怪しい依頼

「依頼が来ました、アレックス殿」


 試験当日、アレックスはナフタからクエストについて説明するからと貴賓室に呼び出されていた。側には見守るようにローズ達パーティメンバーが同席。マルティアナも既に腰に差してあり、支給された防具も装備済みだった。


 アレックスの装備はかなり。茶色をベースとした胸当て付きのジャケット、動きやすいカーキ色のズボン。そしてマルティアナと同じ青のマント。彼の髪色の茶色にマルティアナの色合いを合わせた装備だった。


「この服装って」

「私達、ディアナ教の信徒達が作りました。聖剣の魔力が浸透しやすいように改良された特注品です。売らないでくださいね?」

「いやいや売らないですよ……! 僕を何だと思っているんですか……!」

「報酬目当てで聖剣引き抜きにきた方……ですかね。ふふふ」


 とナフタは悪戯が成功した子供のように笑う。

 この中で1番の年長者(マルティアナは除く)であり、お姉さんタイプな人が見せる茶目っけ溢れる笑顔は宝石級の価値がある。アレックスはちょっと浮かれていると、聖剣がカタカタ震え出す。


『女狐がぁ……ッ!!!』

「いつも通りで安心だよ僕は」

「たまに話し相手になっていた私を女狐呼ばわりとは……、聖剣様はもうちょっと余裕持ってください」

『ふーんだ! それとこれは違うのっ! わかったらさっさとクエストの概要話して頂戴。私はもはやデートのつもりで討伐行くから』


 おいおい……100歩譲って、僕げ聖剣あるし何とかなるべスタイルで油断する初心者ムーブするならで済ませられるが、歴戦の戦士である聖剣こそ油断すんなよ――とアレックスは思っていた。

 というかデートにしちゃ荒事過ぎる、聖剣の価値観が改めて気になる所である。


「……聖剣様が頭茹った事を言ってますが、クエスト内容はDクラスにはちょっと難しい内容ですよ」

「む、どんな内容です?」


 生真面目な僧侶――レイナが興味深そうに聞く。

 彼女達、パーティメンバーはどうやらお見送りしたくてきたらしい。わざわざ3人揃って来てくれるあたり、本当に彼女達は優しい。


「つい先日、ここから東に5キロ離れた場所にあるヴェンズの森にて……3匹のトロルが徘徊していたと、近辺の集落に住む住民から報告がありました。これがその内容です」

「トロル……」


 トロルの名と正体はアレックスも知っている。

 何せコイツらは田舎暮らしの人々からしたら、最大級の脅威として知られているモンスターだ。体格にも恵まれていて武器も使える。フォルス村に居た時に、山菜を取りに行った村人がトロルらしき影を見たと言って、ガタガタ震えた記憶すらある。


 つまりアレックスにとって、ちょっとした因縁があったりするモンスターなのだ。


「トロルかぁ、ボクらなら楽勝だね」

「出会って5秒で即殺害っすねー」

「私も僧侶だが、この程度なら余裕だな」

(パーティ優秀すぎる……僕なんか要らないんじゃないかな……)


 流石にA級からしたら児戯に等しい内容だ。

 彼らの実力はナフタが厳選しただけあって、A級の中でも比較的上位に位置する。世界最強とまでは流石にいかないが、彼女らを平気でぶっ倒せる奴が現れたら、それこそ最高難易度に匹敵するクエストになってしまう。


「アレックス殿にはこのトロル3匹のソロ討伐を課しますが、万が一があってもいけません。くれぐれも死なないように上手く立ち回ってください」

「で、出来なかった……ら?」


 アレックスは恐る恐る問う。

 ナフタは目を閉じて、暫くした後――意味ありげにニコリと笑った。


(こわっ)


 どう言う意味だろうか、全くわからない。

 ただ1つ言えるのはじゃない事だ。多分あれは死を意味している。アレックスは冷や汗ダラダラ流していた。


『大丈夫よアレックス』

「マルティアナ……!」


 いつもは命を脅かしてくる魔剣――じゃなかった聖剣マルティアナが、元気溌剌とした様子で励ます。アレックスは希望を見たような目を彼女に向けた。


『貴方が死んだら私も死ぬから』


 訂正――彼女もダメみたいです。


 


 ◇◆◇




「――東に5キロ、ヴェンズの森……ね」

『久々に王都の外っ! シャバの空気はうまいわねー』

「犯罪者かよ、まぁでも……無理はないか。ずっと同じ場所にいたもんね」


 ナフタから依頼書を受け取り、正式に初クエストをスタートさせた1人と1振りの聖剣は、快晴の中原っぱを歩いていた。時間制限は特にないと言われたが、なるべく早い内にこなした方がいい。夜に近づくにつれてトロル以外のモンスターが活動する恐れもあるし、戦う上で不利になる。


 仕留めるなら今のように青空広がる昼間の内からだ。

 ただあまりにも綺麗な草原と、牧歌的な雰囲気漂う美しい景色が広がる中で足を進めているため、我らが聖剣ちゃんがいつもよりテンション高い。


『1000年経ったら……私が見てきた景色が全部消えるのかなーって思ったけど、ここはなーんも変わらないわね! 本当に綺麗……』

「台座に刺さる前にも来たの?」

『何度かねー、アレックスはこの国が精霊に守られているのは知ってるかしら?』


 精霊。

 この世界においてかなり強力な魔力生命体だ。

 起源は不明だが、ある地域に集まった莫大な魔力に意思が宿る事で生まれるエネルギー生命体である。人の身では到達出来ない程の魔力を扱い、強力な魔法を行使する。その規模は精霊の持つ力によって様々だが、最も魔力量の多い個体になると世界規模に渡って影響が及ぶ魔法を使える。


「うん、ちょっと聞いたことはあるよ」


 アレックスは概要だけは知っていた為、素直に頷く。


『昔……魔族が世界各地に戦を仕掛けた暗黒時代に、まだまだ力が弱かった私はやがてハイベルズ王国となる国で、人を守る精霊を見た事があるの』

「人を守る精霊?」

『ええ、その人はとても美しい女の人だった。彼女が手を翳すだけで魔族は吹き飛び、彼女が願うだけで人々の傷は癒された』


 それはもう神話のような光景だったようだ。

 マルティアナは懐かしいなと誇らしげに呟いた。


「その精霊はどうなったの?」

『今は……王国領土内で長い眠りについていると聞いたわ。それ以上は知らないの。もしかしたら私と同じようになっているかもしれない』


 長い眠りと言われれば、様々な解釈が出来る。

 マルティアナのように封印されているのか、それとも……二度と目が覚めない永遠の眠りか。いずれにせよ聞いたアレックスは悲しげに眉を下げた。


『だけどあの時に会った彼女が奮闘したからこそ、このハイベルズの平和がある。昔と変わらずに美しい自然を守りきったのなら、彼女の本望なのかもね』

「そう……か」

『だからこそ……魔獣の問題は解決しないと。じゃなきゃ私達が頑張ってきた意味が無くなってしまうわ』


 マルティアナはカチャカチャと動きながら、やる気を露わにした。突拍子もない事を言ったりする彼女だが、人々を守りたい意思は本物だ。


「その為にはまず今日を絶対乗り切らないと」

『ええ、その通りよ……愛しい担い手さん』

「サポート頼んだよ」


 そしてアレックスとマルティアナは森の方へと、足を進める。命がけの戦いになるだろうがこれまでやってきた事をこなせばきっと大丈夫だ。アレックスは緊張からドキドキしつつも、不安は薄らいでいった。マルティアナの思いに感化されたからだろうか。今はとにかく聖剣で何かを成し遂げたい。


 はやる気持ちを抑えて彼は問題の森の中に突入していった。

 しかしそんな2人を、実は王都から出た時からずっと後をつけていた者達がいた。


 それは――


「いやーある程度距離離さないと、マルティアナ様に勘付かれるかもしれないっすねー」

「ボク……ナフタさんから聖剣様の力は万全じゃないと聞いてたけど?」

「それでも気配で気付かれる、だからこうして我々は認識阻害をかけながらついていってるんだ」


 なんとローズ達、アレックスのパーティメンバー達だった。

 レイナが認識阻害の魔法を使い、3人はある程度距離を離してアレックスを見守っていた。ソロ討伐なのに何故……と彼らも当初は思っていた。



 それは約1時間前の事。


 


 だがクエストの説明をしてアレックスが部屋からいなくなった後、ナフタが神妙な顔をしながら語ったのだ。

 

「さて……皆さんには別のお仕事を与えます」

「別の……お仕事?」


 アリアは首を傾げた。

 

「アレックス殿に気付かれないよう、見守ってほしいのです」

「それは――」

「見守るだけです。ただ……マジで死にそうになったら助けてあげてください」


 ローズ達は顔を見合わせる。

 まぁ勿論それは構わないがと答えると、ナフタは口を開く。


「ぶっちゃけアレックス殿が死んだらマジで世界やばい時に、抑止力がいないという事態になります。ただそれだけじゃ済まないことも考えられます」

「何すか……? その他に考えられる事って」

「聖剣様です、アレックス殿が死んだら……もうどうなるか恐ろしいので」


 パーティメンバーは一斉に真剣な表情になった。

 確かに担い手が亡くなれば、持ち主のない聖剣を巡り争いが起きる。そこから考えられるのは、醜き争いだろう。レイナを筆頭に3人の女冒険者は任せてくれと快く引き受けた。

 基本的には干渉しないが、万が一を考慮していつでも飛び出せるようにはする。何とも真面目な彼女達らしい策だが、1つ勘違いをしていた。


 ナフタがいった「アレックス殿が死んだら」の部分だ。


(アレックス殿が死んだら、聖剣様が間違いなく過去一病みます。そうなったら世界がやばいかもなんです)


 絶望に陥った聖剣が「アレックスが死んだら私も死ぬ、あと世界も巻き添え」とか狂った事しでかすかもしれない……。幸か不幸か、聖剣の本性を把握していないローズ達を見ながらナフタは脂汗流しながら行ってらっしゃいと言って、見送るのだった。



 そして今に至る。



「――ナフタさん、すごい焦った表情してた」


 アリアは意外に心配性なんだなーと呑気に言ったが、実情を知らないからである。もしマルティアナの本性知ったら間違いなく同じ事を考える。


「アレックスはもう一介の冒険者ではないからな、大事にしておきたいのだろう」


 世界の運命を担ってる少年だ。

 今の段階で亡くなれば、重大な損失になる。そしてせっかく仲良くなった友人でもあるのだ。

 

「アタシらが介護してやらないと……すっね」

「早く強くなって楽させてほしー」

「アリアは相変わらずっすねー」


 などと談笑しながら彼女らも森に入る。

 しかしまさかこのナフタの判断が、後々大事だったとは誰も思わなかった。



 ◇◆◇


 

 ヴェンズの森に入るやいなや、アレックスは早速トロルが目撃された場所へ急ぐ。紙の手配書には魔法によって記された印があるらしく、それに触れたらアレックスにしか見えない光の筋が、その目的地まで誘導してくれるそうだ。


「森ってどこ見ても同じ景色だから、迷うんじゃないかなって不安だったけど、これはありがたい」

『そうねぇ……だけど、魔法の印なくてもトロルが何処へ行ったかは分かるわよ』

「ん? どうすれば良いの?」


 マルティアナがサラッと大事な事を言う。


『簡単よ、足跡よ』

「ああ!」

『トロルの足跡は特徴的よ、あと……奴らは臭い』

「ああ……」


 アレックスもトロルの臭いは知っている。生臭くて、胸がむかつく臭いだ。


『魔法は便利だけど、魔法に頼りすぎると足元掬われるわよ。足元を見ながら慎重に』

「うん」


 言われた通りにアレックスは足元を注意深く観察する。一応魔法の印が刻まれた所まで歩き、そこからはダブルでチェックしていく事にした。


(あれ、僕こんなに早く走れたっけ)


 森の中を一心不乱に走っていく。以前なら一瞬で息切れを起こしていたのに、アレックスはまるで疲れる気配はない。結構全速力で走る時間を維持しているにも関わらずだ。


(マルティアナのおかげか)


 マルティアナ案――担い手を自分好みの男に作り変えましょう――は上手くいっているようだ。実際の所アレックスの身体機能は、引き抜いた時点と比べて10倍以上は上がっている。膂力や心肺機能、五感に至るまで聖剣に染め上げられたおかげで、アレックスはもう以前のヒョロイ子供じゃない。


(すごい、身体が軽いってこんなに楽しいんだ……!)


 今は大事な試験だが、すっかり忘れてしまうぐらいアレックスは浮かれていた。


『ほらねアレックス、貴方はちゃんと成長してる』

「マルティアナ……!」

『貴方の力は貴方が思っている以上に強くなってるのよ』


 実体験はアレックスに強い自信を与える。

 あとはトロルを倒せれば――アレックスは戦士になれる。マルティアナはそう確信していた。


「よし……このまま――って、あれは」

『魔力、多分印が近いわ。だけど周囲を警戒してね』

「勿論!」


 アレックスとマルティアナは、近くで何かの存在を感じ取る。感覚的にアレックスはこれが魔力だと察知し、走るのをやめた。念の為クンクンと匂いを嗅ぐが、トロル特有の臭さは感じない。足元を見ても……象のような足跡は見えない。


 あるのは10メートル先に浮かぶ光のルーン文字のみ。

 依頼書に書かれた文字と同じ形であり、トロルの目撃地点まで導く灯火だ。


「よし……」


 意を決してアレックスは文字に触れた。

 すると文字は消えて光の筋が、森の奥へと向かっていった。よく目を凝らせば、さっきまで明るい陽の光が照らされた森林とは違い、生い茂った木々によって不気味な暗さを宿した領域へ続いているようだ。


「行こう、マルティアナ」

『ええ……』


 警戒しつつ、暗い闇が広がる森の奥へと担い手は導かれる。アレックスは光の筋を頼りにしながらも、周囲の様子に気を配る。一見暗い以外は変わらなさそうなものだが、マルティアナは何かを感じ取っていた。


『アレックス、この森……何かおかしい』

「おかしいって?」

『見て、左手側にある木だけど……色合いが変わってる』

「ん……?」


 マルティアナが示した方に目を向ければ、確かに異様に黒ずんだ木々が見える。焼け焦げたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。マルティアナはちょっと近くによってくれるかと指示し、アレックスは慎重に近寄る。


『変異……してる』

「変異?」

『アレックス……一旦退きましょう、これは罠――』


 マルティアナが何かを言い切る前に、アレックスは背筋がぞわりとする感覚に襲われる。強烈な魔力と殺気、アレックスは咄嗟に横へと飛んだ。


「グォオオオオ!!!」

「っ!?」


 怪物の咆哮が轟き、避けたアレックスはついさっきまで自分がいた場所に、巨大な岩石が凄まじい速度で横切るのを見た。木々を薙ぎ倒しながらすっ飛んでいった岩は、轟音と共に砕け散り、破壊をもたらした。


「な……な、何だ!?」

『まさか……!』


 アレックスはマルティアナを鞘から引き抜いて構える。殺気と魔力を放出してきた存在は、バキバキと枝木を踏み鳴らしながら現れた。

 体長3メートルになる大柄の人型モンスター、状況的に依頼にあったトロルだと推測した――が、アレックスは眉を顰めて不可解な何かを見たような顔をした。


「トロル……? だよな?」


 そこにいたのはトロルによく似た何かだ。

 鼻は削げ落ち、黄色に澱んだ瞳、顔はズタズタに切り裂かれている上に、背部からは黒く染まった突起物が生えている。更に目立つのは、鋭利な鉤爪が生えた両手には赤い魔力光をバチバチと光らせている事だ。


『アレックス、あれはもうトロルじゃない!』

「え……」

『あれは魔獣よ! 暗黒の魔力によって別の生き物になった異形! 今のアレックスだと殺されかねない!』

「魔獣……!?」


 あれが魔獣――なるほど確かに禍々しい姿をしている。

 トロルの肉体は残っているが、身体のあちこちが変異しまくっていて原型が無くなりつつあるようだ。


「グォ――――――ォオ!!」


 トロルは爪に魔力を迸らせる。

 アレックスはこの怪物に凄まじい力が集まっていってるのを察知すると、急いでこの場から離れた。


「く……!! まさかこんな事になるとは……!」

『アレックス!!』


 マルティアナが叫んだのと同時に、トロルの手が光る。

 鉤爪にありったけの魔力を込めた怪物は勢いよく手を振るうと、赤い三日月状の魔力の刃を3つ解き放った。周囲を焼き切りながら飛んでいったそれは、あっという間にアレックスとマルティアナを飲み込んでいった。

 

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