021:この時代の顔では無い
そして、試験最終日から来たる1週間後。全ての結果が出て、竹部一年の掲示板には順位表が貼り出されていた。
巫実は相変わらずの低順位ではあるものの、低順位なりに低空飛行しているようで、相変わらずの順位らしい。とは言え、今回は媛乃の教えもあったお陰で、赤点自体はかなり回避しており、合計点数も前回より上がっているらしい。
そして、焔の順位を確認する為、勇はわざわざ梅部から覗きに来ていた。今回、最下位を回避出来なければ、生徒会長の座は水無月宏夜に譲る事がほぼ確定になってしまう。しかし、それは巫実と勇にとっては出来るだけ避けたい事であった。
勇とその隣にいた巫実はまずは最下位から確認した。万年最下位と言うなら、そこから見ていかないと、結果が早く見れないであろう。
しかし、そこにあったのは、不知火焔の名前ではなく――勇が知らない誰かの名前であった。そして、巫実もその生徒のことは微塵も知らない。
「って事は……!」
巫実と勇が互いに顔を見合わせて、嬉しそうに顔を輝かせると、
「っしゃぁぁあああッ! 見たか、水無月宏夜ッ! ワシはドベを回避したぞッ! ワシだってやれば全教科0点ぐらい回避出来るわいッ!」
その後ろで焔がテンションを上げて、そんな事を端正な女顔から大きく叫んでいた。当然、周りの視線もそんな焔に向かう。
勇と巫実はそんな焔に見つかりたくないと思ったのか、静かにそこから立ち去ろうと、こそこそと動いたのだが、
「あっ、お前らも来ておったのか! 見たか、この順位! 最下位から30位ぐらい離れておるぞ! 梅部からここに通っていたワシの最高順位じゃ!」
こんな風に、自慢になってない自慢を振り掛けてくる焔に、2人の姿は見つかってしまうのである。
勇は滅茶苦茶怠そうに、一方の巫実は困惑しながら、焔の方へと向き直した。2人はどうしても、今の焔とは話したくないのが表情に出ているのだが、そんな事お構いなしに、焔は話しかけた。
「いや〜ッ! やっぱり順位が上がるって良いもんじゃのう! これからも試験前はお婆ちゃんの所に通い詰めるか!」
「いや、最初から通い詰めんか……本当に脳みそまで筋肉なんじゃなぁ、お前」
「あぅ……私は進級出来るぐらいに試験の点数取れたら、それで」
2人は焔のテンションに引き気味であったものの、お互い顔を見合わせて、安堵していた。
やはり、梅部・竹部の生徒会長にはこの不知火焔が一番相応しいし、その地位は誰にも揺らがせてはいけないものだ、と、強く思う。
一方で、勇は焔に対してこんな事をポツリと呟くのであった。
「にしたって……人柄とか魔力とかは優秀なだけに、何で勉学だけこうなんだとワシは常に思っておる」
「……そうだね」
焔は勉学の才だけ生まれる時に母親の胎内に残してきたのか、と、そんな事を思ってしまう。これまで完璧ならば勉強も万年首位ぐらいに思い切って欲しいものだが、これもまた、焔という人間の人らしさ、なのだろうか。
そうしている間にも、聞き知った声が3人の耳の中に飛び込んできた。
「んー、今回は10位か。ま、上々じゃね。義喜の方は心配するまでもねぇな」
「はい……お陰様で、今回も5位にいます」
3人がその声のした方向へと振り向くと、そこには生徒会副会長の羽間田佳奈芽と、生徒会長書記である真栄島義喜が順位表を見ながら、そこで駄弁っていた。
(へぇ……)
見た目からして勉強が出来そうな義喜は兎も角として、佳奈芽の方はかなり意外な順位だ、と、勇は感嘆してしまった。佳奈芽が勉強は出来るとは颯汰から事前に聞いていたものの、学年トップ10に入れるぐらいとは思ってもみなかった。せいぜい30位かそのぐらいにいるかと思い込んでいたものだ。
そうして勇が巫実と焔と共に2人を見ていると、佳奈芽が気が付いたようで、こちらに視線を向けて、ヒラヒラと手を上げた。
「おう、お前ら。我らが生徒会長の順位でも確認してたのか」
「ん、ああ。どうも。最下位は見事に回避しておったよ」
「こ、こんにちは、副会長さん」
「勉強出来る奴は相変わらず余裕そうじゃの〜」
なんて、適当に駄弁りながら、ゾロゾロと合流した。
佳奈芽は巫実を見るなり「そういえば」と、話しかけた。
「嬢ちゃん、魔法の実技ちゃんと突破出来たんだってな。やるじゃん」
「あっ……えっと、はい、ありがとございます。勇くんのお陰でちゃんと魔力が出せたみたいで」
巫実は佳奈芽にそう言われて、照れ臭そうにそう返した。
一方で、佳奈芽は巫実の雰囲気に違和感を覚えたようで、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、その顔を覗き込んだ。
「ん〜? 嬢ちゃん、雰囲気変わったな。謹慎期間前はもう少しガキ臭い雰囲気だった気がするんだが」
「えっ……そ、そうでしょうか……? 私はいつも通り、なんですけど……」
巫実は佳奈芽に指摘されて、不思議そうに首を傾げていた。
経験がある佳奈芽は、その雰囲気が変わった要因には検討がついているようで、ふと、勇へと視線を送った。それから、ニヤニヤと笑み浮かべて、巫実に言い放った。
「ふーん、そうかそうか。ま、この砂利ガキと末長くイチャイチャしてるこったな」
「あっ、あぅっ……あぅう……あぅ……」
「な、なんじゃ、藪から棒に」
「何の話じゃ?」
佳奈芽に自分たちの関係の進展について勘付かれてしまった勇と巫実は動揺しつつ、一方で何のことやらさっぱりな焔は首を傾げていた。
そして、佳奈芽も佳奈芽で焔の成績に関して気にしていはいたようで、その点でも「良かったなぁ」なんて、ゲラゲラと笑っていた。
「生徒会長、これでお前が生徒会辞めたら、こちとら絶対生徒会から降ろされるからな。水無月宏夜の生徒会には絶対オレら馴染めないし、向こうもいらんだろうし。まー、良かったぜ。現生徒会が続行できそうで」
「ま、ワシも相手が水無月のアホじゃなきゃ、ここまで必死になっておらんよ」
焔は息を吐き、
「少なくともワシが竹部にいる間は、生徒会長はずっとワシじゃ。あんなのに生徒会長の座を渡してたまるもんか」
「まー、そもそも、お前の場合、顔で当選したようなもんだしな。水無月みたいなイケメンより、生徒会長みたいなおっとり女顔の方が需要あるってこったよ」
(あぁ〜……)
勇は佳奈芽のその言葉に酷く納得してしまった。
この間、水無月宏夜と出会した際、性格の悪さがよく表に出ている顔だな、なんて、思ったのだが、それは生徒全域にもしっかり伝わっているのだろう。性格の悪そうな人物が生徒会長として表に出るよりは、成績が悪くても性格の良さそうな焔を表に出したいというのが強く出ているのだろう。
実際、水無月宏夜の性格の悪さは巫実にも伝わっており、竹部一年に限ればまぁまぁ知れ渡っている事なのだろう。
そして、噂をすれば、何とやら。
いきなり周りの生徒たちが騒ついたかと思えば、彼らの視線は一点に集中された。その視線の先を5人が確認すると、そこには、見事に見知った性格の悪そうな顔があった。
――水無月宏夜、本人がここに降臨したのである。
宏夜は順位表を確認しにきたようで、堂々と一位に降臨している自分の名前を確認すると、今度は最下位の方を確認しにきた。途端、焔と勇と視線が合ってしまい、宏夜は「おや」と、笑いながら歩み寄ってきた。
「これはまた、皆様勢揃いで。不知火焔は――その様子だと、最下位は回避出来たようだね」
「流石にあそこまで煽られたら、最下位にはなれんわい。まぁ、一位のそっちからしたら、どんぐりの背比べにしかならんのじゃろうが」
「それは本当にそう……だが、最下位を回避するぐらいはしてくれないと、こっちも張り合いはないからな。お互い、この学年の中で唯一の魔法ランク甲だ。有力なライバルが消えてしまっては、オレとしても困るのさ」
勇はその言葉に動揺してしまった。
(焔とコイツ……そ、そこは張り合えるのか。なんというか、とんでもない時代に生まれてきてしまった気がするぞ)
学年でこの2人だけが魔法ランクが一番上、という話なのだから、それこそ本来ならどちらか1人でも存在していればいいのだろう。不知火が魔法家系なのは何度聞いていたが、水無月の家もそうであることが、彼の態度からひしひしと伝わってきた。
それから、宏夜は勇に目を向けて、
「さて、と。こちらは賀美河勇くんだったかな。従兄弟のわりに、焔とそんなに似ていないようだが」
「っ……」
勇は思わず生唾を飲み込んだ。
以前、宏夜と出会した時に向けられた視線が、また、こちらへと突き刺さった。しかも、あの時とは違って今回は明るい場所でのやりとりだ。その視線ははっきりと見え、より勇の背筋を冷んやりとさせてくる。
宏夜は一通り勇を見ると「なるほど」と、鼻で笑い、
「魔法の素質はないのか。まぁ、流石に不知火の関係者が全員が全員魔法使いと言うわけでも無いんだな」
宏夜は続けて、
「しかし、君の顔はしっかりとここで覚えておこうじゃないか。魔法の素質はないと言えども、格闘の素質については目を見張るものがあるのだろうし、それに」
と、宏夜はスッと目を細めた。
「君、少なくともこの時代の人間の顔をしていないな。人の顔というのは、その時代を生きた象徴になるのだが、この現代に於いて不釣り合いな顔をしている」
「――は」
勇は宏夜のその言葉に、目を丸くしてしまった。
(ワシが……この時代の人間の顔、じゃない?)
そして、彼の言葉を脳内で反芻して、呆然としてしまう。
あまりにも抽象的すぎて、具体性に欠ける例えだな、と、疑問しか浮かばなかった。この水無月宏夜、一体何が言いたくて、そんな事を勇に言ってきたのだろうか。まさか、この美形だらけの軍団で自分だけ浮いているとでも言いたいのか。
それならそれで納得できるが、今度は巫実にも、その言葉は降りかかった。
「ま、そこの銀髪のお嬢さんも、ぱっと見は愛らしいが、この時代には生きていなさそうだ」
「あ、あぅ……!?」
「だから、オレは君達の事はお似合いだと思っている。そのまま違う時代の顔同士でゆっくりとしてくれ」
宏夜はそう言うと、そのまま5人の元から立ち去って行った。物静かでクールでありながら、口を開くと嵐のようにこちらを掻き乱していくような男だな、と、勇は額に脂汗を流した。
一方で、この時代を生きていない顔と言う言葉が強く引っ掛かり、その疑問は止まる事は知らなかった。
(ワシだけならまだ野暮ったいだけだと解釈出来るんじゃろうが、何で巫実さんにも……?)
自分は巫実の顔を時代遅れの顔とは微塵も思った事がないし、寧ろ全体的に現代的で愛らしい美少女だと思っている。しかし、水無月宏夜は、勇と巫実を古い時代の人間であると、何かを見破っているような、そんな雰囲気が感じ取れた。勇達自身ですら、分かっていない何かを。
巫実もかなり困惑しながら勇を見ていたが、勇はそんな巫実の頭をよしよしと撫でた。
「まぁ、要はワシらは似たような志を持っているから、お似合い的な事を言いたいだけなんじゃろう。そう考えたら、ワシらの組み合わせ、案外悪くないないのかもしれんな」
「こ、志……よく分からないけど、そういう考えもあるなら、そう受け取った方がいいのかな……」
巫実は勇からそう言われてその気になったようで、嬉しそうに小さく笑みを浮かべていた。何にせよ、お似合いだと言われる分には悪い気はしないし、水無月宏夜は性格は悪いとはいえ、何かを見抜いていそうなので、そう言ってくるのなら、そうなのだろうと思うのである。
焔は後ろの方から2人に歩み寄り、勇と巫実に話しかけた。
「勇、伊和片さん。あまり気にせんでいいよ、奴の事は。単純に可愛いカップルを揶揄ってみたいだけなんじゃろうて」
「そ、そうなんかなぁ……」
「あぅ……」
真剣に捉えなくてもいい、という焔の意見も何となく分かる。水無月宏夜の考えは話していても微塵も分からないし、その会話から捉えるのは困難だ。
だが、勇は今までの自分の夢や、巫実との事を考えながら、水無月宏夜の言葉を照らし合わせてみた。
(……うーん、なんかこれ以上考えるのはやめた方が良さそうじゃなぁ。ここから先、深追いしたら面倒になりそうじゃ)
しかし、すぐ止めた。そんな事を考えていても、仕方ないし、キリもないだろう。
こうして、何だかんだで、巫実は進級が確定、焔は生徒会長残留が確定し、勇の方は春休みを平穏に迎えられる面持ちでいた。
(春休みが終われば、ワシも竹部かぁ……また何か起こらんといいが)
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