005:魔力と魔法
「せ、生徒会長って竹部一年生だったんかァッ!?」
――なんて、絶叫に似た驚きが、学院の中庭に響いた。
放課後になり、最初に約束していた通り、焔、勇、巫実の3人が中庭に集まった――のだが、その中で焔がまさかの巫実と同い年であり、自分と一歳しか違わないと知った勇の驚きは尋常ではなかった。今年の生徒会は最上級生である竹部三年がいないと聞いていた為、てっきり二年生なのかと思っていたが。
焔はキョトンとしながら、驚いている勇を不思議そうに見ていた。
「あれ、知らんかったんか? 今年は竹部一年と梅部六年で構成されておるんじゃよ。あのクソ副会長もワシらと同じ竹部一年じゃけぇ」
「し、信じられん……あのクソおっぱいはどうでもいいとして、この生徒会長が一年生って……」
勇は一年後の自分を思い起こしたが――こんなにシュッとしてしっかりした人格者になっているとは、到底思えない。きっと焔は異世界から転生してきた転生者で、二度目の人生に違いない。そう思わないとやっていられない。
今後の自分を思い起こし、勝手に焔と比べて項垂れている勇に対し、巫実は優しく話しかけた。
「だ、大丈夫だよ……勇くん、今でも男前でカッコいいから……」
「巫実さん……ありがとう……」
巫実はこう言ってくれるが、やはり一年後の自分は今の自分と対してそう変わらないと、勇はそんな気がするのである。
そうしていると、建物の中からこちらに向かって話しかける男子生徒の声が降り注いだ。
「勇、こんな所にいた! 先生がこれ渡し忘れたから届けてくれって!」
「! おお、颯汰! すまんな」
勇の友人・颯汰の声であった。どうやら中庭が見える一回の窓から勇の姿を見かけて、声をかけたようだ。勇は颯汰の方へと駆け寄ると、プリント一式を受け取った。
颯汰は顔を上げて、中庭の様子を見た。勇以外にも、巫実、焔の姿があり、引き攣った笑みで状況を飲み込もうとした。
「えーっと……この面子で何をしてるんだ?」
「ああ、実は生徒会長が巫実に魔法教えてやれるかも、とな」
「えっ、焔が教えんの!? 伊和片さん倒れない!?」
「人を鬼畜扱いするんじゃない、颯汰」
勇と颯汰のやり取りを見ていた焔と巫実が、2人の方へと歩み寄ってきた。
勇は颯汰と焔のやり取りを聞くなり「アレ?」と、首を傾げた。巫実も「ん?」と、違和感を覚えたようで、颯汰と焔の顔を交互に見た。先に勇がそれを疑問として口にした。
「その様子……2人は仲が良いのか?」
「ああ、去年、一緒に同じ委員やっててね。そこで仲良くなったんだよね」
と、颯汰はさらりと自分達が仲良くなった経緯を説明した。
そんな中で、焔はニヤニヤと笑いながら吹っ掛けた。
「なぁ、颯汰もワシの魔法講義に参加するか? 1人より2人の方が楽しいじゃろ」
「おれは遠慮しとく。焔や伊和片さんと違って魔法適性脅威の0%だし。教えたところで何も出せないし、ここから見守ってるよ」
「そうか、残念じゃけぇのう。参加したくなったらいつでも言いんさい」
「はいはい」
そう言って、焔は勇と巫実を引き連れて中庭へと戻り、颯汰は窓からそれを見守る次第となった。
焔は気を取り直して、コホン、と、咳払いすると、講義へと移った。
「まぁ、折角編入生もいる事じゃし、基本中の基本から教えよう」
と、
「まず、この世界の魔法というのは、基本は科学じゃ。科学を以て魔法を制す。だから、ちょっとした興味が新たな魔法を生み出すことがあるし、少しの失敗が命取りになりかねない。なので、学校では厳重の監視の下、実技を重ねて行く――という感じじゃけぇのう」
続けて、
「そして、魔法で物を操るということは、その対象物の流れを把握する、ということじゃ。生命というのはどんな物体にも宿っていて、それぞれの流れがある。人に例えれば、それは血液と言った体液を差す訳じゃな」
そうして、焔は辺りを見渡して、適当な雑草に目をつけた。彼は自分の人差し指をその雑草に向けて、くいっ、と、指先を動かし、持ち上げてみた。すると、雑草は地面から離れ、焔の方へと寄ってきた。
「おおっ」と勇が感嘆とする中、焔は続けた。
「で、草木の流れをイメージして、時間の流れを加速させると――」
焔がそう言って雑草を手の上で浮かせると、その雑草は次第に葉や幹が伸び始め、可愛らしい黄色い花を咲かせた。どうやら、菜の花の成長途中の草だったようだ。
巫実と勇はその菜の花を覗き込むように眺めながら、焔の魔法使いとしての素質を垣間見た。魔法専攻で色々と見てきた巫実さえも、感嘆としていた。
「凄い……魔法杖無しでこんな事が……」
「まぁ、大体の魔法使いは杖無しでもこんぐらいは出来るじゃろう。逆を言えば、このぐらい出来るようにならんと、ダブルスは組めん」
と、
「まぁ、折角じゃ。賀美河くんも体験入学という体で、魔法、試してみんか。普段彼女がどんな事をしているか、把握するのも彼氏の役目じゃろ」
「ぐっ……ワシは眺めるだけにしておきたかったが」
焔にも携帯している魔法杖はあるようで、それを勇に貸してくれた。普段魔法を使う機会は無いが、この学校では何が起こるか分からない為、という事で、用心棒として持ち運んでいるようだ。
勇はそれを受け取ると、魔法杖を展開させて、焔がやっていたように、近くの雑草に意識を向けて、持ち上げようとしてみた。
「うぅ〜ん……」
しかし、雑草はぴくりとも反応せず、微塵も動く事がなかった。いくら時間が経っても、魔法杖を向き直しても、一向にその雑草は1ミクロンも動く気配が皆無である。
(ぜ、全然発動しない……巫実さんは出来とるのか……?)
勇は一旦諦めて、巫実の方へと目を向けた。
巫実は魔法杖の先で雑草をふよふよと浮遊させて、宙に浮かせていた。ここまでなら巫実でもやってのけることが出来るらしい。
(……巫実さん、一番下のランクとは言え出来るんじゃなぁ、やっぱり)
微塵も魔法が使えないらしい自分から見たら、巫実の「魔法が使えない」は、十分に魔法が使えているように見える。
とはいえ、ここはやはり一番下のランクである。雑草の空中浮揚がかなり不安定だ。動きがガタガタしていて、落ち着きがない。ここから巫実の下へと雑草を浮遊させて行かなければならないのだが、
「あぅっ……」
雑草の浮遊の維持する事が出来ず、途中でそれがポトリと地面に落ちてしまった。巫実はまさかこんなところで躓くなんて、と、少々ショックな様子で落ちてしまった雑草を見た。
それを見た焔が「おやまぁ」と、ちょっと困ったように笑みを浮かべて、近寄った。
「なるほどのう。こりゃ思ったよりも厳しいわい。まさか幼稚園児レベルの魔法さえもコレとは」
「うぅ……」
何も言い返せない、といった様子で、巫実は黙り込んでしまった。
焔は今の巫実の魔法の不安定さを見て、口にした。
「魔力の検査はしたんか? この様子だと、魔力そのものが規定に達してないように見受けられるが」
「あ……えっと……。ま、魔力に関しては多分問題なかった、かと……」
巫実はしどろもどろになりつつも、しっかりと自分の言葉でそう返した。
「でも、やっぱりおかしいですよね……。こんな簡単な魔法でさえも上手く操れないなんて……。私、やっぱり早めに退学して別の学校に行った方が……」
「それは駄目じゃ!」
再び後ろ向きになり、最悪の選択肢を掲げ出した巫実に対して、勇がストップを掛けた。
「ワシは巫実さんと一緒にこの学校に通いたいぞ。巫実さんがいなかったら、ワシの学園生活、ずーっとモノクロ写真じゃろうからのう」
「そ、そんな……大袈裟だよ……。私なんかいなくても、勇くんはやっていけると思うし……」
「やじゃ! 巫実さんが退学したらワシも退学して嫌でも追いかけるぞ! 今更巫実さん以外の女なんて考えられん!」
「こら編入生! まだ入ったばかりじゃろお前!」
巫実の事になると駄々っ子のようになる勇。ある意味年相応といえば年相応ではあるのだが、周りの人間は対処に困るであろう。
巫実と焔が勇を宥めた後、落ち着いた頃に、焔が巫実に言い放った。
「うーん、魔力には問題がないが適性が一点特化……となれば、もう少し別の確認が必要になるかもしれん」
「別の確認?」「……ですか」
巫実と勇はお互い顔を見合わせて、焔が口にした事について言及した。
焔は続けて、
「多分、魔力とは別の物が魔力として分類されてる可能性があるんじゃないかのう。その辺の区分分けはあまり明確にやっておらんから、そういう事もよくある話じゃ」
「魔力とは別のものっていうと、妖力だとかそういうやつか?」
「まぁ、そんな感じじゃのう」
勇の言葉に焔が頷いた。
元々、この世界は色んな力で溢れており、それは魔力とかなり曖昧な区分で存在している。人が生きるための生命力や、勇が言ったような妖力、霊を察知するための霊力など――挙げてみるとキリがないような不思議な力が非常に多いのである。
そして、それらのを力を一括で「魔力」として管理しているのが現状であり、元々別物なのに同じものとして捉えている為、巫実のような事故が起こりやすい、ということらしい。
焔は昼休みに巫実が言っていた言葉を加味しつつ、
「このお嬢さんの場合、魔力とは別の力が発達していて、一点特化という形で表に出ている可能性も否めんよのなぁ。ここまできたら大学部の出番になるかもしれん」
「もし、それがわかったら……私、どうなるんでしょうか?」
「うーん、何かしらの形で免除……されたら良いが、やはり専門外の分野の適正じゃからのう。大学部から誰かしら引っ張ってきて、1人だけ講師を別につけるか何かするんじゃないかのう」
「……」
巫実はそこから考え込んでしまった。
自分の将来を考えたら、このまま戊ランクで卒業なんていうのも難しく、その前に学業不振で退学処分なんていうのも十分有り得る。今までは梅部だからこそやってこれたわけで、そもそも竹部をしっかり卒業出来るのかさえも怪しい。
それが回避できる・判断するとしたら、やはり、焔の言うように、自分の力についてしっかり知ることから始めなければならない。
巫実は魔法杖をギュッと握り締め、顔を上げた。
「わ、私、行ってみます……大学部の人に、自分の力……ちゃんと調査して貰おうかと思います」
「……うん、その方がええけぇ」
気弱な彼女がかなりはっきりと決断したもので、焔は驚いたものの、クスッと小さく笑って今度は勇に顔を向けた。
「まぁ、そういう事じゃ。今度の休みにでも、彼女と一緒に大学部の魔力調査団体を訪ねんさい。後で詳しい場所について地図を送りたいから、連絡先、教えてもらって構わんかのう」
「ああ、いいぞ。ちょっと待ってくれ」
勇はそう言って自分の胸ポケットからスマートフォンを取り出した。その中で、焔が自分の顔をジッと見ていたことに気が付いたのか、少し気になってしまった。
(う、うーん? なんじゃ、この視線は)
ただ見られているだけならさして気にならない。焔の今の話し相手は他の誰でもない、勇だ。
しかし、今の彼の視線はそういうものではなく、何か、懐かしい物を見ているような、いや、それよりももっと別の――久々に出会う親戚にでも出会したような雰囲気が感じ取れる。これはきっと勇の気のせいであると思うのだが、焔のような端正な美少年に見つめられるとどうにも落ち着かない。
勇は焔に自分の連絡先を開いたスマートフォンを渡しながら、言った。
「なぁ、生徒会長」
「ん? なんじゃ」
「もしかして、ワシら、どっかで会ったことあるんか?」
瞬間、焔の時間が止まった。さして答え辛い質問でもないだろうに、焔は少し目線を下に落として、少し思案した。
勇は焔の様子がおかしい事に疑問を持ったのか、更に声をかけた。
「せ、生徒会長? どうしたんじゃ」
「……本当に、何もかも忘れとるんじゃなぁ、お前は」
焔は溜息を吐きながら顔を上げて、続ける。
「よーく分かっとるじゃろ、おどれの記憶の状態。それはそれでええけど、親戚周りまで忘れてるのはちーとよろしくないけぇね」
「え……」
――生徒会長が? 親戚?
ポカンとしている勇をよそに、焔は、勇の連絡先を自分のスマートフォンの中に読み込むと、さっさと勇に借りた物を戻した。
それから通り掛かりに勇の肩をポンと叩き、
「こっちに来たのも、そういう関係じゃろ。大学部の連中なら、何か掴めるかもしれんぞ」
「……」
勇は一連の焔の言動に、言葉を失って目を丸くするぐらいに驚いたようで、ただ、暗くなったスマートフォンの画面を凝視していた。
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