008:不知火の魔女
魔法という概念がこの国に浸透してから、不老不死の魔法使いという存在も現れた。そのうちの1人が、
彼女は兎に角、自由奔放に、そして、フリーダムに振る舞い、かつ、自分が可憐な容姿を持っていることに常に鼻をかけており、そして、見た目年齢にそぐわない爆乳を持ち合わせている。本人は生きた年数が胸の大きさに反映されていると自称するが、その真実は定かではない。
彼女は普段、魔法学の講義を大学部で行っており、それで生計を立てている。色んな大学生を相手にしなければならない為、少々大変な仕事であるが――それ以上に、彼女は魔法学のサンプルを自分と似たような子供達、つまり、不老不死になってしまった少年少女から採っているのである。彼ら彼女らは不老不死であるが故に行き場がなく、国にもこの問題を提起してもなかなか進まない為、自律支援として、施設を借り、彼女が保護している。
そして、そんな彼女が設立したのが、魔力調査団体である。
様々な魔力を統計することで、どれだけの魔力が人間に害を及ぼすのかだとか、魔力と妖力はどこかどう違うのかだとか、講義をする際に役立てているのである。
そんな凄い彼女であるが、
「あら……この女の子、凄く可愛いわね。私のおっぱいでも吸う?」
――と、巫実を一目見て、そんな事を言ってきたのである。
よりにもよって、勇と巫実と媛乃の初対面の第一声がそれだったので、巫実は困惑、勇は引き攣った笑みを浮かべて、媛乃を見ていた。
さて、本日は、巫実と勇、義喜と佳奈芽のダブルデートと称した、大学部キャンパス内に存在している魔力調査団体を訪ねる日であった。
巫実と勇は初めての大学部キャンパスという事なのと、媛乃の存在について事前に焔から知らされていたので、緊張しながら尋ねたのだが――媛乃からの第一声がこんなものであり、とても拍子抜けしているのが現在の2人の心情である。
(どんな人かと思いきや……巫実さんみたいな小柄デカパイで、これか……。なんか、こう、クソ副会長に負けない性格してる気がするのう、この人)
勇は巫実に早速授乳を持ちかけた媛乃を見て、そう思う。話を聞いた時はそんな凄い人だからそりゃそうか、とぐらいに思っていたが、こうして実際見てみると、佳奈芽と張り合えるぐらいに自分に強い自信があり、負けず嫌いなのだろうな、と、こちらの体にひしひしと伝わってきた。
媛乃は巫実の頭をよしよしと撫でながら、言った。
「まぁ、流石に冗談よ……安心なさい。でも、興味があったら言いなさい。喜んでお受けするわよ」
「あ、あぅ……」
「媛乃のばーちゃん、あんまり嬢ちゃんを困らせんなよ。母性の発散は自分の助手で我慢しとけ」
そして、珍しく、あの佳奈芽がマトモな突っ込み役へと回った。媛乃と困惑している巫実の間に割って入るように、牽制した。佳奈芽からしても、媛乃の言動には首を傾げてしまうものがあるのだろう。
媛乃は少し残念そうにしつつ、本題に入った。
「さて、今日は皆の検査だったかしらね。金髪デカパイと眼鏡ボーイはいつもの事だから良いとして、そこの田舎ボーイとハムスターは初回だから色々と時間かかるわよ」
「田舎ボーイ……」「ハムスター……」
せめて本名で呼んでくれ、と、2人は思うものの、媛乃は本名よりも適当なあだ名で呼ぶ方が好きなのだろう。
媛乃は部屋の隅っこで待機していた、自分よりも少し小柄な少年を呼んだ。
「助手、出番よ。2人を検査する場所に案内しなさい」
「了解じゃー」
そう言って、ぬっ、と、媛乃の横に出たのは、これまた健康的で素朴な少年であった。渋紙色の少しばかり鈍い色の茶髪に、眼鏡を掛けて、半袖の白衣をまとい、如何にも媛乃の助手ですと言わんばかりの見た目である。少し伸びた髪の毛をハーフアップにして、ちょんと小さなポニーテールを作ってるのが特徴と言えば特徴か。
少年・助手は勇を見るなり、言い放った。
「なんか、性欲強そうなにーちゃんじゃな……」
「初対面で言うことがそれか? それなのか?」
「あ、あう……」
家の中でしょっちゅう体のあちこちを勇に触られている巫実は、助手のその言葉に何も言い返せなかった。
*
2人の検査は学校でやるようなものから、ちょっと込み入ったものまで一通り行った。身長体重座高の基本的な計測に、聴力検査や、視力検査、それから魔力に関する検査などと、結構しっかりやるものだから媛乃の言う通り、かなり時間が掛かった。
媛乃は一通りの検査項目の結果を見て、少し驚いたように目を丸くして、言い放った。
「あら……田舎ボーイは健康そのものじゃない。記憶喪失って聞いたのに」
「残念ながら、特に面白い結果にはならんぞ。ワシは健康体そのものじゃからのう」
と、勇はゲラゲラ笑ってみせた。勇が健康優良男児なのは、誰から見てもそうであるし、検査に異常がないのも当たり前であろう。記憶喪失であることは本人ですら忘れるぐらいだ、媛乃が見て分かるような異常は殆ど現れていないだろう。
そして、一方の巫実。
「ハムスターは……そうね、魔力の項目がちょっと気になるわね」
「え……?」
巫実はキョトンとしながら顔を上げた。
媛乃は続けて、
「魔力なのは魔力なんだけど……なんでしょうね、これは。一度、深く掘り下げる必要があるわ」
そう言って、媛乃は巫実の魔力検査結果と、比較用の義喜の魔力検査結果を取り出した。
「ほら、見なさい」
と、媛乃は2人を呼び寄せて、その結果の比較を見せた。
「本来、魔力を持っている人間は、ここの基礎魔力と特殊魔力の項目がこうやって均等なのよ。眼鏡ボーイは優等生だから、特にわかりやすいでしょう」
媛乃は該当の項目を指差して、2人の視線を誘導した。
「でも、ハムスターのは、特殊魔力だけ突き抜けてて、基礎魔力含めたそれ以外の項目が低い値のまま止まってるわ。学院での魔力検査は、これら全部総括した結果だから、何も突っ込まれなかったのでしょうけど……」
と、
「そして、基礎魔力が低いのに、それ以外の項目が飛び抜けていると言うことは、何かあった時に魔力が暴走して制御不能の事態に陥る可能性がある」
と、
「基礎魔力というのは、そういった暴走を抑える為の能力値であり、制御する為の力よ。それが足りない、ということは、自分の力も制御できないということ。そして、こういうタイプの子の基礎魔力はなかなか伸びづらいわ」
「えっ、ぁ……」
――こういうタイプの子の基礎魔力はなかなか伸びづらいわ――。
巫実はこれを聞いて、酷く動揺した。つまり、自分の実力の伸び代は殆ど無い、と言ってるのも同義なのである。だから幾ら練習しても一向に上達しないし、戊クラスから精進する事が出来ないのだろう。
(じゃあ、私が今までやってきた事って、無駄……なの……?)
今日の検査で希望を見出すつもりが――断崖絶壁から突き落とされたような気分だ。
媛乃は続けて、
「まぁ、特殊能力の内訳はこれから検査するから、その結果次第では魔法使いの道は諦めても良いでしょう。その代わり、特殊魔力を抑える薬を一生飲まなきゃいけなくなる体ではあるけど」
「ぅ……」
つまり――自分はどこかで、魔法から手を引かなければならない。それは勇とダブルスを組めないという意味にもなり、学院からの退学を意味する。
巫実はそれらの意味を全て理解すると、途端に体を震わせた。
「わた、し……やっぱり、要らない子だったんだ……」
「巫実さん」
「勇くん……私には、やっぱり無理なんだよ……前を向いて歩くことも、進む事も」
と、
「ごめんね……私なんかが勇くんのお嫁さんなんて……ごめんなさい……。夢、見過ぎだよね……」
「そんな……元はワシから無理矢理迫った事で」
「……」
巫実はすっかり気落ちし、勇に抱き着いて静かに泣く事しか出来なかった。勇もそんな巫実の背中や頭を撫でる事しか出来ず、何も言う事が出来なかった。
媛乃は続けて、
「……田舎ボーイ」
今度は勇に声をかけた。勇はそれに反応して、顔を上げて、媛乃を見た。
媛乃は勇と視線が合うと、頷いて、続けた。
「その子の魔力の暴走は貴方がいる限り大丈夫……とは言い切れないけど、粗方は大丈夫。でも、居ないタイミングで何かが起こる可能性が高い。そこだけは注意して」
「……分かった」
勇は首を縦に振ると、
「巫実さんに迫ったのもこっちからじゃ、そういう面倒だってしっかり見る。巫実さんはワシのお嫁さんじゃからな!」
「勇くん……」
巫実はその瞳からポロポロと涙を流しながら、勇の顔を見た。勇は伊和片神社で求婚してきたからずっとこんな調子であるが、それがここに来て救いになるとは思いもしなかった。
媛乃はそれを見て、クスッと小さく笑みを浮かべると、続けた。
「特殊魔力の内訳さえ分かれば、これからどうすれば良いか、私も分かると思うから、検査結果が出るまでは悲観的にならないで頂戴。まぁ、少なくとも暴走の可能性がある以上、それだけでも学院に居てもらった方が良いでしょうけど」
と、
「それと、貴方達にも、これから月一ぐらいでここに来てもらうわよ。田舎ボーイは記憶喪失の件もあるし、これから先、何があるか分からないものね。今日はまだ、検査だけね」
「あ、ああ……そうか、分かった。巫実さん」
「……はい、ありがとうございます」
巫実は頭を下げて、お礼を言った。
しかし、その顔は、やはりどこか沈んでいて、晴れやかではなかった。媛乃にこれ以上能力は伸びないと言われ、諦めの方に気持ちが大きく傾いているからだろう。勇はそもそも自分の魔力なんぞ見ていないので、どうとでも言えるが、学院は違う。
(私……本当に何も出来ない子のまま一生終えるのかな……)
巫実がそうして顔を俯けていると、別に聞き覚えのある声が後方の扉が開く音と共に聞こえてきた。
「よーっす、こっちも終わったぜ」
「お疲れ様でした……」
佳奈芽と義喜の2人だった。この2人も丁度、検査を終えたようで、媛乃へと報告してきたようだった。
媛乃は2人を見ると、手をひらひらと挙げて言い放った。
「あら、ご苦労。今日はもうこの2人と帰って良いわよ」
「おー、そっかそっか。滞りなく終わっ……ん? 嬢ちゃん、どうした?」
「ぁ……」
巫実の様子がおかしい事に気が付き、佳奈芽が話し掛けた。
巫実は佳奈芽に話しかけられて、顔を上げた。そして、力無く笑みを浮かべて、首を横に振って言った。
「いえ……何もありません。ただ、検査の結果が何も言えない状態だったので」
「あー、そうかそうか。まぁ、この間も言ったけど、魔法使えなくても生きていけっから。あんまり悲観すんなよ」
佳奈芽は、ポン、と、巫実の肩を叩いて、そのまま義喜と検査関係の書類を返しに行った。巫実はそんな佳奈芽の後ろ姿を見てから、再び、俯いた。
(でも……私には、何も取り柄が……ない、から)
*
「ママ! なんか元気無いぞ!」
4人が帰った後、助手が媛乃に向かってそう話しかけた。「ママ」というのは、助手にとって媛乃は本当にお母さんみたいな存在だからそう呼んでいるらしく、特に深い意味はないようである。
媛乃は助手に話しかけられると、顔を上げて、そちらを見た。窓から指す夕陽に照らされながら、媛乃は助手の頭を撫でた。
「大丈夫よ、少年。私は平気だから」
「でも、やっぱり暗いぞ? いつものようにイチャイチャちゅっちゅっするか?」
「……しても、治らない気がするわね」
媛乃はため息を吐き、額に自分の手を当てながら、巫実の検査結果と、それを伝えた時の彼女の表情を思い出していた。
媛乃にとっても、巫実にあの検査結果を伝え、その事実を伝えるのは非常に辛いものがあった。実際、あの検査結果を見た事があるのは、巫実だけではないし、それこそ幾らでも見ている。けれども、大抵は魔法使いであることに拘りはなく、佳奈芽のように他のやりたい事を見つけて、そちらの道に進む生徒も多かった。
だが、巫実は、そうではなかった。
巫実は魔法使いにならなければ、何があるのだろうと絶望している様子だった。あの様子だと格闘の道に進む事も出来ないだろうし、退学しか道は残されていない、と思い込んでいる状態であった。
媛乃はそんな巫実の表情を思い出しながら、ちょっとした不安に駆られていた。
(あの田舎ボーイ……本当にあの子の「重さ」に耐える事が出来るのかしら)
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