015:勇と焔、そして魔法鉱石

「うちの兄はね、不知火暁月しらぬいあかつきって言うの。双子で、二卵性で……まぁ、顔は瓜二つだったけど、目の色とか、髪の毛の色は微塵も似てなかった」


 ――と、媛乃は巫実と勇を引き連れながら、不知火邸の廊下を歩いていた。

 不知火邸はかなり広く、それこそ明治時代という大昔からこの土地に存在している。本家がある広島・安芸地方にはさらなる豪邸が広がっているという話なので、一体どれ程金持ちなんだ、と、巫実と勇は生唾を飲み込んだ。

 そんな事を話すと同時に、媛乃は自分の双子の兄についてポツリポツリと話し始めた。


「焔のアホには本当に何もかもそっくりよ。顔だけ取り分け良くて、運動も格闘も出来るのに、勉強はダメダメで、万年最下位で0点常習犯。この子の中には兄の魂が迷い込んでるのかって――この13年間で何度も思ったか計り知れないわ」


 続けて、


「そんな私たちには更に3歳年上の兄がいたんだけど、そっちが焔の直系祖先。まぁ、そっちの兄は普通に優秀で、暁月兄さんがこっちの学校に編入すると同時に、入れ替わりで海外留学に飛んだわ。それが、皇樹さんが小さくなった後の話」


 なんて、時系列を言い加えて、媛乃は溜め息を吐いた。

 そして、続けた。


「暁月兄さんは勉強こそは出来なかったけど、魔法・格闘共々、3歳上の兄よりも優秀だった。不知火家きっての大素質で、まぁ、勉学出来る私よりも期待されていたわけ。でも……」


 媛乃は目を細めて神妙な顔付きになり、彼女を取り巻く空気の色がガラリと変わった。彼女の話を聞いていた巫実と勇の背筋が伸び、空気が変わるにつれて、2人の間にも緊張感が走った。

 媛乃は2人の態度が変わったと感じると、続けた。


「ある日、学院の方がまたやらかしてね。今度は火災とかではなく、まぁ……悪の組織が裏にいた。それが水無月の家系」

「あ……」「……!」


 巫実と勇は「そういうことか」と、お互い顔を見合わせた。

 媛乃は頷き、


「そう。そいつらと先陣切って対立してたのが、暁月兄さんだったワケ。まぁ、悲しい話よね。編入先で仲良くしてた親友が、まさか悪の一味だったなんて。私なら一晩寝込むどころか一生引き摺るわ」


 と、


「まぁ、その戦いの際に兄さんったら、デカめの魔法使っちゃってね」

「えっ? 死んじゃったんか?」

「話が早い。死んでないわよ」


 勇の素朴な質問に媛乃がムキになって言い返すと共に、その声のトーンが落ちた。


「……死んでない、のよ。そう、死にはしてないの。でも」


 その時、媛乃の口から、とんでもない言葉が出た。


「今も目覚めないの。180年間、ずっと……当時の姿のまま、不知火の本家で眠り続けてる」

「……」


 その時、空気が固まった。ピン、と、糸が大きく引っ張られて、それがそのまま空気になり、縛り付けられているような固さだ。

 それから数秒ぐらいして、やっと勇の口から言葉が出た。


「ってことは、今も広島、で……?」

「えぇ。厳重に管理されて、向こうでゆっくり眠っているわ」


 そう言って、媛乃は視線を落とした。そんな彼女を見て、勇と巫実は顔を見合わせてから、こちらも歩きながら視線が床へと落ちる。

 皇樹の事もそうなのだが、媛乃はその性格に反して、抱えているものの一つ一つが強大で、抱え切れないものが多すぎる、と、2人はこの時点で思った。自分達のような並大抵の子供には想像出来ないことが、媛乃には次々と降りかかり、この世はそれを抱えさせようとしている。長く生きていれば、そういう事もあるだろうが――それにしても、である。

 媛乃は続けて、


「別に私は兄に目覚めて欲しいとか、そういうことは思ってない。けれど……兄程の人間には、こんなところで終わってほしくないって強く思ってる。それがどういう形で叶えられるか、私には分からないのだけど」

「媛乃さん……」


 媛乃はあくまでも暁月の妹であり、不知火家の当主でもない。だから、暁月に出来ることは殆どないと自覚しているのだろう。実際、彼に何か出来るような魔力や実力を、媛乃は擁していない。けれども、暁月には普通に生きて欲しかったのは、その横顔からしっかりと伝わってくる。180年近く、自分の兄が目覚めず、ずっと眠ったままで――こんなの、普通ならば気が狂いそうになる心情になるであろう。

 そうして歩いているうちに、媛乃はとある部屋の扉の前で止まった。それから、2人に話しかけた。


「私が貴方達を連れて来たかったのは、この部屋よ」


 そう言って、媛乃は扉をガチャリと開いた。

 開いた先にあるのは、何ら変哲もない殺風景な部屋。しかし、その至る場所に歴史的貴重品のようなものが置かれており、巫実と勇はその中に入るのを躊躇してしまった。本当に自分達がこんなところに踏み入って良い場所なのか、と。

 媛乃はそんな2人を手招き、中へと誘導した。

 2人が部屋の中へと入り、キョロキョロと辺りを見渡している間にも、媛乃は何やら木製の箱を取り出した。どうやら、そこに何かしら大事なものが入っているようで、それを取り扱う媛乃の手は慎重に見えた。

 巫実と勇は覗き込むようにして、それを見た。媛乃は2人の視線を浴びるなり、蓋をゆっくりと取った。


「ハムスターだからよ。貴女の素質を鑑みて、ね」


 媛乃はそう言いながら、蓋を取った先にある白い布をゆっくりと手にして、広げる。

 そこにあったのは――竜胆色に煌めく、甘い紫色をした可愛らしい石のペンダントだった。

 それから、媛乃はそのペンダントを箱ごと巫実へと差し出した。巫実がそれに対して思わず「えっ」と、目を丸くして驚く間にも、媛乃は続けた。


「これは不知火家に伝わる、基礎魔力を上げる凄い石よ。魔法鉱石っていうものなんだけど、まぁ、それなりに貴重なもの。ハムスター、貴女にあげるわ」

「そ――そんな、受け取れません……。私、不知火家の人間でも何でも無いんですよ……」


 そして、媛乃の話を聞いて、巫実は思わず躊躇ってしまった。それも無理はない。自身も言う通り、自分は不知火の家の人間の者ではないし、故に、それを受け取る資格は実際なかった。媛乃の扱いからしても、不知火の家にとっても貴重品に分類されるもので、それをよその人間が勝手に使って良い理由にはならない。

 しかし、媛乃は首を横に振って、続けた。


「貴女に受け取って欲しいのよ、ハムスター。不知火家は日本が魔法の研究をし始めた頃からの魔法家系でね……これを使う機会、殆ど無かったの」


 と、


「これは今の貴女に絶対に必要なものよ。貴女が躊躇うのも分かる。けれど――今、貴女が先を乗り越えるためには、その妖力と向き合わければならない。そして、その妖力を制御するためにも、基礎魔力がいる。貴女にとって、これを継承する事は悪い事は何にも無いはずよ」

「あぅ……」


 そこまで言われても、やはり抵抗はある。媛乃の口振りからして、このペンダントは三桁年ぐらいは、この家の中に潜んでいたのだろう。

 媛乃はなかなか受け取ろうとしない巫実に対して、クスッと笑い、続けた。


「それに、貴女がジジイと結婚すれば、間接的に不知火家とは親戚になれるじゃないの。ジジイの母親、不知火の人間だもの」

「えっ?」


 勇はそれを聞いた途端、目を丸くして驚いた。


「ってことは、生徒会長とワシは……」

「れっきとした従兄弟同士よ。何よ、そんなことすら忘れていたの?」

「……!?」


 ――従兄弟同士!? 自分とあの生徒会長が!?

 勇はまさかの降り注いできた新事実に、思わず驚いてしまった。ただでさえ焔と親戚同士と言われてしっくり来なかったものの、思ったより近い血縁関係に動揺してしまった。せいぜい近くても再従兄弟だとか、どちらかの親の遠い血縁関係だとてっきり思っていたが――。


(しかし、言われてみれば……確かに、媛乃さんとワシのかーちゃん、よう似ておるわ)


 性格はともかくとしても、見た目はそれなりにそっくりだった。おっとりとした垂れ目に、透き通るような白い肌。髪の色は全く違うものの、顔立ちはほんのりと似ている。

 媛乃は呆れたように溜息を吐き、


「まぁ、そんな事だから、受け取りなさい、ハムスター。何かあったらジジイに責任取らせりゃ良いのよ」

「は、はぁ……わ、分かりました……」

「いや、ワシにどんな責任が取れるんじゃ!?」


 媛乃の言葉にひっくり返りそうになりながら、勇は言葉を返した。

 こうして、不知火家に伝わっている魔法鉱石は、無事、巫実のものになったのであった。


 そして、午後5時頃になり、一同は解散――なのだが、焔が勇と巫実を伊和片神社まで送ると言って、そのまま一緒に外に出た。焔としては、従弟と女子を暗くなった冬の夜空の下に送り出すのは少々躊躇いがあるのだろう。

 勇は自分達の前を率先して歩いている焔の背中姿をじっと見た。


(こんな綺麗な兄ちゃんがワシの従兄かぁ……)


 ――やはり信じられないというか、顔の出来が近すぎて、実感が湧かない。自分の体にも不知火の血は混ざっているものの、どうやら父方の血の方がしっかりと濃いらしい。

 焔は勇からの視線を感じると、話し掛けた。


「どうした、賀美河くん。ワシの服に糸屑でも付いておるか?」

「いや、そういうわけじゃ……」


 と、勇は苦笑して、


「媛乃さんから、さっき、ワシと生徒会長は従兄弟同士だって聞いたんじゃ。で、実感が湧かなくてのう」

「……そう、か」


 焔はそれを聞くなり、小さく笑み浮かべて、続けた。


「ワシと勇は、歳が近いのもあってそこそこ仲良かったんじゃよ。まぁ、だから、ワシの事覚えとらんって知った時はちーとショックじゃったが」


 と、


「本当に微塵も覚えておらんようじゃな、その様子だと。記憶喪失と言えども、もう少し色々覚えていても良いじゃろ」

「うーん……本当に自分の名前すら周りから聞かされて、覚えたぐらいじゃからのう」


 勇は当時の状況を思い出していた。

 どうやら、勇は事故に遭い、頭を大きく打ってしまい、本来なら死んでいたところを奇跡的に生還した、ということらしい。実際、起きた時は頭には包帯が巻かれていたし、勇が髪の毛を無造作に伸ばしているのも、その時の傷を隠すためでもある。頭の側頭部の髪の毛を適当に弄ると、その時の傷がしっかり見える。

 しかし、勇は病院のベッドで目を覚ました時以前の記憶が、すっかり頭から抜け落ちていた。自分の家族どころか、自分の名前、年齢、その他大事な知識など、1ミクロンすら覚えていなかった。そんな感じなので、親戚や友人なんかは全く覚えていないどころか、記憶にございません、と言い切れてしまうほどだった。

 勇は自分の記憶喪失について、今まで深く考えていなかったが、今日の算盤のくだりで、そろそろ何かしら探らなければダメなのか、と、考え始めていた。


(やっぱり、何かがおかしい。何かしらの記憶が混濁しているような……)


 そうして勇が悩む中、ふと、焔を見て、聞いてみた。


「なぁ、生徒会長。ワシは記憶を失くす前、アンタのことなんて呼んでおったんじゃ?」

「うん? 普通に下の名前で呼び合っておったぞ」

「……じゃあ、焔、か」


 勇は何となく口にしてみた。それでも、やはり、しっくり来るものは無かった。とはいえ、お互い従兄弟同士である以上、よそよそしい態度を取り続けるのは些か心苦しい。

 焔はそんな勇を見て「何か思い出しておるんかのう」なんて、暢気に思いながら、巫実に話しかけた。


「伊和片さんは座学よりも実技の方が不安じゃろ。大丈夫か?」

「あっ……あぅ……」


 巫実は焔に言われて、思わず視線を落とした。

 そう。勇達が通ってる学校は、魔学を選択した者のみ魔法の実技試験が実施されるである。巫実は勉強は苦手ではあるものの、焔ほど悲惨では無い為、そこは心配する必要はないのだが、実技試験となるとどうにも尻込みしてしまうだろう。

 巫実は焔に聞かれるなり、先程媛乃から貰ったペンダントをちらりと見た。折角だから、と、早速首にかけたのだが、巫実の淡く、ふんわりとした雰囲気によく似合っていた。

 それから、顔を上げて頷いた。


「媛乃さんから貰った魔法鉱石があるから……多分、大丈夫……です」

「……」


 焔は一回目を丸くして、巫実を見た。けれども、すぐにニコリと笑みを浮かべて続けた。


「……うん、うちのバカ従弟の為にも頑張りんさい。流石にいきなり丙ランクにはなれんが、丁ランクぐらいはいけるじゃろ」

「それよりも焔の方が問題じゃろ。そっちの方がワシらの今後にかかってるんだから、踏ん張って欲しいところじゃが」

「ぐっ……従兄弟同士だと分かった瞬間、気軽に軽口叩いてくるのう」


 なんて、結局、勇と焔の掛け合いに発展する。実際、巫実よりも焔の成績の方が大問題なので、勇がこんな軽口になるのも無理はない。

 巫実はそんな2人をクスクス笑いながら見つめつつ、目を伏せた。


(今度は……大丈夫。うん……そう、だよね……)

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