026:本来の姿と本性
勇の絶叫を目の前にした助手改め皇樹は、両耳をそれぞれの手で押さえた。それ程までに、勇の衝撃が声となって反映されていたという事である。
皇樹は呆れ気味な顔で「お前なぁ」と、勇に言い放った。
「もう少し声量抑えんか。夢の中なのに鼓膜が破れそうになったじゃないか」
「いや、大きな声も出るじゃろ! アンタ、小学生の姿しておったじゃないか!」
こんなところで以前の皇樹に出会えてしまうとは、勇も巫実も、ここは夢の中なのに、夢にも思わなかった。そもそも、今の皇樹には夢の中に潜り込むような力が無いと媛乃から聞いている為、彼の登場は良くも悪くも心臓に悪いサプライズでしかなかったのである。
皇樹は「うん?」ときょとんと頷きながら、さらっと言い放った。
「確かに表に出てる人格に関しては小学生の時の僕じゃが、結構奥深くに今の僕が眠っておるぞ。これ医者に言ったら、二重人格の診断降りそうじゃわい」
「え、えぇ……」
この話を聞く限りでは、当時の彼の意識は助手の中にはしっかりと残っている、という事なのだろう。ただ、普段は助手の意識の方が優先されている為、今の彼の意識が表に出る事はない、と。
皇樹は唐突な展開にぽかーんと呆けている2人をそっちのけで、とっとと校内へと足を踏み入れた。
「しっかし、懐かしいのう、学校。最後の方は媛乃さんとイチャイチャする為にしか来ておらんかったが」
「イチャイチャって……」
またとんでもない人間がやってきたな、と、勇は引き攣った笑みを浮かべた。イチャイチャ、という言葉だけで、自分が考えすぎな気もするのだが、周りの貞操観念の低さ的に、そうとしか捉えられないのが少々辛いところである。
3人の校内巡りはそうして始まった。
特に手がかりは無いものの、慣れていそうな皇樹に色々教えて貰えば良いし、皇樹も教えるつもりでここに来たようなので、勇と巫実はそれに甘えさせてもらうことにした。少なくとも自分達であれこれ散策して悩むより、経験者が居てくれた方が安心出来る。
巫実は途中、媛乃と皇樹の事が気になったようで、参考程度に聞いてみた。
「あ、あの……皇樹さんは媛乃さんと恋人同士、だったんですよね。デートした場所とか、色々と聞いてみたいです……」
(お、おお……巫実さん、男が苦手なのに思い切ったの〜)
その内容も、年頃の女子らしく恋にまつわる話と来た。やはり、女子目線からすると媛乃と皇樹の関係は何処か気になるものだし、一度は聞いてみたいところなのだろう。実際、媛乃からは聞けない事もここでしっかり聞けそうだ。
皇樹は巫実から聞かれるなり、さらっと答えた。
「そんなもん、家デート一択じゃろ。いや、流石に買い物したりはするが、男女がイチャイチャするなら外よりも家の中の方が相応しい」
「あ、あぅ……で、でも、媛乃さん、お嬢様だったみたいだし、色々と連れてもらってたりも……」
「アイツ、ああ見えて結構箱入りお嬢様だったんじゃぞ。気に食わん男は蹴り飛ばすが、世の中の事はそんなに分かっておらんかった。常識もズレていたし、向こうのデートコースも子供がするには非現実的だったからのう」
「あ、ぅ……」
参考にならなかった。それ以前に、媛乃の一般常識と皇樹の常識がかけ離れていて、結局、家デートに落ち着いてしまったという。
皇樹は続けた。
「まぁ、箱入りお嬢様故に、こっちは『好きに出来た』ぞ。最初はお付き合いするのも怖かったし、あの身体を一回食ってから終わらせても良いかと思ってたが、お互い存分に夢中になっておったのう。最後の方は手放すのも惜しいと思っていたぐらいじゃ」
と、皇樹は巫実と勇に向き直った。
「僕には予知夢能力があった。今の姿じゃ使えんが、以前は頻繁に夢を見ておった。だから、今みたくガキに戻ってしまうのも知っていたし、例の学院の火災の事も知っておった。その日が近付けば近付く程に、避けられない現実に気持ちが落ち着かなかった」
続けて、
「まぁ、で、火災の前日にヤケクソになって彼女に一発当てた。この意味、わかるか」
「……」「ぅ……」
子供の前だからやんわりとした表現だが、それに故に意味の確認をするのはそういう事なのだろう。
――要は、媛乃はこの時点で皇樹の赤子を妊娠することになった、という話だった。
「まぁ、でも、流石にその後のストレスが重荷になって早い段階で流れてしまったそうじゃ。ガキの僕はその辺よく分かっておらんかったから、自分が当てたもんだと思っていたが、実際は小さくなる前の僕のもんじゃ。媛乃さんだって、幾ら世間知らずでも、そこまでじゃない。流石に僕との間のモノだって、分かっていた」
と、
「それを知った時の媛乃さんの病みようは……まぁ、察するに余りじゃ。体調が安定したらヤケクソになって、自らガキの僕に求めた。でも、当たる事は無かった。そりゃそうじゃ、出るもんは出るが、その実態は当てるものがない空っぽなもんじゃからの」
「……」
皇樹の話を聞いて、黙るしか無かった。暁月を助けに来たつもりが、その前にギブアップしてしまいそうなぐらいに、重い話が2人に降り注いでしまった。
一方で、皇樹は淡々と続けた。
「ガキの僕は、媛乃さんがやっと自分を受け入れてくれた、と思い込んで、乗っかって、そのまま深い沼に堕ちた。今までは自分が誘わないといけなかったのが、媛乃さんから来るようになった。媛乃さんはガキの僕に求められても、どっちなつかずな態度で流されるままに受け入れていたから、ガキの僕にはそれが半端に見えたんじゃろう」
「……」
(うーん、思ったよりあの2人の関係、深刻な話になってきてるような気がするんじゃが……)
勇はてっきり、助手の事は皇樹そのものだから媛乃は受け入れてる、と思っていたが、話を聞く限りそうでもないようだ。どっちつかず、という事は、本当は拒否はしたいものの、助手の為に拒否しなかったのだろう。確かに、あの助手の態度だと拒否したら行為がエスカレートしそうだ。
巫実は皇樹から話を聞いて、思わず言葉を漏らした。
「媛乃さん……可哀想……」
「巫実さん」
巫実の思いもよらない言葉に、勇は少し驚いた様子で顔を上げた。
巫実は続けて、
「皇樹さんの身勝手だよ……そんなの……。媛乃さんを必死に生かしたのも、結局自分の為なんでしょう……? 媛乃さんの事が本当に大好きなら、もっと、媛乃さんの事を大事にしてあげて……」
思い出話を語る風に話している為、少し誤魔化しはあれど、皇樹が身勝手なのは本当にそうだ。皇樹がいなければ、媛乃が流産して病む事もなかったし、あそこまで媛乃が苦労する事も無かったであろう。
しかし、巫実のそんな言葉とは裏腹に、皇樹は続けた。
「媛乃さんからこっちのモノになりに来たんだから、僕が好きにする権利はあるじゃろ。だから、媛乃さんは結果的に妊娠する事を受け入れた。とっくに合意の上の話じゃ、他からどうこう言われたくはないわ」
「それ……媛乃さんは最初は拒否してたって事ですよね……? 可哀想……媛乃さんの事、解放してあげて……」
とうとう巫実は泣き出した。
自分の恩人に近い立ち位置の人間が、こんな男に今でも付き従っているのだから、泣きたくもなるだろう。しかも、彼の為に出す必要もない婚姻届を出している。
勇も同じ気持ちで、つい、皇樹に厳しい目線を送ってしまった。媛乃が愛しそうに皇樹の事を語っていた事や、助手を可愛がっていたのを知っていた為、尚の事、彼の媛乃に対する仕打ちが許せなかった。
しかし、皇樹は反発を見せる2人に対し、冷たく言い放った。
「僕はどんな形であれ媛乃さんを離す気はないぞ」
「……!」
その瞬間、空気が凍りついた。
ピシ、と何かが張り詰め、凍るような音が、巫実と勇の脳裏で響いた。これ以上に空気が凍りつくような場面、二度と出会さないだろう、と、断言してしまえるほどに。
そんな中で、皇樹は続けた。
「ガキがあまり舐めるな。あの女は僕のモンじゃ。解放する気はさらさら無いし、その為にあそこまで『仕立て上げた』んじゃ。あの女はどんな形であれ、僕がいないと生きてはいけん」
と、皇樹は改めて巫実を見た。巫実はその視線を浴びるなり、ビクッと体を跳ね上げて、勇の後ろに隠れてしまった。無理もない、今の皇樹はこちらを睨み付けており、とてもではないが目を合わせたくない。
皇樹は「フン」と鼻を鳴らしてから、巫実に言った。
「お前だって、ここにいるガキからあれやこれやと世話になってやみつきになっとるじゃろ? それと同じで、媛乃さんも僕にやみつきなんじゃ。だから、媛乃さんを僕から離そうなんて考えるなよ。僕から彼女を引き離したら、今度は彼女が耐えられんぞ」
「……」
(な、なんつー男じゃ!)
――勇は素直に彼にドン引きしていた。
確かに助手の姿の時点で彼の独占欲は凄まじいんだろう、とは思っていた。ただ、それは、あくまでも子供特有の独占欲であり、当時の皇樹は結構まともに媛乃に付き合っていたのだろうとてっきり思っていたが、実際は想定以上にその愛情が歪んでいた。いいや、これは愛情ではない。ただの支配欲だ。
こんな男が好きな媛乃も媛乃なのだが、多分、彼女の前では良い顔をしていたのであろう。この男は成績も優秀で、あの媛乃が自ら言い寄ったぐらいなのだから、外面はしっかりと取り繕っているはずだ。
巫実も口にこそはしないものの、額に青筋を浮かべて彼から目を逸らしていた。勇と同じく、彼の本性を知ってドン引きしたのであろう。願わくば、媛乃が彼の本性を知らない事を祈るしかないのだが――手遅れだったりするのだろうか。
皇樹は子供達がドン引きする中で、さらりと話題を切り替えた。
「で、暁月をヤツを探しておるんじゃったか」
「う……お、おう……」
(こいつ……)
自分達のやるべき事を考えたら、確かにさっさと切り替えるのは必要だが、皇樹自身、特に悪怯れている様子もないのが腹立たしい。勇と巫実は彼に対しての信頼が一気に削がれているわけだが、皇樹からすればそんな事は些細なことであり、子供の考える事でしかなかった。
皇樹は「ふむ」と、心当たりがあると言わんばかりにぐるりと辺りを見渡した。そして、当時を思い返しながら言い放った。
「確か、学校で水無月のヤツと戦ってそのまんま、だった、か……そうか」
と、顔を上げて、
「100%当たってるとは言い切れないし、僕にも自信は無い。あくまでも当時のアイツと接していたのは、ガキの僕であり、ここにいる僕自身じゃないからのう」
「……場所、分かるんか?」
「まぁ、アテだけはある」
勇に問われて、皇樹は頷いた。
「アイツが最後に戦ったのは、当時の生徒会室じゃよ。囚われているとしたら、まぁ、そこになるんじゃないかのう」
「生徒会室……」
勇達が知っている現代の生徒会室が脳裏に浮かんだ。今でこそ、焔が牛耳っているのと、それ故に何かと世話になる事が多い施設の一端ではあるが、当時の暁月も生徒会長として世話になっていたのだろうか。
皇樹はそんな事を考えている勇に対し、呆れ気味に続けて、
「当時の生徒会長は水無月のヤツじゃ。暁月のヤツには生徒会に立候補する度胸はない。もし、そんな度胸があったら、僕らはこんな事をせんで済んでいた筈じゃ」
「こ、こんな事……」
(い、言い方……)
先ほどから薄々感じていたものの、この皇樹、言い方にやたら棘があるような気がする。一方で、あの媛乃の彼氏だと思うと、その物言いも謎に納得してしまう。媛乃も容赦なく物申す方であるし、似た物カップルならそうもなるだろう。
(にしても……この魔力は暁月の、だよな……。なーんか騒々しいな……)
巫実と勇が皇樹の言い方に苦笑する中で、唯一魔法がまともに使える皇樹は、この空間から違和感を感じ取り、首を傾げていた。巫実は魔法は使えると言えども基礎魔力が低いし、勇に至っては魔法の素質はゼロだ。
皇樹はこの2人の面々を「使えない奴らだ」と唾棄すると同時に、これから自分達の身に降りかかる事を考えると、自分が先陣を切らねば不味いかもしれない、と、頷いた。
皇樹は2人に対して続けた。
「お前ら、勝手にあっちこっち行くんじゃないぞ。こんな所で死にたくなかったら、しっかり僕について来い。ま、夢の中だから死ぬ前に目醒めるかもしれんがなぁ」
「……」
相変わらず皇樹の偉そうな物言いに、巫実と勇は半目になってしまった。とは言え、この中で一番強いのは彼であり、そんな彼が言う事は至極真っ当なものであった。
こんな男に付き従いたくはないとは思いつつ、2人は素直にそれに従い、歩き出した。
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