聖剣ちゃんの実力は如何に……

「担い手様はこれまで他者と争った事が全くないのです?」


 王城の中庭、まだ昼間にも差し掛かっていないため外は非常に明るい。澄み渡る青空は田舎にいた時と変わらず綺麗だし、しかも一緒にいる人たちは属性が異なる美人揃い。

 腰に差した恋人を名乗る凶器はドス黒い殺気を出している、ああ今日も一部を除いて平和である。


 若干の冷や汗をかきつつ、アレックスはお淑やか美人のレイナの問いに答えるべく口を開いた。ナフタは少し離れた場所で何か準備をしている。恐らく訓練に使う何かだろう。


「全く……ないですね」

「おや、友人同士で喧嘩とかも?」

「……言い争いぐらいしか」

『優しいのね、そういうとこ好き』

「ぶっ……!」

「!? どうしたのです? 担い手様?」

「……ナンデモナイヨ」


 急にマルティアナがぶっ込んだせいで、アレックスは見事な毒霧を披露した。危うくレイナにぶっかける羽目になった。初日から吹きかけるのはパンク超えて、クレイジーの領域である。


「あの……レイナさん」

「はい」

「これからは仲間になるんです、お互い敬語をやめて……フランクにいきたい。どう?」


 敬われるのは嫌いじゃないが、とりわけ好きでもなかったアレックス。しかもこれからは対等な仲間関係になる。いつまでも距離感が遠いと、寂しくもなる。仲良くなれば信頼関係が結ばれて、チーム全体の士気だって高まっていく。


 あと聖剣が嫉妬パワーで強くなる。

 アレックスの胃は犠牲になるが、自分を犠牲にするのに彼は。ある意味……この中で壊れてるのは彼かもしれない。 


「む……そう……だな、では皆も同様に行こう。いつまでのパーティになるかはわからないが、少なくともアレックスが一人前になるまでは一緒にいるだろう。構わないか……ローズ、アリア」

「大丈夫っす!」

「ボクは元からそのつもり」


 良かった、皆やっぱりいい人だ。

 A級がどれぐらい強いかはわからないが、上から数えて2番目なんて存在に、アレックスは内心及び腰にはなっていた。だけどそれはあくまでも階級だけで、彼女らはそこらにいる人と変わらないと安堵した。


 良かった、仲間達とギスギスなんてなるとかは勘弁したいしなとアレックスは胸を撫で下ろす。仮に対立が起きても、彼女達なら話し合いになる。

 

 ただ懸念があるとするならば――


『ああ……早速距離感がががが……。どうしよう……もう私が永続的に肉体を支配するしかないのかな……』


 腰に差した聖剣が1番脅威であるという点を除けばの話だ……。



 ◇◆◇



「まずは肉体の強度を計りましょうか」


 ナフタはそう言って水晶がついたネックレスを持ってきた。透き通った雫のような形をしていて、アレックスは思わず目を奪われていた。


「ではこれを首に」

「はい」

『……いきなり、プレゼント……だと』


 また魔力を出しそうになったが、今回はそんなにプレッシャーを出していなかった。ナフタはマルティアナを一瞥すると「いつもそうやって理性的に振る舞ってください」と言った。

 いまいち理由がわからなかったが、次の瞬間には水晶の色がじんわり変わっていった。


「あれ……水晶が……緑に?」

「魔水晶――クリスタロスと呼ばれる魔力測定器みたいなものです。この世界に生きるモノならば全員魔力を持っています。それをクリスタロスを使ってアレックス殿本来の力を計りました。ふむ、貴方が本来持つ魔力は一般人レベルですね。まぁ予想通りですが」

「……一般人レベル、まぁ当たり前かぁ」


 ナフタとアレックスのやり取りを見ていたアリアが、ふむと興味深そうに呟く。


「魔力量が多いと、その分肉体も上質になるからね。健康的な肉体と精神さえあれば、量は低くても鍛え方次第じゃ化ける。アレックスは確かにヒョロイけど、不健康さから来るヒョロさじゃない。まぁヒョロイけど」

「何度も言った……ヒョロイって……! まぁ自覚はあるから……頑張るけど」


 一応農作業してきたから体力には自身はあるが、彼らのように死もの狂いで鍛えた訳じゃない。これからは魔力という……存在しているのは知っていても、使ったことのない力を扱うのだ。もうこれまでの常識は捨て去るべきだろう。


「さてこれからアレックス殿にお願いするのは、聖剣を使って一度アリア殿とローズ殿のタッグで模擬戦してもらいます」


 ナフタがいきなり無茶な事を言った。

 

「いきなり!?」

「アレックス殿は体感してますよね、聖剣に身を委ねた瞬間を」

「……はい」


 忌まわしい記憶が蘇る。

 マルティアナはこころなしか光悦としている気がした。


「アレックス殿の肉体に聖剣の魔力を注ぎながら、戦ってもらいます」

「……!」

「本来ならじっくり訓練したい所。ですが魔獣は待ってくれません。ならば聖剣の特性を活かして魔力ドーピングで身体を無理やり作り上げ、体をその身で使いながら剣術を学んでいきます。つまり……ズルしながら1週間である程度動けるようにします」

「かなり……無茶ですね。私の仕事が増えそうだ」


 僧侶であるレイナが可哀想なものを見る目でアレックスを見た。もう嫌な予感しかないが、やるしかない。念の為……アレックスはマルティアナにも目を向ける。


「マルティアナ……お手柔らかに」

『私もそうしたいわ。だけどナフタの言う事には一理ある。貴方が傷つくのは死ぬほど嫌だけど、傷付かずして強くなるのは絶対に無理。だから私も心を女神から鬼に変えるわ』

(元から結構鬼だよ、別ベクトルで)


 などと突っ込みを入れていると、ローズとアリアは既に剣と杖を構えていた。アリアは湾刀、ローズは先端にルビーがくっついた長杖を携えている。まだ何も仕掛けていないのに、溢れ出る雰囲気は猛者のそれだった。


「んじゃローズ、改めてよろしく」

「ん! アリアに前衛は任せるっす! 私は……とりあえずタイミング見計らってブッパで!」


 アレックスは耳を疑った。

 とりあえずブッパはこれから仲間にしていい行為じゃないと。だけど聞き間違いだと思う事にした、じゃなきゃ恐怖が湧き上がってしまうからだ。


「ボクは最初突っ立ってるから、アレックスは都合の良いタイミングで」


 ヒラヒラとアリアは手を振る。

 A級という強者ゆえの余裕だ。

 

『アレックス……舐められてるわよ。この際……わからせましょ。私があいつらをクシャマンにしてやる』

「……言い方は悪いけど頼む、僕は……本当に何もわからないから」

『幸い、今は訓練……。まずは深呼吸してアレックス』


 言われた通りに深く息を吸い、意識を集中する。


『アレックス、私は今から貴方の体に魔力を流す。だけど負担が大きいから短い時間になる。そして肉体に関しても原則私が動かす。剣術知らないでしょうし』

「……ああ」

『だけど私が動かしてる間は、自分の身体の動きがどうなってるかに意識を割くの。そして体感して……身に付けて』

「すぅ――ハァ」


 じんわりと温かい力が身体に浸透する。

 明確にアレックスは聖剣と繋がっている。それはまるで自らの身体の一部になったような感覚だった。


『準備はいい?』

「うん」

『では見せつけてやりましょ。私と貴方の――初めての共同作業を』


 そしてアレックスの目が水色に輝く。

 鞘から引き抜かれた聖剣マルティアナは、まるで星の光のように輝き、通常の魔力よりも遥かに聖に満ちていた。側にいるだけで味方は安堵し希望を抱く。反対に相対する敵は畏怖を抱く。


 アリアは三白眼を大きく見開き、次の瞬間にはナイフのように鋭い眼差しになった。


(ちゃんと立ちむかわないと足元掬われる)


 アリアはそう直感し、湾刀を構える。聖剣に負けず劣らず美しい刀身だ。鋼鉄すらバターのように切り裂くエルフ製の刀は、刃に魔力を纏わせて切れ味を無くしていた。万が一バッサリ行ったらいけないからだ。

 だけどこの時ばかりは、ハンデ無くしたいなとアリアは思っていた。


「フッ――!!」


 アレックスがマルティアナに身体の操縦を任せた瞬間、土埃が舞った。ただ駆け出すために一歩踏み出しただけなのに、まるで砲弾が着弾したような惨状になっている。


「はやい……」

『さすがA級と言われるだけある。素晴らしい反応速度』


 アリアは振るわれた聖剣を湾刀で受け流し、アレックスの首元に向かって振るう。当たれば一発で意識は飛び、数時間は目を覚さない。加減しているが容赦はしない。ローズの手を煩わせる必要もないと言わんばかりの一撃だ。


『だけど……狙いが見え見え』


 マルティアナはアレックスの両足を思いっきり開脚させて、身体全体を一気に下げる。銀の軌跡はアレックスの頭上スレスレを通り過ぎ、避けた当人のアレックスは驚きから目を見開く。


「僕の身体こんな事出来んの……!?」

『……やばい、ちょっとやりすぎたかも……』

「え?」

『な、何でもないわ。さ! 前に集中! 動きをちゃんと身体で覚えて!』

(何故言い淀んだ……!?)


 もう何か後でやばいことが起きそうな予感しかないが、今更引けない。こうなったらやるだけやるしかないと、アレックスは体勢を低く維持したまま、筋肉のバネを活用して刺突を繰り出す――が赤い魔法陣によって、鋒はアリアに届く事なく阻まれた。


「危ないっすねー、余計な横槍っすか?」

「いや助かったよ、ちょっとギリギリだったかもだし……。やっぱり聖剣の名は伊達じゃないね」


 アリアは後退しつつ、さっき見せたアレックスの動きを評価した。無論ベースの動きを聖剣が操ってるのはわかっているが、さっきの刺突は違う。


 あれはアレックス本人が繰り出した攻撃だ。


(アレックス・ブレイド、経歴は本当にまっさらで……碌な戦闘経験はない。はっきり言うと素人……だけど何だろうね)


 聖剣を構えるアレックスを見て、アリアはほくそ笑む。本来茶色がかっていた虹彩は聖剣と同じ色に輝き、こちらをまっすぐに見据えている。強大な力に身を任せている筈なのに、瞳の奥からはアレックス自身の強さを感じるのだ。


「成長したら……結構面白いかもよ」

「ん、それは同意するっす」


 さぁアタシも活躍するっすと、ローズは杖からいくつも火の玉を産み出す。アリアは魔力強化だけではなく、詠唱を交えて戦闘体勢に移る。


「……っ! よし……!」


 2人の戦意がザクザクと刺さり、アレックスはたじろぐ。

 正直ビビってるが、やるだけやるしかない。勝てなくても良い、だけど仲間だとちゃんと認められたい。言葉だけじゃなく、心の底から信を置かせて貰えるように足掻くだけだ。


『アレックス……もうじき魔力の加護が切れるわ。本当に……ごめんなさい。これ以上は貴方の肉体に多大な負荷がかかる』

「いや……いいんだ、僕が力不足なせいだ」


 マルティアナが心底申し訳なさそうに呟く。

 無理もない、元から魔力強化が長く続かないことはナフタの忠告した通り、明らかだった。むしろ一撃を繰り出す余力があるだけマシだと、アレックスは思っていた。


『あと……その魔力強化が切れたらね? あの――』

「切れる前に……もう一撃頑張る!」

『あっ! 待って!』


 マルティアナの忠告を無視するように、アレックスは吶喊した。危ないと言いたいのだろう、勿論わかっているが無理をさせて欲しいと思っていた。そんな気概が2人の戦士に届いたのか定かではないが、アリアとローズはニヤリと嬉しそうに笑っていた。


 全身に風を感じながらも、アレックスはマルティアナの言葉を聞いていた。


『あの……私の魔力強化が切れるとね。それまで私が握っていた身体の主導権も切れるの。私が操作している間は……あらゆる痛みを遮断出来るんだけど……切れたら全部反動で戻ってくるわ』

「ぇ」


 ちょっとそれは聞いていない。

 アレックスは能面みたいな表情になった。


『だからその……た、耐えてね』


 何に――という前にマルティアナのサポートが無くなる。

 さてマルティアナが操作していた際、アレックスは自分の許容範囲以上の動きを披露していた。常人では考えられない速度の駆け出しと攻撃、そして攻撃回避時の……股割り。


 当然平和ボケ街道まっしぐらなアレックスでは、こんな動きなんてマルティアナの操作無しじゃ出来ない。事実股割りで避けた際、身体の中で「ミチミチィ!!!」とめちゃくちゃダメな感じの音が鳴っていた。


 その時アレックスは戦闘に集中しているから、全く聞いていないのだが。


 つまり効力が切れたら何が起きるのかと言うと――


「ェンッ!!!!」

「「!?」」


 受けた痛みが合算して一瞬で襲いかかるのだ。

 アレックスは走り出した瞬間、地獄の痛みを受けて奇怪な叫び声を出した後、まるで打ち上げられた魚の如くのたうち回りながら転倒、そのままアリアとローズの前に投げ出された。


「はぎゃぁあ、あああ!!」

「ア、アレックスー!! 大丈夫っすかー!!!」

「……面白い転び方したね、さすがアレックス」

「褒めてる場合っすか!! 僧侶100人呼んで!!!」

「多すぎる」

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』


 アリアは冷静な突っ込みをする中、見ていたレイナは困り顔を浮かべていた。マルティアナはもはや呪詛の如く謝り続け、ナフタはやっぱりか……と静かに言った。はっきり言ってカオスである。


「現時点では最大20秒あたり。ふむ……今のままじゃ低ランクのクエストでもポックリ逝きかねないですね」

「……あはは、まぁ今日初めての戦闘ですから仕方ないのでは?」

「レイナ殿、聖剣部隊は特殊な立ち位置です。駆け出し冒険者が英雄を夢見てコツコツやるような、王道的な成長ではいけないのです。聖剣のバフを無理矢理かけて一気に引き上げないと」


 少々威圧を込めて、ナフタはレイナを見遣る。

 実力者たるレイナはピクリと眉を動かして反応すると、ため息混じりに答えた。

 

「わかってます……私も……使命の重要性は理解してますから」

「頼みましたよ」

「心得てます。私はアレックスを治療してきますね」

「ええ、お得意の術でアレックス殿の股関節を元気にしてやってください」

「言い方が酷すぎる……」


 ナフタさん結構ふざけるタイプ……? などと意外な一面を見たレイナは額に汗を滲ませつつ、アレックスの股関節をちゃんと元気にした。卑猥な意味ではなく、治療的な意味合いでだ。



  ◇◆◇




 あれから数時間、辺りはすっかり夜になっていた。

 城の外ではいまだに灯りがちらほら点いており、酒場やギルドカウンター辺りは人の喧騒があった。西洋風の街並みが広がるこのハイベルズ王国の城下町は、歴史ある街として世界各国で知られており、観光客が絶える事はない。


 まさに平和な日常、しかし王国の中心はちょっとばかりシリアスな空気が広がっていたりする。


「やはり……担い手の教育は一筋縄ではいかないと? ナフタ大祭司」

「はい、左様でございます……ルカ団長」


 ハイベルズ王国、グランフォリア城内にある騎士団団長の執務室にて、ナフタはこの王国を守る王国騎士団団長――ルカ・ペルシオンにアレックスの訓練について報告を入れていた。

 

 ルカ団長の見た目は如何にも貴公子と言った見た目だ。

 浅葱色の髪に、中性的な顔立ち、身長も高く、貴族然とした格式高い服もばっちり着こなしている。しかも実力も相当高く、この王国内にて屈指の強さを誇る。


 アレックスが現れるまでは彼こそ担い手なのではと、主に女性陣から噂されていたほどだ。


 そんな彼だが、今はナフタから訓練の報告を受けながら書類仕事をしていた。忙しい彼は側に湯気のたったコーヒーカップを置いて、カフェインによって眠気を打ち消して、しっかりと2つの仕事を熟す。


「彼は冒険者志望ですらなかったですしね、まぁ一部を除いて今の所想定通りですよ」

「ふむ」


 ナフタはルカと向かい合って、淡々と語る。そこに感情も無さそうに見えるが、ルカだけは彼女が何だか嬉しそうにしていると察していた。


「パーティメンバーは? どうかね? 担い手と親しくしているかい?」

「まだ顔合わせ程度なのですが、第一印象は悪くないですね。特にアリア殿は結構懐いています」

「エルフの中ではかなり親しみやすい子だからね、彼女を推薦したのは間違いじゃなかった。後の2人も……まぁ良い関係性を築ける筈だ。とはね……」


 とルカは意味ありげに笑う。

 ナフタは困ったようにため息を吐く。


「聖剣様は……まぁ敵視とまではいかなくともパーティメンバーを受け入れようとはしてないですね。嫉妬させて力を上げていく作は悪くないとは言え、綱渡りですよ。どうするんです? 聖剣様がいきなり我を忘れてパーティメンバーに不和を齎したら」


 理由は言わずもがな――マルティアナだ。

 彼女は確かに世界最強クラスの武器だ。生まれた経緯がかなり特殊でありながら、全盛期の力を取り戻せば神造兵器すら凌ぐ可能性を秘めている。


 言い方はかなり悪くなるが、ルカ団長もナフタもマルティアナは使い方を間違えれば世界を壊す大量破壊兵器にもなると見ていた。


「その時に担い手がストッパーになるさ、多分大丈夫」

「だと良いんですけどね。私は嫌ですよ、世界滅亡の要因が愛に狂った女の嫉妬パワーでしたってオチは」

「あははは……確かに……それは間抜けすぎるな」


 ルカも理解している。

 これがかなり綱渡りだと。だけどやるしかない、担い手になったからには、必ず聖剣を制御して欲しいのだから。しかしルカは考えれば考えるほど、担い手が一体どんな条件で選ばれたのか分からなくなる。

 何が聖剣にとって魅力的だったのか、そこが分からなかった。


「にしても……アレックスは何者だ? 勇者様の故郷と偶々同じという事以外、彼に何ら聖剣に纏わる接点はない。家計を遡ってみたが……誰も英雄を輩出していない。何が……他の人間と違うのだ?」

「……」


 その問いにナフタは答えない。

 ルカは少し困ったように眉を下げたが、ナフタは何も言わなかった。


「……まぁいい、条件は何であれ……担い手として頑張ってくれたら私たちはそれで良いからね」


 ナフタが何かを知っているのは明らかだ。

 しかし何も言わない……いやがあると見ていた。ただよっぽどの事ならば彼女はすぐ連絡する。言えないけどそれが世界にとって重要かと言われたら、そうでもないから言ってないのではとルカは考えていた。


「ルカ団長」

「ん?」

「世界で1番強くて、尚且つ滅びないものって何だと思いますか?」


 難しい質問だ。

 ルカは暫し悩んで、口を開いた。


「女神の加護……もしくは魔王の力かな」


 これまでの歴史から鑑みてルカは答えた。割と自信がある答えだ。女神の加護は神の力で、魔王の力は神すら滅ぼす脅威を秘めた力だからだ。


 しかしナフタは首を横に振って、答えた。


「正解は愛です」

「愛……?」

「ルカ団長、愛はね……1000年という時を使っても潰えない最強の力なんですよ」


 そう言ってナフタは軽く会釈して「おやすみなさい」と言い、執務室を後にした。残されたルカ団長は窓から聞こえる夜風の吹く音と、街の喧騒に聞き入りながらナフタの言葉を反芻する。


「愛……か」


 聖剣を心酔する者ならば嘲笑う内容だろう。

 だけどルカは不思議と「愛」という言葉が、胸にストンと落ちた。


「それは盲点だったな」


 最後にルカはそう言って、すっかり冷めてしまったコーヒーカップに口をつける。気のせいか、いつもよりほろ苦く感じた。

 

 

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