二章:春休み、広島へ!の巻

022:いざ広島へ

 ――時期は三月の後半。

 勇達は今年度の終業式を終えて、明日から春休みを迎える事になる。勇達の学年は梅部では最上級生の為、正式上は終業式よりも先に卒業式を迎えたのだが、勇はたったの三ヶ月、下手したら二ヶ月余りしか梅部に居なかった為、感動等も特にせず、卒業式で歌う曲は微塵も刺さらなかった。そのせいで、颯汰からは「勇は冷めてんなー」なんて笑われたが、こんな時期に転校させた親に文句を言え、という話である。

 巫実も春休みに入り、特に何処にも出かける予定もない為、家でゆっくり過ごしながら、始業式の日を待つばかり、なのだが、


「やじゃーッ! 春休みはワシもここに居るんじゃ! 巫実さんとイチャイチャするんじゃーッ!」


 ――と、勇は喚き散らしていた。

 勇は田舎からこちらへと来ているため、長期休暇の際は実家の方に戻らなければならないのだが、巫実とずっとベタベタしていたい勇は実家に戻りたがらなかった。

 巫実はこちらに抱き付きながら駄々を捏ねている勇に対し、慌てながら言い放った。


「で、でも、お家に帰らないと親御さん心配しちゃうよ……? 私なら大丈夫だから、行っておいで」

「やじゃ! ワシの実家は巫実さんのデカパイなんじゃ! ここから離れんぞ!」

「あ、あぅう……」


 勇は巫実の胸元に顔を埋めながら、そんな事を言い放ち、巫実を困らせていた。

 巫実も勇と一緒に居たいのは山々なのだが、勇はあくまでもここでは居候で、実家が別にある為、長期休暇にはそっちに顔を出しておかねばならない。何にせよ、勇には出来るだけここではなく、実家でゆっくり過ごして欲しいのだが、なかなかそういうわけにも行かないようだ。

 巫実は勇の頭をよしよしと撫でながら、言った。


「今の勇くん、赤ちゃんみたいだよ……実家にはちゃんと帰ろうよ……」

「おぎゃあ! ワシは巫実ママの産道から産まれた赤ちゃんじゃ! ここが実家じゃ、帰らんぞ!」

「えっ、えぇ〜……」

(ど、どうしよう……そこに乗ってくるなんて思わないよ……)


 まさか、自分の言葉を逆手に取って赤ちゃんの真似をしてくるとは思わなかった。自分に甘えたいのは仕方ないにしても、まさか産道を通った事まで主張されてしまったら、巫実は何も言い返せない。普通に産んでないと正論で言い返せば良いが、それはそれで駄々捏ねが悪化するだけなのである。

 巫実が「うーんと」やら「えーと」やら、眉を下げて困っていると、丁度、巫実のスマートフォンに通話の着信が入った。巫実はすぐにそれに出て、応対した。


「は、はい……もしもし」

『こんにちは、ハムスター。私よ。完璧デカパイ美魔女、媛乃よ』

「ひ、媛乃さん……こんにちは」


 そう、着信の主は媛乃だった。媛乃が着信の主という事で、勇にも聞いてもらおうと、スマートフォンのスピーカーモードをオンにして、改めて通話に戻る。

 媛乃は続けて、


『どうせ、そっちのガキジジイは実家に戻りたくないとか言って駄々捏ねてるでしょ』

「えっ、すごい……よくわかりましたね」

『いや、もう完全に想像出来るわよ、こんなの。どうせ困ってると思って、良い話を持ち掛けに通話したのよ』


 そう言って、媛乃は本題に入った。


『単刀直入に言うけど、広島にある不知火の本家に、ハムスターとガキジジイ、来なさい。そこには焔も居るし、私と助手も居る予定よ』

「えっ、えぇっ!?」


 巫実は珍しく日常生活で大きな声が出た。いきなり媛乃に誘われたものだから、目を丸くして驚いてしまったようだ。

 媛乃は続けて、


『ほら、ガキジジイって母方が不知火の人間でしょ。なら、広島の本家を実家扱いしたって良いじゃない。ガキジジイの実家、観光名所ですらない田舎だから、行くとなっても都会育ちには辛いわよ』

「あ、あぅ……ほ、本当に良いんですか? 私、不知火の人間じゃないのに……」

『別に。不知火の本家、私のデカパイのようにクソデカだし。それに、将来結婚の挨拶する時に行くんだから、今のうちに慣れておきない。ガキジジイもこれで良いでしょ』

「うーん、まぁ、アイデアとしては申し分ない……が、行くにしても飛行機とか、旅費諸々の金どうすんじゃ」


 そう、問題は旅費やら飛行機の予約やら、色々と問題があった。

 これが平時ならまだ何とかなるかもしれないが、今は春休みで学生の帰省や家族旅行も多い時期である為、良い席を予約を取るのは難しいであろう。しかも大人数でなると尚更だ。最悪、金は実家から出してもらうにしても、行くのであれば新幹線になるのだろうが――。

 媛乃は「心配無用」と続けた。


『安心なさい。どうせOK出ると思って、2月らへんに飛行機の予約を人数分取っておいたから。予定は次の月曜日……だから、明後日からよ。そんなに長く居ても仕方ないから、3泊4日ぐらい。それで予約や話は通してあるから、準備よろしく』


 と、


『まぁ、そんな事だから、よく食ってよく寝て、万全な体調になるように意識しなさい。明後日は羽田空港集合よ。その辺は焔から改めて話すから。じゃ、また明後日ね』


 そうして、媛乃からの電話がプツッと切れた。

 媛乃が淡々と早口気味で話すのは知っていたものの、こうやって電話で捲し立てられると言葉を返す余裕すらない。

 巫実と勇はお互い顔を見合わせながら、苦笑してしまった。自分達の意見を聞く前に諸々を準備しているのは、ある意味彼女らしい。


 こうして、2人は明後日の広島行きの旅行に向けて、準備を進め始めたのであった。


 勇と巫実が住んでいるのは東京都の江戸川区周辺なのだが、それでも羽田空港までの道のりはまぁまぁな長さである。また、飛行機は電車や新幹線とは違って前準備が長く、早め空港に行かねばならない。時間が時間故に、巫実と勇は欠伸をしながら、空港行きのモノレールへと乗り込んだ。今は朝の9時。飛行機は昼前に離陸予定である。

 こういう長期休みはひたすら長寝をして、普段の疲れを癒したいところであるが、それは旅行を終えてからである。

 勇は巫実の肩に寄りかかりながら「うーん」と喉を唸らせつつ、眠気を誤魔化していた。飛行機で広島に向かう所からが旅路としては長くなるので、出来ればこの眠気はその時までとっておきたいが、育ち盛りの少年には少し酷な話か。

 暫くすると、見知った顔が2人に声をかけてきた。


「おやおや、2人とも、おはようさん。勇は眠そうにしておるが」

「せ、生徒会長さん……おはようございます」

「ん……ぁ、焔か」


 目を閉じて寝落ちしかけていたところへ、丁度焔が話しかけて来たので、今にも閉じそうな目を擦りながら、勇は巫実の肩から徐ろに、一旦離れた。

 焔はたまたま空いていた勇の右隣に座り、2人を見た。


「本当にお婆ちゃんがいきなりすまんのう。あの人、いっつも用意周到なのに自由人だから、ついていけん事も多いじゃろ」

「い、いえ……そんな。寧ろ、楽しいですよ……」

「今回は本当の本当にいきなりだったから、ビックリしたぞ。まぁ、構わんが」


 と、2人はそれぞれ言葉を焔に返す。巫実はこれまでの自分の環境や人間関係を思い返すと、本当にそう返す以外の言葉がないし、勇は勇でいきなり不知火の本家に誘われたものだから、驚く他ない。

 焔はクスクス笑いながら「そうかそうか」と、続けた。


「まぁ、不知火の本家もそんなお堅い場所でもないし、力を抜いて訪ねんさい。最低限、粗相がないようにしてくれればええからのう」

「あ、ありがとうございます……」


 巫実は焔の気遣いに、小さくお辞儀をして答え、おずおずと質問した。


「あの……生徒会長さんは不知火の本家にはよく行ってたりしますか……?」

「ん? ああ、まぁ、そりゃ実家じゃしのう。長期休暇は1週間は泊まっとるよ」


 と、返し、


「勇の母ちゃんは広島の本家育ちじゃったかのう。あの人、広島弁滅多に使わんから、ぱっと見は分からんのじゃが」

「あ……そういえば」


 巫実はふと、顔を上げて、勇に素朴な質問を投げた。


「勇くんのおうちって、何処にあるの……? 少なくとも東京じゃないっぽいけど……」


 巫実は今の焔の話を聞いて、自分は勇の本来の住処について微塵も知らなかった事に気が付いた。勇本人はその辺はどうでも良い為か、特に巫実に話していないものの、お互い恋仲である以上、把握しておいた方が良い情報なのは確かであろう。

 勇は巫実に聞かれるなり、さらっと答えた。


「うん、ワシは山陰住みじゃよ。山口とかそっちじゃ。広島からはそう遠くはないかのう」

「そうなんだ……結構遠いんだね」


 それだけ遠いと、勇が東京から離れたがらないのもそうか、と、巫実は思わず納得してしまった。そもそも、少年がこの身ひとつで1人で山口から東京に来る事自体賞賛に値するのだが、勇はそれ以上に記憶喪失というハンデも抱えているし、自分の知らない苦労もきっとあるのだろう、と思う。勇本人は、その事はさして気にしてはいないものの、不知火の人間との関わりで差し支えているので、そこに関しては無視出来ないのも事実だ。

 勇は続けて、


「まぁ、老後は山口の方に隠居してみたい気もするがのう。巫実さんと2人で余生をのんびり過ごしたいもんじゃ」

「あー、でも勇。田舎って年寄りにあんまり優しくないぞ。店までいちいち遠いから車ないと生活出来んし、今はジジイになったら免許返納が課せられておるし、隠居するにしても都内かその周辺の都会にしんさい」

「えぇ〜。じゃあ、やっぱ伊和片神社住まいのままでええか」


 なんて、焔と勇が話している。

 巫実は、勇が自分との老後の事まで考えてくれていた事に対し、少し恥ずかしげに視線を落としてしまった。


(そ、そうだよね……結婚するなら、どっちかが死ぬまで一緒だもん……)


 当たり前の事ではあるものの、やはりそれまでの事を意識してしまうと、どうしても恥ずかしくなってしまう。まだまだ結婚からは遠い年齢ではあるものの、何は来る日であるし、それを考えたら――巫実は顔を真っ赤にしてしまった。

 それから、焔は思い出したように「あっ」と声を上げて、持っていたカバンから取り出した。


「そーいえば、昨日やっと届いたみたいでなぁ。飛行機の空港でいいかと思ったけど、今渡しても変わらんじゃろ」

「えっ?」「はい?」


 焔の言葉に、2人は首を傾げて、何かを取り出そうしている彼の手元を見た。

 2人の視線を浴びる中、焔が取り出したのは、長方形気味の箱であった。表面はふわっとした布の素材で出来ており、少しリッチな印象を受ける。

 焔はそれを勇に渡し、開けるように促した。


「勇、開けんさい」

「……あ、ああ」

(一体何が――)


 勇がそうして箱を開くと、


「!?」


 つい、言葉を失ってしまった。

 箱を開いてみると、そこにあったのは、銀色に輝く小さな輪っか――つまり、指輪が二つ分入っていたのである。これには巫実も絶句し、お互い非常に慌ててしまった。

 焔は2人のリアクションにケラケラ笑うと、続けた。


「ほら、お前さんら、ダブルス組んだじゃろ? そうなると、まぁ、そういう『証』が必要になるから、どこに身に付けても分かりやすい指輪が選ばれたんじゃ」

「え、えぇ……そ、そうだったんか……」

(いや、でも……言われてみれば、確かにあのクソおっぱいと書記も何か付けてたな……)


 突然すぎて驚いてしまったものの、佳奈芽と義喜の左手の薬指には何かが嵌められていたような記憶がある。あまり注目していなかったが、アレはそういうことだったのか、と、強く納得した。

 一方で巫実はそっと指輪に手を伸ばし取り、自分の左手の薬指と見返すと、そこにそっと嵌めて見た。銀色一色で、一切飾り気のない指輪でもあるものの、勇と同じものという時点で特別感があった。

 巫実は上かなり機嫌な様子で、勇に言った。


「勇くんも……付けて、ねっ? 付けて」

「お、おう……」

(巫実さん、テンション高いのう)


 勇も取り敢えずは、巫実に促されるがままに、己の左手薬指に指輪を嵌めてみた。しかし、年頃の男子にとって、これは結構気恥ずかしいものだった。


(お、落ち着かん……)


 勇は頬を朱色に染めながら、視線を落とした。

 焔は初々しい2人の反応を笑いながら見つめつつ、車内アナウンスを聞いて、荷物を手にして立ち上がった。そろそろ目的地に辿り着く。


「ほら、2人も降りる準備をしんさい。お婆ちゃんが待っとるけぇの」

「お、おう!」「は、はい」


 そして、巫実と勇に、準備を促した。

 2人は荷物を手に、立ち上がって、開くであろう扉へと近付き、そのまま羽田空港へ着くのを待った。

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