004:不知火焔

 その日の昼休み、学院の裏庭。勇は巫実にダブルス制度の件について持ちかけてみた。一通り説明して、自分はどうしても巫実とダブルスを組みたい事、今後の巫実の為にも自分の存在を示したい事、その他自分の思いの丈をひたすら彼女に向けて話した。

 勇の想定通り、最初、巫実は難色を示していた。勇と組みたくない訳ではなく、自分の実力が全く足りていない事、そもそもお互いダブルスを組める規定に満たしていない可能性がある事、そして、その資格がないことを話してくれた。


「勇くんも編入したばかりだし、まだその基準に満ちてるかどうか判断出来てないでしょう? 私はもう……お察しの通りなんだけど」


 と、ダブルスを組みたがる勇を宥めた。

 勇の自分とダブルスを組みたいと言う気持ちは十分嬉しく、こちらにも意思はしっかりと伝わっているものの、それでもなお、規定の壁には逆うことは不可能である事を真剣に言い放った。

 しかし、それでも勇は聞かない。


「やじゃ! ぜーったい、巫実さんと組むんじゃ! 巫実さんが頷くまで教室戻らん!」

「あ、あぅう……い、勇くん……。私だって、組みたいのは組みたいけど、規定には勝てないんだよ……」


 規定には逆らえないのを知っている巫実と、そんな巫実の言う事を聞かない勇は平行線だった。自分の実力をよく知っていて何もかも諦めている巫実と、まだまだ実力が未知数でこれからがある勇。この両者の考え方の差ははっきりとした溝であろう。

 とはいえ、どのみち今の段階では申請したところで組めないのは確実である為、どうしたものかと、巫実はオロオロしていた。勇がそっとやちょっとじゃ折れないのはちょっと関わっただけでも分かるし、巫実でもその対処は出来そうにない。

 しかし、そんな2人に、竹梅生徒なら絶対耳にしている広島弁が降り注いだ。


「お前ら、そんなところで何しとるんじゃ〜。痴話喧嘩っぽいが」

「あっ……」「せ、生徒会長!」


 そう、我らが生徒会長・不知火焔だった。どうやら2人の言い合いが気になったらしい。

 焔が相変わらずの丹精な女顔を2人に曝け出すと、勇が質問した。


「生徒会長、なんでこんなところに。用事はなさそうじゃが」

「中庭は生徒会室と竹部棟の近道なんじゃよ。あの副会長をさっきまで締めておったわい。そっちこそ、何か言い争っていたような節を見せるが」


 と、焔の目線が巫実へと向けられる。

 巫実は生徒会長と目線を合わせるなり、顔色を悪くして、目線を逸らし、すぐに勇の後ろへと隠れてしまった。どうやら、巫実の男性が苦手という感情は、どんなに綺麗な女顔を持っていたとしても、有効にはなってしまうようだ。

 焔は自分が怖がられているのを見て「何もせんのに」と、苦笑しつつ、勇に続けた。


「あんまり女の子を困らせたらいかんぞ。強要は良くないけぇ」

「困らせている……というか」


 勇はちょっと不貞腐れた素振りを見せつつ、続けた。


「この子と……巫実さんとダブルスを組みたくて、話してたんじゃが、どうにも平行線で」

「と、いうと?」

「ワシは絶対に巫実さんとダブルスを組みたい……けど、巫実さんは規定があるから無理だって」

「ああ、それは女の子の方に理があるけぇのう」


 焔は理由を聞くなり、ケラケラと笑いながら続けた。


「君、この学校において、魔法能力にランク付けがあるのは知っとるか?」

「ランク付け?」


 またもや聞いたことがない話だ、と、勇が聞き返すと、焔は「そう」と頷き、説明した。


「上から、甲、乙、丙、丁、戊の5段階に分かれておるんじゃが、最初はみんな一番下の戊なんじゃよ。それで学年が進むごとに試験を受けて、ランクが付けられるわけじゃが」


 と、焔は続けて、


「ダブルスを組むには、最低でも魔法使う側が丙ランク以上を得ていないと駄目なんじゃよ。この基準は竹部の大多数ならクリアしてる筈、なんじゃがのう」

「あ……」


 巫実はそれを聞くなり、ビクッと肩を震わせた。焔は巫実のその様子を見て、何やら唯ならぬ空気を感じ取ったのか、思わず聞いた。


「そこのお嬢さん。誤魔化すことなく、言って欲しいんじゃが、そちらのランクは?」

「……戊、です」


 巫実は目線を逸らしながらも、はっきりとそう答えた。

 そして、その場がしんと静まり返った。竹部の平均が丙であるのなら、巫実も本来ならそこにいなければならない。しかし、巫実の実力は、5段階のうちの一番下。つまり、入学当初からほぼ変わらず。

 色々な話を照らし合わせて、勇は叫んだ。


「嘘じゃろ――――ッッ!? せめて丁ぐらいはあるかな〜って呑気に思っていたが、まさかの一番下ァッ!?」

「ご、ごめんなさい……私……本当に魔法も何もかもダメダメで……」

「おやおや、こりゃ大変な事になったのう」


 焔は呑気に笑っているように見えるが、その額には脂汗が見える。同じ竹部に戊ランクで燻っている生徒がいるとは思ってもみなかったのだろう。

 勇は頭をわしゃわしゃと掻きながら「なるほどのう」と、先程巫実がダブルスは組めないと言っていたのを納得しつつ、質問した。


「しっかし、素質がないにしたって何で戊で燻ってんじゃ。巫実さん、ずっとこの学校に通っておったんじゃろ?」

「え……えっと、その、実は」


 その様子から察するに、どうやら、ただのダメダメな魔法使いではなく、訳アリのようだ。

 焔と勇は彼女の話に耳を傾けた。


「私の魔法の適正……高校までで勉強するものじゃなくて、大学の学科の選択肢の中にあるみたいで……」

「何でもかんでもできる訳じゃなくて、一点特化型なのか?」

「みたい……」


 そうやって巫実は勇の言葉に頷いて、


「私の実家が神社なのは勇くんはよく知ってるでしょう……? 私と魔法の適性、邪気祓いとか、浄化とか、そっちで……そっちは適当な本を見てその通りするだけでも成功するんだけど……」

「あ……あー……なるほどのう」


 焔は今の巫実の話で全てに合点が入ったようで、頷きながら言った。


「普通の教育機関だと責任取れないから、避けてるところじゃのう。大学だと全員成人してるのが大前提で、各々の責任になるから、学部として成立してるんじゃが」

「えっ、そこは他の魔法だって似たようなもんじゃないのか?」

「うーんとなぁ」


 焔は困ったように説明し始めた。


「学校内でやる魔法って、理科の延長線なんじゃよ。炎、氷、風、水、草――ほら、こうして聞くと理系科学の分野じゃろ?」

「あ……」


 確かに、と、勇は納得した。そもそも魔法自体、理系分野の延長線として開発や研究が進んでいると聞いたので、そう考えたら、学校の教育として組み込めるのも無理は無い話だ。

 焔は続けた。


「でも、邪気祓いとか浄化とかはそこの域から外れるから、大抵の魔法学校じゃ避けるもんじゃ。これで回復魔法の適正だったら、保健医がある程度顔を利かせてくれるんじゃが」

「巫実さん……」

「あぅう……」


 少なくとも、今の巫実には逃げ道がない。明らかにこの学校に入るタイミングを見誤ってしまった、としか思えないぐらい、彼女に今の環境は不利だ。ただでさえ、周りからの扱いでストレスが溜まっている以上、彼女の本来のパフォーマンスも発揮出来ないのも事実だ。

 焔はそんな巫実の様子を見て、仕方ない、と、挙手した。


「とはいえ、どのみちそのままじゃ、これからの学院生活に不利じゃろう。放課後にでもワシが魔法を教えるから、上手く覚えてくれんか」

「えっ」「!?」


 勇と巫実は目を丸くして、焔を見た。


「生徒会長!? 確か格闘側の人間だったのに、魔法も使えたんか!」

「うーん、まぁ、そうじゃのう」


 と、焔は頷き、


「元々魔法目的でこの学校に入ったんじゃが、一回格闘系の授業を受けてみたら、そっちの方が成績の伸びが良くてなぁ。だから、初級魔法ぐらいだったら幾らでも使えるけぇ、任せんさい」

「なるほど、凄いのう! 巫実さん、良かったな! 学院の有力者から直々に教えてもらえるって!」

「あ、え、えと……ぅ……」


 しかし、ここでも巫実の男性苦手は健在しているようだ。勇にしっかりとしがみついて離れようとせず、焔と目線を合わせようとすらしない。

 焔はそんな巫実の様子を見て、うーんと首を傾げながら勇に質問した。


「なぁ、その子、さっきからワシと目を合わせようともしないんじゃが、ワシ、何かしたか?」

「ああ……」


 勇は苦笑しながら続ける。


「巫実さん、いじめられっ子で……男と話すのが怖いって」

「そりゃそうか。だとしたら、ワシよりも、もっと良い指導者が他に――」

「……だ、大丈夫です」


 焔が「うーん」と唸りながら悩んでいる中で、巫実は首を横に振り、それを拒否した。それから一瞬だけ、チラッと彼の姿を見た。本当に一瞬で、すぐにその目を逸らしてしまったが。

 それから、巫実は勇を見て、ボソリと答えた。


「勇くん……この人、お母さんの匂いがするから……慣れれば大丈夫かも……」

「あー、なんか懐かしい匂いがすると思ったら母ちゃんの匂いか! なるほどなるほど、人畜無害中の人畜無害の匂いじゃな!」

「……!?」

(えっ、ワシ、そんな匂いしちょるん!?)


 焔は思わず自分の腕を嗅いだ。しかし、こうやって嗅いだところで、自分の鼻に届くのは、せいぜい洗濯剤の匂いぐらいである。焔はどうにも納得がいかず、首を傾げながら、改めて2人を見た。

 自分の前ですらこうやって怖がる巫実としっかり話せる勇は「相変わらず」人たらしなのだな、と、少し微笑ましくなった。


(性格や人は変われど、その根本は変わらず、か)


 焔はクスッと静かに笑った。焔が知っている彼とは性格が90度ぐらい変わったような気がするが、それでもなお、当時を思い出させる面影に、少し嬉しくなったのである。

 それから、焔は自分の左腕につけている腕時計を見た。そろそろ昼休みも終わり、次の授業の準備に取り掛かる頃だろう。


「そろそろ時間も頃合いじゃな。そろそろ教室に戻って次の準備をせんとなぁ」

「そういえば昼休みだったか。じゃあ、後は放課後に。教室まで送るぞ、巫実さん」

「は、はい……」


 焔の声に気が付いたのか、勇は立ち上がって、そのまま巫実の肩に自分の手を回した。

 焔はそんな2人の様子を見て「見せつけるなぁ」なんて思いながら、話しかけた。


「放課後、生徒会室に来てもいいが、あの副会長と鉢合わせたくはないだろうし、中庭で待機してくれんか」

「そ、そうじゃな……それはもう……」


 勇は苦笑しながら頷いた。本当にそれはそうで、あの副会長と鉢合わせなんぞ、御免蒙るところだ。

 一方で、何故、あの生徒会長が自分と巫実に対してここまで気にかけてくれたのか気になったようで、思わず焔に対して口にした。


「なぁ、生徒会長。なんで、ワシらにここまでしてくれるんじゃ? 特に何も変哲もない生徒なのに」

「……」


 焔は思わず目を丸くして、勇をぱちくりと見つめ返した。そんな彼を見て、勇は「何か地雷を踏んだか?」と、巫実と目線で会話してしまった。巫実は首を横に振ってよく分からない、と、首を傾げていた。

 それから数秒程度間を置いてから、焔の意識が戻り、クスクスと笑い出して、答えた。


「そりゃ、まぁ、編入生の様子を見るのも生徒会長の役目じゃからな! それに、規定を破ってまでダブルスを組みたいと思える相手に出会えたんじゃろ、しっかりとその努力はせんとな」

「……」


 焔のその言葉で巫実はハッと何かに気が付いたのか、ふと、顔を上げた。


(そう、だよね……私、諦めてたんだ……諦めてたから……)


 今まで散々努力して練習しても扱えなかった魔法群。しかし、それを適性がないから、と、かなり早い段階で全て諦めてしまったから、巫実はずっと劣等生のままだった。しかし――勇はそれでも組みたいと言ってくれたし、それには自分が応えなければならない。いや、自分にしか応えられないのだ。

 巫実は自分の斜め後ろの勇の顔をチラッと見て、ふと、目を合わせた。勇は彼女と目線が合うなり「ん?」と、首を傾げて巫実の様子を伺った。巫実は言った。


「勇くん……私、もう少し頑張ってみるね。ダブルス、勇くんとどうしても組みたいから……」

「巫実さん……! ああ、応援しとるぞ!」


 勇はパッと顔を輝かせると、八重歯を出して大きく笑った。ずっとネガティブだった巫実が前を向いた瞬間だ、それはもう嬉しいであろう。

 焔はそんな2人の後をついて行くように、竹部棟へと向かって歩き出した。2人の後ろ姿――いや、勇の後ろ姿を見つめながら、焔はどこか切なげにポツリと呟いた。


「本当に何も覚えとらんのなぁ、勇……」

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