013:万年最下位の生徒会長

「と言うわけじゃ。勉強教えてくれ、お婆ちゃん」


 ――放課後、大学部。

 たまたま講義が無かった媛乃の下に、焔が勇と巫実を引き連れて、そんな事を言い放った。顔の前にパンッと手を合わせて、焔は媛乃に必死に頼み込む。


「わしゃあ、これでまた最下位だったら、水無月のアホに生徒会長の座を奪われ、笑い者にされてしまう……それだけは避けたいんじゃ〜!」

(えぇ……)


 そして、そんな様子を見ていた勇と巫実。

 まさか勇はあの生徒会長が勉強が全く出来ないどころか、自分未満の成績を常に叩き出しているとは思っていなかったようで、その顔に青筋を浮かべて、引き攣った笑みを浮かべていた。

 勇はこんな光景を目の前に、巫実に質問した。


「巫実さん……その、生徒会長って、成績そんなに酷いんか……」

「あ……うん……最下位常習犯だよ。私は補習や追試は避けられてるけど、生徒会長さんは……いつも……」


 巫実も巫実で非常に答えづらそうな面持ちで言い放った。それもそうだ、自分がまぁまぁ見知っている生徒会長の成績がドベ中のドベであり、かつ、0点常習犯なんて良い顔して紹介出来るわけがないだろう。しかも、勇が学園生活を営む上で、何となく目標にしてみたいと思い始めていたのが焔だった為、失望に近いような感情に見舞われた。

 必死で頼み込む焔をよそに、媛乃は呆れ気味に言い返した。


「焔、今更勉強したところで成績が跳ね上がると思ったら大間違いよ。貴方、分数の計算からして微妙に怪しいし、1割イコール1パーセントだってこの間まで思っていたでしょ。こんなの、普通の高学年なら基礎中の基礎知識よ。漢字だってろくに読めない・書けないし、英語なんて人間放棄してるレベルのできなさよ。貴方が魔法の実技は優秀でも成績が伸びなかった理由、そういうところなんだから」

「……」

(え、ええ〜……思ったより悲惨じゃな、生徒会長の座学事情……)


 媛乃がこうやって論っているだけでも、焔がどれだけ座学ができない馬鹿の脳みそを持っているか、というのが非常によく分かる。割合とパーセントの変換なんて、馬鹿の代名詞である勇ですらちゃんと分かっている。それすら出来ていなかったのは相当だ。

 それでも焔は「でも」と、希望を捨てない。


「それは今までワシが座学から逃げて来た結果なだけで、この1〜2週間近くで詰め込めれば、何とかなるかもしれんけぇ! ワシは諦めんぞ!」


 焔がそうして意気揚々と決意を固める中で、勇は巫実に確認した。


「巫実さん。全学年共通期末テストっていつからじゃ」

「えっと……今月末から2月の初頭にかけてだよ」

「今は一月の半ばで……」


 勇は三学期の始業式の次の日にこの学校に来たのと、そこから2週間は過ぎようとしている為、そこから計算すると――本当に時間がない。巫実も思わずスマートフォンのカレンダーアプリ確認したが、この勉強の出来なさをどうにかするには、確実に時間がない。

 巫実は勇に確認した。


「勇くんもお勉強苦手なんだっけ……ここに中途編入出来るあたり、私よりはお勉強出来そうだけど、早く試験勉強始めないとちょっと怖いかも……」

「あー、まぁ、そうじゃのう。ここに来て初めての試験にもなるし、初っ端からは赤点は避けたいのう」


 二人がそんな会話をしている間にも、媛乃の目が光った。


「ハムスター、田舎ボーイ。貴方たち、お勉強苦手なのね」

「えっ!?」

「まぁそりゃつまらんし」


 巫実はそれに驚き、勇はしれっと返した。

 媛乃は「そうなのね」と、二人を交互に見て、再び言葉を続けた。


「だったら――これから毎日、放課後にここで勉強会を開くわ。常駐の研究生もいるし、その子達は皆優秀。勉強するにはもってこいの環境よ」

「えっ……で、でも良いんですか? 私、媛乃さんの親戚でも何でもないのに……」

「良いのよ」


 そう言って、媛乃は頷き、


「焔は全ての成績人間未満の頭脳で教えようがないけど、貴方達ならどこがわからないか教え甲斐がありそうだし。まぁ、無理にとは言わないけど、家に居るよりは捗るんじゃないかしら。課題の提出だってあるでしょう?」

「お婆ちゃん、その言い草は流石に傷付くぞ」

「あら、事実よ。貴方の問題なんだから向き合いなさい」


 そして、媛乃は焔からの抗議を一蹴する。

 巫実と勇は焔がそうして一蹴されたのを見て、リアクションに困るのか、お互い顔を見合わせていると、媛乃が二人の肩をポンと叩いた。


「気にする必要ないわよ。あんなの、生徒会長になる資格元々ないんだから、素直に水無月のアホを会長にしときゃいいのよ」

「お婆ちゃんッ!」


 親戚の媛乃にすらも見捨てられる焔の成績。一体どんなものなのか逆に気になるが、確かにこの成績の悪さでよく生徒会長になれたものだ、と、勇は気になってきた。

 通常、生徒会長というのは成績の良いものが務めるというイメージが大いにあり、それは勇と巫実の間どころか全国の人間の共通イメージであろう。優秀な者が大きな組織を取り仕切るというのは、至極真っ当な話なのである。なので、ここまで座学ができない焔がどうやって生徒会長になれたのか、非常に疑問である。

 一方、媛乃は続けて呆れ気味に言った。


「まぁ、水無月のアホに生徒会長にさせたくないからって適当に立候補したのが、本当に圧倒的票を集めて生徒会長になってるんだから、どう言って良いのか分からないわ。アンタだって本当になれると思って立候補しなかったんでしょ」

「そりゃそうじゃろ。そもそもワシは一年生で、成績だってお婆ちゃんの言う通り悲惨じゃけぇ、なれた方がおかしいんじゃよ」


 と、焔本人も、自分が生徒会長になれた理由が微塵も分からないのである。

 焔は、ふと、投票に参加したであろう巫実に話しかけた。


「なぁ、伊和片さんも投票したんじゃろ。どっちに票投げたんじゃ」

「……ぁ、え……と」


 媛乃はビクッと体を震わせて、凄く言いづらそうに目線を落とした。

 勇はそんな媛乃を見るなり、その頭をよしよしと撫でて、聞いてみた。


「巫実さん、別にそんなビクビクせんでええよ。どっちに投票したんじゃ?」


 巫実が投票するとしたら、どう考えても焔なのだが、水無月派閥であったのだろうか。しかし、巫実の人格を考えると焔以外投票先が思い浮かばず、勇は不思議そうに首を傾げていた。

 巫実は数秒ほど時間を置いてから、言い放った。


「白票……で、出しまし、た……」


 瞬間、部屋中が静まり返った。

 それから1分ぐらい静寂を保った後、焔が大きく声を放った。


「いやいや、なんでじゃ――――ッ!? そんなにワシに不満でもあったかぁッッ!?」

「巫実さん、思い切ったもんじゃなぁ!?」

「あ、あぅ……だって」


 巫実は少し震えた声で続けて、


「どっちも……よく分からなくて。今なら生徒会長さんに投票したと思うけど……当時は、どっちも怖い人にしか見えなかった、から……」

「……ワシ、怖いか?」

「いや、こっちに聞かれても」


 勇は焔にそう聞かれて困惑した。

 勇からしたら焔は全然怖くない。それどころか、女子と見紛うような端正な顔立ちをした美少年で、かつ、中身もかなり親しみやすく、普通に良い人という評価になる程である。

 多分、これに関しては巫実の男苦手の影響がある為、一概にこれがどう、あれがどう、というのは言い辛いのである。どのみち、勇に出会う前の巫実ならば、格闘に強い焔は恐怖の対象に近いのは仕方ないであろう。

 そして、巫実は続けて、


「勇くんの為にも、生徒会長さんには生徒会長で居てもらわないと困るので、最下位は回避してください……。私、あの人が生徒会長になったら、集会来れなくなりそうで……」

「伊和片さん、水無月のアホの事そんなに嫌か」

「……だって」


 焔に苦笑しながら聞かれるなり、巫実は怯えた目で続けた。


「私が他の子に何かされてても、一瞥して、何もしない人、だから……でも、生徒会長さんは優しくて……別世界の人だから……」

「……」

(……そういうことか)


 巫実のその言葉で、部屋が再び静寂に包まれた。

 その水無月という奴は、まぁまぁ性根が腐っている、ということなのだろう。実際、媛乃がアホとかどうこう言っている辺り、根っこの人格に関して多少なり問題がありそうに見える。

 焔は「うーん」と唸り、続けた。


「賀美河くんの平和な学園生活の為にも、わしゃあ何とか最下位は避けなきゃいけんのう。しっかし、お婆ちゃんですら匙を投げるほどのこの脳みそを、どうやって……」

「元々が0ではあるけど、そこから20〜30まで増やすぐらいは可能よ」


 と、媛乃は言った。


「流石に、100点は無理よ。というか、どんな秀才でも完璧な100点取るのは難しいんだから、そこは了承なさい」


 と、


「まぁ、アンタにやる気があれば、ハムスターのついでに教えてやってもいいわ。同じ学年で同じ内容なんだから、多少なりとも付き合いなさい」

「う……分かった。伊和片さんのついでと言うのは納得いかんが、お婆ちゃんがそう言ってくれるなら、じゃな」


 焔は頷き、媛乃の言葉に了承した。成績を急激に上げることは出来なくとも、最下位回避ぐらいはしっかりしておきたいところだろう。0から100は無理だが、0から20、30にするという名目であれば、何とかなる範囲であろう。

 そうして、媛乃は立ち上がって、ここにいる学生達に言った。


「と、言うわけで、今日はもう帰りなさい。解散よ解散。私はこれから講義入ってるから、ほら」

「お、おう!」

「し、失礼しました……」

「はいはい、帰るけぇのう」


 そうして、一同は大学から解散した。


 そこから、勇と巫実、焔に分かれて、それぞれの帰路に着く事になった。焔は二人とは逆方向に家がある為、大学の正門で別れる事になるのである。

 勇と巫実は正門で焔と別れて、お互い顔を見合わせた。そして、今度は自分達が棲家にしている家の方へと歩き出した。今日も1日大変だった、いや、この学校に来てから色々と充実し始めているな、と、勇が思いながら歩いていると、


「ぁ……」


 途端、巫実が怯えた表情になり、道の向こう側を見ていた。それから、サッと勇の後ろに隠れて、こそこそと向こう側へと視線を送っていた。

 巫実がいきなりそんな行動を取ったので、いじめっ子達の女子でもいるのかと、勇は巫実が見ている方向へと目線を送った。

 すると、


(男、か?)


 こちらと寸分変わらぬ黒い学生服を見に纏い、帰路に着いているであろう男子生徒の姿がそこにあった。この時期は5時でも大分暗い為、その姿はぼんやりとしか受け取れないが――そのぼんやりと見える表情からも、何処か他人を見下しているような、そんな雰囲気が見受けられる。

 まぁ、自分がいるのだから巫実は大丈夫だろう、と、目を合わせないように意識しながら、勇はとっとと足を速めた。こういう時はとっとと立ち去った方が、自分の身のためになるというものだ。

 そして、勇と男子がすれ違った瞬間、男子は勇に言い放った。


「賀美河勇くん。君にはこれからも期待しているよ」

「……!」

(なんじゃ!?)


 勇はいきなりそう話しかけられて、思わず警戒してしまった。かなり驚いて、一瞬固まってしまったものの、相手の顔を見てやろうと、すでに自分達から離れた男子の方へと勢いよく振り向いてみたものの――向こうの足は速かった。とっくに向こう側へと歩いており、その姿はすっかり小さくなって、肉眼では詳細な見た目を目視する事が出来ないままだった。

 勇は頭をわしゃわしゃと掻きながら、再び巫実と共に歩き出した。


(一体何だったんじゃありゃあ……しかもワシの名前をしっかり把握しておるし……)


 勇は歩いていて、暫く動揺が隠せずにいた。

 彼と自分は特に話し事がないどころか、顔見知りですらない。本当に今が初対面であろう。しかし、向こうは一方的にこちらを知っているという事は、何処からか自分の情報が漏れているのだろうか。

 そうして歩いてると、漸く気持ちが落ち着いてきた巫実が、勇に言い放った。


「勇くん……さっきの人、水無月宏夜って人……。生徒会長さんと敵対してる人……だよ……」

「――!」

(う、嘘じゃろッ!?)


 勇は驚きすぎて声すら出なかった。

 そんな人物が、自分の名前を知っている、ということは、焔周りの人間の事は粗方把握しているという表れでもあるのだろう。そう捉えたら――先程の言葉は、自分と焔に対する宣戦布告とも受け取れてしまう。

 勇は暫くしてから、巫実を引き連れて再び伊和片神社へと向かい始めた。


(水無月宏夜……!)

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