020:貴方が側にいてくれたから

「お前ら、ダブルス組んでええぞ。学校からの許可が降りたわい」


 謹慎期間が明けた、その日の朝の事だった。伊和片神社に迎えに来てくれた焔が、自分を出迎えてくれた巫実と勇に向かって、そう言い放ったのである。

 巫実と勇は焔からその話を聞いた途端、信じられない言葉からか、ピタッと時間が止まった。

 巫実は確かに通常より大きな妖力を持ち合わせているが、学内での魔法ランクは一番下の戊から抜け出せていないし、ダブルスを組める規定には微塵も達していない。なので、本来ならダブルスを組める訳がないのだが、生徒会長である焔から、直々に組めると言い切ったのである。

 勇は状況と焔の言葉の意味をやっと飲み込み、大声を出した。


「えぇぇえええ――――ッ!? ほ、焔!? 何があったんじゃ!」

「何があったも何も」


 焔は朝っぱらから大声を出してくる勇に対して冷ややかになりつつも、質問された事にはしっかりと答えた。


「先日、伊和片さんが妖力だか魔力だかを暴走させてしまったじゃろ。で、それを勇が止めた。学校側がそれを受けて、勇が監視役になって、伊和片さんの側にいてやってほしい、という事じゃ」


 それから、焔はとんでもない条件を口にした。


「そうすれば、伊和片さんは無条件でこの学園にいられる、と言う事じゃ。ダブルスを組まないのであれば、伊和片さんは退学あるのみ。お前ら、ダブルスをかなり組みたがっておったし、丁度良かったじゃろ」

「……え、ええんか、そんなんで」


 勇はまさかの事件がまさかの好機に発展してしまった事に、その場で拍子抜けしてしまった。

 焔り驚いている勇に対して、ニッと笑みを浮かべて、頷いた。


「うん、ええんじゃ。学校側も、監視的な意味合いで伊和片さんの籍を置いておきたいみたいでのう。ただ、教師だけではどうにもならんから、伊和片さんが信頼している勇に矛先が向かったようじゃ」

「……」

「勇くん……」


 勇と巫実は、思わず互いに目線を合わせた。巫実も巫実で複雑ではあるものの、勇とダブルスを組めるのであればこれ以上の事は無いと思ってるようで、小さく笑みを浮かべて頷いた。

 そして、焔に向き直して、言い放った。


「私……組みます。勇くんと、ダブルス……。こんな落ちこぼれでも、勇くんとダブルス組めるなら、それが良いから……」

「――ということらしいぞ。お前の嫁さんはダブルス組みたいようじゃが」


 なんて、巫実の意見を聞いた焔が勇をせっつく。

 勇は巫実の意見を聞いて、焔に言われると、こちらも笑みを浮かべて頷いた。そして、巫実を肩から抱き寄せて、続けた。


「勿論、ワシは巫実さんとダブルスを組むぞ。ワシがずっと願っておった事じゃ。それを叶えられるのなら、なんだって良い」

「勇、くん……」


 抱き寄せられた巫実は、勇を見ながら頬をうっすらと朱に染めていた。勇がそこまで言い切った事に対して、少し恥ずかしさが残るものの、嬉しく思ったのだろう。

 焔はそこまで聞いて、返した。


「じゃ、このまま生徒会室に行って、書類を書いて出して貰おうかのう。その方が手続きも早く済むしええじゃろ」

「ま、待て、焔」


 と、その前に、勇から声が掛かった。

 さっさと学校に行こうとしていた焔は勇に話しかけられると、キョトンとしながら彼の方に振り向いた。


「どうかしたか、勇」

「いや、その」


 勇は続けて、疑問を口にした。


「何でそんなに早めに手続きを? やるだけなら別に明日でもええじゃろ」

「ん、そうじゃなぁ」


 疑問を投げられると、焔はクスクス笑みを浮かべ、返した。


「魔法試験は今日の1〜2時間目じゃが、魔法使いの試験にはダブルス相手も付き添える事になっとるんじゃよ。折角だし、相方の勇姿を見守れるように――という訳なのじゃが、勇がいた方が伊和片さんもリラックス出来るじゃろ」

「そ、そうだったんか」

(前回みたいな事が起こらないように監視の意味も込めて、か……)


 勇は強く納得してしまった。

 前回の巫実の妖力の暴走からその終焉を鑑みれば、勇が付き添うのも妥当であるし、巫実の監視は勇にしか出来ない事であろう。

 勇は焔のやり方には実に正当性がある事を感じ取り、頷いた。


「じゃあ、手続き諸々頼むわい。手続き終わったらその足で体育館行けばええんか」

「うん、そういう事になるのう。というわけで出発じゃ」


 と、焔は2人を引き連れて学校に向かう。

 勇はそんな焔の背中姿を見つめながら、今の生徒会長が不知火焔という人間で良かった、と、強く思う。もし、水無月宏夜が生徒会長ならば、こんな風に融通を利かせてはくれないし、巫実も一発退学であっただろう。自分は彼の従弟である為、贔屓されているのは確実にあるものの、それでも、尚、生徒会長として先陣を切って色々と手伝ってくれるのは感謝しかない。


 そして、時間は飛び、魔法試験の時間。

 前回既に合格済みの生徒はここには参加はせず、試験を受けられなかった生徒や、途中で終わってしまい判断が出来なかった生徒達多数が集まり、試験が仕切り直されていた。

 当然、そこには巫実と、それを見守る勇の姿があった。

 勇と巫実はあの後、焔と共にさっさと生徒会室へと向かい、ダブルスの手続きを済ませた。承認自体は上からの了承を得ているところから、かなり早く、書類を書いたらとっとと専用の判子を押して、生徒会の顧問から上の方へと提出されたという。あくまでも審査は生徒会の方で行う事になっている為、学校側はその決定に口を出さないのが決まりとなっているようだ。

 結構あっさりと手続きが終わった為、勇と巫実は拍子抜けしながら、該当試験の列へと並ぶ。それなりに列はあり、駄弁る時間は幾らでもありそうだ。

 巫実はチラチラと列の先頭を見て、そわそわしていた。どうやら、緊張しているようだ。

 勇はそんな巫実に、苦笑しながら話しかけた。


「巫実さん、大丈夫か〜? 結構緊張しておるようじゃな」

「あっ……あぅ……えっと、うん……」


 巫実は小さく頷いて、


「私、いつも毎回不合格スレスレだから……。毎回なんとか合格するけど、今度は不合格なんじゃないか、とか、そんな事ばっかり考えちゃって、凄く不安で……。そうでなくても、普段から魔法使うの下手だし、余計なこともしちゃわないか不安で」

「なるほどのう。まぁ、そりゃそうか」


 普段の彼女を見ていると、その不安は尤もだ、と、頷いた。

 勇は巫実が魔法が使えようが使えまいが、彼女が可愛いければ何でも良いのだが、やはり周りの目や成績に関わる事には、どうにも緊張せざる得ない。

 しかし、今までの巫実とは違う点が一つある。

 勇は、巫実の頭を優しく撫でながら、言い放った。


「でも、今はワシが側で見守ってるぞ。だから、今回は絶対大丈夫じゃ。断然しちゃる」

「勇くん……」


 巫実は勇から撫で受けながら、目を丸くして勇を見た。

 そう。今までの巫実は彼氏もいなければ友達もいない独りぼっちの美少女であったが、今は隣に勇という心強い彼氏がいる。そして、彼女は見た目相応に勇に可愛がられ、好かれている。巫実からすると大分贅沢な環境かもしれないが、だからこそ大丈夫だろうと、勇は巫実に言ったのである。

 巫実は少ししてから、勇に優しく笑いかけ、小さく頷いた。


「うん……ありがとう。私、勇くんがいれば、きっと大丈夫。だから、ずっと見ててね」

「ああ、勿論じゃ。ワシはずっと巫実さんの側にいるぞ」

「うんっ……」


 巫実はニコッと笑み浮かべて、勇の腕にギュッとしがみついた。側から見たらただのイチャイチャカップルなのだが、よりにもよって美少女と田舎少年の組み合わせなので、それはもう、目立つ目立つ。この列に並んでいる生徒や、通りがかりで他の列に並びに行く生徒の視線を、しっかりと奪っていた。

 2人がそうしている間にも巫実の順番になり、蝋燭が置いてある長机の前に立った。


「巫実さん」

「う、うん……」


 勇は今回は火を使うということで、少し離れた位置から見守っていた。

 巫実は心臓の鼓動をドキドキと速くさせながら、魔法杖を展開させ、両手で握り締めた。

 今回、巫実は念の為、媛乃から貰った例のペンダントは勇に預けてもらっている。前回のように大事になってしまうのなら、逆にそのリスクは減らした方がマシであろう。

 しかし、巫実は、不思議といつもより気が楽であった。


(勇くんが側にいるからかな……いつもより、魔法が出来る気がする)


 巫実は魔法杖の先を蝋燭に向けて、意識を集中させた。


「てっ、点火……」


 そして、蝋燭の先にしっかりと炎が点く。頼りない炎ではあったものの、前回の大事になるような大きな炎よりも全然ましだ。

 それから、20秒ほど待つ。松部の生徒スタッフがご丁寧にストップウォッチで時間を計測して、蝋燭の蝋の部分が規定の位置まで削れていくのを待った。巫実の出した炎は頼りない炎ではあったものの、その熱量は確かだったようで、20秒ジャストで蝋は合格範囲になるまで削れた。


「では、次、輪っかを作ってください」

「は、はい……」

(な、なんだろう……今回、結構安定してる気がする……)


 いつもなら、炎を出す辺りで手間取ってしまうのだが、今回は一発でしっかりしたものが出せたような気がする。

 そういう時もあるのだろうか、と、巫実は思いつつ、次の作業に取り掛かった。


(えーっと、輪っか……)


 ここから、炎を浮き上がらせて、輪っかを作り、消火する。ここで間違えてしまえば、今度こそ事故になりかねない。

 巫実は炎に意識を集中させて、魔法杖でグッと炎を持ち上げてみた。

 途端、


「!」

(えっ……嘘、一回で持ち上がったの……!?)


 炎は巫実の前で、ふよふよと浮き上がり、しっかりと安定している。しかも、すぐに消えそうになる事もなく、その場でゆっくりと燃えて、巫実の目に反射していた。

 巫実はそこから、魔法杖でゆっくりと円を描き、炎で輪っかを作り始めた。普段なら、この時点で炎が消えて、失格になりかねないか、火力が足りず、散り散りとなった炎の円が巫実の目に映るのだが――今回は炎が途切れる事はなく、しっかりと綺麗な円を描き、赤と黄色の美しいコントラストを描いて、芸術を浮かせていた。


「えっと……終わりですっ」


 そして、巫実はその言葉と共に、炎はシュウッと短い音を立てながら、煙となって宙へと消えた。

 松部の生徒スタッフは巫実の実技を見て、合格証書を差し出した。


「はい、合格です。今回は80点ぐらいの出来だったと思います。次も、いえ、来年度も頑張ってください」

「――はいっ!」


 巫実は自分が初めてまともに魔法を使えた事に対しての感動と、進級が確実となった事に対する嬉しさから、ポロポロと涙を流しながら笑みを浮かべていた。他の生徒からすれば当たり前の事だが、今までの巫実からしたら、今回の安定した魔法は大偉業とも言えるほどの、奇跡であった。

 巫実は合格証書を受け取ると、すぐに勇の方へと駆け寄り、勢いよく抱き着いた。


「勇くんっ!」

「うぉっ!」


 勇はその勢いで、思わず足場を踏み崩しそうになったものの、持ち前の筋力で何とか持ち堪え、巫実を抱き締めた。

 巫実は勇の肩付近に自分の顔を埋めながら、グスグスと涙を流していた。辛いから涙を流しているのではなく、嬉しさからくる号泣が止まらないのである。


「勇くん……私、ちゃんと出来たよ……。私……ちゃんと魔法使えたよ……。勇くんのお陰で、出来たよ……」

「そ、そんな……買い被りすぎじゃよ」


 勇は巫実の感動ぶりに苦笑しつつ、彼女の頭を撫でて、宥めた。


「今回は巫実さんの実力じゃよ。今までの巫実さんの努力が実ったんじゃ。だから、ワシのお陰じゃなくて、巫実さん自身の力じゃよ」

「でも……私、勇くんのお陰だと思うの」


 巫実は少し落ち着いてきたようで、勇から一旦離れて、彼と向き合った。


「私、勇くんが居なかったら、今日の試験も失敗スレスレだったと思う……だから、本当にありがとう。勇くんのお陰で、しっかり進級出来るよ」


 なんて、巫実が笑顔で言ってくるものだから、勇は少し照れ臭くなって、彼女の頭を撫でて誤魔化した。

 これで今回の試験に於ける不安は一つ、削られた。巫実が進級出来るのは勇にとっても喜ばしい事ではあるので、それはもう嬉しいのだが、


「生徒会長……焔の奴は大丈夫なのか」

「……私も、ちょっと心配」


 と、もう一つの削られていない不安が直ぐに2人の口から出てくるのであった。

 水無月宏夜にとっとと明け渡したところでどうもならないとは思っていたが、やはり今朝の焔の立ち回りを見て、彼しか今の生徒会長はあり得ない、と2人は決意を固くしていた。


(座学は1週間後には全て結果が出ている、か……最下位、回避出来ていれば良いが)

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