007:ダブルデートの誘い

「はいっ、一本! 賀美河の勝利!」


 学内の闘技場にて、審判役を務める男子生徒の声が鳴り響いた。

 白い胴着を着た勇は、フーッと息を吐きながら、帯をキュッと締め直した。浅黒い肌の上に流れてくる汗を胴着の袖で拭いながら、自分が一本取った相手を見た。

 本日の午後、竹部6年生全体で男女に分かれて、女子は魔法の授業、男子は格闘の授業を行なっていた。格闘の授業は基本的に模擬戦や練習試合の繰り返しであるのだが――その中でも勇が猛威を振い続けた。

 そろそろ授業が開始して1時間程度経つのだが、ここまで負け無し、かつ、即勝ち。これには流石の他の男子も感服し、誰も勇と戦いたがらなくなっていた。

 しかも、勇はまだまだやり足りないようで、他の男子生徒に声をかけた。


「おーい! 次は誰じゃ! ワシが相手するぞーッ!」

「あ、あの……そろそろ、他の子に譲ってください……」

「おう、審判! やるか!」

「いや、そろそろ他の子に譲ってやれってば! 20人ぐらい負かしたのにまだやる気なの怖すぎでしょ!」


 反応した審判に勝負を持ちかける勇。どうやら疲れ知らずなようだ。

 勝負に飢えている勇に声をかけたのは、他クラスの男子生徒だった。


「あの……賀美河くん。そろそろ他の方に譲りましょう。ここ、ずっと賀美河が陣取ってて、他の人たちが練習出来ないって嘆いてまして」

「ん? お……ぉお?」


 その男子生徒、坊ちゃん刈りが残っている黒髪を揺らしながら、若干半目気味の柳染色の緑っぽい虹彩で眼鏡越しに勇を見つめてくるのだが、何故かどこかで見覚えがある。

 勇が思い出そうとして首を傾げていると、審判が声を上げた。


「生徒会書記ーッ! 助かった! 血気盛んなそのバカなんとかしてくれ!」

「生徒会書記……って、あっ!」


 審判がそう言い放った単語で、とうとう思い出した。


「お前さん、あのクソ副会長の横にいた奴か! なるほど!」

「はい、真栄島義喜です……。あと、人の恋人をクソ呼ばわりもどうかと……」


 2人がそうして会話している中で、審判はこれ幸いにと他の生徒を誘うと、彼等でその場を陣取った。

 勇はそれを見ると、途端にガッカリしたようにその場でしゃがみ込んだ。


「あーっ! 畜生、ワシの入る隙が無くなってしまったわい」

「少しお休みしましょうね……」


 そうして、義喜は勇の横に並んで座った。

 それから、義喜は焔から勇の事は一通り聞いていたようで、話しかけてきた。


「賀美河くん……確か、竹部の人とダブルス組みたいんでしたっけ?」

「ん? おぉ、そうじゃな。生徒会長から聞いてるか」

「はい……一通りは」


 義喜は頷いて、続けた。


「実はボクと副会長……佳奈芽さんもダブルス組んでるんです。ボクが魔法使い側で、佳奈芽さんが格闘側なんですけど」

「って事は、お前、魔法強いんか!」

「そうですね……4年生の時点で丙クラスになりました」


 と、


「ボクと佳奈芽さんは近所の幼馴染みで……それはもう、良くしてもらいました。可愛がっても貰えましたし、おっぱいも吸わせてもらいましたね……」

「うん?」

(今、とんでもない言葉が、この地味男の口から飛び出たなぁ?)


 まるで、それが常識的にであるかのような口振りでいきなりやってきたような気がした。とはいえ、自分と巫実の事も思い返すと、あまり突っ込める立場でない気がして、そこは敢えて流す事にした。言及すると、ややこしくなる気がしたからだ。

 しかし、義喜は勇が何も言わなくても、ズブズブと深いところまで言及し出す。


「そう……あれは、小5の夏休み……。佳奈芽さんとカツアゲから家に戻ってきたんですけど」

「もうここから突っ込みどころしかないのが凄いな」

「佳奈芽さんのおっぱいはこの頃から育ち始めてまして……なのに常にタンクトップ一枚とかなので、ボクはすっかりその気でして……」

「おい、待て。何の話しとるんじゃ?」

「佳奈芽さんもその気だったようで……ニヤニヤしながらボクのズボンをずり下ろして」

「もう良い! 分かった! これ以上はやめてくれ! 聞きたくない!」


 そして、これ以上はダメだと義喜にストップを掛けた。このまま先へと進むと、収集がつかないのと、周りに聞かれていたら、そこでHPが削れる事必至である。

 気持ちよく自分の体験談を話している最中だった義喜は「そうですか」と、少ししょんぼりした様子で眉を下げた。


「これからが面白いのに……賀美河くんの今後のためにもなりますでしょうし、聞いておいて損はないかと……」

「ワシの為にはならんと思う。断言しておこう」


 勇はコホンと咳き込みながら、否定した。そもそも、自分と相手のカップルとしての性質も多分真逆であろうし、勇にとっては参考にならないであろう事が断言出来る。

 勇は今の義喜とのやりとりで、大分心のHPが削れてしまったようで、その場で頭を抱えた。


(あのクソおっぱいに比べたらマシかと思いきや、逆に納得出来るような言動しかしてこんな、コイツ……生徒会長の胃腸、大丈夫か?)


 今現在の生徒会のメンバーは、焔と佳奈芽と、あとはここにいる義喜だけという話なのだが、この2人を相手にして生徒会を運営している焔の胃腸の健康が危ぶまれる。特に佳奈芽だけでも苦労が見えると言うのに、それを加速させるような存在までいるとなると――あまり想像したくない事だ。

 それから、義喜は本題ですと言わんばかりに、次の話に映った。


「そういえば……今度の休み、大学に行かれるんでしたよね」

「ああ、それも生徒会長から漏れてるのか」

「はい……生徒にとって、大事な事ですから」


 と、義喜は頷いて、


「実は……ボクと佳奈芽さんも同じ日に大学の方に行く予定があるんです。特に不都合等が無ければ、ご一緒に大学内……どうでしょう?」


「えっ、副会長さんと書記さんも、ですか……?」


 ほぼ同時刻に佳奈芽から同じ話を聞いていた巫実は、驚いた目で佳奈芽の姿を見ていた。まさか、生徒会の面子とダブルデートのような事をするとは、想定すらしていなかった。

 因みに、今は移動教室先で実験やら何やらをしており、佳奈芽と巫実も教師の指示に従って班で実験を行っている。

 佳奈芽はケラケラ笑いながら「おう」と、頷き、続けた。


「オレと義喜ってダブルス組んでるけど、普通とは真逆だろ? 本来なら女子が魔法で男が格闘なんだけどさ」

「そ、そういえば、そうですね……」


 巫実は確かに、と、頷いた。

 この学校のダブルス制度は、男が格闘で女が魔法前提の組み合わせでいろいろと規定を立てており、その例外である義喜と佳奈芽のせいで色々とこんがらがっているらしい。義喜と佳奈芽が生徒会に入会しているのも、こういった事情があると言う。ダブルス制度は生徒会の管理の管轄のため、そういう意味で融通が効きやすいそうだ。

 佳奈芽は続けて、


「女が格闘、男が魔法って結構確率低いらしいんだよな。普通の女なら魔法の適性がある上で格闘の道に進むことが多いし、男ならその逆も然り、だな。生徒会長だって、魔法の適性はあるけど、それよりも格闘が伸びたから変えたって言ってたろ?」

「えっと……副会長さんの魔法適性は……」

「脅威の0%だ」


 佳奈芽はしっかり言い切った。


「男でこれなのはよくあるみたいだけど、女でこれでここに在籍してるのは早々居ないぜ? 嬢ちゃんだって魔法適性は一応あるだろ?」

「そ、そうですね……確かに……」

「で、大学部の奴らが、オレの存在面白がっててさ。定期的に向こうに行って色々と検査やら調査やらしてもらってる訳よ」


 と、


「義喜はそのついでだ。男の魔法適性についてのサンプリングとして、かなり役立ってるみたいだしな」

「……」

(色んな人がいるんだ……)


 巫実は佳奈芽と義喜の適性状況を聞いて、そう思った。

 自分のように、魔法を使うのが下手くそな女子生徒もいれば、そもそも適性率が0%で格闘の道へ進んでいる女子生徒もいる。この学校は、魔法を使えない女子は蔑まれる傾向にはあるが、佳奈芽はそれさえも掻き消すほどの実力がある。

 ――自分にも、魔法以外の何か取り柄があれば、今の環境の打破が出来るのかもしれない。

 佳奈芽は「ま、なんだ」と、続けて、


「魔法が使えないところで死ぬわけでもねーし、生きていけないわけでもない。生きてるだけで儲けモンってことだ。だから、気にすんな」

「は、はい……」

(気を遣ってくれてる……のかな?)


 巫実はきょとんと首を傾げながら、佳奈芽の顔を見た。

 佳奈芽は言うだけ行って満足したのか、とっとと実験へと戻ってしまった。そして、他の男子生徒から実験道具を強制的に取り上げたり、逆に押し付けたりと、傍若無人に振る舞っていた。

 巫実はそんな佳奈芽を苦笑した様子で見つめつつ、彼女の先程言っていた言葉を思い出していた。

 ――魔法が使えないところで死ぬわけでもねーし、生きていけないわけでもない――生きてるだけで儲けモンってことだ――。


(そう……なんだよね。魔法は使えても、使えなくても、生きてはいける)


 と、


(……生きてるだけで儲けモンって、つまりそういうことなのかな)


 自分が勇に出会ったように、生きてて良かった、と思えるような出来事。

 巫実は自分に渡されたビーカーを眺めながら、それをキュッと強く掴み、小さく頷いた。


(勇くんの為にもちゃんと前を向かなきゃ……!)


「ふーん……あら、そう。そうなったら、次はお客さんが多いって事ね」


 魔修闘習高級専門学院大学部、キャンパス内。

 大学生というには余りにも小柄で幼い顔立ちで、身長も低いが、子供というには、態度が大きく、やたら尊大な美少女が、そこに立っていた。尻より下まで伸びている暁鼠の紫がかった銀髪のロングヘアーに、薄色の灰色が強い紫色の瞳。どこを見ているのかよく分からない、どことなくぼんやりした瞳は、彼女の掴みづらさやマイペースさを表現しているように見える。

 彼女は電話をしながら、電話口で話をしている彼に言い放った。


「まぁ、良いわよ。こっちもいい加減新しい風が欲しいと思っていたところだし、空気循環は大事だわ。何十年、いや、三桁年単位でこんな研究してたら、そりゃ飽きるわよ」


 と、続けて、


「で、次に増える子達はどんな子なの、焔」


 そう、彼女の電話相手は不知火焔である。

 焔は電話越しに「あ、ああ……」と、声を放ちながら、彼女に続けた。


『えーっと、確か魔力には問題ないのに魔法が使えないお嬢さんと、記憶喪失の男の子……まぁ、そっちは勇の事じゃな』

「ああ……あの田舎ボーイ……。こっちに来たのね」


 彼女は昔、勇と出会った時の事を思い出しながら、ふんふんと頷いた。この素ぶりを見せるということは、彼女も勇の親戚者か何かなのであろう。

 彼女は窓際に寄せていた体を離すと、今度は適当な椅子にドカッと腰掛けて、足を組み、思いっきり背もたれに寄りかかった。その際、一般的な常識からかけ離れたような大きな胸が揺れ、ユサリと音を立てる。


「まぁ、それなら、こっちで見てやらない事もないわ。そういう子供達を見るのも私の仕事だもの。やれる事はやってみるわね」


 と、


「で、焔。そろそろ休憩時間も終わるんじゃないの、貴方。電話、切らないと不味いわよ」

『ああ、そうか……じゃあ、ワシはこの辺で。放課後になったらまた後で電話掛け直すけぇ』

「ええ、ありがとう」


 そう言って、焔は電話を切り、彼女もスマートフォンの通話を切った。

 そこら辺にあったテーブルの上にそれを置いて、改めて立ち上がると、彼女の教え子であろう青年が、ぺこぺことお辞儀をしながら言い放った。


「あの……不知火教授、そろそろです。教授が来ないから皆ソワソワしてらしてます」

「あら、もうそんな時間? もっと羽を伸ばしたかったけど、致し方無しだわ」


 そう言って、彼女は講義に必要な書類や道具を手にし始め、


「まぁ、こんなデカパイ美少女の講義なんて滅多に受けられるもんじゃないし、皆、期待するのも当たり前ね……。助手は?」

「寝てます」

「相変わらずね……そこまで見た目年齢通りじゃなくても良いでしょうに」


 確かに昼寝の時間であるが、と、彼女は呆れながら、ヒールを鳴らした。


「ま、あの子も1人で居ることには既に慣れたでしょうし、何かあったら連絡してくるでしょう。私はそろそろ来る、と皆に伝えておきなさい」

「ぎ、御意!」


 そして、青年は去った。どうやら本当に彼女を呼びに来ただけのようだ。

 不知火教授――彼女はそう呼ばれていたが、彼女の本名は不知火媛乃。つまり、焔の親戚筋の女性なのである。


(これを乗り越えたら、あとは週末ね……)

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