019:甘い時間と2人の幸せ

 その日の晩、巫実と勇は神社に戻り、一通りの日常生活を済ませた後、いつものように巫実の部屋でゴロゴロ過ごしていた。


 今日、昼食を食べた後、巫実と勇は媛乃に連れられて、会議室へと案内された。そこで、2人は竹部一年の学年主任である教師から様々な事情を聞かれ、それに答えていた。内容については今回の件――巫実の魔力が暴走してしまった件が大半であった。勇も話す事は何もないと思っていたものの、巫実を助け出した、という点で当時の状況について客観的な説明を求められた。巫実はずっとあの炎の壁に閉ざされていた為、状況について説明が出来なかったからであろう。

 途中、媛乃が2人に代わって学年主任と話してくれた。大元は自分が原因であり、その責任は自分にある事。そして、その責任は生徒達ではなく、自分に背負わせて欲しい、という主張が主であった。その主張が効いたかどうかは分からないものの、媛乃の方が学年主任より立場が上らしく、巫実に対する処分については「なるべく軽くする」という話であった。

 また、試験について2人は先に聞かされたが、これから2人は一旦謹慎処分、解除と同時に試験を改めて行う、という事で、退学までは行かないであろう。勇が謹慎処分に巻き込まれたのは、巫実の精神状態を見て、とりあえず一緒にいた方がいいだろうという、主任からの判断だった。


 勇は風呂上がりでベッドの上でゴロゴロしながら、巫実に話しかけた。


「良かったの〜、巫実さん。退学は回避出来そうで。まぁ、体育館そのものは無事だったから、そこも考慮してるからなんじゃろうが」

「あぅ……でも、正式な処分はまだ決まってないから、分からないよ。結構な大騒ぎになって、試験の予定狂わせちゃったし……」

「追々媛乃さん経由で連絡来るんじゃったか。ま、そんな心配せんでも、試験は受けさせる、って、あの主任は言ったんじゃ。大丈夫じゃよ」

「だと良いけど……」


 巫実はベッドの片側に寄りかかり、眉を下げて不安混じりに首を傾げていた。

 巫実は心配ではあるものの、ある程度楽観的な勇を見て、大丈夫かな、なんて、思っていた。実際、処分を軽くする方針に行くのなら、退学自体は避けられるであろうが、どこまで主任や媛乃の意見が通るかは分からない。

 不安な表情を浮かべている巫実を見て「まぁまぁ」と、上体を起こし、勇は笑いかけた。


「ワシは巫実さんと学院に通いたいから、絶対に大丈夫だって信じておるよ。巫実さんも、ワシと一緒に通いたいじゃろ?」

「うぅ……そ、そう言われたら私、頷くしかないよぅ……」


 巫実は顔を真っ赤にしながら、勇を見た。

 勇はそんな巫実をニヤニヤと見つめて笑いながら、自分の空いている右側をポンポンと軽く叩き、そこに来るように彼女へ促した。


「ほれほれ、巫実さん、ここに来るんじゃぞ〜。もう少し間近でその可愛い顔を見せてくれ〜」

「あ、あぅう……」


 巫実は恥ずかしそうにしつつ、勇の言葉に従って、彼の隣に来て、座った。巫実はモジモジしながら、緊張して、勇の顔がまともに見れないようだ。

 勇は巫実の頬を撫でると、その可愛らしい顔に「桜花」という名前の女性の面影を見た。


(あの人は……一体……?)


 勇はちらほらと自分の夢と照らし合わせて考えているが、自分の記憶喪失に何か関係あるとしても、矛盾が大きく、首を傾げるだけだった。何よりも、巫実を助けたあの時、お互いの事を「至さん」と「桜花さん」と呼び合い、まるで久しぶりに再開した夫婦のような立ち振る舞いをしてしまった事が疑問だった。

 やはり、至という男子は自分で、桜花は――なんて、考えてしまうものの、そんな都合のいい偶然、あるとは思えず、その可能性を拭った。


(何より、今のワシは巫実さん一筋じゃ。今を見つめなければならんな)


 と、勇は、不思議そうにこちらを見つめてくる巫実に対し、小さく口付けをした。


「んっ……」


 チュッと音を立てて、巫実はそれを受け入れる。

 勇は一旦離して、再び、ぐっ、と強く巫実の唇に自分の唇を重ねた。すると、そのまま勢いで2人はベッドの上に倒れ込み、勇が巫実を押し倒した形になった。

 勇は唇を離し、巫実の顔を見た。


「……っ」


 巫実は顔を真っ赤にして、潤んだ目で勇を見ている。


「勇、く……ん……」


 ――今の巫実はいつにも増して、色っぽかった。

 以前、彼女がこちらに迫った時は、勇の方がその気ではなく、キスだけで終わらせてしまったものの、今ならいけるかもしれないと、緊張から唾を飲んだ。

 巫実は勇の顔を見つめながら、ポツリと呟くように言い放った。


「あ、の……私、こんなに幸せで良い、のかな……」


 と。

 勇は思わず吃驚して、目を丸くして巫実を見た。

 巫実はそんな勇を前に言葉を続けて、


「私、勇くんに出会ってから、毎日が幸せで……でも、その幸せは私が感じ得なかったものなんじゃないかって、ずっと思ってて……。昼間も言ったけど、こんな私、本来なら勇くんの隣に立てるような女の子じゃないから……欲張ってないかなって思って……」

「……いや、そんな事はないぞ、巫実さん」


 巫実の不安を勇は否定した。


「そんな事関係なく、ワシは巫実さんを幸せにしたいんじゃよ。こんなに可愛くて、おっぱいも大きい美少女が好きだって言ってくれるんだから」

「あぅ……でも……」

「大丈夫じゃよ、巫実さん」


 と、勇は小さく笑みを浮かべ、


「ワシは何があっても巫実さんから離れんよ。信じてくれ」

「……ありがとう、勇くん」


 巫実はそう言って、自分の胸元に勇の顔を抱き寄せた。柔らかな山が勇の顔を優しく包み込み、ふにゅん、と沈み込む。


「でも……やっぱり、私、どうしても不安になっちゃうから、安心したいの……。勇くん、私……」

「……わかってる」


 と、勇はゆっくりと顔を起こし、巫実と顔の位置を合わせた。それから、静かに問いかけた。


「本当に……良いんじゃな、巫実さん。こちとら経験もないし、自重出来るか分からんぞ」


 勇も巫実より幼い部分があるとは言え、やはり男であるし、まだまだエロガキだ。自分の好みの女子にがっついて良いとなれば、優しさの欠片も微塵も消えてしまうかもしれない。最悪、彼女を傷つける結果にも成り得てしまうであろう。

 しかし、巫実はニコリと小さく笑みを浮かべて、答えた。


「……うん、大丈夫。逆に、勇くんを刻み込んで欲しいの」


 そして、巫実は頷き、勇のその言葉に了承した。その瞳は、真っ直ぐと勇の顔を捉えて、離す事はなかった。既に決心は固まっているのだろう。勇よりも、この日を待ち望んでいたのは巫実だ。勇になら、何をされても大丈夫という覚悟が、その瞳の奥にしっかりと見えていた。

 巫実は勇の髪の毛を撫でて、彼の頭を自分の方へと再び寄せ、顔を近付けた。少しでも動いてしまおうものなら、唇が重なり合う、そんな近距離だ。

 そんなあまりにも近い距離で、巫実は甘く呟いた。


「私……勇くんで染まりたいの。だから、遠慮しないで……私の事、離さないで……」

「〜〜ッ! 巫実さんッ!」


 勇はその色気に頭がクラクラとして耐え切れず、そのまま巫実にがっついた。そして、巫実はそれを喜んで受け止めた。

 彼らの年齢からすると、あまりにも早すぎる恋人同士の甘い時間だが、その思春期の強い衝動は留まる事を知らなかった。


 ――巫実はとびきりの美少女だ。

 その意見は、勇の中では彼女を初めて見た時からずっとそうだった。

 とは言え、可愛い女子なんて他にも幾らでもいるし、勇好みの美少女なんてこの世に何人だって居るはずなのだ。

 けれど、この白菫の髪の毛、透き通るような白い肌、桜色の甘い色をした唇、そこに花が咲いているかのような色をした、藤鼠に輝く瞳。勇にとって、これら全ての要素が合わさって、やっと、自分にとっての大事な女性として成り得るのだ。自分より年上のはずなのに、小柄で華奢で、小動物のようだ。その体に見合わない大きな胸だって、彼女を構成する大事な要素だった。これらのどれか一つでも欠けたら、勇はここまで彼女に惹かれなかったかもしれない。

 これまでこんな巫実に言い寄ってくる男が皆無という事実は勇にとっては奇跡というもので、その気になれば勇よりも美形の男子やしっかりした男子と付き合う事も出来ただろう。けれども、巫実はそうせず、勇1人を選んだのだ。

 流石に傍目から見たら、自分達の見た目の釣り合いが取れていないのは重々承知している。いじめられっ子とはいえ、とびきりの美少女と、田舎からやってきた垢抜けない男子が付き合ってるのだから、良くも悪くも注目されるのは当たり前である。周りからは勇からしつこく言い寄って付き合っているだとか、下手したら巫実の立場を利用して、なんて思われているかもしれない。

 巫実は自分かが勇に相応しくない、と何度も言っているが、本当ならそれは勇の口から出るべき言葉だ。それほどまでに、彼女の人間関係が最悪で、構築が出来てないことが伺えた。


(出会って初日に付き合う事になって……想像以上にすんなり承諾されたから、ちょっと怖かったのう)


 勇は改めて、その時の事を思い出していた。

 あの日、あの時、初めて「運命のデカパイだ!」と、思い、爆散覚悟で巫実に自分の嫁になってくれと土下座で懇願したのが、もうかなり遠くの昔に思える。しかし、まだまだ一ヶ月近く経ってるか経ってないかぐらいだと思うと、勇はそれだけで眩暈を起こしそうだった。

 そんな彼の隣には、規則正しい寝息を立てながらぐっすりと眠っている巫実がいる。

 巫実には今までかなりの負担をかけてしまった、と、思っているし、これからも負担をかけてしまうのだろうな、と、勇は小さくため息を吐いた。自分みたいなエロガキが相手になるより、もっとしっかりした男性が側にいるべきだと、どこかで思っている自分もいる。自分は所詮良いとこ勇者止まりで、白馬に乗った王子様にはなれない。


(巫実さん……)


 勇は巫実の寝顔を何となくジッと見た。非常に愛らしく、庇護欲を擽ってくるような、そんな寝顔だった。媛乃が巫実に「ハムスター」とあだ名をつけているのがよく分かるし、自分も巫実の事はハムスターみたいなものだと思っている。小動物という言葉がここまで似合う女子もそうそういないだろう。

 そうして勇が暫く巫実を撫でたり、その頬をつんつんして彼女の事を弄り回していると、流石に巫実はその事に気が付いたようで、ゆっくりと目を覚ました。巫実は呆けた顔で、ぼんやりとしたまま、勇の事をじっと見つめていた。


「いさ、む……くん……? んん……あれ、私……」

「ん? 起きてしまったか」


 勇はすっかり頭が冴えてしまった巫実に笑いかけた。巫実は勇にピッタリくっつきながら、言う。


「私、いつの間にか寝ちゃったんだ……沢山話したい事あったのに……」

「まあ、そりゃのう。謹慎期間中で助かった」


 勇はケラケラ笑いながらそんな事を言うと、ふとした疑問を巫実にぶつけた。


「そういえば巫実さん。巫女って心身ともに清らかな若い女子だけと聞いたことがあるんじゃが、ワシとくっついて本当に大丈夫か?」


 巫女=心身ともに清らかな少女、というイメージが、勇の中にはぼんやりとあったようで、実際それは間違っていなかった。今でも未婚の三十路以下の女性のみ、なんて条件で募集している事も多く、勇は少し心配になったのだろう。

 巫実はクスクス笑いながら続けた。


「ううん、伊和片神社はその辺拘らないから大丈夫……。それよりも子孫残して、血を引き継いで次代を作れ、が、優先事項だから。うちの神社、ずーっと同じ血を引き継いで続いてるから、子孫を残す事に拘りがあるみたい」

「そうかそうか。まぁ、この神社の家系図、かなーり昔まで遡れるからのう」


 この間、巫実の父親から伊和片神社の家系図を見せてもらったのだが、本当に昔まで遡れた。曰く、平安時代までは血筋がはっきりしているらしく、勇はそれを聞いて強く動揺したものだ。そして、その血縁が続いているが故に、巫実の妖力も強いのであろう。

 巫実は勇の頬をすりすりと手で撫でながら、微笑みかけた。


「だから……遠慮しなくて良いからね。私、勇くんとの間に子供沢山欲しいから……最低でも5人ぐらい」

「う、うーん……すぐ作るのはアレじゃが、最低でもお互い大学卒業したり、就職してからでも遅くはないかのう」

「ふふ、勇くんったら、現実的。でも、そうだね……私、神社を引き継ぐ以上、大学まで行きたいから、そうなるかも」


 なんて、巫実は続けて、


「それで普通に結婚して……子供産んで……普通の幸せ、今度こそ感じたいね」

「……うん、そうじゃのう」


 勇はその巫実の言葉に引っ掛かりつつも、頷いて同意した。普通の幸せを感じたい、というのは、お互い共通している筈だ。

 とはいえ、巫実の言う「今度こそ」が何に掛かっているのか、分からなかった。


(「今度こそ」……「今度こそ」……?)

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