近寄ってきた。


でも、「アレ?」って思った。従弟の視線は、私じゃなくて、私よりもっと遠くの方を見ている感じだった。


従弟は、私の隣をゆっくり通り過ぎて、そのキョウチクトウの木の下に行き、ピンクの花を見上げだしたの。

もう、顔色の悪いおじさんはいなくてなっていて、従弟だけが、そのキョウチクトウの花を見上げてた。

後頭部しか見えなくて、従弟が、どんな顔でキョウチクトウを見ていたかは、わからなかった。でも、凄く長い時間、花を見つめ続けてていた……


1時間近く経ってからかな。

従弟は、キョウチクトウを見るのをやめて、向こうの方へ歩き出した。

従弟は、私から遠ざかっていったの。

そして、雑踏の中に従弟は消えた。

それっきり、従弟は、もう出てこなくなった。部屋の物の位置が変わったり、変な音が聞こえたりすることも無くなった。



あとから知ったんだけど、あのキョウチクトウは、もともとは太宰治の家にあったものなんだってね。生えていた場所が再開発されるから、移植されたんだって。

そんなことは、先生だったらもう知ってるかな……

私、マンガとか動画しか見ないから、太宰治が船橋に縁がある人だなんて、全然知らなかった。有名な作品をいくつも船橋で書いてたってのも、あとから知った。

太宰の霊なんだか、キョウチクトウの力なんだか、よくわからないけれど、従弟の気持ちを変えてくれた「何か」には凄く感謝してる。

従弟が向かった所が安らげるような場所だったらいいなと思う……バカというか、悲し過ぎるからね。 


まあ、それで、その「何か」へのお礼という言い方も変だけど、太宰の小説……ちょっと私も読んでみたんだ。

信じられる? 私が「文学作品」を読んだんだよ?

でもマンガや動画ばっかり見てるような私には、やっぱり難しくて。

「走れメロス」の感覚で読み始めたんだけど……病んでる感じが凄い作品も多いから、太宰ってきつい……

それなのに、なんか変な魅力というか、少し共感できて引っ張られそうになったりする所もあるから、なおさら怖い……

 

あとね……ちゃんと言いにくいことも、伝えようとしなきゃいけないっていうことも、痛切に思ったよ。


生きてるうちにね。

 

まあ、そんなこんなで……太宰読破はちょっと挫折してマス……

でも、もうちょっと頑張って読んでみようと思ってて。

難しくてもさ。検索すれば、太宰の解説ページなんて、うんざりするほどあるから。

でも、お陰で、私、太宰以外の文学作品も読むようになったよ。

……先生、小説って、案外おもしろいんだね……くだらないのにも当たったりもするけどさ。

先生、心配して、お手紙くれてありがとう!

二学期は、また、バリバリ明るくなって帰ってきます!


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花を見る者 ねこつう @nekonotsuuro

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