012:甘えても良い

「うーん、多分これ、かのう……」

「うん……媛乃さんの証言と一致してるし、時期もぴったりだね」


 その日の晩、勇と巫実は媛乃と皇樹の不老不死になった原因の事故を調べて、それを紹介しているページに辿り着いた。大凡180年前というかなり前の大火災ではあるが、その規模と学校という教育機関で起こっていたということからか、匿名掲示板や火災紹介サイトでは頻繁に話題が上がっているようだ。

 パソコンのディスプレイには色々な事が書き連なっているが、媛乃と皇樹に言及している記述は無く、生徒と教師が協力して火を消した、という事になっていた。


「なんか……こう、学校側の忖度を感じるのう。媛乃さんと皇樹さんが頑張ったのに」

「仕方ないよ……2人はあんなになっちゃったし、それこそ媛乃さん達への配慮もあるんじゃないかな……」


 勇が学校側への不信感を募らせる一方で、巫実は媛乃と皇樹の状況を考えたら致し方ないと、納得していた。

 媛乃と皇樹、特に皇樹はあんな風になってしまい、それこそマスコミからの注目を浴びてしまったら、後々が非常に大変であろう。学校側としても、あえてこの二人の名前は出さず、生徒と教師が、という方向性で誤魔化す他が無かったのである。

 巫実は続けて、


「色々とサイトとか見てると、媛乃さんと皇樹さんの心労も凄かったんだろうなって分かるし、それに……」

「それに?」


 勇がキョトンとする中で、巫実は続けた。


「それにね、媛乃さん、自分の大好きな人が小さくなって、不老不死になって……心の中で沢山悩んだんじゃないかなって。媛乃さんと皇樹さんの写真、本当に二人とも幸せそうで、お互い思い合ってるのが分かったから」


 と、


「結婚とか……多分、考えてたんだと思う。じゃなきゃ婚姻届出すなんて事、しないと思うの。媛乃さんなりに現実に向き合おうとした結果なのかなって、私……」

「……なるほどのう」


 勇は巫実の見解を聞いて、はー、と息を吐いた。

 自分は男であるが故に、恋愛というものについては非常に鈍感である。女子が何を考えているのかも分からないし、察知すらできない。けれども、巫実はその辺はまぁまぁ汲み取れるようで、媛乃の状況下に強く同情していた。媛乃も200年近く生きている魔女とはいえ、しっかりとした乙女だ、巫実にも通じるものがあるのだろう。

 そして、巫実の表情は何処か悲しげで、媛乃と皇樹の関係を案じているように見える。

 勇はそんな巫実の頭をポンポンと撫でた。巫実は勇に頭を触られるなり、顔を上げて、彼の顔を見た。


「勇、くん……」

「……巫実さんは良い子じゃよ。ワシにはそこまで考えが及ばんからな。ワシなんて、不老不死になったら『巫実さんとずっと一緒で嬉しい!』ぐらいの気持ちでしかないからのう」

「そうだね……そこは皇樹さんも多分同じなんだよね」


 と、


「私ね、媛乃さんの為というより、自分が媛乃さんと一緒にいたいから、皇樹さんは頑張ったんじゃないかなって思うの。皇樹さんからしたら、不老不死である事よりも、媛乃さんの居ない世界こそが考えられなくて嫌だったのかな……って思って」


 それから、


「媛乃さんは自分が身を挺してでも皇樹さんに生き残って欲しいかもしれなかったけど、皇樹さんは自分だけ生き残っててもダメなんだよ。自分が生き残るなら媛乃さんもそこにいなきゃ……ダメで」

「まぁ、あのガキんちょの言動見るからに……じゃのう。あれじゃ媛乃さんがいなかったら、とっととくたばっておる」


 勇自身、あの媛乃のどこにあの少年をそこまでにさせる魅力があるのか、とは思うものの、よくよく思い返せば言動はどうあれ媛乃もとびきりすぎる美少女だ。その上で媛乃は助手にまぁまぁ優しい分類である為、執着させるには十分過ぎる魅力なのだろう。

 勇は巫実の髪の毛をさらさらと触りながら、自分と巫実が不老不死になってしまったら、と、思わず考えてしまった。


(不老不死、かぁ……)


「おーい、二人とも。昨日、媛乃のお婆ちゃんと会ったんじゃろ」


 次の日、勇と巫実は昼休み、裏庭で弁当を食べていると、そこへ通り掛かりの焔に話し掛けられた。焔は焔で学食へ向かう最中なのか、生徒会室に行く途中なのか、手ぶらであった。

 焔は媛乃に通じるものがある端正な顔立ちで二人に微笑みかけると、そのまま聞き続けた。


「で、どうじゃった? 結果、聞かされたんじゃろ?」

「ああ。なんか巫実さんは妖力が極端に大きいとかで、教育方針に影響出そうとか出ないとか……。これから、媛乃さんが学校側に色々直談判してみるそうじゃ」

「んー、なるほどなるほど、そうか。ま、そこまでしてくれるのなら、上々じゃよ」


 焔はクスクスと笑いながら、そんな事を言った。

 それから、勇は続けて、


「それから……媛乃さんの助手……皇樹さんについても色々聞かされて、昨日の夜はそれで巫実さんとナーバスになっとたんじゃ」

「……。……そう、か。聞いたんじゃのう、あの二人のこと」


 焔は勇からそう聞くなり、ふ、と、静かに笑みを浮かべつつ、どこか寂しげな様子で頷いた。同じ不知火の苗字という事で、親戚関係ではある筈だが、やはり媛乃と皇樹の話についてはしっかり知っているようだった。

 焔は数十秒ぐらい間を置いてから、続けた。


「媛乃さんはワシの直系のお爺さんのお爺さんの……どこかの妹さんじゃったかのう。見ての通り、かなりの美人さんで、幼い頃から色んな男から言い寄られたり、変な男から目を付けられて大変だったらしいぞ」

「へぇ……やっぱりそういうのがあるんじゃのう」

「まぁ、あのお婆ちゃん、好みじゃない男は蹴り飛ばしてるらしいが」

「お、おう……」

(生徒会長も格闘の方が伸びがいいらしいし、筋肉一族なのか、不知火家……)


 媛乃の普段の言動と焔の状況を照らし合わせると、妙に納得してしまう自分がいて、勇はそれが何となく嫌だった。自分も変人の祭り場に慣れてきてしまったような気がしてきたのだ。

 焔は続けて、


「そんなお婆ちゃんが好きな男を見つけて家に連れて来た時は、一族は大層吃驚したそうじゃ。男の方も強そうじゃし、お婆ちゃんの嫁ぎ先には困らんという話じゃったが」


 と、


「まぁ、その矢先に、あんな事になってしまったからのう。お婆ちゃんとしては、自分のように未熟な魔法使いが暴走を起こして終わって欲しくないから、伊和片さんを気に掛けておると思うけぇ」

「……」


 巫実はその話を聞くなり、自分が食べていた弁当の手がピタリと止まった。

 一方で焔は続けて、


「だから、伊和片さんは存分に媛乃お婆ちゃんに甘えて大丈夫じゃ。ああ見えてあのお婆ちゃん、結構他人を甘やかしたがりじゃからのう。将来の為にも、沢山頼ってやったってなぁ」


 焔は最後にそう言って、裏庭を後にした。

 勇と巫実はその背中姿を見送ると、お互い顔を見合わせて、コクンと首を縦に振って頷いた。


「巫実さん……ワシも一緒にいるから、何とか頑張って行こう」

「……うん、ありがとうね、勇くん」


 巫実はクスッと笑いかけ、そのまま勇の体に自分の体を寄り掛けた。

 勇は「そういえば」と、気になった事を巫実にぶつけた。


「全然関係ないんじゃが、そっちの学年にも魔法トップの生徒とかおるんじゃろ? 生徒会長権限でそいつと会って色々教えてもらう……みたいな事、出来んのか」

「えっ……あ……」


 巫実の顔色が途端に悪くなった。目線を逸らし、受け答えにかなり迷っている。その動揺っぷりから見るに、どうやらその該当の人物にいい思い出が無いらしく、勇の質問は彼女のそんなデリケートな部分に突っ込んでしまったらしい。

 勇は巫実の地雷を踏んでしまったか、と、ハッとなり、彼女の頭を撫でた。


「す、すまん、巫実さん。そっちの人間関係について何も知らんから、余計な事言ってしまったわい」

「あ……えっと、違うの。そうじゃないの」


 巫実は首をブンブンと横に振って、勇の言葉を否定した。

 そして、続ける。


「その……生徒会長さん、その人と仲、多分悪いと思うの……」

「はぇ?」


 勇は目をぱちくりとさせて、巫実を見返した。

 あの人たらし生徒会長と仲が悪い生徒がいる――そんな事があるとは思ってもみなかったのだ。焔は非常に人も良いし、

 巫実は勇を見つめ返して、


「私の学年のトップの魔法使いさんは、男の子なんだけど……その、生徒会長さんと生徒会長の座を争ってて、それで負けて……」

「そ、そんな事があったのか……」


 勇はそんな事情があったとはつゆ知らず、適当な事を言い過ぎてしまったな、と、深く反省した。


「でも、それだけじゃ別に不仲って感じにもならんじゃろ。何で仲が悪い事になっとるんじゃ」

「……あのね」


 と、巫実は目を伏せて、


「生徒会長さんとそのトップの人、先祖の人から仲が悪いって噂があってね……学校でも鉢合わせする事あるけど、その時だけ凄い緊張感が走るの」


 焔は勇と巫実と離れた後、金銭を制服のポケットに入れ、食堂へと向かっていた。

 焔は気分によってその日の食事のメニューを変える人間であり、昨日は弁当で、一昨日はコンビニ弁当、明日は焼きそばパンにしようか、なんてぼんやりと考えていた。今日は食堂の口であった為、とりあえずカレーでも食べるか、と、思っていたが、


「生徒会長が一人悲しく食事か。どうだ、オレが付き合ってやろうか」


 嫌というほど、そして、聞きたくないと思うほど聞き知った男子の声。焔はまさか食事をするタイミングで出会すとは思っていなかったようで、ゆっくりと顔を上げ、後ろを見た。

 すると、そこには――一言で表すなら、美形の男子が立っていた。

 美形の方向性としては焔とは違う。焔が媛乃によく似た可憐に咲く花であれば、彼は水の中に輝いている宝石であった。暗い水中でもよく光る。それが彼という人物だ。褐返色の黒に近い青色の髪の毛に、群青色の切長の瞳。凛とした男らしい顔立の中に、どこか中性的な要素が混じったアイドルのような顔立ちは、確実に女子の人気の的である。

 焔は最早常識という程度に相手の事をよく知っている。そして、彼の名前を静かに口にした。


水無月みなづき宏夜こうや……」


 焔に名前を口にされた宏夜は、クスッと小さく笑みを浮かべた。しかし、その笑みはどこか他人を嘲笑うかのような、そんな雰囲気を醸し出している笑みであり、見ていて気持ちの良いものではない。

 宏夜は言い放った。


「折角オレを押し退けて生徒会長になったというのに、人気としてはイマイチじゃないかい? 生徒会長と言うのなら、もっと人から話しかけられ、慕われるような存在でなければ」

「いや……それは逆に生徒会長という役職を過大に受け取りすぎじゃろ。そんな大した存在でも無いぞ、生徒会長は」


 と、


「で、こんな時に話しかけて来て何用じゃ。わしゃあ腹が減っていて、ちょっと苛ついておるんじゃ。食堂までに向かう足を止めんじゃないけぇ」

「おっと、不知火の人間は相変わらず血気盛んだ。あまり刺激するのはよそうか」


 そんな言葉とは反面に、焔という人柄を分かっていて、その反応を楽しんでいるような笑み。

 焔は言葉通りイライラしている様子で、続けた。


「言いたいことはそれだけか。ワシはもう行くぞ」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 宏夜は再び焔の足を止め、


「生徒会長というものは、実技のみならず、勉学においても優秀でなければならない。それは知っているな」

「……急に何を今更」

「試験0点追試補講常習者の君が生徒会長になれるとは思わなかったからね。嫌味の一つも言いたくなるのさ」


 と、宏夜は続けて、


「今度の期末試験で最下位だった場合、君は生徒会長の座を一旦保留にされ、君抜きで生徒会長が再選される。しかし、今年はオレ以外にも候補者が居なかったから――後は言いたいことが分かるな?」

「……なるほど。そういう事か」


 焔は警告しに来たのか、と、溜息を吐き、


「今度こそ、ワシは最下位は回避しちゃるよ。お前の思い通りになったら、この学園は混沌に陥るからのう」

「かと言って、どうするんだ。梅部の頃から最下位だった君にそれが出来ると言うのかい」

「……」

(煽ってくるのう……)


 焔は苦い顔をして宏夜を見た。

 そして、深く息を吐いて、宏夜に言い放った。


「そんなに言わんでも、ワシはやったるけぇ。なんなら、学年一位でもなんでも取っちゃる。そっちこそ、ワシが頭良くなって吠え面かくんじゃないぞ」

「――フッ、精々期待しているよ、不知火焔『ちゃん』」


 ――なんて、宏夜は焔の女顔に対しても煽りを入れて来た。宏夜はそのまま焔の横を過ぎ去ると、食堂とは別の方向へと向かった。

 焔は嵐が去った、と思いながら、その背中を睨み付けていた。


(相っ変わらず憎たらしい奴じゃ……)

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